108:煩悩
「観光行くか?」
カークの呑気な問に渋面を作ってレラは答えた。
「俺がここにいないのは不味いだろうが」
「そうなのか」
「どうやって連絡とるんだよ。呑気か」
それは一理あるなとカークは納得してオニキスを見る。彼は今、果実水を飲んでいる。
「どうする?観光行きたい人いるか?」
「僕はどっちでも」
オニキスは案の定と言うべきか、あまり興味がない様子だったし、ルリもおなじような反応を返す。
いや、この反応はカークを心配しているのかもしれない。
「本とか服とか装飾品とか魔法道具とか!!欲しい物ないのか?」
カークが聞くとシンジュも合わせて全員が首を傾げる。
「無欲集団か!?」
俺は欲しいもの沢山あるけどなあ、とひとりごちる。
まずは食料だ。これはいくらあっても足りない。保存食も重要だが新鮮な野菜だって必要だ。それに甘味。果物でもいいが、デザートなどがあるとモチベーションが違う。
村の家族にももっといい物を食べて貰いたいし、なんなら村で飼う家畜を買って帰るのもありかもしれない。
農耕具だってかなり年季が入っている。あれはそろそろ新品と変えた方が良い。
アンジェラの為に本だって欲しい。出来れば滅多に出回らないような希少本。
村の生活は判を押したように一定でたまに魔物や魔獣の襲撃があるだけだ。暇だろう。
出来れば、そう、もっと欲を言うなら家が欲しい。
ふかふかのベッドがある家が欲しい。
「そう言えば、イナンナは怒っているかな」
村と連想して赤い髪の少女を思い出す。
彼女に何も言わずに花竜帝国まで来てしまって、心配しているだろうか。
「ああ、以前カークとチームを組んでいた方ですか」
ルリの言葉にオニキスも思い出したように頷く。
「優しい方ですよね」
「そうか?」
ああいや、オニキスはイナンナに良くしてもらっていたからそう言う印象にもなるか。
「シンジュにも会って欲しいな。面白いよ」
カークはちょっと笑ってそう言うとシンジュは肩を竦めた。
「人間と仲良くできる自信がないな」
「俺達とは仲良しだろう」
「まあ、それは、そうだが」
歯切れの悪いシンジュに首を傾げて、レラを振り返った。
「レラは?欲しいものとか」
「欲しいものねぇ・・・・・・」
レラは緑の髪を少し耳にかけて考える。
赤い瞳は左右を見渡し、それでも思いつかなかったのか瞬いた。
「買えるもんじゃねえしな」
「そっか」
買えるものじゃないのか。好奇心でカークはレラに聞く。
「何だ?どんなものだ?」
レラは心底面倒くさそうな顔をしたが意地悪く笑って答える。
「・・・・・・指輪だよ」
「へーどんな指輪?」
「薔薇のモチーフで中心に青い石が嵌ってる、指輪。まあ、今は何処にあるかもわからないし、値段なんて分かりっこねえよ」
言われて、カークは財布を取り出す。いたずら心だ。
財布から指輪をとり出してみせる。
「こんなの?」
薔薇のモチーフの青い石の嵌った指輪。
それを見て、レラは顔を青ざめさせて、震える手でそれに触れようとする。
「み、見せてくれ」
「え?あ、ああ、いいぞ」
手渡すと彼は慎重に検分し指輪の裏まで見た。
そして、指輪の宝石に手をかざして何かを呟くと、青い石が赤く染まり、直ぐに元に戻る。
何が起こったか分からないカークに彼は切羽詰まった表情で詰め寄る。
「馬鹿な!どこでこれを!?」
「母さんから貰った。父さんが昔贈ったんだって・・・・・・」
慌てて答えるとレラは顔を歪めて指輪を握り、息を深く吐く。
「お前の親父は竜人か」
「え?さ、さあ?」
「目は?目の色は赤いか?髪は長くないか?周囲の人間より、歳をとるのが遅くないか」
連続で聞かれて困惑しながらもカークは首を振り続ける。
「目は赤くないよ。青色で髪も長くない。年を取るのも人間相応だ。なんかやばい指輪なのか?」
レラは口元に手を当てて、荒い呼吸を必死に抑えようとしていた。
「ああ、これで、国が救われる」
「は?」
レラが何を言っているのか分からなかった。
続けて彼は言う。とても憎悪に満ちた顔でその指輪を見ながら。
「これがあると、アイツが死ぬ」
「え?アイツ?」
指輪をレラは握りしめて、ぱっと光ったかと思うと苦笑する。
「壊せないか。【不壊】の魔法がかかってる」
「こ、壊そうとするなよ・・・・・・俺にとっては大切なモノなんだから」
レラの切羽詰まった様子にカークは強く言えなかった。
何が起こったのだろうか。父が母に送った、それだけの指輪だと思っていた。
「・・・・・・お前ならどうする」
彼は、酷く青い顔で聞く。
その顔を見返し、カークは首を傾げる。
「大切な人と・・・・・・故郷。どっちを守る?」
カークは咄嗟に目を逸らした。
簡単な問じゃない。どちらも守りたい。
同じ様に家族か村かと問われたら、カークはどうするだろうか。
村を見捨てて家族を守るだろうか?
それとも、村人の為に家族を見捨てるだろうか。
大か、小か。
感情か、数か。
単純な問題じゃない。どっちも大切だ。村人たちの顔を思い出し、皆が大切だとカークは知っているし考えている。誰が欠けても悲しい。
「分からない。俺には、答えが出せない」
正直にそう言うと、レラは苦笑して指輪をカークに返した。
「そう、そうだよな。俺は、俺は・・・・・・」
何か思いつめたようなレラは席を立ち背を向けて2階へと上がってしまった。




