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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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11:心配をする心はあります

コボルトの胴を切り、そのまま押し倒すと心臓目がけて一突きした。

こと切れたコボルトに気を向けずに次の獲物を探すが、同じチームの面子が倒した様子だった。

敵がいないことを確認したイナンナは血に濡れた剣を一振りして鞘に戻す。

シーフの女がコボルトの死体を腑分けし、耳を切り落とすのを横目にリーダーが声を掛けてくる。


「今日は調子がいいみたいだな」

「・・・・・・当然よ」


昨日は守銭奴のカークに腹を立てて少し興奮していた。恥ずかしくは思うが、そうとは思わせたくない。しっかりと集中していればコボルトなど敵ではないのだ。


「その調子で頼む。今日の依頼は“飛翔する菌類”だからな・・・・・・油断大敵だ」


その魔物なら本で読んだ。本など滅多に読まないイナンナだったが、その魔物の姿が異様でよく覚えていたのだ。

1mはあろうかという巨体の蚊の姿を歪めて足を鉤爪にし、頭を悍ましく冒涜的なキノコもどきに取り換えた奇妙な生き物。いや、菌類。

信じがたいことに非常に知性に溢れた個体もおり、その技術と知恵で作られたアーティファクトが数多存在するらしい。しかし基本的に奴ら“飛翔する菌類”はヒトの味方ではない。

敵ならば何も考えず切り捨てるか焼き払えばいいと考えてイナンナは笑みを浮かべた。


「問題ないわ。所詮は菌類よ」

「・・・・・・自信があるのは良い事だ」


リーダーは不安そうにそれだけ言って腑分け作業をするシーフを手伝うために離れていく。

誰も彼もイナンナの実力を理解していない事を憤慨するが、一方でそれも仕方がないと冷静にさせるささやきがあるのも事実だ。

どれ程才能に溢れていても、天才であろうとも自分には実績が足りないのだろう。

それはこれから積んでいけばいい。自分の実力は十分であり、このチームを引っ張る事すら可能なの

だから。


(そうよ。私には才能がある!)


先ほどだってリーダーが二の足を踏んだコボルトの討伐を率先して出来た。

侘しい剣であってもそれだけの働きが出来るのだから、彼らもすぐにイナンナの才能を認めざるを得ないだろう。

4体分のコボルトの腑分けが終わったシーフは腰を伸ばし臓物の入った革袋と耳の入った革袋を聖職者の背負うリュックに入れる。

準備が整うと“飛翔する菌類”(元々は何か名前があったような気がしたが覚えていない)の目撃情報のあった場所に向かう。

奴ら“飛翔する菌類”は大概は山に住む。理由は定かではないが、森に出没するのは珍しい事だ。

リーダーが言うには兵装を持つこともあるらしい。滅多にある事ではないが、注意するようにと言われた。

実力と言うものを全く分かっていない。イナンナは理解力の低いリーダーへ僅かに不快感を表すが誰にもばれはしなかった。

才人たるイナンナにしてみれば、そんなくだらない菌類如きに怯える必要も注意する必要もない。

森の中、僅かな獣道を頼りに草を掻き分け先を進むチームの背中をきつく見る。

思い知らせなければならないだろう、彼ら凡人と才人の差と言うものを。

不意にシーフの女が立ち止まる。

イナンナは何があったのかと思い、覗き込むように足を踏み出そうとしたがリーダーと聖職者に阻まれる。

怒る間もなくシーフが振り返って戸惑い気味に口を開いた。


「血の痕がある。結構な出血で、犠牲者の大きさは人間でいうと成人男性くらい・・・・・・“菌類”の仕業だと思う?」

「どこだ?」

「ここよ」


リーダーとシーフはそう言ってその場所を見る。

血だまりだった。乾いてはいるが、出血量からしてそれは凄惨な現場を思わせるには十分だった。

ただし犠牲者であろう人物は辺りを見渡しても何処にもおらず、シーフが混乱した理由はこれだろう。


「・・・・・・足跡・・・・・・あったみたいだけど私たちが踏み荒らしてる」


どうすると問う声にリーダーは少し呻いて、血だまりの前でしゃがんだ。


「実は犠牲者は無事ってことは」

「この出血量で?人間だったら無理ね。それ以外の種族でも相当の深手だから、周囲に血痕が残っていないのは不自然。2人以上かもしれないけど、確率は低いわね。血だまりが“綺麗に”広がっているもの」


その言葉を聞いて悩む様に再びリーダーが辺りを見渡し、何かに気づいたようだった。

血だまりの向こう側に手を伸ばして取り上げる。

それを見てリーダーは顔を酷く歪めて吐き気を堪えるような顔をした。


「ああ、まじか。見ろよ登録票だ」


断ち切られた鎖とその先に引っかかる雫型の白い水晶のようなそれは間違いない。冒険者登録票だった。

全員がそれを見て思わず周囲を見渡す。

冒険者の中でも特に駆け出しのE級F級たち白色が依頼や狩りの最中に命を落とす確率は極めて高い。

ただそれでも、違和感がある。

草むらと木々に阻まれて血痕を探すことは困難だが、血だまりを見るに相当な出血だったはずだから逃げた際に葉や枝に血が付着するはずだ。

どんな相手から逃げたのだろうとしても、そんな大きな傷を負って逃げたなら、痕跡は十分残るだろう。

シーフは注意深く周囲を見渡し、土を眺め、枝を探すが痕跡はない。

突然この場所に血だまりがあり、それ以前もそれ以降もない。

駆け出しとは言え冒険者を相手にこの近辺に出るようなゴブリンやコボルト達では一撃で致命傷を与えるのは困難だ。

困難だと分かるが違和感が掴めず、シーフは頭を振った。


「少なくともゴブリンやコボルトには難しいって事しかわからない」

「・・・・・・そうか。せめて名前を見とくか」


登録票は魔力を込めることで内部に込められた情報を見る事が出来る。

大した情報はないが名前くらいは分かる。

リーダーが登録票に魔力を込めた瞬間に半透明の長方形の板が現れた。


「F級か・・・・・・名前は、カーク。知ってる奴は?」

「は?」


イナンナは耳を疑った。リーダーが意味の分からない言葉を吐いた気がする。


「ん?」

「本当に?嘘でしょ・・・・・・」


リーダーの肩越しに雫型の登録票から現れている半透明の板に向かって怒鳴った。


「嘘よ!!」

「イ、イナンナ・・・・・・知り合いだとは知らなかったんだ。落ち着いてくれ」


落ち着くように言われて息を吸うが目の前が真っ赤になる。

だから村に居ればよかったのだ。弱くて何の取り柄もない奴がどうして冒険者になろうなどと言い出したのか。

自分と別れた途端にこれだ。弱いのだから大人しく村に戻ればよかったのに!

息を吸い、息を深く吐くと落ち着いて言葉を選ぶ。


「ごめんなさい。もう、もう大丈夫」


聖職者とリーダーは顔を見合わせると聖職者が気遣うように声を出す。


「此処には遺体がありませんから、無事かもしれませんよ」

「偶然、登録票をここに落としただけかもしれないしな」

「争った痕跡がないし、傷の手当をここでしたのかもしれないわ」


次々にそう声を掛けられて、そうかもしれないと思った。

ただ、血だまりはどう見ても人ひとりが横たわったような形に見えるのが不安を煽る。

しかしその考えを頭から追い出す。

妄想、妄想だ。そう思ってみるからそう見えるだけに過ぎない。


「ええ、そうね!あいつは弱いけど、ゴブリンやコボルトの相手は子供のころからしていたもの、負けるわけないわね!」


3人は顔を見合わせたが、イナンナの言葉を信じることにした。

これ以上つついても良いことは無い。本人が納得したのなら、コレ以上は無用だ。


「じゃ、先に進むか」


何より自分たちには依頼がある。その日暮らしの冒険者には大切な事だ。

冷酷かもしれないが、死んだかもしれない冒険者を善意で捜索する気はない。

冒険者は基本的に善意ではなく金で動く。

リーダーは先頭を歩いて森を進む。


※チームメンバーに名前を付ければよかった。次にはしれっと名前がついてるかもしれません

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