182:“魔導師エイボン”
不意に思い出してカークは問う。
「何だっけ。円王国と言えばフェグガヌとなんとか将軍は?」
「え?フェグガヌがどうしたの?」
きょとんとエメディリルがカークを見上げる。
「磁竜フェグガヌとなんとか将軍が花竜帝国でルロンセを継いだクェルムを襲ったんだ」
説明すると呆れたようにクォーツが話す。
「トクェウニア将軍が磁竜フェグガヌ様と手を組んで裏切ったんです。クェーゲルニルム様は円王国の仕業だと」
「あら?それはおかしいわね。フェグガヌは円王陛下と仲が悪いわ。あの方はあちら側の存在が大嫌いだもの」
ニヒジェケスはそう言い腰に手を当てる。
「会いたいなら晶竜帝国まで行く必要があるわよ。多分、アーヴェルニアは磁竜が円王国をうろついているから勘違いをしたのかも。磁竜はバオガネーシュ様とは仲がいいから」
というかとつぶやきながらニヒジェケスは眉を顰める。
「アーヴェルニアの末弟が花竜を継いだ?花竜帝国は花竜ルロンセ様が不在だったの?」
「あー……はい。そうだったんです。いろいろあって」
詳しく話すべきなのだろうか。でも、敵国だし……とカークは悩みつつ曖昧に答える。
カークの顔を見ながらニヒジェケスは微妙な顔を見せ、詳しく聞きたそうにしたが、エメディリルが面倒くさそうなそぶりを見せたところで表情を改めた。
「ガネブまだー?」
飽きっぽいエメディリルは天井を仰ぎ、だるそうにする。
聞きなれない名前に疑問を浮かべる。
「ガネブって?」
「陛下のご尊名。ガネブ・テルリネ・ウェズ・ユーク・ガルナナハ様よ。よく覚えておきなさい」
「あ、はい」
そんな長い名前覚えてられるか。という言葉は喉の奥にしまい、愛想笑いを見せておいた。
「そんなにはかからないと思います。もう直ぐですよ」
丁寧にニヒジェケスは答え、それを聞き流している風のエメディリルはふーんと気のない返事をした。
そうこうしているうちに扉が開き白銀の鎧を纏い、濃紫のマントを翻す円王がエルフの執事と一緒に出てきた。
「エメディリル様」
エメディリルを確認した円王は深く頭を下げた。
「エイボンに手を貸すのをやめてはいただけないでしょうか」
「無理。もう説明したけど、そっちがエイボンの要求をのまないならぶつかるしかないよ。戦う場所、案内して」
エメディリルの容赦ない言葉に円王は疲れたように笑い、頷く。
「そうでしたか。分かりました……お待たせしたようで、申し訳ございませんでした」
「いいよいいよ。それより楽しみだね。ガネブと戦うのもいいけど、アリスはどれくらい強くなった?」
苦い顔をしたニヒジェケスは答える。
「私たちはエイボンと戦うので……」
ちょっとまて。ニヒジェケスが苦い顔をして逃げるほど、強いのか?
確かに勝てないと言い切っていたが。
「そ、そんなにメディは強いのか?ニヒジェケスさんだって強いし、バオガネーシュ様だって古竜だろ?どうしてそこまで違いが出るんだ?」
カークの問いに答えたのは不思議そうな顔をしたエメディリルだった。
まるで珍獣でも見るようにカークを見上げ話始める。
「“世代”が違うんだ。バオガネーシュは第5世代。僕は第3世代」
「んん?」
「前、僕が人造人間だって話はしたよね?その型番が違うんだよ……なんて言ったらいいかな」
悩むエメディリルに納得の表情を見せるが周囲の人間は混乱している。何を話しているのかわからないのだろう。
だが、カークにはわかる。
ああなるほど?5000年前の人造人間たちがどうやってか今は古竜になっていて、作られた世代によって強さが違うわけだ。
「人造人間自体は分かるかな?えーっと」
「人工的に作られたプログラムを有する、存在だろ?それは分かるけど」
顎に手をあてカークは続ける。
「作られた世代でそこまで性能が変わるものか?」
ぎょっとした目でハデスがカークを見ているのにも気づかず、さらに問う。
携帯機でもそうだが、世代違いでそこまでの性能差が出るようなら、それは別シリーズだろう。
「俺が見たときはどれも同じだったように感じるけどなあ」
カークが思い浮かべるのはテレビで見たような、高級ホテルのラウンジにたたずむ人造人間達だ。
エメディリルがカークの言葉に困惑した様子でそれでも口を開く。
「一般人に使われる汎用型と僕たち軍用の戦闘型では仕様が違うんだ。バオガネーシュは戦闘型だけど、その中でも弱い世代だった。僕ら第3世代とは根本的に作りが違う。なんで話が通じるの?」
ハデスがショックから立ち直ったように言う。
「お前、転生者か。だから、器が歪んでたんだな」
どこか納得した様子のハデスを見返し、カークは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「はい?」
「5000年前、邪神に魂を吸い取られたな。記憶持ちの転生者は100年ぶりに会った」
おっと?嫌な予感がする。5000年前のあの話。やっぱり地球だったのか?
並行世界の可能性を考えてたのだけど。
「まあ、とにかくバオガネーシュは第5世代。人造人間の中でも生き残った第5世代は一番数が多くて、その分弱い。強くなってもLV300程度だし。第4世代はもうちょっと強いけど、まあ、似たり寄ったりで大差ない」
「へ、へえ」
地球だったならなんでこんなLVとかステータスとか魔法とかとんちきなシステムが存在するんだ?
と言うか、どうやったら人造人間が古竜なんて人外になれるんだ?
魔物とかはどこから湧いてきたんだ?
地哭の君はあの時、5000年前結局なにをしたんだ?
まあ考えても仕方ないか。滅んじゃったし。
どちらかというと、“強くなってもLV300程度だし”の発言の方が気になるし怖い。
つまり、最低でもエメディリルはLV300を超えているわけだ。
クォーツが戦争のときに話してくれたことを思い出す。
確か古竜は強くてもLV300くらいだと。超越者はそれよりは劣るということも話していた。
――エイボンはそこまで強くないのではなかろうか?
でも結局のところ、エメディリルを何とかしないといけない。エイボンはエメディリルに強制命令できるのだから、普通なら自分の盾にするだろう。
「さて、案内してくれる?」
エメディリルに促され、円王が頷き先に行く。
ニヒジェケスはエルフの執事に話しかけた。
「ベジェーノ。この人たちをその辺の部屋に案内しておいて」
「はい」
エルフの執事は深々と頭を下げて、残された仲間とイナンナ、ヒュプノスを案内し始めた。
勝てないよう。無理だよう。無謀だよう。と弱音は吐きたいが、カークはやるしかない。
ここでエイボンを放っておけばせっかく円王国から守った陽王国がまた危ない。
長い花葉色の金の髪とそれを纏める緑のリボンを揺らす小さな背中についていきながら、さめざめと泣く。
「ハデス閣下だけでは勝てないんですか?」
不意に聞くと彼は三つ編みを揺らして振り返り、少し悩んだ末、短く答える。
「勝てないこともないだろうが、一対一だとお互い消耗して終わりだろうな」
嫌なことを聞いた。ハデスは神様なんじゃなかったか?
「……閣下は神族なのでは?」
素朴な疑問に真面目な顔で見返される。
「神が無条件に強いわけではないし、5000年前にあちら側もこちら側も信仰を失ったせいでほとんどの神が本来の力を失った。その上、世界の根幹である“生命の樹”が逆さ……話しすぎたな」
「逆さまだと何か不都合があるんですか?」
しかし、ハデスはカークの問いに口を噤んでしまった。
代わりに冷たい表情のエメディリルが話す。
「ありまくり。座が空けばその分混沌へと傾き、席が埋まれば秩序へ傾く。それが顕著になってしまったんだ“生命の樹”は」
「?」
それがどうしたというんだろうか。混沌とか秩序は“概念”であって、何か起こるものでもないだろうに。
「分かんない?」
「分からない。けど何か、駄目っぽいな」
「その通り、駄目なんだ。世界を支え切れてない。今の世界は“夢白泥の王”と“知灰泥の王”の存在で“生命の樹”が成り立っている状態だ。どれかが崩れたら終わる。座を埋めるのは、均衡を保つため」
冷や汗が止まらない。
やたらとあちら側の存在が接触してきたのはもしかして、そういうことか。
「邪神が泥の神性を欲しがっていたのは、世界の根幹に接触するため?」
「そう。泥の神性が必ずエルデン・グライプというわけじゃない。むしろ、泥の神性を確実に確保するために連中は“3番目の月”を出して、エルデン・グライプを生み出した。これが2000年前」
気が遠くなるような話で現実逃避したくなってきた。もう、すでにエメディリルと戦うというだけでも嫌なのに。もっと嫌なことを聞いてしまった。
エメディリルは立ち止まり緑の目を細めてカークと円王を振り返る。先頭を歩いていたニヒジェケスも立ち止まる。
「エルデン・グライプが古竜の加護を受けられなくなる理由はそこなんだ。世界の根幹に接触するのは古竜たちにとって最悪の事態。それを幇助したりするのはプログラム上、絶対禁止事項なんだ。あちら側の侵略を止めるために兄ちゃんは月狩りをしたがったけど無理だった。どうしても狩れない」
「私も無理だった」
エメディリルの言葉にハデスも続ける。
二人を見比べて、言葉に詰まる。
「泥の神性を持ってるだけなら古竜の加護は受けられるのか?世界の根幹なんだろ?」
「受けられる。“夢白泥の王”と“知灰泥の王”は確かに世界の根幹を支えているけど、神格や神性なんてプログラム外のことだもん。あちら側でもこちら側でもどの神性を持っていようが古竜の加護は受けられるけど、エルデン・グライプだけは本当にダメなんだ。敵対存在として認識される。コード上の問題だね」
コードスパゲッティじゃないだけましかと嘆息する。
「なんだか大変だな古竜って」
「まあ、なんだかんだ楽しいし、いいんじゃない?」
カークとエメディリルの会話を聞いていた円王が首を傾げる。
「ぷろぐらむやらこーどやらは何の単語だ?」
あ、こういう時説明するの難しい。コーヒーを飲んだことない人にどれだけおいしいか説明するレベルだぞ。
ハデスは素知らぬ顔をしているし、エメディリルはこちらをにやにやと見上げている。ニヒジェケスは話についていけてないのか興味がないのか我関せずといわんばかりだ。
「えーとですね。プログラムは設定された行動や認識、約束事、アイデンティティ……です。多分。コードの方はそれを細かく設定、構成しているものです。プログラムは集合体、コードは単体です」
「コードも集合体では?」
「広義ではそうかもしれませんが、まあ、いいじゃないですか」
ハデスの横やりにカークは匙を投げた。前世ではプログラマーじゃなかったしわからん。話しているこっちが混乱してきた。
円王も同じだったようで、混乱した末、何度か首を傾げて終わった。
「……わからん。だが、その約束事とやらは破れんのだな?どうあがいても、古竜の加護は得られないと?」
「理由は分かりませんが破れないんじゃないでしょうか。古竜本人が無理だと言っていますし、古竜の加護は諦めるほかないかと」
「そうか、残念だ」
古竜の加護が欲しかったのかなと思いながら歩きだした円王を見る。
まあ、蛙飢候がなんだか地哭の君と同じ匂いのする愉快犯だと逃げ道は欲しいよなと思う。
クェルムに古竜ってなにか聞けばよかったな。エメディリルはあんまり答えてくれなさそうだ。古竜の加護はそれほどほしいものだろうか。
なんてことを思いながら後に続いていく。
王都を出て数分で飛び出してきた青年が興奮気味にまくし立ててきたのにはドン引きした。
紫がかった銀色のぼさぼさの髪に赤茶けたヨレヨレの服。やつれたようにやせた青年はエメディリルに話しかけた。
「よくやった!!ガネブを連れてきたな!!!!」
「うんうん。うざいからもっと離れてくれない?」
しっしっと手を振ってエメディリルは冷たくあしらう。
だが青年もめげない。ちっとも懲りた様子もなくむしろエメディリルに近づいてその手をわっしと掴みぎらぎらと輝く濃い紫の目を見せる。
「偉いぞ!!!!」
「うぜえええええええええええ!!!話を聞け!だからお前嫌いなんだよ!!」
「あ、ラナンさんの店で会いましたね」
どこで見たか思い出してそう言うと彼はこちらを向いた。エメディリルは必死になって手をぶんぶん振り回して放そうとしている。
「あーんーどうだったかな?そうだったかな?」
「ええ。お会いしましたよ」
丁寧に答えても微妙な表情を浮かべられただけだったし、多分、覚えてないなこの人。
「エイボン」
円王の言葉にヒヤッとする。
「え、この人がエイボンですか?」
そんなすごくて怖い魔導師には見えないけど。
「会いたかったよ、ガネブ。よくも餓獣隊を全滅させたな」
握りしめられた手を引きはがすのに必死なエメディリルを無視して話し始めたエイボンにエメディリルはローキックをお見舞いしていた。
円王はエイボンの言葉に首を傾げる。
「それがなんだ?」
「蛙飢候の賜りものに何たる仕打ちっ!契約違反だ!!」
「賜った時点で余の物だ。どうしようが、余の勝手ではないか」
エメディリルのローキックを脛にうけ、痛がりながらやっと手を離したエイボンは猫背気味のまま顔をへし曲げた。
「屁理屈ばかりこねて!私の本も返せ!」
「断る」
一刀両断されて良しとばかりに分厚い本を取り出したエイボンはそれを宙に浮かせて円王を指さす。
「死ね」
「待て!ここではなく、こちらの指定した場所で戦うつもりだ!」
ニヒジェケスの言葉にエイボンはちらりと彼女を見たがたいして興味をそそられなかったらしい。
鼻先で笑い、呪文を唱えようと口を開くがその体をエメディリルがきれいな足で蹴り飛ばした。思わず3人はその地面をえぐるように倒れる姿を見送った。
地面に横転し、土に汚れるその姿を見下したエメディリルが口を開く。
「ちょっと。ここじゃハデスと戦えないでしょ。それともお前が全員相手するの?」
「……蹴るな。言葉で対話してくれ」
立ち上がりながら意気消沈したような声に冷たい声が返ってくる。
「お前話聞かないじゃん」
「何故、こいつらの言う通りにせねばならんのだ!!」
「ハデスと戦えないから」
「王都でもなんでも好きに破壊しろ!」
まあ、敵からしたら好きな場所で戦いたいなんて普通、通らないよな。と思うカークの横から声が上がる。
「王都を巻き込むなら戦わんぞ」
「ほらこう言ってる。別に場所なんてどこでもいいでしょ?ならさ、あっちの指定した場所で思い切りやった方がよくない?」
「別にここでもいいだろ。ガネブさえ潰せばいいんだから!!!」
「……余は王城に戻って貴様に勝つ案を熟考してもいいんだが」
円王の冷ややかな言葉にエイボンは目を逸らす。
「流石にそろそろ、御方に謁見したい」
切実な願いにハデスの冷徹な声が降る。
「まあ、どちらかがつぶれるまで会えないだろうな」
「知っている!!!御方は私の勝利を待ってくださっているのだ!!!」
ばっと両手を広げ胸を張るエイボンの姿にエメディリルは呆れかえった表情を見せる。
「そう思いたければそれでいいけどさ、移動に賛成してよ」
エメディリルの苛立った声にエイボンは、不満げに顔をへし曲げた。
「めんどうくさい。王都ごと吹き飛ばせば完璧では?お前ならできるだろ」
「お前さあ、話聞いてた?僕ハデスと戦えないからやだって言ったんだけど」
「否!!王都を吹き飛ばせっ!!!」
「それ、命令?それでもいいけど王都の次、お前だからね。ハデスと戦うの滅多にない機会なんだから、逃したら許さないよ」
絶対零度の声に晒されてエイボンはしょぼくれた表情を見せ、渋々とトーンダウンした声を出す。
「命令じゃない……移動する……」
苦渋の決断でくしゃくしゃになった顔を上げニヒジェケスを見た。
「どこだ?」
「南に5kmほど離れた場所だ」
苦い顔をしたニヒジェケスを一瞥してエイボンは呪文を唱える。
「【門の創造】」
薄っぺらで重厚な闇の門が現れた。
ぎょっとするカークを他所に次々と入っていく。
あの魔法使えるのか。そんなことを思いながらカークも闇の門に入る。




