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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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19/272

17:有能ですね

※加筆修正


「先ほどゴブリンからの攻撃を受けていたようですが、大丈夫ですか」


そう問われて腹部をさすった。じくじくと痛む程度なのでそれを伝えて何ともないと答えた。するとルリはちょっと戸惑いながらも聞いてくる。


「よろしければ治癒します」

「え?」


いや確かに彼女のクラスの中には神官の項目があった。治癒士であっても不思議はないが、治癒が行えるとは。それが出来るのはとてもすごい事だ。

見てみたいという気持ちと温存するべきという考えが交差して、結局好奇心が勝った。

村ではドルイドのアンジェラがいたが彼女は治癒する際に相応の対価を求めるため滅多に見ることがなかった。治癒してもらうより治療してもらう方がずっと安上がりだから。


「いいなら、頼もうかな」

「はい。お任せください」


壁によって二人はしゃがむ。ルリは何か呟くと右手を天井に向け、その掌に水の玉を創り出して、それをカークの患部に放り投げた。

ぎょっとしたカークを無視してルリは患部に触れた。痛みはもうない。


「痛みませんか」

「ああ、ありがとう」




ふと思い立って肩越しに聞いた。


「そうだ俺の能力値も見る?」

「見た方が良いのであれば」


何とも愛想の無い返答に苦笑しながら、掌を開けて能力値を覗く。

それを見せようと彼女の隣に並び歩く。


「何とも地味な能力値だろう」

「・・・・・・伸びしろがあって大変よろしいかと」


しまったまた自虐で気を使わせた。こういう所を直していかなくてはと心に留めながら自分も能力値を見る。

特に代わり映えの無い能力値。いや、筋力の値が1だけ上がっている気がする。気のせいかもしれないので何とも言えないが。

だがしかし、いくつかの変更点もあった。


「技能:剣術Ⅰ、技能:物理攻撃耐性Ⅱ・・・・・・無かったものがある。ていうか、種族がエルデン・グライプになってるし・・・・・・剣士のlvが一つ上がって3になってる」


技能を得る事が出来てカークは喜んだ。技能:剣術は本にも載るような有名な技能のひとつで、カークもそれを読んで知っていたが、実際に得るととても嬉しい。

技能:剣術は名前の通り剣を扱うことに関した技能だ。単純に剣での攻撃威力が上がる。カークは今までもっていなかったが剣士や戦士であれば必須といってもいいだろう。

技能:物理攻撃耐性もまた知っている技能である。名前の通りに物理攻撃に対する耐性を微々たるものではあるが得られる。Ⅰであれば5%の軽減。ないよりはいいが、大抵の技能の最大値はⅢらしい。最大まで上がっても15%の軽減である。

さきほどゴブリンに殴られた身としてはそれでも嬉しく思った。

カークは自分も成長をちゃんとするということが分かってかなり感動を覚える。

ずっと長い事lv2で止まっていたのだ。感動もひとしおである。

ルリが隣で不思議そうな顔をしているのに気付いて、微笑んだ。


「lv2だったんだけど、今見たら3になっていてね。嬉しかったんだ」

「それは、おめでとうございます」

「ありがとう、ルリ」


もしかしたらさっきのゴブリンたちのおかげかもしれないと思うとゴブリンに感謝の念が湧く。基本的に攻撃的でろくなこともしないし、森に穴を掘りまくって荒らしたかと思えば樹を傷つけ樹皮を剥ぎまわっていたり、動物を追い回して村で走り回らせたり、農作物を荒らして侘しい村をさらに追い込んだり、徒党を組んで村を襲いに来たり、数えだしたらきりがないほどの被害を思い出して顔を顰めた。やっぱりなしだ。

そうやっている内に地下3階への階段が姿を現す。

ゆっくりとその階段を降りると踊り場に地下3階の魔法陣が現れる。


「ここで一旦地上に帰ろう」

「はい」


魔法陣の上に浮かぶこぶし大の水晶に触れて外に出たいと念じると瞬く間に外の魔法陣の隅に出された。

そこから離れて、ルリを待つときになって気づく。

彼女は出方を分かっているのだろうか。というか、彼女は迷宮で生まれたようなものだし出られるのだろうか。出た瞬間に身体が蒸発したりしないだろうか。迷宮から出てくるものがいないわけではないし考えすぎかもしれない。しかし一度思いついた不安にカークは心臓を五月蠅くしながら魔法陣を睨んだ。

どうか問題なく彼女が外に出てこれますようにと祈っていると彼女は何ともなく、魔法陣の隅に出てきてカークを見つけると歩いてきた。

安堵してカークは苦笑交じりに彼女に近づいた。


「よかった出てこれないかもしれないとさっき気付いたんだ」

「・・・・・・?」


意味が分からないとばかりに首をひねる彼女を連れて魔法陣の隅から離れる。次のチームが帰ってきたからだ。


「俺は君に帰り方の説明を怠ったと思ってね」

「ああ、必要ありませんでした。お気になさらないでください」

「そ、そうか。まあとにかく君が無事に地上に来てくれて助かった」


そう言って歩く。これから街に帰らなくてはならない。




日暮れに追われて帰りも30分かけて街に戻ってくると冒険者ギルドに向かう。

迷宮では何の道具も拾わなかったがゴブリンや他の魔物から剥ぎ取った物があるのでそれを売る必要があるし、ルリを早くギルドに登録したかった。

冒険者ギルドに限らないが、ギルドの登録票というのは身分証明書の様な役割も担っている。ルリには戸籍が無いから――人権意識の無いこの国が真面に戸籍を管理しているかは知らないが――万が一の際非常に不利になる。あらかじめ手を打つべきだろう。

それをルリに説明してギルドに入る。

相変わらずの五月蠅さだが慣れてしまった。向こう側の壁の付近で誰かが喧嘩しているのを遠目に見て、列に並ぶ。


「冒険者に本当になる必要はない。ただ、E級に上がって置けば身分証はずっと使えるし、ギルドで物の売買ができるのは便利だ。他のギルドに所属したくなったって、わざわざ冒険者ギルドを止める必要もないし、無駄にはならない」


まくし立てる様にルリへそう言った。無理に冒険者にしてしまう事に気が引けたからだ。

対するルリは無表情で頷いた。


「分かりました。冒険者と言うものに興味がありましたので、お気になさらず」

「そうか?よかった」


安堵し微笑むとルリはもうひとつ頷いてくれた。意外とうまくやっていけるかもしれない。

ルリはあまり自分と言うものを出さないが、はっきりと物をいうのは良い事に思える。


「ヘトネベア花竜帝国からお偉いさんが来てるらしい。気を付けろよ」


前の冒険者が自分のチームにそう言っているのを聞いて、カークは訝しんだ。

ヘトネベア花竜帝国はこのロイノーネ陽王国の南に位置する大国である。

両国の関係は悪くない。陽王国か花竜帝国を通らなければ基本的に東西へ行く事が出来ないからなのもあるが、そもそも東隣の国、ハノリアト円王国が両国の潜在的な敵国であることが起因する。共通の敵は結束を固くすると言うものだ。

本によれば大昔古竜の一柱“花竜”が国を興し、代々その血縁者が皇帝を担っている。国土は陽王国の3倍はあり、過去幾度も国の併呑を行い、多方面の産業が盛んだ。

例えば軍事産業は剣をはじめとする武器は非常に高品質な物を作れるし、刀も作っている。

防具だって緻密な細工が施された革防具ですら金属鎧よりも固くするという魔法を使っていて、見た目と性能を両立させている。金属で鎧を作れば並大抵の攻撃は通らない。

魔法の分野も周辺諸国は一番だろう。魔獣の飼育も国が率先して行っており、帝都に近い程、魔獣の飼育を行っているそうだ。

ただ、他国からお偉いさんが来たとして冒険者ギルドに用があったとしても、冒険者には関係がない。どの国でも冒険者ギルドの定めた指標は変わらない。

勿論、B級以上の実力のある冒険者たちは関係がある場合があるだろう。名指しの依頼が多く、お偉いさんは危険な冒険の話を聞きたがる。

だが彼らはD級。お世辞にもお偉いさんの目に留まるとは思えない。

首をひねりながらも列は進む。そうして数分でカークの番になり、受付のニール青年にゴブリンの内臓を入れた袋と耳の入った袋を渡した。


「よろしくお願いします」

「はい」


ニールは革の手袋をはめると、袋を開ける。悪臭が鼻を突き、カークは眉根を寄せた。しかし、ニールはまったく涼しい顔で中身を確認して数を数えると、耳の入った袋を開けて中をみる。

素晴らしい手際だ。カークは感心した。

そうして、ニールは手袋を外すと袋を後ろにいる職員に渡してからカウンターの下から金を取りだす。


「ゴブリンの心臓11個と肝が6個。肺は状態が悪い物があったので2個ですね。耳は13匹分です」

「はい、分かりました」


状態が悪いというのは腐ったというわけではなく、もともと悪かったかカークの切り取り方が悪かったのかどちらかだろう。カークは駆けだしだ。しょんぼりしつつも了承した。


「心臓が銀貨1枚と銅貨10枚。肝は銀貨1枚と銅貨80枚。肺は銀貨1枚。耳は銀貨3枚と銅貨90枚合計で銀貨7枚と銅貨80枚です。少々お待ちください」


カウンターに銀貨7枚と銅貨10枚の塔が8つ出来た。それを確認して財布を取り出す。


「ありがとうございます」


そういって財布にしまい、口を開いた。


「彼女の冒険者登録をしたいのですが」


ニールはそう言われてカークの背後のルリに目を向けた。

ひとつ頷いて、戻って来た職員に声を掛ける。


「彼女が冒険者登録をするそうだ。頼んだ」


カークは再びお礼を言って職員に促されるまま彼女をとなりのカウンターに連れてく。


「読み書きは出来るか?」

「はい。問題ありません」


安心してカークは頷いた。




冒険者達が集う広間の片隅でカークはルリをまつ。このまま、彼女はカークの泊まる宿に泊まることになるだろう。卑しい事だが、彼女にそれとなく持ち金を聞いたがないとの事だった。カークが彼女の宿代を払うことになるのは良いのだが、財布を胸の上からたたいて、嘆息する。金がない、と。

勿論野盗を捕まえた報奨金としてもらった金貨10枚がある。しかしこれは本来親切な道具屋の店主ラナンティアに返済すべき金だ。使うには心が痛む。だが、使わなくては今日の宿も明日の飯もない。

そう、もしくは彼女の実力を当てにして金を稼ぐのも手だ。

カークは顔を歪めた。あまりにも卑しい外道な手段だと思って。

この借金はあくまでも自分の物だ。他者に背負わせるものではない。しかし、返済に充てるべき金を使わねば生活が出来ない。

息を詰めて十分に考えて、ひとつ頷く。ラナンティアはゆっくりの返済で構わないと言った。その好意に甘えても許されるだろう。彼は決して意地悪を言う様な人物ではなく、人に寄り添って物事を考える慈悲深い人物に思えた。

心の底からラナンティアへの感謝を述べて懐の金を使うことを決心する。

どの道カークの実力では返済まで数年かかるだろう。そう若干のあきらめを顔に出していると発行が終わったルリが近寄ってきた。


「問題なく登録出来ました」

「よかった。じゃ、宿に向かおう。そこで明日に備えて早めに寝てくれ」


カークの言葉にルリは少し奥歯にモノが挟まったような何とも言えない顔をする。

不安に駆られながらもそれをみてカークが問う。


「・・・・・・・・・・・・どうかしたか?」

「宿に泊まるには幾らかのお金が必要かと思います」

「それは、そうだな」

「・・・・・・私、私はその、カーク・・・・・・申し訳ございません。お金が無いのです」


その言葉がおかしくて、カークは少し笑ってしまった。さっき聞いた時は何の反応も返さなかったのに、今になってやっと意味が分かったのかと思うと少し面白かったが、よく考えたら自分の説明不足だということに気づくと笑ったことを誤魔化す様に咳払いをした。


「いや、いや気にしないでくれ。ルリは俺とチームを組んだんだから・・・・・・その話はしたっけ」

「いえ、今初めて聞きました」


自分の説明能力の低さにうんざりしながらカークは説明した。


「冒険者は大抵チームを組むんだ。それで、ルリさえよければチームを組まないか?」

「喜んで」

「ありがとう。それで、チームを組んだからにはチームの共有財産を管理すべきだと思ってる。これはそれこそ大抵のチームが取ってる・・・・・・まあ、冒険者の法みたいなもので、便利なんだ。消耗品とか宿泊代なんかはこの共有財産から出す」


ルリは頷き、カークは自分の説明に穴が無いか必死になって反芻する。何かわからなければルリがきっと言ってくれるだろうと信じて、その努力はすぐに辞めた。


「で、俺達の今日の稼ぎは銀貨7枚に銅貨80枚。銀貨5枚を共有財産に入れて、残りの銀貨2枚と銅貨80枚を分けよう」


と、そこまで言ってカークは唸った。どうやって分ければいいのか分からないためである。

今日一日カークは頑張った。ゴブリン2匹以外はカークの仕事だ。しかし、ルリの実力はカークとはけた違いだ。それを同等に見なしてもいいか悩む。


「私はお金は必要ありません」


ルリの言葉にカークは厳しい目を向けた。あまりにも浅薄な発言だと。


「君は自分を安売りしたいのか?実力十分なのに、わざわざ買いたたいてくれと俺に言うのか?」

「いえ、ご迷惑をお掛けしたいわけではありませんから」

「君の実力は俺なんか足元にも及ばない程なんだ。なのに僅かな金すら受け取ってくれないのか?俺は明日からそこら中から石を投げられる程、恥知らずになるんだぞ」


そう言って脅すとルリは困惑気味に首を振った。


「あの、すみませんでした」

「ああ、分かってくれたなら、いいんだ。計算も面倒だし半分ずつにしよう」


銀貨1枚と銅貨40枚を彼女の手に乗せ、はたと気付く。


「財布が無いな」

「これくらいであれば何も問題なく・・・・・・」

「財布を買いに行こうか」


笑顔でカークはそう言うと何か言いかけていたルリはそれを飲みこんで頷くとギルドの建物から出て夕日に染まった街並みを二人でゆっくり歩いて行く。

財布は頑丈なものがいい。それこそ背伸びをしてでもよい物を買うべきだ。そこで、真っ先に思いついたのがラナンティアの店だった。

あの店は他の店ではお目に掛かれないような良い物を置いているだろう。ただ、カークに買えるものを置いているかは甚だ疑問だ。つまり今は行くべきではないだろう。

大きな鍛冶屋の前に立ち、路地を見守る。朝に行った彼の店があるのだ。

行くべきではないと分かっていても心が弾んで店の方向を見てしまう。

あの店は素晴らしかった。夢やロマンを全部詰め込んだような美しい空間だった。

誰もが一度は夢見たような装飾品。大振りの宝石の指輪。誰が使うのかもわからない宝石で出来たチェスセット。煌びやかな空間と穏やかな店主。あの空間にいることが許されるのであればそれはもう、格別だと断言できる。

考えれば考えるほどに、足がそちらに向く。気づくと扉の前に立っていて、後はその扉を押すだけだった。

おそるおそる扉を押し開き、ベルの音が鳴る。こちらを見たのは3対の瞳だ。


「お客様が来たので、お引き取りを」


どれも朝見た顔ではない。ぶっきらぼうにそう言ったのはカウンターの向こうに立っている少女だ。少女は美しかった。玲瓏な美貌を湛えている。白金の髪をツインテールにし、紫の瞳が冷たさを持っていた。そして髪の隙間から先の尖った少し長い耳が見える。貴重なハーフエルフにまた会えるとは思わなかった。


「俺達が客じゃないみたいな言い方だな」


対してその言葉を皮肉気に言う男はもう一人の男とうり二つの顔だ。

革の胸当て越しでも細く引き締まったと分かる体躯、明るい緑の長い髪をひとつにまとめている皮肉気に呟いた男とは別の1人が長い髪を二つに結び、非常に整った顔につまらなそうな表情を浮かべている。ひとりは二本の細長い1mほどの棒を腰の後ろに交差するように下げていたがもう一人は異様な事にその細い棒を6本腰の後ろに下げていた。

明らかに異質な雰囲気の男にカークは警戒した。いや、冒険者かもしれないとその胸元を見たが何の輝きも見いだせなかった。

その視線に気づいたのか男の1人は肩を竦める。


「怪しいモノじゃない。ただちょっと話を聞きに来ただけだ」


男はそう言って赤い瞳でこちらを遠慮もなく観察して、カークとルリの胸元の登録票を見て首を傾げる。


「白色が来ていい店だとは思わないが」

「はあ、実力が足りないので色付きまでは程遠いですね。で?お客さんは何色ですか」


カークの言葉に男は面食らったように目を見開いて舌打ちをひとつ漏らす。隣で二つ結びの男がふんと鼻を鳴らした。

鼻を鳴らしたのを聞いたひとつ結びの男がそれを咎めるように見ると二つ結びの男が冷たく言い放つ。


「今のは、どっからどう見てもお前が悪いだろ、ノア」

「あ゛ぁ゛?見てんじゃねえよ聞けよ、レラ」

「キレるとこそこじゃねえし、言葉の綾だろ」

「あ゛!?」

「あ゛!?」

「喧嘩するなら外でお願いします」


少女が背筋が凍る程冷酷な声でそう言うと、2人は途端に大人しくなって咳払いをした。

そしてひとつ結びの男がカークに向き直ると、どっからどう見ても薄っぺらい貧相な愛想笑いを浮かべる。


「喧嘩は、なしだ」


そもそもカークは喧嘩してない。何処か何か酷く精神が削られるような徒労感を感じつつ先を促す。彼らが帰らないということは何か用事があるという事だ。


「この辺りで偉そう・・・・・・何ていうか、こう、態度のデカい奴を見かけなかったか」

「お前・・・・・・そんな聞き方して回ってたのか?」

「何だ!?文句あんのか!?」

「喧嘩するなら外でお願いします」


再度そう言われてひとつ結びの男はむすっとして口を開かなくなった。呆れたような顔をしたふたつ結びの男が先を受け持つ。


「この辺りで、貴族風の人物を見かけなかったか?」

「・・・・・・街の中心部辺りはお屋敷があるので、見かけることは多いかと」

そう、おかしな質問だ。この街は貴族が支配しているし、領土を持たない法衣貴族だっている。その

屋敷がある中心部は貴族がいるだろう。街中であれば貴族風の人物を探そうと思えばいくらでも見つかる。


「そうだな・・・・・・こんな言い方は好かんのだが、髪が膝裏まである長髪のハーフエルフの男を見かけなかったか」

「・・・・・・見かけませんね。俺はこの街は浅いので」


そこまでの長髪でハーフエルフの男なんてざらにいるものじゃない!クェルム。彼の事だ!そう思って、咄嗟に嘘を吐く。彼らが悪人かも善人かもわからない。だが、クェルムは少なくとも悪人ではなかった。少し世間知らずではあったが、身なりの割にカークを見下すぞぶりもなかった。だから、咄嗟に嘘を吐く。


「そうか」


幸い、ふたつ結びの男は気にした風もなくカウンターに立つ少女に会釈をした。


「邪魔して悪かった」

「今度は物を買いに来るからな」

「またのお越しをお待ちしております」


冷たく少女がそう言うと長髪を尻尾の様に揺らして彼らは去って行った。

嘘を吐く意味はあったのだろうか?あれほど目立つ風貌なのだ、他の冒険者からすぐに情報が見つかるだろう。

自分の不可解な行動に肩を落としながらカウンターに近づく。店番をしているであろう少女は頭を下げる。


「当店へお越しいただき誠にありがとうございます。本日案内をさせていただきます、シャルローゼと申します」

「カークといいます。彼女はルリ」


平坦で冷たい言葉にどこか心がささくれ立つが心を強く持って言葉を発する。


「財布が欲しいのですが、どのようなものがありますか」

「硬貨が2万枚入る財布などがおすすめです。持ち歩きも便利でバリエーションも取り揃えております。紳士の皆さまからも人気のある商品でございます」

「・・・・・・・・・・・・参考までにおいくらですか」

「金貨230枚です」

カークは誤魔化す為に咳払いをしようとして息を詰まらせた。聞いたことも見たこともない金額だ。息も詰まる。屋敷が買える・・・・・・いや、村が買えるのではないだろうか?そんな値段だ。

「もっと手ごろな物はありませんか」

「・・・・・・手ごろ、ですか」


さくさくと獲物を刺し殺す様に答えていた少女はそこでようやく何かを考えたようだった。

そして背後を振り返り右から左までじっくりと戸棚を眺め、「少々お待ちください」と告げると店の奥へ引っ込んだ。

すぐに戻ってくると手に革で出来た財布を持ってきた。

銀の金具で縁取られ、表面にはツタの意匠が凝らされている黒革の財布。一目で素晴らしいと感じるひと品だ。恐る恐る口を開く。


「お、おいくらですか」

「金貨60枚です」


先ほどよりはお手ごろになったが、買える値段では到底ない。やはりこの店は早かったのだ。もしくは永久に来るべきではないだろう。

カークはルリに財布のひとつも買ってやれない自分の不甲斐なさに内心さめざめと泣きながら首を振る。


「申し訳ありませんが、俺にはとても・・・・・・」


そう言われて少女は表情を暗くした。


「ご趣味に合わない・・・・・・?」

「いえ違います!お恥ずかしい話、手持ちがありませんので」


カークが正直にそう打ち明けると少女はその無表情だった顔に初めて驚きを浮かべる。

そこでカークもまた気づいた。そもそもこういった店はカークのような一般人を想定していないのではないか?と。つまりは今のカークはTシャツジーパンで財布に1000円入れて高級寿司の店に来た客だ。しかし高級寿司の店はそんな客は想定しない。客がどんな格好でも一貫1000円を超える高級な寿司をどんどん出すだろう。だって想定していなんだから。

そもそもこういった店には金を持ってくるのが当たり前。その状況で金をあまり持っていないカークが異常なのだ。カークは顔を羞恥で真っ赤にした。


「も、申し訳ございません」


羞恥から顔を隠す様に頭を深く下げると少女は慌てたように声を出す。


「いいえ!確認しなかった私が悪いのです。申し訳ございません。もしよろしければ、ご予算をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「銀貨30枚で買えるものはありますか」


財布の中身を思い出しながらカークはそう言う。彼女は自分の従者という自称だ。折角だしルリには良い財布を持って欲しい。良い財布であれば長持ちするはずだし。

シャルローゼはそれを聞いてひとつ頷き、背後を振り返って戸棚を見る。右から5番目の戸棚の扉を開けると黒い一抱えある箱を取り出した。


「こちらがご予算に合わせた商品になります。一切魔法のかかっていないものですので、ご了承ください」

「あ、はい」


箱の中からいくつかの財布を出して見せてくれる。どの財布も良い生地や革を使った物ばかりだ。カークはルリを振り返った。


「どれがいい?」

「私には、どれがいいのか・・・・・・」


ルリがそう口ごもったので、カークは苦笑した。それはしょうがないと。


「じゃ、俺が選んじゃうぞ」

「よろしくおねがいします」


カウンターに向き直りじっくりと財布を見る。どれも一級品に見える。ひと際、美しい巾着袋があって、カークはそれを手に取る。真っ白で絹の様な滑らかな触り心地。青の糸で鳥の刺繍が施されている、その財布は特別美しく思えた。


「この財布をいただけますか」

「はい。銀貨30枚になります」


財布から金貨を1枚取り出してシャルローゼに手渡すと、彼女はカウンターの下から箱を取り出し、そこから銀貨10枚の塔をカウンターの盆の上へと7個積み上げた。

そして財布の縛り口にあった分厚い革製のタグをハサミで切り取る。


「こちらが商品でございます。お包み致しましょうか」

「いいえ、このままで大丈夫です」


そのままお礼を言って銀貨を財布にしまい、店から出るとルリにやっと財布を手渡した。


「はい、これが君の財布だ。大切にしてくれ」

「あ、あ、ありがとう、ございます。大切にいたします」


ルリはそう言ってずっと手に握りしめていた銀貨1枚と銅貨40枚を財布にしまった。


「それじゃあ、宿にいこう」




「伯父上は見つかりましたか?」


上品で淑やかな花の香りが充満する以外に特別な事のない平凡な宿屋だった。冒険者で言えばC級が宿泊するような、そこそこの防音を持っていて、ベッドには薄いマットレスが乗っており、窓に向かって文机がある金のかからない割に素朴で清潔感のある2人部屋だ。ただその部屋の主は酷く焦った口調でそう言った。

赤く華やかな長髪を高く結い上げた成人したての青年は目の前で片膝を付く双子を見下ろし、焦りを隠せない自分に内心苛立った。己の立場を鑑みれば決して許される態度ではない。しかし、それでもなお、この焦りはとても抑え込めるものではなかったのだ。

明るい緑の髪をひとつ結びにした男が髪の先が床につくのも厭わず頭を下げ、胸に右手を当てたまま答える。


「誠に申し訳ございません。なにひとつ手がかりがつかめませんでした」


朝から街中を駆け回って情報を探してきてくれたであろう者に叱責する事は決してできない。

青年はひとつ息を吸って、頭を振るとふたりに言う。


「・・・・・・・・・・・・この街に来てまだ2日目。焦りは禁物ですね」

「恐れながら、殿下」


傍らに立っている男が右手を胸に当て恭しく口を開いた。

この場で青年に対して膝を付かず頭を垂れずに口を開くなど、決して許される行為ではないだろう。しかし男は許される数少ない立場にいる。

青年や片膝を付く男が一般市民もしくは冒険者の装いをしているのに対して男は異様だった。短く刈り揃えられた顎髭や真っ直ぐに伸びる闇色の髪は美しく、蒼白で陶器の様に生命を感じない肌も血のように赤い瞳も異様だったが、特別異様なのはその装いだ。

華々しく栄光を齎すとされる深紅の制服。ヘトネベア花竜帝国軍の選ばれた45人という僅かな者しか着られない軍服を隙なく着こなし、数多の金と銀の装飾が軍服を飾る。

どれもその男が軍功を上げいかに国家への忠誠心篤いかという証明になり、また、その男がいかに力でその地位を得たかを物語る。

軍事国家と揶揄される巨大な花竜帝国を支える軍人。

100万を超える軍人を束ねる元帥にして皇帝の信頼篤く誉れ高き9名の将軍。

その一人がこの異様な男だった。

青年は慎重に口を開いた。


「なんでしょうか」

「この街にいらっしゃらない可能性がございます」


その言葉に反応したのは二つ結びの男だった。彼は頭を下げたまま声を出す。


「しかしながら、2週間前トヴェンセにアーヴェルニア閣下が立ち寄られたのは確かです。それに『友人に会うためにロージニアに向かう』とおっしゃっていたと聞きました。次はこの街ロージニアに立ち寄る可能性は極めて高いかと愚考いたします」


青年はふたりを何度か交互に見た後、困った様に傍らの男を見つめる。彼がそう発言する意図が分かったためだ。


「・・・・・・まだ、反対ですか」


無表情だった男は初めて戸惑ったような顔を見せる。

それから逡巡し諦めたように口を開いた。


「流石に、ここは他国でございますので・・・・・・今からでも我々だけでお探し申し上げる方が安全だと具申したします」

「断言できます。貴方方だけであれば伯父上は話を聞いてくれないでしょう」


決然と言いながら反芻する。この話は旅の最中に何度もした。帝都を出る際も、直轄領を出る際も、公爵領地から出る際も、ずっとこの話をしてきた。まだ諦めていないのかとばかりに青年は口を尖らせる。


「それとも絶対に話しを聞いていただける、妙案があるのですか」

「確かに、案はございません。ですが本当に危険な橋なのです、殿下」

「分かっています。それでも、それでも、私が伯父上にお伝えせねばならない事なのです」


男は口を真一文字に結ぶと深々と頭を下げた。

――危険は承知だ。でなければ何故これほど慎重に、進んできたと思っている。

青年は自分の能力の低さを疎んだ。もし伯父のような実力が百分の一でもあれば、これほどまでに心配されずに済んだだろう。

いや、そんな実力があればそもそもこんな問題は起こらなかった。起こったとしても、決然と立ち向かえただろう。

溜息を零しかけて寸での所で留め、窓に目をやると夕闇に支配されつつある街並みがうかがえた。良い街だ。猥雑で、かと思えば、変に整頓されていて、新しい物が次々入って来るのに古いものを切り捨てない。貪欲な子どものおもちゃ箱みたいな、楽しくも残酷な街。

伯父はこの街に来てくれるのだろうか?

青年はその不安を乗せて今度はため息を盛大に吐いた。






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― 新着の感想 ―
主人公のキャラガバガバじゃないか?流石に
[気になる点] 流石にこのタイミングで財布に金貨一枚はおかしい。 武器も防具もまともに揃ってない状況でこういう散財をしないタイプの主人公だと思う。 そもそも、経済的に苦しい村を助ける為に出稼ぎに来てい…
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