142:仲間への誘い
ロージニアの城門をくぐり、さて、宿屋を変えようかどうしようかとカークが考えていると背後から声がかかる。
「駄賃だ」
アレスはそう言って袋をカークに手渡した。
ずっしりと重い袋を受け取り青褪めながら袋の口を開けるとそこには金の輝き。
「こ、こんなに頂いても、よろしいのですか」
「構わん。それだけの価値があるからな」
常人の足であれば1月かかる旅路をほんの10分で抑えられたのは確かにカークの魔法のおかげだろうが、それでも、少し貰い過ぎな気がする。
何せ金貨が50枚は入っているのだ。胸は膨らむが心が萎む。
「半分でも」
「半分の値段にして、酷使されたいのか?」
「ぐ、ぐう」
アレスの真っ当な意見にカークは息を詰めて後ずさり、袋を握りしめて頭を下げた。
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」
それが、カークの精一杯の誠意だった。
実際、アレスは満足気に頷き、口を開く。
「ああ、またお前に頼むことがあるだろう。その時のための投資だ」
「ありがとうございます」
期待してもらえるのは嬉しい。ただ、相手の地位が高いとそれも重責だが。
アレスは何処かへと足を進めて人ごみの中へ去っていき、レラも袋を差し出した。
「生憎、俺は手持ちが少ない。残りはその内払うからこれで勘弁してくれ」
カークに手渡された袋の中は金貨が10枚。十分な量だ。
カークは微笑み、袋を受け取ってポーチへと入れるとレラに言う。
「十分だよレラ。アレスさんは俺の今後に期待しているから金額が高いってだけだからな」
先行投資して、いざというときにカークをこき使う手もある。
アレスは無為にそんなことはしないだろう。本当に切羽詰まったその時にカークにお呼びがかかるはずだ。
レラはそれを理解したのか、苦笑し少し頭を下げる。
「俺もこの街で冒険者として出直す。それまで支払いは待って欲しい」
「いいって・・・・・・ああ、いやそうだ」
カークはレラの提案を断ろうとしてけれども思いついたことがあり、ふむ、と頷く。
「一旦酒場で座って話さないか?」
「?ああ、まあ、いいが」
大通りから離れた宿屋の一階。
酒場の店内はカーク達が気軽に入れるような店の中では珍しく綺麗に整っており、床も磨き上げられている。
頭痛を訴える冒険者の数はまばらで、カウンターの店主はいかつかった。
「すみません食事と飲み物を」
「あいよ」
いかつい店主は全員の注文を聞き、去って行った。
その広い背中を見送り、カークは机に座るレラを見る。
僅かばかり憔悴した目、やつれたように見える顔。
どう見ても安定してない。そんな彼を放り出すのは殺すのと同義だろう。
「よかったら、よかったらでいいんだけど、俺達のチームに入ってくれないか」
「はあ?お前、何考えているんだ」
レラの冷たい視線にさらされ、咎めるようなルリの視線に晒され、それでもカークは苦笑するにとどめた。
苦笑するカークをレラはどう思ったのか、苛立ったように舌打ちをひとつして正面から睨む。
「同情してんのか」
低く唸るような敵意のある声にシンジュもルリも眉根を寄せてぴりりと苛立つ。
しかし、カークはきょとんとした顔で言った。
「同情、して欲しいのか」
彼の境遇など知らない。彼がどういう経緯で国を出たかなど、一般人であるカークなど知る由もないし、知る気もない。
ただ、漠然とカークのせいだろう、カークたちの件のせいだろうとは思うだけで。
「レラの事情は知らないし、聞かない。けどさ、レラはもう軍人じゃなくて冒険者になるんだろ?なら、俺たちと一緒に冒険してもいいはずだ」
勿論、レラが良いと言うならばだが。
“同情”をして欲しいのか。けれど、彼の口調は違う。同情を嫌っていた。
なら、目指すべきは傷の舐めあいではなく、前向きにこれからのことを決めるべきだ。
押し黙るレラにカークは身を乗り出して言う。
「考えておいてくれ。俺達は竜の素材も持っているからそれを売り払えばしばらくの財はある。俺の実力はレラの足元にも及ばないかもしれないがルリ達は違う。レラの負担も少ないだろう」
「・・・・・・そいつらも大差ねえよ」
憮然とした表情のレラはカークを見て、視線を逸らす。
そして、言い辛そうに言葉を紡いだ。
「お前を殺したんだぞ」
「でも生きてる。エルデン・グライプで良かった」
「お前たちを追ったんだぞ」
「でも無事だ。もう怒ってないよ」
カークの穏やかな声にレラは吐き気を堪えるような顔をして、怒鳴った。
「ふざけるな!同情の方がましだ!!」
「・・・・・・ごめん」
レラは何に怒っているのか。カーク達F級冒険者に誘われたことに怒っているのとは違うだろう。
多分、カークを殺したことにレラは自責の念を抱いているのだ。
もしくは、許される自分が許せないか。
「嫌ならいいんだ。けど、前に進むのも悪くないぜ。レラ」
「――お前に何が、分かるんだ」
怒鳴った後の泣き出しそうな顔。レラのその顔を見て、カークは真剣な顔で頷く。
「何も。何もわからない。俺はこれから、知って行くんだ」
「お前に何の得があるんだ?嫌だろう?裏切り者だぞ」
「レラ。レラ。俺は、裏切られたなんて思っちゃいないよ。レラはレラの仕事をしただけ。あの時はそれが国にとって最重要だっただけだ。俺だって、花竜帝国の為にオニキスを差し出せなかった。ならそれは、俺も裏切りと同等だろう」
花竜帝国を救うことは軍人であるレラにとって最重要事項だった。
それを阻止できなかったのはカークの実力不足。そして、覚悟の無さが原因。
カークは褒められた人間じゃない。いつでも、自分を優先して生きて来たし、これからもそうだろう。
オニキスを差し出さなかったのはオニキスの為じゃない。結局はエゴだ。
きっと、何度でも誰かに情を移し、仲間を守れないかもしれない。
それじゃダメだと分かっている。
けれど、決意なんて言うのは簡単に芽生えるものではないのだ。
やっと芽生えた決意でさえ、些細なことで潰えることもある。
そんな経験を前世で何度もしてきた。
「レラが俺達と一緒にいてくれたら、このチームはもっと良くなる。もっといい迷宮に潜って、あの山の山頂だってみられる。洞窟の探検だって出来るだろう。遠い国に行って、見たこともないものを食べよう。レラ、頼むよ。一緒に冒険してくれないか」
ぽつん、と雨だれが机に落ちた。
レラの赤く柔らかな瞳から雨が零れ落ち、机にシミを作る。
ぽつんぽつん、と雨だれが多くなるとレラは絞り出すように声を出す。
「俺は、俺は、どうして」
どうしての後は何だったのだろうか。
力なく項垂れるレラにカークは言う。
「果実水でも飲みながらゆっくり考えてくれ、レラ」




