102:恐慌
と言ったところで、当てがある訳ではない。
(どうすりゃいいんだ?すみません、“纏穣公”とお知り合いの方!なんて叫ぶ訳にもいかないし)
いや、いっそ叫ぶか?
「市場に行こうか」
妥協案を出して兎に角、ヒトの多い所に向かう。それっぽいヒトを見つけられる可能性はゼロじゃないし。
「はい」
3人が返事をするのを聞きながら歩き、賑やかな市場へと足を踏み入れた。
凄い活気だった。草花を売る店が大半で、色とりどりの草花が所狭しと並んでいる。
「食用なのかな」
近くの屋台を覗きながらそう言うと、屋台の主である女性が大きく笑う。
「他所のヒトだね!そうさ、食べるんだ!ここにあるのは全部食用花と薬草さ。体調のちょっと悪い時に食べるとケロッと治っちまう」
「へー・・・・・・教会は良い顔しないんじゃないですか?」
彼女はそれこそ大きく笑って続けた。
「流石に大けがなんかは治らないからね、棲み分けって奴さ。花は美味いが、魔力は食えないしね!」
「ああ、確かに」
納得して、不意にカークは思いつく。見せて聞き込みをすればいいじゃないかと。
腰のポーチから像を取り出す。
積み重なった雲のような体、ねじくれてのびる角、6本の太い山羊の脚。
何処からどう見てもおぞましく冒涜的で名状しがたいその像を見せられて屋台の店主は眉を顰めた。
「これを知ってそうな人を探しているんです」
「うーん・・・・・・それなら、いるね」
「え!本当ですか!教えてください」
こんな都合の良い事があるもんなんだな!なんてカークは像をポーチに戻してにっこにこで興奮気味に屋台へと乗り出した。
だが、彼女はにやりと笑い、商人の顔を見せる。
「そのかわりー?」
「あ、なるほど?いくらですか」
察して財布を取り出すと彼女はちょっと悩んだようだった。
「金貨1枚分」
「ええ?ぼったくりじゃないですか?」
「情報欲しいんだろ?」
「銀貨90枚」
「重いから嫌だね」
「むう・・・・・・おまけしてくれるなら金貨1枚でいいですよ」
カークがふんぞり返ってそう言うと彼女は屋台の上の物を見て鼻を鳴らす。
「観光客から巻き上げるのはひけめがあるから、しょうがないね」
「わーい」
金貨1枚を取り出してそれを彼女に渡すと彼女は代わりに花を一抱えも纏めて麻ひもで結んだ。
「ん、食用花の中でも高級品だ。まあ、売れ残った余りものともいうね」
「余分な一言ですね」
受け取って結構な重さがある事に驚きながらもそれを腰のポーチへと入れた。
一瞬で手元がすっきりしたカークを驚いてみる彼女は納得したように頷く。
「ああ、冒険者か。ちっ!もっと容赦なくぼったくっときゃよかった」
「ええ?やっぱりぼったくり・・・・・・まあ、いいや。情報下さい」
ショックを受けながらもそう言うと彼女は随分と隙間のできた天板に身を乗り出してカークに顔を寄せる。
「あの通りの錬金術屋だ」
くるりと指さされた方向を見た。蔦ののびる壁に青い大きな花が上に向かって大量に連なっている角だ。薄暗い通りだった。
「山羊の横顔の看板を下げてるから、すぐ分かる。腕はいいよ」
「はい、ありがとうざいました」
そう言ってカークは財布から銀貨を数枚取り出して天板に置くとお辞儀をして去る。
「よろしいのですか?」
「そうだ、ぼったくりなら私が強く言っても良い」
「良いんだよ。こういうのも、旅行の楽しみ・・・・・・けど金ない時にやられたら頼むよ」
「任せろ」
「お任せを」
「オニキス?大丈夫か」
会話に参加しないオニキスを振り返ると彼はぼんやりと空を見上げていた。
市場に張り巡らされている布のせいで空など碌に見えないがそれでもつぎはぎの空をみえる。
「カーク。あれ、何ですか?」
「あれ?」
オニキスに言われて見上げると、いや、何か大きな影が何度も通り過ぎる。
――まるで、巨大な何かが旋回しているみたいに
瞬間、衝撃波と轟音が響き渡ると身体が地面に叩きつけられた。
「ぎゅぎぃぃいいいいい!!!」
市場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化し、逃げ惑う人々でいっぱいだった。商品が崩れて埋もれ、そこから出られない人たちの悲鳴とうめき声でいっぱいだった。
カークは嫌に冷徹な脳の中で上を見たまま、微笑んだ。
美しく。醜悪に。絶望を持って。希望を手に。慈悲を飾り。無慈悲を囁く。
「『虫を潰すにはいい日和だ!なあ、カーク!!』」
大きな声でカークはそう宣言し、ルリを見て冷酷に告げる。
その目、その目が、オニキスには黄金も眩み、かすみ、羨むほど美しい金だった。
「『僕の邪魔は許さないぞ。水獄の君』」
「『僕は君と違うんだよ。コレで話しかけるな、止めろ』」
ルリの喉から意図しない声が零れるとカークは溶け出すように甘く醜悪に微笑んだ。
ルリの瞳もまた、海のような麗しい青色から海に映る満月のように傲然と輝き幽玄な金の瞳に変わる。
「『そうだろうとも』」
「『鬱陶し奴。けど、いいの?零れるでしょ』」
「『楽しむためなら何でもありさ!』」
ルリは鬱陶しそうにしながらも傲然と鼻を鳴らし、オニキスとシンジュを見た。
「『巻き込まれても知らないよ』」
オニキスは何が起こっているか分からず戸惑い困惑し表情が歪むカークと優し気で冷淡なルリを見比べた。
冷静に行動できるのはただ一人。
「お前、ルリはどうするのだね?」
「『・・・・・・ああ、これは失礼。まさか、そこまでとは思っていなかった』」
「その話はしていない。それよりもルリを失うのはカーク卿の願いではないと知っている。さて、出て行ってくれるかな、水獄の君」
目を細めたルリはにやりと醜悪に笑い、酷く生臭い息をシンジュに向けて放った。
「『言われなくても、出ていくさ。コレにいるのは漏れるからダメなんだ。君と違ってね』」
「・・・・・・」
「『それに彼、どのみち“時虹公”が黙っちゃいないよ。直ぐにばれる』」
瞬く間にルリの瞳が海色に戻り、困惑したように左右を見渡す。
そして再度の竜の咆哮に身を竦ませた。
「どうしましょうか?カーク?」
「『好きにしろ。僕の邪魔はするな。邪魔したら、わざわざ手間をかけて無残に殺す』」
カークの冷たい言葉にルリは怯み何が起こったか分からないまま、カークが竜を追って去るのを見届けることしか出来なかった。
「い、一体?」
「なんだか、カークじゃないみたいでした」
冷たくされたオニキスの泣きだしそうな声にルリがその背を撫でて宥めた。
「実際意識はカーク卿ではない。多分だが地哭の君だろう。あれ程までの影響力と権能を持って、こちらでまともに動けるのは彼くらいだ」
「何者なんですか?」
オニキスは涙を堪えて問う。
シンジュは少し答えに詰まった様子だった。
「・・・・・・知るべきでない者たちの1人だ。邪神と言う言い方もできるな」
「邪神、ですか?神様?」
「諸君の考える神と言うのは万人に恵みをもたらすものだろうが、わ・・・・・・彼らは違う。気紛れであり自己中心的だ」
「いま、カークはその人ってことですか?」
言われたことを繋げて考えるとそう言われていることになる。
オニキスは戸惑い、竜の咆哮をまた聞いた。
「長くは持たんさ。如何に強力な地哭の君だろうとも、こちら側で眷属でも神性でもないものを動かすのは、苦痛さえ伴う」
「そうですか・・・・・・」
カークの去った方をオニキスは寂しそうに見てから、ルリを見上げた。
「どうしましょう」
「ゼトさんたちに連絡をしましょう」
ルリ達は宿屋に取って返した。




