44:いざ出発
「いや本当、何でこんな短い道のりで3日も彷徨ったのかマジ分らん。俺馬鹿すぎだろ……」
ガクッと肩を落とし、自分の方向音痴を嘆くユウタ。
シャルノイラスが以前言ったとおり30分弱で結界の境目に到着した。
「たかが人間族にこの結界の惑わしが解けるはずないだろ。己惚れるなよ」
「……あん時から思ったけど、お前本当容赦ないな。人間族嫌いがビンビン伝わってくる」
エリットの暴言にもユウタは塩対応。これくらいでちょうどいい。
「まぁ、とにかくここが境界らしいから陣引くぞ。あとは勝手に陣入って勝手に出てけよ」
言いながら《可視化の陣》を引く。するとまた準精霊たちが精霊化し、宣言通りに境界を抜けていく。
ただそのまま去ろうとせず、皆とどまっているようだ。
「ん? どした?」
「どした? じゃないよ。ボクたち精霊種は契約以外で願いを叶えてもらった場合、人に祝福を与えるんだ。だから、もしボクの力が必要な時は呼んで欲しい。そうすれば《契約》がなくとも一度だけ力を貸すよ」
「? そんなのいらねぇよ。見返り欲しくてやったわけじゃないし、大したことしてないし」
それに…と続ける。
「そもそも可視化の陣しか知らん。呼んでってことは、呼び出しの陣が必要ってことだろ? それ知らないから祝福? はいらねぇよ」
元々アシリッドとエミルを皆に見せてあげるために憶えた魔法だ。精霊がどうこうなんて一切考えていない。
「駄目です。それでは私たちが納得できません」
「これは絆だ。オレたちの出会いの証なんだ!!」
しかし緑に続き青、赤までそんなことを言いだす。
「いらないっていうのだから、いいのではないかしら?」
「ってかさ、アタシも祝福やるから、物のついでにアタシにも名前つけてよ」
白が高飛車で、茶は……自由だ。
「名前って…自分で付ければいいだろ?」
「えーつまんないしぃ。同種じゃない誰かに付けてもらえるからいいんじゃね? な、な、付けてよ、アタシっぽいヤツ、な、なっ!!」
ぐいぐいとユウタの顔面に迫りくる茶。なんかもう色々面倒くさい。
「あーもうわかったよ。じゃあお前は…チャコ」
茶色いからそれでいい。
「お…おぉ、チャコかいい感じじゃね? アタシっぽくね? うんうん、ありがとねぇ」
なんかどうやら気に入ったようだ。
それに感化されたのか私もオレも…となり、ユウタも投げやりで
「お前赤いからアカ、お前はアオ、お前はミド…っていうかリンク、そっちはシロ。これでいいだろ!」
と適当な名付けを終える。それぞれ各々の名前に一喜一憂しているようだが……。
「なんかボクだけ色じゃないんだね。それとも君の故郷での色の名なのかな?」
緑のが自分だけ少し違うことに違和感を覚える。正直、付けられた名前は気に入っている。でも、色ではない分どんな意図があるのだろうと単純に興味があるのだ。
「いや、見た目がなんか…リンクっぽかっただけだ。あまり深く考えてない」
ユウタの答えは、と言えば結局その場のノリ…というか見たままを告げたということらしい。日本の人気ゲームのキャラなど説明しても混乱するだけだろうからノリでいいのだ。
「そっか。うん、まぁ、よくわかんないけど、響きとか結構気に入ってるからボクもそれで問題ないよ。ありがとうユウタ」
「別に感謝されるようなことはして「シロって何よ、まんまじゃない!!」ねぇよ」
リンクとの会話をぶった切るシロ。他はまんざらでもないって感じなのに、彼女はどうも納得いかないらしい。面倒な奴…とユウタは思う。
「シロ、せっかく名前を付けてもらったんだから大切にしなきゃ」
「アンタは色じゃないじゃない! アタシたちみんな見たまんま、色って…アンタは精霊を敬う気持ちがないわけ??」
「あるわけねぇだろ」
「な!!?」
煩いシロの相手は疲れるからユウタは投げやりになる。本当時間の無駄だ。
「シロが嫌なら『マイ』だ。これ以上はもう知らん。
だから適当に名を付ける。
「マ…イ…。あら、悪くない響きね。どんな意味が込められているのかしら」
どうやらまんざらでもないようだ。
「『マジウザい』の略。お前にぴったりだ。じゃあな、さようなら、マイ」
ユウタは前触れもなく陣を消す。瞬間、再び一般人には目視不可の準精霊になった光たち。
にぎやかだった声が一斉に消えた。ユウタはさらに別の意味での集中、準精霊の光も見えない様にすればそこにはもう何もない。
「これでよしっと。エリット、道案内頼む。クロ、行くぞ」
呆けているエリットとクロに一言告げてユウタは結界の外を歩き始める。目的地はもうすぐなのだ。楽しみで仕方ない。
「…ッ、待ってユウタ…」
クロは追いかける。一緒にいたい…その想いを胸に。
◇
「ここから先が住処になる。私は巻き添えはごめんだからな、お前の姿が見えなく無くなったらここから離れることにするよ」
「そっか…この先か……」
あれからまた20分ほど歩くと結界を抜けたばかりの時は感じなかった暗く淀んだ空気を感じるようになった。
「ありがとな。じゃあ、行ってくるわ」
目的の場所に間違いないことを確認するとユウタは嬉しくなる。一歩前に進むと無意識に笑みがこぼれていた。
ニコニコニコニコ。
「あーそうだった。クロは待機だ」
当たり前のように付いてくる小さな精霊にユウタは静止をかける。
「…ぃや…私も一緒に」
「駄目だ」
「でも……契約…で」
「嘘だろ、それ」
恐れていた言葉がユウタから放たれた。
「《契約》ってのは…なんか形容しがたいけど繋がりみたいなもんを感じるんだよ。お前の言った契約にはそれがない。だいたい、唸りで契約が成立したらやりたい放題じゃないか」
全部バレていた……クロは言葉がでない。
「別に嘘を責めてるわけじゃない。俺も大嘘つきだし」
「…ユウタ……」
「お前はもう精霊になれたんだから、誰にだって認識してもらえるだろ? だったらお前が『この人』って思う人としっかり同意の上契約すればいい。俺である必要はないんだ」
「ユウタが…いい…」
「俺は拒否する。ここから先は来るな、絶対に」
「……ユウタ…だって…ここ……」
この空気、この感じ。『感情』が淀んだその場所は人にとって良くない場所。
「ここまで来ればわかるだろ? 俺が何をしたいのか、何を求めているのか。だから来るな」
意志がないわけじゃない、投げやりでもない。そうと決めてる…そんな目。
「精霊よ、その人間族は正しく狂人なのです」
とどめのエリット。
「狂人は言い過ぎ。……まぁ、間違ってはいないんだろうけどさ。
結局《支配》は抜けても変わらなかったってことで、エリット、シャルにはテキトーに言っといてくれ」
軽く手を振って、ユウタは一人進んで行く。暗く淀んだ森深く、ニコニコニコニコ進んで行く。
そしてすぐに誰も見えなくなった。
◇
しばらく進んでいると、段々青黒い靄が視界を覆って来た。懐かしい感覚だ。それに先程から何かが動くガサガサゴソゴソと不気味な音が増えていく。
「俺は敵じゃないからな?」
不気味な音に告げるが、その言葉の意味が分かるのか分からないのか、音は増えるが姿は見えない。10分ほど歩いただろうか、靄は大分濃くなり、木々に覆われていた空間が突然開けた。
そして見えた大きな青黒い沼。尚も進むユウタを囲むように姿を見せた不気味な音の正体。それは数えるのも面倒になるような数の大量の魔物。
何とか到着したが、同時にクロの掛けてくれた強化や痛覚麻痺の効果が切れた。反動が半端ない。気持ち悪いし、世界はぐるぐる回っているし全身が震えて……吐血した。
寒いのかな? 暑いのかな? よくわからない。
でもある程度痛みには慣れているから気を失わなくて済んだようだ。ほっと一安心。
しかし意識を保つのはかなりキツイ。あと少し、あと少しなのだから…とユウタは荒ぶる呼吸を整えて、不調を全力で無視する。
「はぁ…はぁ……ふぅ……ようやく…姿を見せたな。そっか…お前らってそんな姿をしてたんだな…」
感慨深そうにユウタはその魔物を見つめる。
体長は30センチから1メートルくらいのサイズで大小さまざまだ。薄茶の体に黒の縦線2本、目鼻口はどこにあるのか分からない。そんな蛭型の魔物。
ユウタは脂汗を流しながらも深呼吸。両手を広げてにこりと微笑む。
「はじめまして。俺はニイジマユウタって言います。お前たちの『餌』になりに来ました」
◇
ペジャは先ほどの人間族の言葉を反芻していた。
『魔狩り』が来ると言った。確かにその話の辻褄はあっており、そして十分警戒に値する内容だ。数少ない情報で状況を理解し、判断するその知性も能力がある。
シャルノイラスを助けたいと言った。世話になったから、味方だから、エミューテイネルが悲しむから…と。
だからこそ、告げられた2つ目の願い、その意味が理解できなかった。
「今なんと?」
「ん? だからギルの住んでる瘴気の沼。灰色の部屋でサイシャから聞いたんだよ。『ごはん』のメイン材料がギルって魔物のまぁ、いろんな部分だって」
「……そうじゃの。確かにそう報告を受けておる。じゃがそれとこれとどういう」
「どうもこうもない。俺、これからギルの『餌』になろっかなぁって」
ペジャにはやはり理解できない。この人間族はどうしたのだろうか……。
「お前さん……渡した解毒薬は飲んだのか?」
「飲むわけないだろ。耳長が渡してきたもんなんて」
あっさりと否定。
自分たちで服用させておいて、何を勝手なと思われるかもしれないが、あれはきちんと調合された解毒薬だ。ただでさえ『ごはん』という猛毒をひと月以上摂取した上での別の毒……。
瘴気は取れたようだが体に浸透している毒の成分はまだ多くあるだ。女王様の治癒術で外傷などは癒されているし、内部も多くは癒されているはずではあるが全てではない。女王様とて完全治癒魔法を取得しているわけではないのだ。
だから、長く摂取した毒は少量でも残ればまた体内で増殖する。
完治をさせるのならば今後も魔法で症状を抑え弱くし、投薬を合わせた治療が必要なのだ。必要なのだが……。
「飲まないと毒は完全に治療できんぞ?」
「それ、お前が言う? 拘束して、無理やり飲ませ続けたくせに」
「それは……」
言葉に詰まるとユウタは笑った。
「いいって。もう全部どうでもいいんだよ。なんかさ、もうこんな不自由な体要らないんだ。考える頭もいらない。無になりたいんだ」
やはり笑顔のユウタ。
「な? 人間族大嫌いなお前らにとっても悪い話じゃないだろ? ここを出た挙句勝手に無駄死にするんだからさ♪」
「お前さん…一体どうしたんじゃ……」
「どうもしてない。ここは『日本』じゃないんだよ、《契約》もない。《支配》もない。俺は自由なんだ。ただそれだけだ。な? いいだろ? 場所がわかんねぇんだよ。それくらいの我が儘聞いてくれよ。もう二度とお前らに関わることもないんだからさ、今までのことに少しでも罪悪感を感じてんだったらいいだろ?」
◇
世界は真っ黒だった。肉体という概念はなく、意志もない。只々広がる闇。
それはいつ始まったのかもわからずいつ終わるかもわからない。
また、水の中にいた。黒く淀んだそれはどこまでも、どこまでも……。
(消えてしまえ何もかも)
静かで…心地よくて…何もかもを消してくれる。消える、消える……消え。
ガサガサガガサ…
消えることはできなかった。
まぁ、それも予想の範疇だ。
(そもそも俺はここに沈むのが目的じゃない。こいつらに喰ってもらうために来た)
◇
ここに来て、何百何千というギルに囲まれて、ユウタはニコニコ。
自己紹介をして餌宣言をしたけれど、一向に襲ってくる気配はない。
「? 俺はお前らを傷つけたりしないぞ? ほら来いよ。お前らの同胞たらふく喰ったんだ。憎いだろ??」
ギルは警戒をしている素振りを見せているが攻撃を仕掛けてこない。ギルは最弱の魔物だとサイシャは言っていた。だから恐れているのだろうか……。
「あぁ、そうだ」
閃いたとばかりにユウタは瘴気の沼に向かって歩き出すと、ギルは怯えているのだろうか、行く先から退き道を作る。だからユウタは難なく瘴気の沼に到着し、青黒いドロッとした液体を救い上げると明らかに猛毒であろうそれを飲み干した。そして再度ギルに向き直る。
「な? 俺はお前らを傷つけない。だから遠慮なく殺せ。思うがままに好きなように」
ユウタは笑う。ニコニコニコニコ。
それでもギルは何もしてこなかった。こんなに沢山いるのに、あっという間に殺せるだろうに。何を躊躇っているのだろう……。
「まぁ…殺すほどの価値もないってことかな。それならそれでいいけど」
ユウタは瘴気の沼に背を向けたまま何の躊躇いもなく沼に向けて倒れる。
どぷっ、という、粘度の高い音とともに、ゆっくり、確実にユウタは沈んでいく。呼吸が阻害され、視界もなく、痛みの器官が緩慢になっているとはいえ、しばらくすれば流石に息苦しい。死という感覚がユウタの全身を撫でた。それなのにやはり恐怖はない。変な感覚だと思う。
このまま深く深く沈んでいく。この世界の猛毒、瘴気の沼の中で静かに……。とはいかなかった。
ここに来てようやくギルが動き出したのだ。彼らは一斉に沼に入り、沈みゆくユウタを引き上げた。
そして現在、ユウタは彼らに体中纏わりつかれ、自由を奪われている。その数の多さで山なりになり、どこにユウタがいるのか分からない程だ。もちろん抵抗なんてしない。元々こっちが目的だからだ。
(さぁ、たんと喰え。美味くはないだろうけど……)
大量のギルが全身に張り付き何かを注入したり、吸い取っている感覚がある。その度ユウタの意識は朦朧として、感覚が無くなっていく。もっと引き裂かれたり、喰い散らかされて、止まない苦痛の中で発狂し死んでしまうのだと思っていたから、少し違和感があるけど、これはこれでいいやと思う。結局消えることが出来るのだ。
もう何も考えたくない。転生なんて御免だ。この地獄だが異世界だかよくわからない世界で消えよう。
(もういいよな…いいだろ?)
顔を覆っている恐らく小型のギルたちがユウタの口を開けようとしている感覚がある。あぁ、そういうこと。
瞬間ギルが口中を侵し、内部へと侵入を果たす。
侵入時に味わったことのない違和感に何度も嘔吐きそうになるが、どうにか入ったようだ。今、ユウタの内部でギルが蠢いている。好きなだけ荒らせばいいと思う。やっぱり全く苦痛を感じないのが少し変だと思うけど、そもそも今はクロに色々強化や、痛覚が麻痺するように魔法をかけてもらっているから感覚が鈍感になっているのだろうか。…あ、切れてるんだっけ…まぁいいや。
思考が揺らいでいく。例え《支配》が消えたって、体内の瘴気が消えたって、魔法だけの治療で完治なんてするわけない。毒素だって残っているらしいし、何より思考が変わってしまった。定期的な魔法での治療と投薬で完治するとは言われたが……今更治す意味があるのだろうか。こんな役立たずが……。
自分の価値が見出せない。
アシリッドと《契約》して、自分の全てを掛けたから、アシリッドとエミルのためにできることなら何でもしようと思った。あの2人は幽体だから自分にしか認識できない。だから力になれる、役に立つ、必要としてくれる…そう信じていた。
(でも結局…足手纏い。本当、ゴミだ……)
意識が消えていく。
静かだった。
本当はガサガサゴソゴソ、クチャクチャベチャベチャいろんな不快音がが聞こえたけれど、頭痛は消えていたし、頭の中はふんわりしていて穏やかだった。
消えていく、消えていく……
消えてしまえ消えてしまえ……。
(死ねよ)
穏やかな気持ちの中現れる最後の感情。
大嫌いだ、何よりも誰よりも一番一番大嫌いだ。
(死ねよ、ニイジマユウタ。俺が俺を殺してやるよ)
そのままニイジマユウタの意識はぷつりと消えた。
え!?




