132:説明は難しい
「なるほど、この魔法で行き来していたのか」
ノア、レラ、ルリ、オニキス、シンジュを平原において、【門の創造】の魔法を使い、帝都まで戻って来た時にアレスはそう言って苦笑した。
「お前を侮っていた」
カークはその言葉に何と返したらいいのか分からず、曖昧に頷く。
「事実俺はとるにたらない、F級冒険者です。侮らない方が難しいでしょう」
アレスの実力の底は分からない。
けれども、先ほど見せた剣戟は洗練されており、より鋭利で冷酷なものだった。
つまり、カークでは到底足元にも及ばない高みの中の高み。そんな存在だ。
そんな人物に目をかけて貰えるほど、カークに実力はない。
分不相応であり、そんなのは期待が重すぎる。
その言葉に納得したのか彼はそれ以上言い募る事もなく、肩を竦めて歩を進めた。
「エニレシェカ。お前は・・・・・・」
そう言ってアレスは振り返り、涙を流す女に声を掛ける。
「邸宅に戻っていろ。それが無理なら、適当に休め」
「――・・・・・・あ、にうえ、は知っておられたのですか」
恨みがましい掠れた声にアレスは無表情で首を振った。
「知っていたと思うのか」
「・・・・・・」
今にも、彼女はアレスに斬りかかりそうな目で睨むと悔やむような恨むような表情を見せ、踵を返した。
「サクラは私のすべてです」
ひっそりと枯れ行く野花のような声にアレスは首を振る。
「その為なら何をしてもいいと思ったか?」
咎める声に、エニレシェカは口を噤んだ。
「夫を子どもを蔑にし、家庭さえも見返らずにひたすら走るのはいいかもしれんが、偶には振り返ってはどうだ。先代花竜のように穏やかにあれとは言わんが、言伝の意図を汲み取ってもいいだろう」
エニレシェカはアレスの言葉を聞くと俯き、そのまま大股に去って行った。
アレスはその背を見送って、肩を竦めるとカークに向き直った。
「行くぞ」
「はい」
着いたのは内廷。
皇族が暮らすプライベートな空間であり、禁闕を内包したその広大な宮殿は落ち着いたデザインで統一されており、そこかしこに花々が咲き誇る。
出入りをするのは一部の信の篤い貴族たちや軍人。決して一般人が立ち入っていい場所ではない。
そこに易々と入り込むことが出来たのは、なるほど、アレスが皇帝の兄である証拠にも思えたが、実際通されたのは事態の緊急性が高くまた、皇帝自身が護衛や使用人たちに言い含めていたからである。
内廷のうちの部屋の扉を叩き、アレスは返答を待つ。
返答は幾分もしないうちにあり、扉を開きアレスが滑り込むように部屋に入るとサッと見通し、危険がない事を確認してからクェルムを手招いた。
「兄上」
ソファに座っていた人物は立ちあがると大きな帽子を鬱陶し気に脱ぎ去り、その美しい顔を見せた。
カークはアッと驚く。
深い緑の髪の中性的な美貌を持つその青年はゼトとうり二つだったのだ。
「何があったのですか?」
「次の花竜が決まった。クェーゲルニルムだ」
そう言われてクェルムは一歩前に進み出る。
クェルムは会釈をし、皇帝に微笑みかけた。
「不遜とは存じますが、花竜の号を賜りました。微力ではありますが、この帝国に加護を戻したく存じます」
穏やかな声色に、皇帝は苦笑いを浮かべる。
「花竜泰下」
「畏まらないでください。クェルムで十分ですよ、陛下」
彼は一層苦笑を深めて、ため息を吐く。
「・・・・・・俺に皇帝は無理だ」
「それでもやるしかあるまい?」
アレスの冷淡な言葉に皇帝は少し顔を向け、頷く。
「確かに。俺がやらねば、な。それで顛末を教えてくれるのは誰だ?」
アレスを見て、それから皇帝は身を小さくしてアレスの後ろに隠れるカークを覗き込み、聞く。
アレスはちょっと迷惑そうにカークを見下ろしてから答える。
「――長くなるぞ」
かいつまんで説明すると、アレスは先代皇帝であり、暗殺されて現在はエルデン・グライプなのだという。そこに驚いてカークが声を上げたが無視を決め込まれて話は先に進む。
花竜復活。もしくは、花竜を継ぐ方法を探してアレスとクェルムは旅をしていた。
その先で同じエルデン・グライプのカークを知り、話を聞いて“水獄の君”の存在を知る事となった。
ただし、彼らは水獄の君には会えなかった。
理由は分からないが、どれだけ迷宮に挑戦しても水獄の君のいる空間には辿り着かなかったのだ。
しかし、その後、カークに会ったときに話していた大きな鐘のある迷宮で“風刻の君”に出会う事が出来た。
その時に真実を知ってしまった。
――古竜を継ぐことは“人間”には出来ない事
――エルデン・グライプになる事は、竜から離れる事
――不可能を可能にするには、“神”の力が必要な事
――しかし無理矢理に古竜を継ぐことはかなりのリスクが伴う事
「――クェルム、さんは大丈夫なんですか?」
そう言ってカークは彼の顔色を窺った。
リスクというのがどれ程の大きさか分からない上にどう作用するかも未知だ。
白皙の美貌は此方を見返して微笑み、頷く。
「今のところはね。先代、先々代の花竜は穏やかな性格だったから、影響が少ないのかもしれない」
クェルムはそれだけ言って口を閉じた。
何かを隠そうとするかのようだったが、体調不良とは別のものに感じる。
上手くは言えないが、決意に満ちた顔は本物でありながらも何かを深く恐れているかのようだった。
ソファに座った皇帝は一通りを聞いた後に、ため息を零して肩を落とす。
「リスクとやらはなんだ?」
「歴代の花竜の断片を受け入れる事です。これのせいで正気を失ったり自我が喪失してしまう可能性がありました」
丁寧ながらも残酷な返答に皇帝のみならず、カークも言葉を失う。
――それほど重いリスクを覚悟していたのか
「どうやってあの空間に?」
カークの問いは尤もだとアレスは感じたのか、口を開く。
「お前が――正確には“泥の神性”を持つ者が“特殊空間”を展開できる事は風刻の君から聞いていた。それを利用して、割り込んだ」
「危険なのでは?」
あの空間は“神”が好き勝手にする空間だ。
アレスにも危険が当然あるだろう。
「“神”に干渉される危険は承知だ。お前が気を失うか、死ぬかすれば地哭の君が干渉する事は分かっていた。そう聞いていたからな。結局、この作戦は行き当たりばったりの上に、お前にかかっていたんだよ」
知らない間に重責を課せられていたことを聞いて顔を引き攣らせる。
だが引きつった顔のカークにアレスは頭を下げた。
「巻き込んですまなかった。お前が死ぬのを、黙って見ていたのは事実だ。詫びにもならないとは思うが報酬を此方から出す」
カークは断ろうと、首を振った。
「いいえ、必要ありません。俺は、オニキスが無事で、仲間が無事で、それで本当に満足です」
追い立てられたことは事実だ。憎くはないが、怒りはある。
けれど、それを引き摺っても良いことは無い。
「花竜が継がれたのは事実だ。その手助けをしたのは汝である。であれば、余から恩賞を与えることは不自然ではない」
凛とした声がカークの耳に届き、声を発した青年の顔を思わずのぞき込んでしまった。
皇帝は緩く頭を傾げてカークを見るや、微笑んだ。
「国を救った褒賞など、なかなか用意は難しいがな」
思わず、カークは膝を付いて頭を下げた。
「陛下!私の事はお気になさらず。しがない一介の冒険者に過ぎない身であります故、陛下から直接恩賞を賜るなど分不相応でございます。なにより、この度花竜帝国を救ったのは他でもない、クェルム様とアレス様です」
困った様にクェルムは苦笑し、アレスは無表情を崩さなかった。
皇帝は、肩の力を抜いてちょっと笑うと首を振る。
「この話はあとにしよう。すまないが、貴殿は出て貰えるか。休めるよう外廷に部屋を用意していある」
「あ、ありがとうございます、陛下」
そう言われるがまま、カークは部屋を出ていった。




