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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
49/51

49:本当の願い


「聞いたって……どうやって……」


 ユウタには疑問しかない。


『魔王様は今幽体なんじゃろ? 儂らはそもそも『見る』器官が備わっておらんから目視はできんのじゃよ。説明は難しいが……感じた、というべきかのぉ。

 もちろん、それだけでは何かの魂の漂いは感じるが、それが魔王様だとは気づかんじゃろうな』

「だったら…どうして…」

『うむ。さっき説明したように儂らは個であり全じゃ。故にお主の中の個が仲介役のような役割を担ったのじゃろうのう』

「仲介役?」

『お主、魔王様と《契約》をしておったじゃろう? 故に魂の繋がりの関係が築かれ、儂らにも魔王アシリッド様の魂なのだと認識できたのじゃよ』




『カンジタ』

『マオウサマ』

『テガカカルッテ』

『ナキムシイッテタ』



 蠢くギルが伝えてくる。


「本当に…来たのか、アシリッドが……」

『そうじゃ。『エミル』は危険だから置いてきたとも仰っておった。何のことだかわからんがの』

「……エミル…」


 間違いない。

 このギルが嘘で固めていたとしても、エミルの情報を知るはずがない。エミルとアシリッドが一緒だなんて繋がるわけがない。


 来たのだ、アシリッドが……ここに。


『《契約》の内容はお主自身。その身を代償にしたらしいじゃないか』

「……」

『そうして破棄された、ほぼ一方的に。それで自暴自棄にでもなったのかの、『誰も求めていない』『生きる意味がない』と』

「……」


 ユウタは答えない。

 いや、答えられない。それは図星だから……


『それを予想していたからこそ、魔王様は儂らに接触し、そうして治療をして欲しいと頼んでいたのじゃよ。魔物最弱と言われる儂らギル種にの』

「………なんであいつがそんなことを……役立たずだって切ったくせに…」

『『自分』を創るな、確立しろ…そう言われたのじゃろ…その意味がまだわからんのか』

「……そんなのわかるわけ……ぁ…?」


 突然現れた視界にギル以外の生物。

 追い払ったはずなのに…ここは瘴気が満ちる場所なのに……。


「……クロ? ……何でお前……」

「良かった…ユウタ…まだ……いた。 クロは………一緒が…いい」

「…………は? お前馬鹿か。この空気の悪さわかんないのか? 瘴気だぞ、毒だぞ、死ぬぞ!!」


 ここは死後の世界…。


 そんなことを言っていたくせに、精霊の死を危ぶむ。

 その矛盾にユウタは気づかない。


「……いいよ。私…ずっと一人だった。誰も必要としてない……」

「……ぇ」

「私…闇の精霊だから…役立たずだから……。みんな私を必要としないの……」


 クロはユウタの目の前で力なく飛んでいる。

 大分弱っているのが一目でわかる。


 でもユウタは言葉が出ない。

 目の前の小さな精霊から紡がれるその言葉は全て自分に当てはまるものだから…そのものだから……逃げろ、と、去れ、と言葉が…出ない。


「…だからね、ユウタが見てくれた時凄く嬉しかった。一緒にいたいと思ったの……」

「……クロ…」

「未練はないよ…最期はユウタと一緒……」


 嘘だ。

 未練がないなんて……。


 だったら何で泣いている。何で悲しそうに笑う。


「俺と一緒なんて…最悪だろ……」

「……何で? 私は一緒がいい……ユウタがいい……」


 この精霊はどうしてこうも自分に拘るのだろうか……。


 何も与えることなど出来ないのに。

 一緒にいても意味ないのに……。



 それ以外に意味があるのか?



 アシリッドの言葉が蘇る。 


「……『自分』を創るな、確立しろ…か。分かんねぇよ、そんな哲学的な言葉なんて」


 アシリッドならもっと直接に伝えてくるのに、何でこんなまどろっこしいことを?


 考えろと言ったはずだ。

 創らず考える。確立する……。


『思うんじゃがの…誰も求めなければお主は死ぬのか? 役立たずだと死を選ぶのか?』

「……」

『いいんじゃないかのぉ……もう少し楽に考えても』

「……楽に考える……?」



 それは……誰も求めなくてもいい、役立たずでもいい、ということ?


 求められたから答えた。求められたのは役に立つからだと思った。


 今まで生きていた。

 生きてさえいればいいと、他人に迷惑を掛けないように、迷惑を掛けられないように生きた。


「そうじゃ……ない?」

「……ユウタ…」

「クロ…お前はどうしてそんなに俺がいいんだ? 何の役にもたってない。それどころかお前を…邪険にして利用までしたのに」

「…『見て』くれたから」

「本当にそれだけなのか?」

「えっと……名前も貰った。生まれて初めて名前を貰ったよ…」

「そんなの……呼びつけるのにわかりやすいように適当に……」

「…それでも凄く……凄く嬉しかった」

「そんなの……ッ」



 見返りが欲しいわけじゃない。

 ただ傍にいたかった……。


 それがクロが今この瘴気の中にいる理由。

 出会ったときから変わらない理由。


「そんなのって…ッ」


 別に力が欲しかったわけじゃない、稀な能力が欲しかったわけじゃない。

 『自分』を創るな、確立しろ……。

 それはただ従うのではなく、合わせるのではなく、意見をするということなのだろうか。意思を示せということなのだろうか。

 だとすると、あの時…自分はアシリッドが望むようにすればいいと言った。そこに自分の、ユウタの意思は必要ないと。


 破棄を決定付けられたのはその後だ。

 それは結局役立たずは来るな、と言われたと思ったがそうでなかったとしたら? 


 そうやってアシリッドが望むユウタを創るのではなく、元来あるはずの『新島悠太』と対峙したかったのだとしたら? 


 アシリッドはユウタの人生を丸々見て体験している。

 それは自分よりも自分も知るものであり、あり方を知っている。


 そう、知っているのだ、『新島悠太』がどうやって生きてきたのか。生かされてきたのか。だからこそ、そこから出来た『今』を知りたかっただけなのでは?



 …だとすれば…。

 そうなのだとしたら……。


 ここは地獄だ。

 だから罪を償う場所…そう思いたかっただけなのだ。始まりが最悪だったから、救いはないと思ったから。



 ではクロは? 


 どうしてこんなどうしようもない奴の傍にいてくれる?


 ぼんやりとかもしれないが答えが見えた気がした。

 

「……俺は馬鹿だ。本当どうしようもない馬鹿だよ。だからあっさり楽な方を選ぶ。その場に合わせたり、創ったり、避けたり……本当に…伸ばされた手は沢山あったのに…」


 エミルだって危険を承知で助けようとしてくれた。

 アシリッドは『新島悠太』の人生を体験してまで魔言を突き止めてくれて《支配》という魔法を打ち破るきっかけをくれた。導いてくれた。

 女王様だって沢山心配してくれて、立場もあるのに必死に人間族であるユウタを生かそうとしてくれた。シャルノイラスだってユウタは大嫌いな人間族なのに必死に看病してくれた。ガッシュさんはほぼ面識もないのに味方になってくれた。

 東京にいたときもそうだ。西だって、おじさんだって。両親だって……。


「…ユウタは馬鹿なの?」

「そうだ、俺は馬鹿だ……。1人不幸のどん底にいるみたいな被害者面して、何様だよって感じだよ。だからこそ俺は俺が大嫌いだ。誰よりも何よりも、大嫌いだ」

「…ユウタは自分が嫌いなの?」

「そうだ、大嫌いだ。大馬鹿な自分が大嫌いだ。だから今こんなところにいる」

「でも、一人じゃないよ? 私もね、私が大嫌いなの。でもね、私はユウタが好きだよ? 私がずっと一緒……、だ、か…ら」


 視界からクロが消えた。


 ぽとりと膝元に何かが落ちる。




「……ロ? ………ク…ロ……?」



 また、また……自分が馬鹿だから、愚かだから……。


 殺すのか? 


 自分を守るものを…助けてくれるものを……。



「…嫌だ…嫌だッ!!!」


『お前たち!』


 色黒のギルから号令が飛ぶと、ユウタを拘束していたギルたちは一斉にその場を退いた。自由を得たユウタはとにかく膝元で倒れているクロを掬い上げる。


「クロッ! クロッ!!! おい、聞こえるか!!! クロッ!!!」


 小さな体にその音量は拷問だろう、とも思えるほどの絶叫。


「……タ? 泣かない……で。…一緒……」


 そう呟くクロに力はない……。


「泣いてなんか、いねぇよ。クロ…ごめん。俺間違ってた」


 やっと気づいた。

 こんなにギリギリになるまで気づかなかった。


「いいんだよな、役になんか立たなくても。ただ一緒にいたかっただけなんだ。アシリッドもエミルも、ただくだらないこと話したりしたかっただけなんだ……日本でだってッ!!」


 求められるままに演じる必要はない。

 避ける必要はない。


 別に役立たずだっていいのだ。ありのままで良かったのだ。


 ただ一緒にいて……生きて……それだけで……



「でも、俺は馬鹿だからいつものように合わせればいいと思った。役立たずは不要だと思った。体調不良もあってかなり自虐的な考えになってたんだ」


 だからこんなところに来た。そうして


「それなのにクロは……こんな馬鹿な奴なのに、一緒にって…」

「……うん。ユウタと一緒にいたいと強く思ったら、精霊になれたの……だから私は、他の誰かじゃない……ユウタがいい……」


 両手の中で力なく微笑むクロ。

 存在が消えかかっている。それは駄目だ……。


 もう、間違えたくない!


「そっか……ありがとなクロ。なぁ……まだ俺でもいいならさ……一緒にいよう」


 自分でも信じられないくらいに穏やかな気持ちになっていた。


「うん…一人では逝かせたりしない……よ」



 クロは願う。


 せめて一緒にこの世界から消えようと……。


 クロもまた疲れていたのだ。

 長く生きた。


 その度拒絶されて見てもらえなくて……。


 精霊の寿命はわからない。

 でも今なら何となくわかる。生きることを諦めたら終わりが来るのだと。


 ユウタと一緒に消えようと思った時、存在が薄くなったことを感じた。精霊に昇華した時はその逆、ユウタと一緒にいたいと強く願った時だ。


「違うよ、クロ。一緒に『生きよう』。まだ何すればいいかも分かんねぇけどさ、きっとなるようになると思う。もっと楽しく我が儘に生きてみたいって思うんだ、お前も一緒に」

「……ユウタ…?」 

「もう創らない。自暴自棄にもならない…のはまだ宣言できないけど、でも……お前と一緒にいたい。お互い、傷を舐めあって…って始まりかもしれないけど、でも俺はお前を死なせたくない、一緒にいたい」

「……私も…」

「正直俺は弱い。さっきまで戦う力のないギルに拘束されていたし、今までだってただボコられただけだ。でも、弱いなりに考える。そんでまたエミルやアシリッドに会えたら、今度こそ『新島悠太』として、接したいんだ」

「…うん、ユウタなら、出来るよ…」


 クロは感じる。

 目の前の大切な人が変わったことを。

 もう死を求めていないことを。


 感じたからこそ、嬉しい。存在が強まっていく。もう…薄くない、消えない、悲しくない。


「ありがとうな。お前やっぱ凄いよ。こんな馬鹿を……」

「馬鹿でいいんだよ? ……利口である必要なんて…ない。…そのままで…いいよ……」

「そのまま…か。大分歪んでるぜ、俺のそのままって」

「嘘の笑顔より……ずっといい…」

「そっか……」


 ユウタは感じる。


 クロはもう消えない。存在を感じる。


「かっこいいこと言えねぇけどさ、でも、一緒に生きよう、クロ。もう消えんなよ……」


 クロはもう立てる、飛べる。

 クロは4枚の羽を広げる。

 そして再度ユウタの前の前へ……。


「クロも『生きる』。ユウタと一緒に」


 その言葉は力強く、その思いは誓い。


「……クロ?」


 突如黒の闇がクロを包む。


 何が起こったのか分からないユウタは、クロが消えてしまうのではないかと思う。

 それは嫌だと…置いていかないで欲しい、一人は嫌だ。


 そこに現れたのは恐怖。

 しばらく感じなかった恐怖が突然ユウタを襲う。


 その闇の中にいるクロをユウタは掴もうとするが、空を彷徨うばかりだ。


「…どう、…て。やっと……いや、だ……。もう……。あ……ぁ」


 沸いたばかりの希望が願いが…砕けていく。


 蘇ったばかりの恐怖が一気に押し寄せてきて視界が思考が歪んでいく。体が震える。心が消えていく。


 やっぱり駄目なのだ。結局駄目なのだ。願いは届かない。ここにあるのは……。



「……大丈夫。私は消えない。クロはずっとユウタと一緒……」


 薄れゆく意識の中で聞こえた。

 震えが止まる。……包まれている…?


「……クロ?」


 闇が薄れる。そうして現れるのは黒髪の少女。


「…うん、クロだよ、ユウタ」


 クロはユウタを抱きしめていた。

 それは小さな妖精のような姿ではなく、ユウタより少し年下の少女の姿。


「私、また昇華した。『ユウタと生きる』って誓ったらその力を瘴気から貰ったの……」

「瘴気から…力?」

「うん…瘴気ってね、微精霊が意志のない感情を得た状態なの。知識や心はないけど、沢山の感情だけがある状態。良いのも悪いのも沢山の感情があって、溢れて混乱しちゃってる状態なの……。

 だから私の思いがみんなに届いて、みんなの混乱が少し無くなって私の思いに応えてくれた。クロは闇の精霊だから瘴気は毒ではないの。だからね、みんながクロに力を貸してくれた……」

「…よ、よくわかんないけど……クロは大きくなった…ってことでいいのか?」

「うん、大きくなった。ユウタと一緒、ユウタと一緒に生きるために昇華した。今の私は『大精霊』だよ、ユウタ」


 座り込むユウタに乗っかったような様な状態のクロは、ユウタの眼前で微笑む。


「……なんかよくわかんねぇけど……」

「……へ? ……ユウタ?」


 今度はユウタがクロを抱きしめた。

 強く、強く、もう離さないと言わんばかりに。自分の意思で抱きしめた。


「良かった…クロが生きててくれて……ッ」

「……ユウタ」


 恐怖は消えていない。


 失うことは怖い。


 そんな当たり前のことが少し前までわかなくなっていた。どうでもいいと思っていた。


 怖い、怖い。生きることを諦めた自分が怖い。もう諦めたくない。今ならわかる気がする。『生きろ』という意味。自分を確立するということ。


「俺はさ…本当に何の役にも立たないんだ。耳長には嫌われてるし、弱いし、すぐに自暴自棄になるし……」


 そう、ただの役立たず。だから必要ないと思えてしまう。でも……。


「俺は生きたい。……本当に今更だけど…『俺』が生きたい。お前も一緒に……」

「私も……クロも生きたい。ユウタと一緒に沢山いろんなことしたい……」


 抱擁を解き、しっかりとクロを見る。


「本当に俺でいいのか? お前を守る力もないのに」

「さっきも言ったよ? クロはユウタがいい。ユウタはクロが守る」

「何だよそれ…男の立場無いなぁ…俺」

「フフ。ユウタはユウタのままでいいんだよ? 守るとかそういうのじゃなくて…一緒なの」


 微笑み、クロはまた強く抱きしめた。


「そっか…それだけでいいんだよな。なんか凄く簡単なことなのに、凄く難しくて遠いところにあったんだな……」


 深く考えることなんてなかった。


 単純なことだ。


 日本でだって代価を求めて西と友達になったわけじゃない。おじさんだって代価を求めて引き取ってくれたわけじゃない。この世界でだって純粋に助けたいと思ってくれた人がいる。一緒にいたい…話したい、助けたい、遊びたい…そんな純粋な気持ちで、思いで『新島悠太』という人物に接してくれたのだ。それに気づけなかった、そうではないと、思い込んでいた。


「やっぱり、俺は俺が嫌いだな」

「ユウタ?」

「でも…そんな自分嫌いな俺も『嫌い』だ」

「それって好きってこと?」

「少し違うな。でもさ…全部ひっくるめて付き合っていかないといかないんだ。だって全部が『俺』なんだから」


 完全な答えが見えたわけじゃない、全てが納得できたわけでもない。


 でも、変化は感じる。


 分からないから考える、進んで行く。間違ったって、役立たずだって、嫌いでも好きでもいい。だって生きている、進んでいる。


 一人じゃない。迷っても、間違っても…一人じゃない。

 ここにいるクロ、この場所にはいないけれどエミルやアシリッド。西もおじさんも…みんな繋がっている。


 願いが重なる。互いが互いの繋がりを感じる不思議な感覚。味わったことのない安心感。


「うん、クロも好きも嫌いも全部ひっくりめてクロ、なんだね」

「『生きよう』、クロ」

「うん……クロもユウタと一緒に『生きたい』」

 

 2人は今まで感じたことのない感覚を確かに味わっていた。


 過去を糧に、未来を夢見て、確かに、今を生きていた。

 これからどうなるかなんてわからない。でも一人じゃない、『大切』が出来た。

 クロと一緒にいたい。エミルやアシリッドの助けになりたい。

 日本に帰りたい。西に会って馬鹿やって…おじさんにも色々報告しなきゃ。

 河野さんや銀にも会いたいし…学校に行きたい。


 どうでもいいことなんてない。やりたいこと沢山で、もっともっと沢山生きたい。

 もう迷わない、とは言い切れない。でも今は……。


「俺は『新島悠太』だ。俺は、俺として生きる」



よし、ポジティブに!

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