10:野盗
貴族風の2人組と別れて森の浅い方をゆっくりとゴブリンの捜索をする。
「仲間がいないと不安だな」
そう独り言ちて溜息を吐く。
1人より2人の方が効率も安全性も格段に高い。3人なら言わずもがな。
ギルドで探しはしたが、駆け出しの冒険者と組んでくれるような人はやはりいなかった。
明日も頑張って探そうと意気込み森を見据える。
ゴブリンは醜悪な見た目と短慮の塊だが、数だけはいるので気をつけなくてはならない。囲まれたら無事では済まないからだ。
森と平原の境目でうろついているゴブリンを発見し、剣を抜く。
注意深くゴブリンを観察して近づいて行った。
少しだけ森に入って狩ったゴブリンは3体。ゴブリンの耳をナイフで切り落とし、支給された革袋に入れる。
屈んでいたためにこった体をほぐす様に伸ばしていると背後で物音がして驚いて振り返る。
そこには弓を持った軽装の女と剣を下げた男がいた。
野盗かと身構えるが首から黄色の登録票を下げていたので、安堵して声を掛けた。
「どうも、こんにちは」
「ああ、どうも」
ぶっきらぼうに答えたのは年季の入ったロングソードを腰から下げた男の方だった。
女の方はせわしなく周囲を窺っていてなにか、焦っているように見える。
何か焦るような事があるだろうかと訝しむ。
釣られて周囲を見渡し首を傾げた。
何もない静かなものだ。獣の気配すらない。
男がこちらの思考を呼んだように口を開く。
「少し奥に向かったところに薬草があるんだ。でも2人じゃ不安でね、良かったら一緒に来て手伝ってくれないか」
成程、困っていたのかと思いカークは笑顔で答えた。
「ええ、構いません。一緒に行きましょう」
答えを聞くと男は先頭を歩き、50mほど進んで立ち止まる。
森の奥深くというわけではない。注意してみれば獣道があった。
どんな薬草を探すのか聞こうとして、カークは戸惑う。
男が剣を抜いてこちらを見ているからだ。
そう例えば、獣を殺そうとする狩人の様な目で。
瞬間、背筋が凍る。殺意や敵意を向けられたからだ。
目の前の人間がそんなものを放っているとは思いもしなかったカークは思わず振り返って愕然とした。
背後にいた女が弓を引き絞ってこちらに向けている。
「な、なんでですか?どうして」
喘ぐようにそう言うと女は嘲笑を浮かべて矢を放った。
咄嗟に避けるが驚愕が身を支配していたために反応が遅れる。
矢は左腕を貫いた。
激痛の中で剣を抜こうとして、それは叶わなかった。
背後からの一突きは胸を裂き、致命傷となったのだ。
咳き込み苦痛に喘ぎ倒れると男は嘲笑う。
「ちょろいもんだぜ」
霞む視界の中でも殺意を持って男を睨みあげたが何の効果もなく剣を引き抜かれる。
死ぬわけにはいかない。やっと、やっと、冒険者になったのだ。
どうにか、あの家族を、愛する家族を楽に生活させてやりたいのだ。
血で粘つく口から無意味な音を漏らす。
力が出ない。剣を抜くことなど到底叶わない虚脱感の中で絶望を泳ぎ、苦痛にはを食いしばって立ち上がろうと、剣を抜こうと、必死に足を腕を動かそうとするが力は入らない。
それ程に致命的で絶望的な一撃だった。
もう動けないと踏んで寄って来た女が瀕死のカークの体を弄り、懐から財布を取り出すと中に入っている指輪に目を向けたようだった。
「いい指輪じゃん」
母から貰った大切な指輪。かつて父が贈った大切な指輪。
それを盗られるのが嫌で感覚の薄くなった中でも女から財布を指輪を取り返そうともがく。
女は顔を歪めて無様にもがくカークに吐き捨てた。
「ちっ鬱陶しいな」
腹を蹴り上げられ傷口が広がる。
激痛に苦しむ中でも嘲笑の声がいやにはっきりと聞こえた。
「そうそう。獲物は大人しいに限るわ」
「金目のものはあんまりないか。まあ白色じゃあな」
「でもこの指輪はでかいよ」
話し声が霞んで聞こえづらくなってきた。
男は虫の息のカークを蹴り転がして剣を振りかぶった。
口を開けようと必死に動かそうとカークはもがいたが、どれも行動として表に出ることは無く、剣が遅々と己の胸を再び貫くさまを苦痛と憤怒で濁った目で眺めることしか出来なかった。
木枠の窓から入る3つの月明りのベッドの上で寝返りをうってイナンナはため息を零す。
チームから別れたその日からカークに会わなかった。荷物もそのままにして、宿にも帰ってこなかった。
もしかしたら怒っているのか?だとしてもイナンナには関係ない。関係は無いが少し気分が悪い。
何も悪い事をしていないのに怒られるというのは誰でも疎むものだろう。
そうだ、今度会ったら怒らないように言い含ませておかなければ。
そう考えながら、うとうとと夢の世界へ旅に漕ぎ出した。




