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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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16/272

14:エルデン・グライプ

※加筆修正


この世界には“エルデン・グライプ”という不滅に等しい存在がいる。

“エルデン・グライプ”は、命あるものが死んだ後に発生する極めてまれな存在であり、発生原因は分かっていない。

エルデン・グライプという言葉は古代語であるためその正しい意味を誰も知らないが、学者が言うには『栄光を零すもの』とか3つ目の月が現れた時に発生するようになったとみられるから『月の灰』などと呼ばれる。しかし最も一般的な俗称は“泥”である。

これは例え泥のように原形をとどめていないミンチより酷い状態からでも再生し復活する事からそう呼ばれている。しかし息を吸い、食事をとり、睡眠をとる。生命維持は通常通り行われるためアンデッドではない。

つまり、短命種や長命種と同様に病気になるし毒にもかかる。通常通りのヒトと変わらない。

冒険者はこの“エルデン・グライプ”もしくは“泥”を差別することは無く、むしろ“盾”として引く手数多なほど慕う。ただしそれを請け負う義理は大抵の場合ないだろう。




冒険者ギルドでの不滅者の扱いについて一通りの説明を受けたあと大通りを行きながらカークは手で顔を覆って呻いた。

不滅者は本で呼んだ存在だ。おとぎ話に語られ、存在しているかも曖昧なものだ。

そのはずだったのに自分がまさかその不滅者になるとは思わないだろう。

血塗れの姿を流石に見咎められ冒険者ギルドの施設の裏手の訓練場で体を清めている時に身体を検めて見ると子供の頃につけた傷が無くなっていて酷く驚いた。その上、左胸に全く覚えのない金字で描かれた8芒星があった。

受付のニール曰く、エルデン・グライプには場所は違えど体の何処かに皆8芒星が現れるそうだ。

他人の身体を使っているような気持ち悪さと自分の身体に異物が入っているような気持ち悪さで吐き気を覚える。

だが吐き気を覚えても仕方がない。指輪を取り戻す必要がある。

野盗が言うには指輪は売り払って金にしたらしい。ただ、その時の金は少しも残っていなかった。

冒険者ギルドの担当した受付の青年ニールと同僚たちは喜んで野盗から有り金を巻き上げて、その上、ギルド上層部の人物が許可したため報奨金もくれたが買い戻すには金が足りなかった。野盗はこれから尋問を受けるそうだが、生憎その様子に興味がなかったのでその後どんな扱いを受けるかは知らない。

冒険者ギルドの職員や冒険者の殺気だった目を見るだに、優しい扱いは待ってないだろう。

それはそうと財布を懐の上から確認してため息を吐く。


「・・・金貨21枚で売れたのか・・・・・・11枚足りない」


とにかく売らないでくれと売られた道具屋に嘆願しに行くしかないと意気込んでその道具屋に足を踏み入れる。

大通りから何度か道をそれた場所にある年季の入った道具屋だ。

雑多に物が置かれた店に入るといかつい顔をした男が挨拶もせずにこちらをみている。


「どうも」


カークが短くそう言うと、男は睨んだ。

不愛想というよりは何かを警戒しているような顔で此方を窺う様子に戸惑うが、カークは構わずに要件を単刀直入に聞く。


「指輪を探しているんです」

「・・・・・・どんなやつだ」

「真ん中に青い石の嵌った薔薇のモチーフの指輪です」


具体的に言われて男は片眉を上げて、ひとつ唸った。


「どこで聞いてきた?」


不審がる姿に戸惑いながらもカークは正直に伝える。


「野盗に盗まれたんです。その野盗がこの店に売ったと聞いて来たのですが」

「・・・・・・商品を探しもせず、具体的に探してるものがある奴は大概そうだが・・・・・・そうか、あいつは野盗なんかしてやがったのか」

「信じていただけるんですか」

「心当たりがあるからな。その野盗は今どうしてる」


あの二人と知り合いか何かだったのだろうかと考えながら、答える。

知り合いにとっては気分の良い話じゃないが。


「今頃は冒険者ギルドで尋問を受けているかと思います。少なくとも俺が出るころにはそう話してました」

「そう・・・・・・そうか・・・・・・」


溜息をつくと男は頭を振り、カークに向き直る。


「すまないが、もう売れちまった」

「はあ!?ど、どなたが買ったとか、そう言うのは分かりませんか!?」

駄目は元々で必死になって聞いてみると男はいかつい顔に後悔のような物を滲ませて口を開く。

「分かるが、行ってみるか?」

「教えていただけますか」


男は一瞬躊躇して、それから意を決したように拳を握って言う。


「大通りに戻ってから鍛冶屋の角を曲がれ。その先にあるオリーブが描かれた看板の店にあるはずだ」

それから、といったん男は言葉を切って苦し気に言う。

「あいつらがアンタに酷い事をしてすまなかった」


カークは戸惑った。目の前の人物は野盗でもなければ自分を殺した犯人でもない。

謝る道理など無い。しかし彼はそうは考えなかったのだ。

それほどまでに親しかったのだろうか?


「いいえ、貴方が悪い訳ではありませんからお気になさらず」

そういうと悔悟の念にとらわれている店主を置いてカークは店を後にした。





ドアが開くとベルの音が落ち着いた店に響く。魔法光をふんだんに使われた非常に見やすい店舗だった。

店内にはカウンターの向こうのすらりとした長身の宵闇色の髪のエルフ以外誰もおらず、ダークオークの重厚な壁や大理石の床に数点の高価そうな骨とう品や魔法道具がショーケースに入っていて、ギルドで貰った縫製の甘い麻の服を着た場違いな自分を恥ずかしく思う。

ベルの音に顔を上げた店主は先端の尖った長い耳を僅かに動かしてこちらを覗うと、神秘的な深緑色の瞳を細めて中性的で類を見ない程に整った美しい顔に完璧な営業スマイルを浮かべる。

身なりが非常に整っていた。いや、整っていたなどと言うのは烏滸がましい。

純白の手袋。汚れとは無縁の白のワイシャツ。優雅で上品な銀のツタの刺繍が施された黒の上着。藍に染めたシルクのクラバット。

服装だけ取っても何処かの大貴族と言われても一切疑わないだろう。だがしかしそれ以上に穏やかで自信に満ち溢れてかつ決して傲慢さを感じさせない人物であることに安堵した。


「いらっしゃいませ」


ささくれだった心が優しく包まれるような不思議な声色に一瞬忘我するが我を取り戻す。

聞き惚れている場合じゃないと気を取り直して唾を飲み込んで自分を奮い立たせてから近づいて、出来うる限り丁寧に声を出す。


「すみません、こちらで青い石の嵌った指輪があると思うのですが、見せていただけますか」

「はい、少々お待ちください」


店主は振り返って戸棚を開けると黒く薄い箱を取り出してこちらに向き直った。


「お待たせいたしました」


少しも待っちゃいないけどと心で思いつつ、開かれた箱を覗き込む。

青い石の指輪は4つ。目当ての指輪はしっかりとそこにあった。

右から二番目の指輪を指さしてから祈るように声を紡ぐ。


「ああ・・・・・・実は恥ずかしいお話ながら野盗に奪われてこの指輪を売られてしまったのです」


目の前のエルフは笑顔を少しも崩さないままこちらの話を待った。

嘘臭い話だと自分でも思う。誰だってこんな身なりの奴が高価な指輪を持っていたなんて信じないだろう。


「・・・・・・金を工面するまでの間、どうかお願いします!売らないでいて貰えませんか」


頭を下げて必死に頼む。それしか方法はない。

エルフの青年は苦笑したのを後頭部で感じ取る。当然だ何処からどう聞いてもほら話だ。


「いいじゃない。面白い」


不意に背後から声がかかる。

驚いて振り返るとそこには良く目立つ真っ白なロングコートを身につけ、ループタイに大振りのエメラルドを通し、華やかで赤みがかかった金の花葉色の長髪を緑色の大きなリボンで一まとめにしている11,2歳ほどの美少女が精巧な人形の様に整いすぎて不気味にも見える美貌に無邪気な満面の笑みを浮かべ、エルフの青年に話しかけている。


「それに嘘じゃないよ。さっきギルドで聞いたもん、しかも」


そこでいったん切るとカークを見上げてその無邪気な笑顔を向けた。美しい顔を直視できず、思わず少女の足元をみて(短いパンツから覗く素足が眩しい)などと変質者のような事を考える。


「新しい泥なんだって?恩を売れるならこっちに損はないしさ、いいじゃん」


宵闇色の前髪を耳にかけながらエルフの青年は苦笑して指輪を取り上げるとそれをカウンターから取り出した別の箱にしまった。


「そう?じゃあ、取っておきますね。ただし金貨30枚で私は買い取りしましたのでその値段になりますが」

「あ、ありがとうございます!」


少女はそのやり取りを見て、嬉しそうに笑うとカークの姿をまじまじと観察し始める。


「よしよし見た目は悪くない・・・・・・僕と遊ばない?訓練場が空いてたし」


悪戯を思いついたように話しかけてくる少女に答えるより早く目の前のエルフの青年が何処か厳しく答えた。


「メディ、遊ぶならシディアかシャルローゼと遊びなさい。彼はここではお客様なんだから」

「はーい・・・じゃあさ、お話聞くのはどう?泥になった時、どうだった?」


泥になった時と言うのは十中八九死んだときの話だろう。

話したいとは思わないだが、たとえ腹が立つようなことを言われたとしてもこの少女のおかげで指輪を繋ぎとめているのは事実だ。この言葉を無下にできない。

悩んでいる間にエルフの青年は顔を顰めてきつい声を出す。


「メディ!!」


子どもを叱りつける声に思わずこちらも身が竦む。


「わわわ・・・ご、ごめんなさい。ぼ、ぼ、僕、出かけてくるー・・・」


足早に店から出て行った小さな背中を見送っているとエルフの青年は頭を下げた。


「すみませんでした。子どもっぽくて・・・」


子どもに子どもっぽいというのは不思議な感じだが、エルフは少し感覚が違うのかもしれないと思いながらも首を横に振って見せる。


「いいえ、気にしてません。それより指輪の件、ありがとうございます」

「構いません。この仕事は趣味ですから、ゆっくり返済していただいて結構です」


優しく美しく微笑む顔は青空よりも明るく、清廉で穏やかだった。

思わずその笑顔に見惚れているとエルフの青年は何かに気づいたようにメモを取り出し、万年筆を此方に渡そうとする。


「お名前を頂戴できますでしょうか」

「え?あ!は、はい!勿論です」


素早くメモ紙――どうやら羊皮紙ではなく薄い植物性の高価な紙のようだった――に自分の名前を書くとそれをエルフの青年に万年筆と一緒に渡す。


「ありがとうございます。カーク様ですね。申し遅れました私はこの道具屋の主人を務めさせていただいております、ラナンティアと申します。以後お見知りおきを」

「様は止めていただけないでしょうか・・・・・・農民上がりの冒険者なので申し訳なく感じてしまいます」


エルフの青年ラナンティアはちょっと困った様に笑って頷くと了承してくれた。

ほっとする。こんな超のつく格式高い場所で位の高い人物に“様”付で呼ばれるなど烏滸がましいし、心臓が持たない。


「ところで、カークさんは冒険者との事ですが・・・・・・その、冒険者登録票はどちらに?」


言われてはっとなり首元を弄り、思わず財布を取り出して中身を覗くがどこにも雫型の登録票が無い。ギルドで着替えた時に外した記憶がない。

いったいどこで落としたのか?決まっている、森の中だ。殺されたあの場所だ!

だが戻れる自信は無い。森を歩きなれているわけないし、そもそも見知らぬ森なのだ、目当ての場所にたどり着く自信などこれっぽちもなかった。


「ぎ、銀貨36枚!?俺の銀貨36枚分が!」

「差し出がましいようですが、再発行は銀貨30枚です」


優しい言葉に涙ぐみそうになる。どのみち銀貨30枚。高価だ。

しかし登録票が無くてはギルドで依頼を受けることはできない。一応抜け道として、獲物から剥ぎ取った毛皮などは冒険者ギルドや商人ギルドで売れるが、所詮は問題の先送りに過ぎない。

全財産は金貨10枚。必要なのは金貨30枚。金貨1枚すら稼ぐのが危うい実力で、いま20枚も金貨が足りないという眩暈どころか昏倒しそうな状況で、出費するのか。

頭を悩ませ苦悶の声をあげていると、控えめな声でラナンティアはこう言う。


「本当にゆっくりと余裕を持ってお金を貯めていただければ、私も嬉しく思います」


優しい言葉に今度こそ、涙した。

人が良いというレベルではない。彼は聖人かもしれない。こんな得体のしれない初対面の冒険者にこれほど優しくしてくれるのは家族くらいだ!

洟を啜って涙を服の袖で拭くと思わず手を組み祈るような姿で彼を崇めた。


「ありがとうございます!!!ラナンティア様!」

「私のことは気軽にラナンと呼んでいただけますか」

「ラナン様!」


意気込んでそう呼ぶとラナンティアはうーんと曖昧な表情を浮かべカークをまじまじと見つめていたが結局諦めた様子だった。

こうはしていられない。ギルドに戻って再発行をしてこの優しい人物を失望させないように一日も早く返済しなくては。


「それでは、金が貯まったら伺わせていただきます」

「いつでもお気軽にお越しくださいませ」

そう挨拶を交わしあってカークは落ち着いた店から慌ただしく出て行った。




ひょっこりとカウンターの奥の扉から現れたメディは美しい顔に満面の笑顔を浮かべて口を開く。


「あの子面白ーい」

「はいはい。お出かけするんじゃなかったの?エメディリル」

「えー?兄ちゃんは面白くないの?新しい泥だよ?」


そう言われてカウンターに置かれたメモ用紙を見る。新しい“エルデン・グライプ”の名が書かれた紙を少しの憐憫を込めて手に持った。




『不死性』を持つ種族は少ないがいくつかある。

エルフの祖『エルフェノーラ』。

獣人の祖『ロアノール』。

生命あるものが死にその後かりそめの命をもって動く『アンデッド』

異界から現れる『天使』。

人々を暴虐に導く『悪魔』。

人々の営みに一切の興味を示さない3柱の『神竜』。

神竜から発生した『古竜』。

そして姿を見せなくなった『古の神々』

彼らは不死性を持っている。しかし、寿命での死がないだけで‟殺せない”訳ではない。

確率が低くとも、勝てる見込みがなくとも、それでも殺せる可能性のある存在だ。

エルデン・グライプ。彼らはそうではない。

歪み、腐り、貶められ、蔑まれ、穢され、冒涜されようとも、冒涜しようとも、祈りを捧げられようと、崇拝されようと、死ぬことは無い。理から外れた不滅性のものなのだ。

一部の種族は彼らを神として崇め、別の種族は生命を冒涜しているとして敵視する。

昔、ある国が行ったエルデン・グライプを知るための実験として犯罪者のエルデン・グライプがその対象になった実験を見たことがあるが、口に出来ない程に凄惨な物だった。

だがそんな実験の結果、彼らを休眠状態にする事が出来るという事実が発覚したのは良い事だったのか。あの国は今でも不滅者の牢獄を管理している。

そしてもうひとつ、分かったこともあったのだ。

それを思い出して、嘆息する。





「・・・・・・・・・・・・死が死んだ者か。面白くないよ」

「優しいね、兄ちゃん。でもさ、彼らはどうやったってああなっちゃうんだし、玩具にした方が楽しめていいよ」


強欲に細められた緑の目をみてラナンティアはきっぱりと言い放つ。


「約束は?」

「ひぇ・・・・・・も、勿論・・・・・・強引に進めないし、強制もしません。兄ちゃんホントに!ホントにしないよ!!無理に玩具にしない!」

「よろしい」


神秘的な緑の瞳が逸らされてやっと息継ぎが出来るとばかりにエメディリルは呼気を荒げた。

怖い思いをしたので後でシディアで遊ぼうと心に決めながら息を整ているとラナンティアは小さな箱に入れられた指輪を眺めている。


「好みの指輪だったの?」


無邪気な質問に苦笑して指輪の入った箱をカウンターの下の扉に滑り込ませた。

遠い思い出だ。もう、どれだけ遠いか思い出すのが困難な程、遠い遠い思い出だ。

彼が覚えていないのも無理からぬことだろう。


「何でもない。暇なら商品の整理やってくれる?俺は作りたいものがあるんだ」

「えーやりたくなーい。シャルローゼにやらせるよ」

「そう?じゃ、シャルローゼに頼んでいいかな」


エメディリルは無邪気な笑みを浮かべる。


「うん!どーんと任せてよ!」


やるのはシャルローゼだけどとラナンティアは呟きながらカウンターの奥の扉へ消えていった。


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