180:契約とは
村から歩き、10分ほどで魔法を発動させようとして、カークは後ろを振り返る。
「円王国の首都ルバーラってどのあたりですか?」
円王国が隣り合っているのは知っているが、生憎、カークは地理に疎い。
円王国の首都がどこにあるかなんて知りもしない。
口を開いたのはヒュプノスだった。
「ここからなら南に450km、東に1220㎞くらいだ。多少のずれはあるが仕方ない」
「あ、はい」
打てば響くように帰ってくる答えにプレッシャーを感じながらカークは魔法を発動させる。
「魔量が足りないので4回に分けますね。【門の創造】」
薄っぺらく生臭い闇の門が開かれると皆入っていく。
恐怖とか感じないのだろうか。
釈然としない何かを感じながらカークもそのあとに続いた。
1度目の門は森の中だった。
少し南過ぎたかと不安に思いヒュプノスに話しかける。
「南過ぎましたか?」
ヒュプノスは大真面目な顔で首を振る。
「いや、大体あっている。この魔法は正確に測るのが難しい。多少のずれは加味している」
「そうですか」
うん。ヒュプノスはどうやってか現在位置を正確に測っているようにしか見えない。
でなければ見通しの非常に悪い森の中でどうやって“大体あっている”なんて言葉が出てくるのだろう。
ポーチを漁り魔量回復剤を取り出し10粒ほど掌に載せるとそれを口に放り込む。かみ砕いて飲み込むと苦味が口いっぱいに広がる。
堪らず革の水袋を取り出して口を漱ぎ飲み込んだ。
「はあ」
いやこれもしかして、かみ砕かなくてよかったのでは?という疑問を抱き、クォーツに尋ねる。
こういうことに一番詳しいのはクォーツだろう。
「魔量回復剤ってかみ砕かなくてもいいか?」
そう問われたクォーツはぎょっとした顔でまじまじとカークを見る。
「何も考えずにかみ砕いてたのか?」
「え?」
呆れかえってため息をついたクォーツは続ける。
「かみ砕かないと駄目だ。どんなに腕のいい錬金術師が作ったものでも、かみ砕かない魔量回復剤は効果が薄くなる。味がましな水薬のタイプもあるが、かさばるしな」
「ぐええ」
この苦みを後、3度ほど味わうわけだ。
がっくりとカークは肩を落とした。
2度目、3度目は連続して平原だ。
遠くの方に村が見える。
3度目にもなってくるとカークは魔量回復剤をヤケクソでぼりぼりとかみ砕いてそれを水で流し込む。
気疲れからため息をつき、ルリに話しかけた。
「疲れてないか?」
「疲れていません。大丈夫です、カーク」
ルリは真面目な顔でそう言い、カークむしろ気遣った。
「カークこそ、疲れていませんか」
まあ、疲れている。連続してあの魔法を使うのは意外と疲れる。脳の奥がしびれるような感覚がするのだ。
だがそれを言っては心配をかけるだろうと何事もないように笑う。
「大丈夫だよ、ルリ。ありがとう」
4度目の【門の創造】でとうとう首都ルバーラに到着したようだった。
ようだったというのは、カークには大きな城壁が少し遠くに見えるのが判断材料だったからだ。
「あれがルバーラですか?」
先に到着していたハデスの背中にそう声をかけながら、魔法を解除する。
振り返ったハデスは少し憂鬱そうな顔でカークを見た。
「……ああ、だが、円王が――死んでるな」
「はい?」
ここまで来て、円王が死亡とは!
「え?え?どう、どうしてですか?蛙飢候と契約しているのでは?」
そんな人物を殺すことができるのか?というか、円王国は今からどうなるのだ?
王が不在、突然の崩御とはいったいどういうことか。
驚き戸惑っているのはカークだけではない。シンジュ以外は目を見開いて言葉を失っている。
「まあ、死んでいてもいいが」
「ええ?何でですか?どういうことですか?」
死んだら終わりだろう。どう考えても。
だが、ハデスは気にした風もなく、歩を進める。
「気にするな円王はエルデン・グライプだ」
「あ、え?」
そんなほいほいいるのものなのかエルデン・グライプ。
アレスもそうだったが、円王もなのか。幻の存在だと思っていたがありがたみもへったくれもないななどと考えながらその背中を追う。
「そ、そうですか……」
絞り出すようにそう言いながら歩を進め、巨大な城壁を見る。
ここからでもその威厳が伝わる城壁だ。真正面から攻略するのは到底不可能だと感じさせる。
そして近づくにつれてその城壁に何かが描かれているのが分かる。
円だ。いや魔法陣か。
お互い重なり連なる様にして城壁に緻密な魔法陣が敷かれている。
「これは……すごいな」
「円王国は首都から国境の大都市にかけて円を描くように国全体に魔法陣が敷かれている稀有な国だ。だから古竜の守護がなくても十二分な恵みが得られ、守りも堅い。周辺諸国の中では人口も多く非常に豊かな国だ」
クォーツがぶっきらぼうに説明してくれるのを感心しながら聞き、城壁を見上げる。
「なら戦争する必要ないだろ……」
カークの呟きにハデスが嫌そうな顔をした。背中越しだが声色でわかる。
「蛙飢候との契約がある。そうもいかんのだ」
「自国民を殺さなきゃいけないほどの契約を結んで、見返りは見合っているんですか?」
この国の民や軍人を思うとやるせなさが勝ち、純粋な疑問をぶつけると、ハデスは立ち止まって振り返る。
「……契約にこぎつければヒトでは得られない力を得る。その対価はあくまでも相手基準だ。基本的に奴ら邪神は生物をひとつふたつと数え、献上されるそれが多ければ多いほど喜ぶ」
彼はため息を吐き、ルバーラを振り返り、ちらりとシンジュを見てからカークを見る。
「どれだけの犠牲の上に成り立とうとも、国が立ち行くのであれば、“王”としてはその判断もやむなしなのだろう」
ハデスは円王の判断にはあまり好意的ではない様子だった。
カークとてそうだ。戦争をして5万人近く虐殺しておいてなんだが、眉を顰めたくなる現状である。
そういえば、水獄の君も時虹公もやたらと神性を勧めてきていたが、もしかして、契約というのは神性を受け入れるということか?
それなら、奴らがやたらめったら隙あればとばかりに神性を授けようとしてきた事にも納得がいく。要は生贄目的だったのだろう。
「いや、ルリは生贄を求められていないよな?」
「はい?」
ルリを振り返ると要領を得ない彼女は首を傾げる。
「ああ、ルリは水獄の君の神性を持っているけど、その対価に生贄なんて求められてないよな?」
それを聞いたハデスとヒュプノスが心底嫌そうな顔をしたのを横目にルリの返答を待つ。
彼女はちょっと考え、苦笑した。
「以前お話しした通り、魂の幾分かを神性に割いているので、対価は支払われている状態かと。それにヒトとして日常生活をしていても命を奪うことも多いですし、それで足りているのではないでしょうか」
ルリ本人も魂の配分さえ曖昧なのは、以前の記憶を引っ張り出すことで納得した。
そもそも、ルリ本人、水獄の君に会うことがない。
水獄の君はルリを創ってカークにポイした状態だ。なんとも無責任である。
水獄の君は生贄を必要としないのだろうか?判断に困る。
だがまあ、ここで考えても仕方がないだろう。生贄が必要ないならそれに越したことはない。
「やっぱり、契約と神性を受け入れることは同義ですか?」
「そうだ。連中の神性を受け入れる代わりに何か対価を差し出す必要がある。円王と蛙飢候の間の場合は多数の生贄だ」
「うわあ……あれ、なら他の邪神は別の対価を要求する場合もあるんですか?」
ハデスはカークの問いに心底面倒くさそうにしながらも歩きながら親切に答えてくれる。
「花束を毎日寄こせという奴や死肉を寄こせという奴もいる。千差万別だ」
「そうなんですか」
面倒くさすぎる。邪神によって好みが違うのか。それなら水獄の君が生贄を要求しないのも納得できる。好みではないのかもしれない。
はたと冷や汗をかく。あれ、自分も泥の神性を持っているのではなかったか。
「ど、泥の神性の対価は……ご存じですか」
ハデスは振り返りもせず淡々と答えた。
「泥の神性は特殊だ。対価はない……正確にはあるが、認知できない。“知灰泥の王”も“夢白泥の王”も自我と言うものが薄い」
「そ、そうですか」
認知できないとはなんとも恐ろしい。
ひょっとして神性持ちを暴れさせるのが対価とは言わないよな。と考えながら、ハデス達の後を追った。
いきてます




