170:矜持
「――――断る」
アルバート・ヌエグ・ダグ・ガデュは決然とそう言い切った。
この言葉の意味を知らないわけではない。
今救いの手を差し伸べてくれようと言うならば何を犠牲にしても民を国を守るべきだろう。
だが、アルバートは美貌の男を前に恐怖を飲み込んで断ったのだ。
美貌の男は笑みを取り去り、無表情に瞬く。
「神に懇願するとまで言ったのに断るのかい」
「民を犠牲にして得るものはない。また、恩人を売り渡す気もない」
アルバートの目を見て美貌の男は嗤う。
「それなら、この都市は全滅だ。いいのかい」
「かもしれないが、勝てるかもしれない」
“かもしれない”。希望的観測でアルバートは口を開き、肩を竦めた。
2万対5万。普通に考えて、到底勝てない物量だ。
しかし――このカノカノスに駐留していた軍隊や間に合った兵士たちがそう簡単に負けるはずがない。
ヒト対ヒトの戦争だ。魔獣や魔物との戦いとは違い、戦術で戦局は左右される。
例え武装や練度に差があろうとも“数”だけが全てではないのだ。
アルバートの確固たる意志を感じ取った美貌の男は面白くなさそうに顔を歪めて傲慢に光る金の目を細める。
「――言い方を変えようか。どちらかを選ばなければ、お前は死ぬ」
冷酷な宣言にアルバートは嗤う。
――何だ、神の様だと思ったが案外人間臭いではないか
自分の思ったようにいかず、面白くないから滅茶苦茶にしてやろうという魂胆が丸見えであり、癇癪を起した子供みたいだ。
「それは困る」
アルバートは冷静に言った。
美貌の男が笑みを取り戻すと同時に次の言葉を発する。
「しかし、数多の民の死体の上に立つ気はない。恩人も売り渡さない。これがロイノーネ陽王国の貴族、アルバート・ヌエグ・ダグ・ガデュの矜持だ」
胸を張り、はっきりと言い切ったアルバートに美貌の男は拍手を送る。
部屋に響き渡る白々しい拍手。
「恐れ入った。死をも恐れないとは」
美貌の男はそう笑い拍手を止めると、いやにゆっくりと右手の親指と薬指を合わせる。
「舞台に立たない人間に用はない。それじゃあ、さよなら」
パチンと指が鳴らされると同時にアルバートの心臓の鼓動は止まった。
「動いたか」
東側。敵の円王国軍と味方の陽王国軍がにらみ合っている戦場の向こう側。
そこで青白い光が壁の様に立ち上がる。
「音が聞こえない。戦闘は始まっていない様だがいつ始まってもおかしくない。魔法と魔法道具での防御壁が発動されただけだ」
クォーツの言葉にクィガは頷き、傍らの軍人に言葉をかける。
「ここは任せた。前線に私は向かう。ルレア様をお守りしろ」
ぎょっとしたのは軍人たちとルレア、それからカークだ。
「危険です!小官に任せ、こちらで待機していてください!」
必死の形相でそう言い募る部下に憎い相手でも見るかのように冷たい目線をクィガは向け、カークを指さす。
「彼は、冒険者だ」
「?はい」
何を言いだすのかと身構える部下にクィガは怒りの形相を見せる。
「本来!彼は、冒険者は国防に関わる義務はない!!それを押して前線でっ!それもあの女を相手に戦わせるのにも関わらず、自分だけ後方で指示だけしていろと!?」
冒険者に“国境”はない。それはつまり、あらゆる国にとって冒険者は敵でもあり、味方でもあるのだ。
つまり、この戦争に参加している冒険者、カーク達は危険な橋を渡っている状態でもある。
怒りの理由を知り、軍人としての矜持を胸に部下たちはそれでも言い募る。
「ですが司令官は閣下であります」
「司令官殿が前線に向かわれる必要などありません!」
「軍人としての誇りはどうした!?」
地響きのような怒鳴り声に軍人たちは身を竦ませ、カークは控えめに声を出す。
「閣下の気高さはよく理解いたしました。しかしながら私が愚考いたしますに、前線は大変危険でございます」
ごく当たり前のことを言い始めたカークに視線が集まり、クィガに至っては訝し気にこちらを見ている。
横やりが入る前にカークは早口に結論を言う。
「前線へは赴かれない方がよろしいかと具申いたします」
「戦線で兵が戦う事に変わりはない。私が行って・・・・・・」
「何か変わりますか?」
冷たいカークの言葉に場が凍りついたようだった。
「何も変わりませんよね。閣下が1人、前線に赴かれても何も、変わらないでしょう?それとも兵士として、戦士として一騎当千が出来るほどの才覚が御十分にあるので?」
目を見開き、顔を怒りに斑に染めるクィガが何かを怒鳴る前にカークは天幕を指さし言い切った。
「ここが閣下の前線です。お間違えの無いよう、ご留意を下さい」
歯を、彼は食いしばった。憎い物を噛み砕くように、それとも、至らぬ自分を口惜しんでか。
数度口を開閉した彼は頭を振った。
「カークと言ったか」
「はい、閣下」
「それほど危険な場所に赴かせる私を許せ」
「いいえ、閣下」
訝し気なクィガを横目にカークは晴れ晴れと笑い、背後の仲間を振り返る。
「自分にしか出来ない事であっても、強要されたとは思っておりません。自分で決めた事です」
大きく息を吸い、カークは息を吐く。
「もう時間がない。ニヒジェケスの顔を見に行かないと」
「俺が案内する」
「私も行くわ」
ルレアの言葉に反応したのはルレアの仲間たちだった。
「危険です!」
「クローディア。私は、私たちは前線を支える役割をします。それが嫌なら帰りなさい」
「っ!!いいえ!いいえ!ご一緒させていただきます」
クローディアは頭を下げ、一歩下がる。
「ホレイショ。貴方の防御能力に期待しています」
「勿論です。お任せください」
タワーシールドを軽々と片手で持つホレイショにルレアは頷き、アストンへと顔を向けた。
「貴方も来てくれますね」
「当然です、お嬢様」
微笑んだルレアはカークに向き直ると頭を下げる。
「お願い、します」
「ルレア。俺は確実に勝てるかも分からない。だから、頭を上げてくれ」
カークの緊張した面持ちにルレアは声を詰まらせ、ルリは何かを言いたげだった。
それは、留めようとするようにも見えたし、送り出そうという風にも見えた。
「じゃあ、行こうか」




