176:これからのこと
通されたのは城内にある会議室のような部屋だった。
というか多分だが会議室だと思う。豪勢な長テーブルが広い部屋にどんと置かれ、それぞれに椅子が置いてある。
書類を持った軍人が椅子の一つに腰かけており、ルリにオニキス、シンジュとクォーツも立っていて、入ってきたカークを見る。
その中で最も上座にその人物は座っていた。
紅蓮の長すぎる髪は椅子に座っていることで床に広がっている。
左右にはヒュプノスとタナトスが立っていることから、彼らの関係者だと分かった。
とりあえず、そちらの偉そうな人物に会釈をすると彼は中性的で端正な顔に少し困ったような表情を見せタナトスを見上げた。
「器が歪んでいる」
「はい。先の出来事が原因かと」
「いや、これは根本的に歪んでいる。代わりはいないのか」
「いないこともありませんが……余りに不安定で、器がまだ弱いのです」
二人のやり取りを他所にルリが駆け寄る。
「カーク!無事でしたか!!」
「心配をかけてすまない」
「無事でよかったです」
オニキスからもそう言われ、しゃがんでカークは笑う。
「心配かけてごめんな」
シンジュとクォーツはこちらを見て微妙な顔をし、それでもクォーツはため息を吐くと傍らまで来てカークの頭をひっぱたいた。
「いたっ!?」
「……無茶させて悪かった」
「行動と言動を一致させてくれよ……」
叩かれた頭をなでさめざめと泣きながら立ち上がり、シンジュが黒い眼で見つめてくるのを受け止める。
「シンジュ。ありがとうな、助けてくれようとして」
「必要ない。貴公への恩返しの一端だ」
あんなバケモノを前に決然と立ち、助けようとしてくれたシンジュのことは覚えている。
お礼をしてもしきれないが、彼女は必要ないという。困ってしまうが、押し付けるのもよくないだろう。
何か言おうとカークが口を開けた瞬間、軍人が咳払いをする。
そちらに注目するとルレアが隣に座り、カークたちを見ていた。
「とりあえず今は戦争の話を軽くしましょう」
「あ、ああそうだな。どこに座ったらいい?」
「適当に座って。正式な会談の場ではないし」
「わかった」
そして、めいめい席に着くと軍人が切り出す。
「今回の戦争はハノリアト円王国が退くという形で終結する見込みです。先だってのバケモノの件で彼らも人的被害がひどかったですから」
ちらりと軍人はカークを見たがそれ以上は何も言わず、続ける。
「つまりは、終戦します。カノカノスで食い止めることができたのは僥倖でした。賠償のすり合わせや休戦協定と条約などの難しい話は別室で別の人物が責任をもって執り行っている最中です。よほど無茶な要求でない限りこちらの要求は飲まれるでしょう」
「ハノリアト円王国の軍は5万人でしたが、そのほとんどがバケモノに食われ死亡。装備や魔法強化などの費用を考えると目を覆いたくなる惨事だとういことです」
ルレアも説明したがカークにはよくわからなかった。
まあ、それでいいんじゃないだろうかという感想しか出てこない。
貴族でもない、ただの冒険者であり、戦場で暴れまわったバケモノを身の内に飼っている危険人物だ。
ただ、これをわざわざカークたちに聞かせたのは何か意図があってのことだろうというのは伝わる。
でなければこの場を設ける必要などなかった。ルレアから説明されればそれで十分だっただろう。
それをしなかったのはなぜか?ちらりとカークは紅蓮の髪の男を見た。
無表情で彼はどこか遠くを見ており、この会話に何の興味もない様子だった。
なら彼らだってなぜここにいるのだろうか?
「納得しますか?」
軍人がカークを恐々といった様子で見る。その瞳に映るのは純然たる恐怖だった。
そこでようやく思い至る。自分でいったではないか、“バケモノを飼う危険人物”だと。あの惨劇を見た人物で、カークがそのバケモノ張本人だと知っていればそんな態度にもなるだろう。
あの時は偶然ハノリアト側にだけ被害が行ったが、運が悪ければカノカノス――ロイノーネ側にも被害が行っていてもおかしくなかった。
それを彼は勘違いしているのだ。カークの機嫌でこれがカノカノスに降りかかるのではないのかと。
「俺は冒険者にすぎません。そちらの決めたことに口出しをするつもりはありませんよ」
なので丁寧にそういうと彼はあからさまにほっとして、手元の資料に視線を落とす。
沈黙が一瞬舞い降りたが、すぐに紅蓮の髪の男が口を開く。
「それで、その話が終わったら今度はこちらの番でいいか」
「はい。どうぞ」
ルレアは恭しく頭を下げる。
と、紅蓮の髪の男はカークをまっすぐに見つめて言う。
「ルビアンレ鳴王国は今回の戦争について正式に抗議を行い、ハノリアト円王国の不当な侵略行為に対して世界中に抗議を発信するつもりでいる」
「はい?」
意味が分からず聞き返すも気にした風もなく彼は続ける。
「生贄戦争の犠牲者およびロイノーネ陽王国には十分な支援を行うことをここに宣言する」
無表情のまま言い切った人物に目を白黒させ、カークは思わず聞く。
「勝手に決めていいことなのですか?」
彼はつまらなそうに首をかしげて言う。
「私が鳴王国の宰相ハデスだ。何の問題もない」
「宰相閣下……鳴王陛下の許可とかは……」
「私の行動に文句を言える立場にはない。故に問題はない」
「ええ……」
王様より偉そうな宰相がいてたまるかと思うが、それは国によって事情が異なるだろう。ここで首を突っ込んでもいいことはない。
「今回の件は詳しく陽王国から話が行くはずだ。銀王国も盾王国も出てはこまい。なら、花竜帝国からも支援は一応は届くだろう。それだけの支援があれば、陽王国もしばらくは盾になってくれる」
まあ、綺麗ごとだけではないよなあとカークは顔を引きつらせてその言葉を聞く。
ようは銀王国や円王国の盾になる役割が陽王国なのだ。それを各国に求められている。それなら潤沢な支援を得られるだろう。でなければ陽王国が根を上げてしまうからだ。
折衝など聞いてもやれはしないし、カークはともかくうなずくしかない。
見ればルレアと軍人も神妙な顔でそれを聞いていたし、カークにどうこうしてほしかったわけではなさそうだ。
「で?これだけやれば満足だろう。すぐに鳴王国に発つぞ」
紅蓮の髪の男、ハデスはそう言い、立ち上がる。
立ち上がってもなお髪の毛は床につき、波打っている。
あの状態で歩いたりしたらひっかけたり転んだり埃を吸着して仕方がないだろうなととりとめもないことを考えている場合ではない。
カークは慌てて、頭を下げた。
「待っていただけますか!」
「なぜだ」
「故郷に物資だけ送らせてください!家族が心配なんです」
彼はそこで困ったような呆れたような顔をして、ため息を吐く。
「無理に連れて行っても仕方がない……ついでだ、先ほど言っていたそのもう一人も連れて行こう」
「はい」
タナトスがそう返事をするがどこか浮かない顔をしている。
「どうした」
「それが、その……その人物なのですが、“原種”のいる街にいるので、私たちでは近づけません」
タナトスの言葉にヒュプノスも頷き、ハデスは煩わしそうにため息を吐く。
「はぁ……わかった。私も行く」
「申し訳ございません、ハデス様」




