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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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12:ユゴスよりのもの

一行が神経を尖らせて慎重に森を進む。

鬱蒼とした森の中で常に飛行しているものを発見するのは困難だが、それでもシーフの鋭敏な聴覚に掛かれば発見される前に発見する事が出来た。

シーフは怪しげな音を拾うと同時に足を止めて後ろの三人に立ち止まるよう指示を出す。


「話し声みたい。あと羽音がする」


小さな声でそう言うと耳を澄ませて様子をうかがう。

他の三人もそれに習った。

不快な羽音に交じって擦り切れるような声をあげるものと擬音を発する何かがどうやら話しているようだ。

僅かにシーフは近寄り、目視できる位置になると草陰に潜んでそれらを観察する。

蚊を大きくした体に背中には皮膜のある羽。頭は渦巻き、そこには触覚にも思える気持ちの悪い疣にしては長い物を生やし、手足を鎌にした、歪で冒涜的な生き物といっていいのかもわからない羽虫が3匹その広がった場所にいた。

大きめの個体一匹と小さめの個体が二匹は向かい合い、不快な羽音を立てて地上数十センチを飛んでいる。


「止めるようにと言っただろう!」


酷く耳障りな声だった。一瞬なにがその言葉を発したのか分からないほどの耳障りで、雑音としかならないような音は言葉であると一拍置いて理解させられた。

飛翔する者共の少し小柄なそれが僅かに体を揺すった。


「ギィイギィイィ」


奇怪な擬音を発したかと思うと羽音が乱れてそれから隣の小さなものも同じように羽音を乱す。


「いい訳か!?人間共に手を出してはいけないと、4度も警告した!」


憤慨したような声と共に大きめの個体が2匹に詰め寄り一瞬でその身を離して羽音を一層大きくしてうねるような音をあげる。

何が起こっているか分からないままその様子を見続けた。


「ギ、ギ、ギィイギィギ」

「貴様!あの御方の警告を無視する気か?貴様らの愚行で我々全体が危険に晒される事を知っているだろう!」

「ギ、ギィギィギィ。ギギギギギ」

「愚か者!」


声が上がると同時に爆音が森中に響き渡った。それは多分羽音の一種で耳障りで酷く不安にさせられる音だった。

思わず全員が耳を塞ぎ、身じろぎをしたが森から一斉に動物が鳴き声や身を隠すような音は一切しなかったのを不審に思った。いやそもそもこんな冒涜的な奴らの側にいるわけがない。動物たちの方が冒険者よりも賢明だっただけの話だ。

さて、大きめの個体と小さめの個体2匹は興奮しているようだった。

虫・・・・・・いや、菌類の感情など理解できないので確信は無いが少なくとも大きめの個体は怒っている様子だ。


「よりにもよってあの御方を侮辱するなど!度し難い愚か者だ!」


大きめの個体は2度腕の鎌を振るうと大きく上下に揺れて、頭を振るようにして再度鎌を振るった。

そのタイミングでシーフは振り返ってリーダーに判断を請うた。

リーダーは分が悪いと判断して首を横に振る。

相手は3体。飛翔する菌類は毒物を扱うだけでなく鋭い腕の鎌もある。決して楽観していい相手ではない。

だからこその判断だったがそれを快く思わない者がいた。

イナンナは不満だった。何故すぐに切り込んで倒さないのかと。

こちらには天才たるイナンナがいる。敗北はあり得ないのだからさっと行って倒してしまえばいい。

リーダーが何故そんな簡単な指示すらできないのかと焦れている内にイナンナは天啓を受け取る。


(そう!私の判断を待っているのね・・・・・・)


あのコボルト共を倒して実力を示せたという事だろう。

それだけ重きを置かれていることに優越感を覚えるが、表情には努めて出さない。

慎み深さは美徳だ。

イナンナはリーダーの背後に静かに近寄ると耳打ちした。


「・・・・・・私ならいつでも行けるわ」


リーダーは少し驚いた顔をして、一瞬聖職者の方を見てからどこか諦めたように頷く。


「そ、そうか・・・・・・なら、いくぞ」

「ええ」


2人でその広場へ飛び出し小さな個体から下そうと斬りかかった。

大きな個体は羽音を一層騒がしくして高いところへ飛ぶ。


「人間か。私が手を出すまでもなかったな」


耳障りな声を無視して目の前の敵に再び斬りかかるとその向こう側からシーフの一撃が一匹に当たった。


「ギッギッギイイ」


汚らしい緑の体液を零して皮膜のある羽をバタバタと動かして逃げようとしている様子だが、イナンナがそれを許さない。

もう一匹をリーダーが請け負っている内に倒してしまわなければならない。

剣を振り、鎌を弾くと左手を剣から離してその指を怪我を負った方に向けた。


「【火炎】」


狙った所とは僅かにずれた場所だったがしっかりと忌まわしい羽虫を炙る。

苦悶の声をあげる敵に向って勢いよく剣を振り下ろすと浮いていた羽虫は地面に落ちた。

落ちたが油断せずにその頭と思われる渦巻き状の器官と体を切り離すとやっと背後の戦いを振り返る。

リーダーが剣を振るい、盾を持つ聖職者が敵の攻撃を防いでいく。

焦れた敵が大きく鎌を振るうが聖職者は難なくそれを受け、敵に出来た大きな隙をリーダーが突く。

鋭い一閃は敵の胴体を切り裂き、その羽虫は力尽きて地面に落ちた。

4人は一匹の無事な羽虫を見上げる。


「敵対する気はない」

「はあ?信じられると思うの?」


イナンナの言葉に一番強く反応したのはリーダーだった。

サッと顔を青くしてイナンナを睨みつけ、低く言う。


「黙っていてくれ」


強い言葉にイナンナが腹を立てて言い返すより早く、リーダーは大きな個体に向かって話し出す。


「本当に?お・・・・・・貴方の同族を倒したのに?」

「ああ、即座に敵対する意図はない。どの道、そいつらも長い命ではなかっただろう」

「どういうことだ?もっと強い個体がいて、そいつに倒される予定だったとか?」


頭を振るように悍ましい羽虫は体を左右に揺らす。


「それについては答えかねる。他に疑問が無いのであれば、私は住処に戻らせてもらう」

「その住処の奴らが大挙して街に襲いかかってくるってことは無いわよね?」


シーフの恐る恐るといった質問に羽虫は答える。


「ない。我々には人間に対する興味がないのだ。極稀に愚か者がでるがね」


他の質問がないかリーダーが3人を振り返るときにイナンナはふと思いついて疑問を口にした。

例えば、こいつらの誰かがカークを見てないだろうか。


「ここから少し離れたところに冒険者が負傷したような痕があったけど、何か知らない?」

一瞬悍ましい羽虫は考え込むように頭部を前後に動かしてから耳障りな声を出す。

「・・・・・・その場に首の無い死体はあったかね?」


随分悍ましく残虐な事を聞くものだと顔を顰めてから答える。


「いいえ。ただ、出血量はかなり多いように思えたわ」

「そいつらのねぐらは掘りたての穴だという以上には研究施設も何も無かった。それに死体がひとつも無ければ、我々の同族が襲った可能性は低い。森で深手を負って我々から逃げおおせるのは困難だとも伝えておこう」

「つまり、何も知らないって事?」

「・・・・・・そう言ったつもりだが」


気持ち悪い外見で役立たずな事に憤慨すればいいのか、こいつらに殺された様子ではなく逃げおおせたかもしれないことに喜べばいいのか分からずイナンナは顔を顰めた。

だが聞くことは聞いた。もう用はないと口を開く。


「そうじゃあ、さよなら」

「質問に答えてくれてありがとう・・・・・・ええっと」


リーダーが言いよどむと羽虫は僅かに体を傾けてどこか冷たく言う。


「人間は我々の種族も知らないのかね」

「普通は個体名を名乗ったりするものでは?」


聖職者がそう言うとおどけた様子で体を上下に大きく揺らした。


「なるほどなるほど。そう言うこともあるのか!だがまあ、個人の名を名乗る程親しくなったつもりは無いから、それはまた今度にしよう」


一拍置きその羽虫は何処か誇らしげにこう言った。


「我々は“ミ=ゴ”だ・・・・・・・・・・・・例え、歪まされ淀み霞もうとも、我々は“ミ=ゴ”だ。よく覚えておいてくれ給えよ」


リーダーはひとつ頷き微笑む。


「勿論だ、ミ=ゴの方。それでは、失礼します」


一行は不愉快な羽音を立てて飛び去るミ=ゴを見送ってから倒したミ=ゴの鎌の足を一本ずつ切り落として担ぐと来た道を戻った。




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