146:誰にだって怖いものはある
投稿が遅れて申し訳ございませんでした。
体調不良でした。体調不良です。
皆さんも体調にはお気をつけて!!!!!!!
ラナンティアからチェスセットの入った精緻な彫刻が施された箱を受け取るとしゃがんでそれをシンジュに渡す。
「皆で遊ぼうな、シンジュ」
「無論だ。期待している」
彼女は期待に目を細め、薄く微笑むとそれを自身の腰のポーチにしまう。
その姿にカークも微笑んで頷き、立ち上がったと同時にガンッと勢いよく店の扉が開かれた。
あり得ない光景だ。あり得てはならない事態だ。
この上品で高貴な空間にそのような無作法者など現れてはならない。
ぎょっとしてカークがそちらを見るとそこにいたのは小麦色の肌に薄く紫がかった銀の髪を持つ、ぼさぼさの髪のせいで不潔感を感じさせる青年だった。
彼は店内を見渡し、カーク達を一瞬見た後、カウンターの奥に優雅な姿勢のまま立つラナンティアを見ると濃い紫の瞳を零さんばかりに目を見開いてばたばたと駆け寄る。
「ラナン!ラナン!酷いじゃないか!?」
「チャロアイト。お客様がいるから」
チャロアイトと呼ばれた青年はラナンティアにそう言われて怪訝そうにカーク達を見て、首を傾げ、しかし、肩を竦めただけだった。
「関係があるとは思えない」
「礼儀の問題だよ」
ラナンティアのもっともな言葉にけれどもチャロアイトは納得した様子もなくやつれた顔をへし曲げた。
「私よりも重要だと?」
「君より重要なものなど世の中にはごまんとある」
上品な微笑みを浮かべたままラナンティアはそう告げるとカウンターから出て来てチャロアイトの首根っこを捕まえ、扉から放り出す。
「旧友がお騒がせして申し訳ございませんでした」
深々とお辞儀をする姿のその後ろからばんばんと扉を叩く音が聞こえるが、一切を無視してラナンティアはカウンターに戻り、柔らかに微笑んだ。
そして、扉を叩いていたチャロアイトは効果が無いと悟ったのか、諦めた様子だった。
――関係を聞くのは無為だろうな
カークは顔に何とか愛想笑いを張り付けて、言葉を吐く。
「お、お気になさらず」
「ありがとうございます」
ラナンティアは微笑み、会釈をした。
そうこうしている内にレラが戻ってきて、着慣れない服に少し戸惑っているようだった。
臙脂色の短い上着に黒のズボン。灰色のハイブーツは太腿まであり、彼の足の長さであれば違和感なくなじむ。
服もところどころに銀の装飾が施され、緑の宝石がはめ込まれていた。
ふたつ結びの緑の長い髪を揺らしたレラは扉の方を見てからカークを見る。
「凄い音がしたが、大丈夫か?」
「あ、ああ。うん。問題ない」
どうやら着慣れない服に戸惑っていたのではなく、この店では遭遇しえない状況に戸惑っていたようだった。
上品を体現する高貴なラナンティアと関係があるとは思えない人物だったが、彼とは親しい様子だったので、外野がとやかく言うものでもない。
「ラナンティアさんにお客様が」
「お騒がせして申し訳ございません。こちらから言っておきますので、平にご容赦ください」
「いえ、お気になさらず」
レラは気まずげに目線を逸らし、ため息を吐くとカークに向き直る。
「こちらは決まった」
「ん。ラナンティアさん。あと、レラに空間魔法付きのポーチもいただけますか?重量は100kgで」
「畏まりました」
カークの注文にラナンティアは微笑み、カウンターの下から箱を取り出すとその中からレラの現在の服装に合いそうなものを取り出していった。
「これがいい」
レラは大して迷わずにそう言い、黒のポーチを選ぶとカウンターから離れ、時折すすり泣く様な声の聞こえる扉をルリとオニキスと一緒に見ていた。
カークは外の状況が気になりながらも顔を引くつかせてラナンティアに向き直り、頭を下げた。
「これでよろしくお願いします」
「はい。服飾が金貨5枚と空間魔法収納付きポーチ100kgが金貨150枚です。チェスセット代は既に頂いているので、合わせまして金貨155枚でございます」
カークは財布を取り出すと金貨をカウンターに置かれたビロード張りの盆にせっせと金貨を積み上げていき、それが終わると確認してもらう。
ラナンティアは確認し終わると優しく微笑んで軽く頭を下げた。
「確かに受け取りました」
カウンターからハサミを取り出すと黒のポーチから革のタグを切り取り、カークに手渡す。
「どうぞ、今後ともご贔屓に」
「勿論です、ラナンティアさん」
そう言って、カーク達は店を後にしようと扉を開けて――息が止まる思いだった。
「ひぃぃいい!?」
目の前でやつれた顔の先ほどの青年がカークを凝視していたのだ。
身を仰け反らせてカークは店内に戻り、チャロアイトは開いた扉に飛び込むようにして店内に入る。
「ひどい!私は酷い目に遭ったんだぞ!!!」
「――――」
カークが去るまではとお辞儀をしていたラナンティアはチャロアイトの奇行に深々とため息を吐き、額に手を当ててそれからカウンターから離れるとチャロアイトに何か、何かを呟いたようだった。
そればかりはカークには聞き取れなかったが少なくともチャロアイトは僅かばかり落ち着きを取り戻し、カーク達に頭を下げた。
「騒いですまない」
「え!?いや、あ、大丈夫、です」
戸惑う。誰だって戸惑うだろう。まさか冷静になれる人物だとは思わなかったのだ。
ただ、この空間にずっといたいとは思わない。
カークは愛想笑いを浮かべてそそくさと店を後にした。




