第16話 我が子の成長
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初のクエスト参加の前日。今日で練習開始から1週間が経った。始めのうちは剣の重さに振り回されていたユーゴだが、徐々にその重さを剣筋に乗せる事が出来る様になって来た。
「はっ、それっ、うおぉぉっ!」
ガキンッ!
「だいぶ様になって来たじゃねえか、だが足元がお留守だぞとっ」
ヒュン、ビシィっっっ!!
「痛いぃぃっっっっ」
ユーゴが振るった重くて鋭い剣を交わしつつも余裕で受け止めるジョージ。途端にバランスを崩したユーゴの足元に鋭い一撃が見舞われた。何故鉄の剣を受け止められるのかは謎だが、ジョージが持っているのはただの棒きれである。
「人はもちろんだが魔物も強いのになると、こうした崩しの技術を使う奴もいる。覚えとくんだな」
「はいっ、気を付けます!」
稽古中は親子と言えどもいわば師弟関係である。ユーゴはその辺の機微を良くわきまえているため、基本的に大人ウケが良い。
(ユーゴの奴なかなか見込みがあるな……まあゴブリンくらいなら余程のことがない限り大丈夫だろう)
「良しっ!後は教えた型を全力で100本素振りして終わりだ!」
「はいっ!」
これが筋トレよりも遥かにしんどい、100本も素振りをした後はもう汗だくだ。桶に汲んだ水で汗をかけ流し、午後の仕事に備えて着替える。
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稽古でくたくたの毎日とはいえ、ユーゴは決して仕事の手を抜かない。一流のバーテンダーは一流のサービスマンでなければならないと、父譲治から叩き込まれて来た。
そんな一生懸命なユーゴの仕事振りは見ている者を気持ちよくさせる。本人は全く自覚していないが、ここ最近は店の雰囲気が自然と良くなってきている。
その日の晩のホール勤務。今夜は妙齢のベテラン女性スタッフ 《バーバラ》さんとの勤務だ。ワイルドで近寄りがたい雰囲気だが、飾らない性格で強面の常連客から絶大な指示を得ている。
その日はあまり無駄口を叩かない彼女が珍しく僕に声を掛けて来た。
「ユーゴ、生ハム切ってみるかい……?」
「えっ!良いんですかっ?」
バーバラさんは気怠そうにアゴで生ハムの方を指した。
「ありがとうございますっ!」
この店で生ハムを切って良いのは、父以外ではバーバラさんだけだ。そのバーバラさんから生ハムを切って良いと言われて嬉しく無いわけがない。
多くを語らない寡黙な性格ではあったが、その仕事振りから自然と他のスタッフの信頼を集めていた。
特に父や一部の常連さんと話してる時に時折り見せる笑顔が、実はとてもチャーミングなのを僕は知っている。
「薄くだよ、生ハムは薄くなきゃ一つも旨くないのさ。ハムの下のナイフが透けるくらいにね」
日本のBAR 〈アヴィエイション〉では、ハモンイベリコの原木生ハムを置いていた。仕込みを手伝う様になってから、父に何度か練習で切らせて貰ったのを良く覚えている。
『良いか勇悟、生ハムは薄ければ薄い程美味いんだ。ほら、ハムの下のナイフが透けて見えるだろ?これくらい薄くだ』
バーバラさんの言葉が父の言葉にリフレインした。
「こ、こうですか?」
僕は細長いナイフを上下にスライドしながら、薄く長く切り進めていく。
「やるね、上出来だよ」
「ありがとうございます!」
「客に出して良いよ、3番テーブルだ」
「はいっ!」
楽しそうに働くユーゴの後ろ姿を見送るバーバラの姿は、どこか頼もしい我が子の背中を見守る母親の様にも感じられた。
そしてその日から彼女のお墨付きで、ユーゴは生ハム係をやらせて貰えることになったのだった。
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その日の仕事終わり。
ジョージはバーバラに声を掛けた。
「よう、一杯飲むか?」
「構わないわよ」
「可愛くねえな〜ったく」
「何よ」
「別に」
台に椅子を二つ、無造作に並べ即席のカウンターを作ると、度数の高い蒸留酒をショットグラスに2つ注いだ。美男美女がカウンターに並ぶ、それだけで絵になる二人だ。
「珍しいわね、あなたが秘蔵の酒を開けるなんて?」
「いや何、ありがとな。ユーゴの事」
「別に、気まぐれよ」
「気まぐれねえ〜」
「ブッ飛ばすわよ」
「これだよ」
振り上げた拳は勿論冗談だ。冗談だが殴られるとめちゃくちゃ痛い事をジョージは知っている。普段他のスタッフには絶対に見せない、バーバラのチャーミングな笑みがこぼれる。
「良い子ね」
「俺の子だからな」
「母親似かしら?」
「言ってろ」
目線まで掲げたグラスを、互いに小さくぶつけるとそれを一気に煽り飲んだ。
互いに憎まれ口しか利かないうえに、あまり面倒向かって感謝を伝える事は少ない。しかしその距離感がまた二人には心地よいのだ。
(ありがとな、バーバラ)
ジョージは心の中でその台詞を再び繰り返した。
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