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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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16:ルリ


「俺はカーク。君の名前は?」


カークは歩きながら着いて歩いている女に話しかけた。

全く見ず知らずの相手だし、何よりあの得体のしれない存在である男から連れて行くように言われた相手だ、カークは僅かに緊張した。

女は首を傾げて答える。


「名前はありません、カーク様」

「名前が無い?ああ、呼び捨てにしてくれ」

「かしこまりました、カーク」


随分と丁寧に話されて何だか人工知能と会話しているような徒労感を感じながら振り返る。


「あの男は君の親のような存在だろうに名前を付けなかったのか?今までどうしてたんだ」

「今までと言うものが存在しないためにお答え出来かねます」

「は?」


言われたことを反芻しながら一歩二歩と進んで結局意味が分からずに問い返す。


「どういうことだ?」

「あの場で『水獄の君』に創造されたため、過去が存在しません」

「んん?」


聞けば聞くほどに意味が分からず、考えれば考えるほど混乱した。

カークは息を吐いて冷静に考えだす。

あの男『水獄の君』とやらは彼女を一瞬で創り上げてぽんとカークに突然連れ出すように言ったのか。ますます意味が分からない。

まず人を創り出すってなんだ。もし本当なら、それは人知を超えたなにかだろう。

そう、そうだ。あの幻覚。生々しい幻覚を考えれば確かに人知を超えている。

あれは触ってはいけない、知ってもいけない存在だ。

じゃあ、彼女の言葉は本当なのか。あの場で創造された存在だというのか。

戸惑いながら彼女を見る。揺らぎない藍の瞳が見つめ返してくる。


「・・・・・・冗談や嘘って事は」

「誓って冗談や嘘ではありません。あの場で創造されました」


考えるのを止めて、カークは微笑んだ。難しいことはよく分からん。

彼女がそうだというならそうなんだろう。そもそも真偽はともあれ、カークに不利益は無いのだから。

とにかく一旦迷宮から出て、彼女の事はそれからゆっくりと考えればいい。


「よかったら・・・・・・名前を付けても?」

「そうして頂けると助かります」


名前、名前。呟きながら考える。折角だ縁起のいい名前がいい。

彼女をまじまじとよく見る。瑠璃色の美しい髪と綺麗な顔立ちだ。

安直かもしれないが、その髪の色をそのまま名前にしてはどうだろうか。


「ルリって名前はどう?」

「ルリですか?良い名前かと思います」

「じゃあ、ルリで!よろしく、ルリ」

「よろしくお願いいたします。カーク」


単純に名前を決めてしまったが彼女は怒っている様子はない。

すこし尻尾が揺れて、耳も動いたがそれきりだ。

カークはついでとばかりに付け足す。


「もっと砕けた話し方がいいな・・・・・・俺は偉い訳じゃないし、あまり畏まった言葉は肩が凝るから」

「・・・・・・心がけます、カーク」

「ああ、うん。たのむよ」


あまり期待せずに頷いて、先を進むと向こう側に小さな影が動くのが見えた。

咄嗟に壁に近寄り背を低くする。


「・・・・・・そういえば、ここが迷宮ってのは分かっているよな?」

「はい。地哭の君がお創りになった創造物ですね」


そう言いながら同じ様にルリも背を低くしてカークについてくる。『地哭の君』とやらが気になるが今はそれどころではない。壁を背に立ち止まって声を低くした。


「君は戦えるか?」


華奢な腕を見る限り戦う術はなさそうだが、魔法を使えるかもしれないととにかく聞いてみる。カークの実力は低く、彼女を守りながら戦うのは困難だからだ。もし戦えないのであれば、この辺りで待っていてもらわなくてはならない。


「並の実力を持っています。向こうに見える魔物程度であれば、苦戦はしません」


その言葉に瞠目する。魔法使いか?そう考えながらルリを見返した。

彼女は無表情でこちらをみているだけで、戦う術を教えてはくれそうにない。


「・・・・・・魔法使いってこと?」

「大した実力ではありませんが、魔法も使えます。近距離戦闘の方が得意ですが、ご所望とあれば中・遠距離戦闘もこなします」

「ええ?オールラウンダーだな。羨ましいよ。でも武器が無いからなあ」


カークは彼女が何か武器を持っているのかと見てみるが、何か武器になりそうなものを持っている様子はない。カークの武器を貸して戦う姿を見るのも手だが、さすがにそんな下衆な行動をとる気はなかった。

もしかしてさっきの男が何か持たせていたのかと聞く。


「何か武器を持っているのか?」

「槍がございます」


そんなでか物を持っているようには到底見えない。


「ど、どこに?」


驚いてそう問うとルリは腰に手を伸ばしてそこにつり下がっていた銀の棒を取り出した。

30cm程の棒だ。切れ目も僅かな傷すらない綺麗なただの棒だ。

彼女が立ちあがってその棒を構えるとキンと金属の涼しい音が鳴る。

カークは再度驚いて声を漏らしそうになるが寸での所で堪えた。

金属の棒が伸びて2m以上もある槍になったのだ。いや、槍というよりは先端の尖った棒と形容する方が正しい気がするが。

石突に相当する部分を床に付けて彼女は首を傾げた。


「いかがでしょう」

「よろしいのではないでしょうか・・・・・・」


驚きすぎて心臓が煩い。それでも何とかその言葉を絞り出して、ゴブリンを見やる。

ゴブリンたちは此方に興味がないのか、単純に気づいていないのかは知らないがこっちを気にしている風ではない。

それを確認してルリに向き直るとゴブリンの一匹を指さす。


「俺が先に行くから、あっちのゴブリンを頼む」

「はい」

「じゃ、怪我をしないよう気を付けて慎重に戦ってくれ」

「かしこまりました」


カークは剣をゆっくり静かに抜くとゴブリンに近づく。なるたけ音を立てないよう慎重に。

だが、ゴブリンだってそこまで馬鹿じゃない。近づけばこちらを見て喚き散らして突進を仕掛けてくる。

ゴブリンの初撃。

早さと言うものを一切感じさせないどたどたとした走りでゴブリンは近づいてくる。それを見極めて避けると背後から一太刀。

汚い悲鳴を聞きながら、痛みから涎たらすゴブリンの首を目がけて斬りかかった。

ゴブリンは半歩後ずさりそれを避けると棍棒を振り回してカークの腹に殴りかかって来た。

やばい、そう思ってカークも後ずさるが今一歩遅かった。棍棒の一撃をもろに食らい息が漏れる。

痛みで涙目になり、後ずさってゴブリンを見る。あちらもまた消耗している。

歯を食いしばりもう一度ゴブリンに斬りかかった。

今度は間違いなく当たり、ゴブリンは裂かれた腹を庇いながら倒れた。

止めを刺してカークは振り返る。ルリは大丈夫だろうか。

ルリは此方を無表情に見ていた。

その姿に面食らう。ゴブリンはどうした?

ふっとルリの近くに首から上が無いゴブリンが血の水溜まりに転がっているのが見えた。

だが、ルリの持つ槍は血のひとつもついているようには見えない。

魔法で倒したのかと思いながら、カークは聞く。


「大丈夫か?」

「大丈夫です。怪我はありません」


気のせいだろうか、彼女は苦笑しているようだ。


「・・・・・・本当に苦戦しなかったのか。凄いな、君はさっき創造されたって言っていたのに、戦う術をもう身につけているのか」

「知識と同様にそう言う風に創造されました」


いざというときは彼女を守るつもりだったがもしかして彼女の方がカークより強いのではないかと思い口ごもってしまう。


「嫌だったらいいんだが、能力値を見せてくれないか?」

「構いません、どうぞ」


言われてあっさり見せてくれる彼女に瞠目しながらも彼女の掌から現れたその半透明の板を覗き込む。


「種族は獣人。Lvは戦士lv6、水属性魔法使いlv4、神官lv4。合計LV14・・・・・・凄い。冒険者ならB級だ」


珍しいことに異能の所に記述がある。≪水獄の君の触腕≫。

異能は生まれついて得ているものとあとから得るものがある。これは技能と違って本人の能力値に左右されない、独立した能力。特殊能力と言い換えてもいいだろう。

さて、この異能の名前は物々しい言葉だ。彼女を見て、問う。


「この、異能は?」

「影に水獄の君の触腕の一部を貸していただいています。水属性の魔法の威力、殴打系刺突系の攻撃に攻撃力の上乗せが得られます。また、触腕の召喚が可能です」

「お、おお」


凄い、凄いのか?カークには理解できなかったが彼女が使いこなせるのであれば外野が何か言う必要などないだろう。

無理に自分を納得させて能力値を覗く。

どの能力値もカークより格段に上だった。ものによっては8倍の差がある。

カークはちょっと情けなくなりながらも彼女を見て、苦笑した。


「ありがとう。俺なんかよりずっと強かったんだな」


彼女はその言葉に僅かに戸惑うそぶりを見せると首を振る。


「カークであればすぐに私を追い越すかと思います」


気を使わせてしまった。ますます情けなく思いながらも立ち上がった。

迷宮のど真ん中でいつまでも座ってられないだろう。


「ありがとう。それじゃ、行こうか」

「はい」

「そう言えば、なんで俺に丁寧に接してくれるんだ?」


ずっと思っていた疑問を挟むと彼女は首を傾げた。

意味の分からない質問だったか。彼女は育ちもよさそうだし・・・・・・いや、創造されたばかりだから育ちというのは存在しないのか?

素朴な疑問を感じながら待っていると彼女は答えた。


「カークの従者として創造されたからです」


立ち止まって彼女をみた。冗談だろうか?冗談だと言って欲しかった。

見ず知らずの相手に女性を預けてしかも従者にするとはどういう了見なのか。ていうか従者ってなんだ?従者を付ける意味が分からない。あの男を小一時間は問い詰めたい気分に襲われるがあの幻覚を思い出すとその勢いも一瞬で消えた。

自分が情けないと肩を落としながら口を開く。


「俺に従者は必要ない。迷宮から出たら好きに生きてくれ」

「それは」


それはのあと彼女は俯いてしまった。

何か酷い事を言っただろうか。カークには分からなかった。見ず知らずの女性を連れて生きるのは大変だし、実力のある彼女を拘束するのは憚られた。

自由に生きて欲しいと思ったがそれを口にするのも違う気がした。


「あー・・・・・・君が嫌って訳じゃないんだ。ただ、俺の勝手で振り回したくないと思って」


言い訳じみたことを言うと彼女は顔を上げてこちらを真っ直ぐと見る。

藍の瞳が美しい。


「構いません。カークの役に立つことこそ、私の使命です」


使命。使命とまで言うのか。

コレ以上何かを言い募ることは正しいのか分からず今度はカークが俯いた。

本気でカークの従者として創造されたというのであれば、カークが拒絶すればそれに従うだろうが、彼女は路頭に迷うことになるかもしれない。

例えば、使命を全うできない被造物にあの男は優しく接するだろうか。

それとも


「・・・・・・分かった。しばらくは一緒に居よう、ルリ」


彼女は安堵したように微笑んだ。


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