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エルデン・グライプ~「不滅者」は混沌の世界を狂気と踊る~  作者: 津崎獅洸
第一部

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118/272

116:この舞台に名をつけるか?


「うわ!ぶっさいくな顔」


白髪の下の白い眼帯が怪しくも、どこか目の離せない美貌を飾るように見える男は目の前にいる黒髪の下の美貌を酷く顰めた男を指さして腹を抱え大笑いした。


「・・・・・・義兄(にい)さん。嫌な言い方は止めてよね」


鬱陶しそうに黒髪の男、地哭(ちこく)の君はそう言って手を振った。


「暇なら他所行って、義兄さん」

「だめだめだめだめだめ!!!君1人で楽しそうなことしてるだろ、地哭の君。そんなのは許さない。ボクちゃん様も混ぜてくれなきゃ!」


地哭の君が見下ろすその眼下には巨木の街。

人間たちが慎ましく暮らす、餌の飼育場。もしくは楽しいおもちゃ箱。あるいは希少価値の高い舞台。

それを睥睨していた地哭の君は突然現れた時虹公(じこうこう)に誰もが賞賛し賛美するその美貌を醜く歪めて両手を広げた。


「追い返すよ」

「出来るものならやってみろよ」


時虹公の嘲笑に地哭の君は鼻先で笑って返す。


「同じ手は食わない。分かってるだろ?」

「ふーーーーーーん?ちょーう反抗的じゃぁぁあああん?」


時虹公は苛立ち、殺意すら見せながらぎょろぎょろと地哭の君を睨み、それからぱっと人が変わった様に朗らかに笑う。


「ねねねねね。混ぜてよ、混・ぜ・て」


艶やかな黒髪を苛立ちながらかき上げた地哭の君は少し考えこみ、息を吸う。

こんなのは()真似だ。

だが今そんな事を考えている暇はない。

この目の前の男をどういなそうか考え、地哭の君は顔を無表情にした。

氷のように冷たい、無表情で時虹公を見た。


「駄目。この舞台は僕が温めたんだ。観劇だけにして」


時虹公は指を鳴らし、数多の泡を放出する。

それは、怒り、激憤の発露だ。最終警告そのものだ。

だが、地哭の君は一歩も引かず胸を逸らした。己の誇りを称えるように。


「僕に、勝てると?」


1対1。

本来、“あちら”側のモノは“こちら”側では形を保つのが精一杯。

それ以上の、例えば恵みを施したり、辺りを焼き野原にするだとか、そう言ったことは相当の力が必要に“なってしまった”。

かつては違ったが今はその話は良いだろう。

兎に角現時点では、2柱がぶつかるのは現実的な脅威とはみなされない。

だから“こちら”側の強者や超越者達は滅多に出てこないし感知しない。

それは業腹だったが、致し方がないだろう。

事実、この都市の頭上で2柱が戦っても大した被害は出ないのだ。

この都市に遊竜ピジウの加護がある限り、“あちら”の存在が被害をもたらすのは非常に困難だと言える。

だが、それは都市に被害が出ないだけであり、2柱が戦えばどちらもがただ消耗する。

これはいけない。と“あちら”側の誰もが思い、留まるが時虹公はそうではない。

彼はその一線を平気で越え、暴虐の限りを尽くす。

地哭の君はひっそりとため息を吐く。

ここで自分が潰れてしまえば折角の舞台が台無しだ。

“美味しい所”があるからこの舞台を整えたのだから。

それがばれるから時虹公を参加させるわけにはいかない。

けど、参加させねば自分が潰れる。次、“こちら”側に来られるのがいつになるか分からなくなってしまう。

それでは困るのだ。

十分に考え、それから時虹公が苛立ち今にも襲いかかりそうな時、不意に女性が2人の間に立ちはだかる。


「いいの?零れるでしょ」


時虹公は目の前に現れた纏穣公(てんじょうこう)に向けてそう言ったが、彼女は大して気にせず金の瞳を優し気に細めて首をことりと傾けた。

この場にヒトの男が、否、女であっても居れば、喉を鳴らしあまりの美しさとその妖艶さに膝を付いただろう。

だが悲しいかな。彼女の麗しさを理解しまた跪くモノはいなかった。


「うふふ。ちょっと、まだ余りがあるの。2人が喧嘩しないように、監視するくらい訳ないわ」

「喧嘩だなんて、そんな」


地哭の君がすっとぼけるも彼女にはお見通しだった様子で、首を振られた。


「わたくし、あの泥には世話にはなったから」


瞬く黄金の目がその瞳孔が、すう、と横に伸びた。

ああ、いけない。彼女も怒っている。

地哭の君がそう感じ取ったと同時に、時虹公もまたそれを理解したようだった。

辺りを覆っていた泡が消え、静謐さを取り戻す。

清純な青空が戻ると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、分かってくれてとてもうれしいわ」


妖艶な唇が笑みを浮かべると彼女はひとつ会釈をしてそれから最後に一言添えた。


「罪の蜜が詰まったリンゴの取り合いは、ほどほどになさいな」


黒が萎むように消え去った後には彼女の残り香すらない。

高度が高く、風が強いからという事もあるかもしれない。

だが違う。彼女の残り香は当然最初から存在しないのだ。

ただし、時虹公は彼女の残り香を確かに感じ取り、柔らかな微笑みを浮かべる。

平素にない落ち着いた紳士然とした愛情ある微笑みだ。

地哭の君は呆れたように肩を竦めて、時虹公を見やる。


「もういい?」

「うん。彼女に会えたから、もういい。じゃ、また今度ねぇ」


ぱちんと泡がはじけるように彼はやっと消えた。

地哭の君は歓喜に震えこれから巻き起こる混沌の劇場に胸を高鳴らせる。


「ああ!叫べよ!歌えよ!賛美せよ!共に暴虐の限りを尽くそう!共に踊ろうじゃないか!さあさあ

さあ!」


舞台は整った。

にんまりと地哭の君は嗤い、睥睨する。


「存分に遊ぼうじゃないか!」





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