8:突然の解散
豆のスープとふかしたジャガイモを食べながら目の前に座るイナンナは切り出した。
「私今日から別の人と行動するわ」
なんともなく言われた言葉にカークは豆のスープを咽かけた。
「なに!?ど、どうして?」
慎重にここまで進んできた。確かに彼女の望むような派手な功績は無いが、それでも怪我無くやってこれたのだ、突然なんの相談もなく斬捨てられると思いもしなかった。
イナンナは冷たい表情で続ける。
「だって、あなた弱虫で役に立たないんですもの」
この言葉に愕然とする。
慎重に進んできたつもりだった。それが裏目に出るとは本当に思いもしなかったのだ。
「・・・・・・一応聞くけど、俺も一緒にそのチームに行くってことは?」
「ないわ」
にべもなく言われて深く息を吐く。イナンナの意思は固いように思える。
どうやって思いとどまらせるか考えている内にイナンナは口を開いた。
「ていうかあなた、冒険者止めた方が良いんじゃない?向いてないわよ」
「は?」
意味が分からず問い返すと呆れたような調子で続ける。
「弱虫で使えないけど同郷のよしみで守ってあげてるのに私の意見をいつも無視して偉そうだし。実力がないのにその態度は正直目に余るわ」
コイツは何を言っているのか?
慎重に森を進むことの大切さや格上に挑まない冷静さを弱虫と言い切ったのか?
実力がないとイナンナは言う。確かにないそれは認めよう。しかしながらそれはせめてひとりで行動できるようになってから言って欲しい。
イナンナはLV6。カークはLV2。イナンナはカークより強いだろう数値上は。
だが、能力値やそれを使いこなすだけの実力はカークの方が上だ。これは贔屓目でも高慢でもなく、事実だ。
証拠としては敵に攻撃が当たるかどうかもあるが、満足な装備を待たず十全に能力を生かさざるをえないカークのが自然と実力が上がっていく。
ゲームに例えるならプレイヤースキルだろう。イナンナはこれが上がっていない。
LV差や能力差でのゴリ押しには心もとない実力でそんなプレイしかしないのでは、命がいくつあっても足りない。
だからこそ慎重に狩りをしていたのだ。
それになにより、駆け出しのカークを突然見捨ててひとり放り出すのは死ねといっているのと同じだ。自分はいいかもしれないが。
怒りと絶望に黙っているとイナンナは鼻を鳴らして手を差し出す。
どういう意味かと顔を見ると馬鹿にしたような顔で少し笑った。
「チームで稼いだお金の半分寄こしなさい」
「はあ?イナンナ、チームで稼いだお金だぞ?チームから出ていくなら使えなくなるのは当然だろう」
「何言ってるのよ。ほとんど私が稼いだお金でしょ?持っていく権利があるわ」
駄目だ。話は平行線をたどる。
ロクに魔物に攻撃も当てられないのに自分で稼いだお金?
全く魔物の解体も手伝わなかったのに自分で稼いだお金?
荷物持ちも当然しなかったし、道もろくに覚えない。
その上でこの発言とは恐れ入るが、自分の言っている言葉の意味を分かっているのか?
幼馴染でなければ今すぐ怒鳴り散らすが、ぐっとこらえる。
「この先、俺と組む人が現れるかもしれない。だからこそ、チームの金なんだ。持っていく権利はない」
そう言うや否やイナンナはみるみるうちに顔を真っ赤にして大きく口を開けて怒り出す。
「黙りなさい!私が持っていくと言っているの!そもそもあなたは冒険者やめたらいいでしょ!」
「怒鳴っても無駄だイナンナ。このチームから抜けるなら自分の資産だけでやるか、あっちのチームの資産でやるかしかないんだよ」
冷静にそう言っても彼女の怒りは収まらなかった。
豆のスープをかっくらって空になった器を持ち上げるとこちらを睨んで去って行った。
その荒々しい後ろ姿を眺めてから食事を再開した。周囲は賑やかなままだ。
「・・・・・・なんで、お前の為に夢を諦めなきゃいけないんだ」
苦々しい思いでそれだけ言ってスープを掬った。
果たして彼女は新しいチームでうまくやっていけるのだろうか。しかしイナンナの事は一旦棚に上げて自分の事を考える。
イナンナは魔法使いのクラスを持っているから引く手数多だろうが、目立った才能も何の異能もスキルも持たないF級冒険者のカークは誰からも声を掛けられることもなく、また、自分から声を掛けてもいい扱いは受けないのは明白だ。冒険中に死ぬのは野盗に襲われるようなことがない限り自己責任であり、チームに所属していようがそれは変わらない。
だからこそ、カークはひとりでも頑張るしかない。もしくは信用できる人物と組むか。
そううまい話など無いので溜息を吐いて新しい剣を買いに武器屋へ向かう。
向かった武器屋は低級冒険者向けの安い武器を売っている駆け出しの鍛冶師が打つような武器を扱う店だ。
早朝に依頼を受ける前の冒険者たちが店に入っていき、武器を物色する。それに習うようにカークもまた店に入って行った。
駆け出しが打とうとも武器はどれも高い。それでもこの店は格安で売り出されている。
銀貨50枚で鉄の剣を一本買えるのは正直信じがたいが、理由はある。
装飾は無く、柄も荒い作りが目立つ。鞘に至っては新品なのにすでに傷がいくつもある始末だった。
だがカークにとって剣は切れればいい物であり、外見はどうでもよい。
賑わう店内で苦労して一番切れ味のよさそうな剣を手に取ると金貨1枚を取り出す。
いかつい顔の店主に金貨と武器を渡して周囲の声に負けないように大声を出した。
「こ、これください!」
必死の声は店主に届き、いかつい顔の店主はきっと本人は精一杯の笑顔を向けているつもりなのだろう、引きつった恐ろしい形相を向けてくる。
「まいどあり」
そう言ってカークから剣と金貨を受け取るとカウンターの下から銀貨を取り出した。
銀貨10枚の塔を5個作り、カウンターに乗せるとこちらを見る。
カークは銀貨を数えて頷き、銀貨を財布にしまった。
剣を受け取り元々持っていた剣は店に置いて後にする。防具は今の手持ちでは流石に買えないのできっぱり諦めて今日の依頼を受けにギルドに向かう。
歩を進めながらふとイナンナの心配をする。彼女は新しい人たちとうまくやっていけるだろうか。
彼女は自信過剰な節があるが、それでもポテンシャルは高い。
慢心せずに地道な努力を重ねればいつかは魔法剣士になれるだろう。
彼女が短気を起こさないことを祈りつつ、ギルドに入った。




