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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
42/51

42:やりたいこと


 それからしばらくして、アシリッドとエミューテイネルはミディルの森を浮遊している。


『アシリッド様…。ユウタは元気そうでした。でも、どこか無理をしているようで……』


 エミルは心配性だ。だがそれは無理もないことだろう。


『だろうな。あのまま契約を続けていたら、それこそ小僧は自我を放棄していたぞ』

『でも…何でそんな…。《支配》は消えているはずなのに、女王様の館でだってあんなに楽しそうだったのに……』

『あれは、我らが楽しんでいたから、それに併せたのだ。役に立つことで生きる意味を見出している。それこそ、無意識のうちに限界を超えてまで魔力を使い続け気を失う程にな。もちろん、素で楽しんでいる部分もあるだろうが……。それにな、エミル。小僧はこの世界に来る前からそういう生活をしていたのだ』


 ユウタの人生を追体験したからこそわかる。元々『新島悠太』という人物は……。



 アシリッドはこの選択が正しいものだと思っている。

 彼はずっと泣いている。

 それはずっと自分を作り続けているからだ。

 その殻を破らない限り、きっと近いうちに……。


『布石は打ってある。あとは小僧がどう出るか…だが……』

『アシリッド様…?』

『とにかく行くぞ』





「おい…出てったってどういうことだ?」

「ん? そのままの意味だけど?」


 気づいたらそのまま寝ていたユウタは昼ご飯だからとシャルノイラスに起こされ、現在昼食中だ。


 出されたものはとりあえず食す。

 そしてあれこれ考えるのも面倒なのでアシリッドと《契約》を破棄したことをシャルノイラスに告げると、案の定の返答だった。


「いやいや、そういう意味じゃなくて…何でそんな突然に……」

「アシリッドは場所に心当たりがあるそうなんだ。というわけで、俺は不要になったみたい。だから『味方』とか忘れてくれ」

「え? あ、あぁ…じゃあ、この後どうするんだ?」

「まぁ、無理して急いで人の住む町行かなくてもいいし…ちょっと考える。ってことで、邪魔すんなよ?」


 言いたいことだけ告げてユウタはまた部屋に戻った。

 扉の先にはクロがいる。

 正直もうどうでもいい。

 ユウタはクロを無視してベッドに寝ころんだ。


「これからどっしよっかなぁ……」


 ぼんやりと天井を見る。


 ここにいる意味が分からない。何をしたいのかわからない。生きてる意味が分からない。


 考えることが疲れた。まだこの世界で生きる必要があるのだろうか。


 全てを掛けて助けたいと思った2人はユウタの元を去った。ここには耳長しかいない。

 だからといって恐怖はない。絶望もない。そういうのは灰色の部屋で全部体験して、しつくして《支配》とともに失った。


「何だよ、最終的に放置するんだったら勝手に癒すな。《支配》を返せ……」


 あの微睡が心地よくて、そんなバカげた願いを口にする。


「……ユウタ?」


 心配そうにクロが見つめている。


「何?」


 冷たい返答…。


「触れて…いい??」

「は? 触りたいのか?」


 クロは小さく頷く。

 ユウタは寝ころんだまま左手を差し出した。


「これでいいか?」


 クロは差し出された手に触れた。それはほんのり温かくてつい人差し指に抱き着いてしまった。


「触れた……あったかい。ユウタ、ここにいる!!」


 歓喜するクロ。ユウタは寝ころんだままその光景を無感情に見つめている。


「……まぁ、クロが喜んでくれたなら良かったよ」

「うん、うん、ありがとう、ユウタ」


 どうしてそんなに感謝されるのか、やはりユウタには分らない。


「なぁ、クロ。俺の小指さ、あるだろ? これもあったかいか?」


 クロはその質問に少し疑問を抱きつつも、小指に触れてみる。もちろんそれは、


「うん、あったかいよ。ユウタを感じる」

「そっか……。これさ、女王様が創った偽物なんだよね。そこにあるだけ。俺の意思で動かない残念な指。こんなんある意味あんのかなぁ……」

「ユウ、タ…?」

「舌も偽物。まぁ、会話にはどうにか支障ないけど、味覚も温度も感じない……」


 クロは傷心のユウタに何を話しかければいいのか分からない。


「体調は最悪だし…熱あんのかもわかんない…」


 言いながらユウタは反対の手のひらをおでこに当ててみるが触れるという感覚はあるものの、温かいのかわからない。冷たいものに触れても冷たいかもわからない。色々ガタが来てるのが当たり前に感じられる。


 クロは思い出す。

 ユウタはこの部屋で自分には見えない誰かと話をしていた。陣魔法によって可視化出るようになったその誰かはユウタにとってこの世界で一番大切な人たちだと教えてくれた。ユウタはこの人たちと《契約》していて、役に立ちたいと教えてくれた。でも、その大切な人たちから必要ないって言われて《契約》を破棄した。


 ……今のユウタはどんな気持ちなのだろうか。


 自分は一緒に居られるからそれだけで幸せだけれど、自分だけが幸せなのは不公平な気がして……。でも、言わないといけないこともあって……。


 戸惑いながらもクロは決意する。


「……あのね、外にみんないるんだけど…」

「…みんなって…あの騒がしかったやつらか?」

「……うん。お話、したいみたい……。もしユウタが…」

「あぁ、構わないよ。暇だし」


 むくりと起き上がるとユウタはたった一つだけ憶えた魔法。《精霊可視化の陣》を引く。


 するとしばらくして少しずつ昨日の煩い準精霊たちが、精霊化した状態で陣の中に現れた。各々が自分の姿かたちを確認すると、「やっぱり精霊化してるわ」とか「どんな仕組みなんだ?」「でも、この陣が消えるとまた準精霊にもどるのよね?」「クロみたいに契約すればいんじゃね?」などなど、またきゃっきゃし始めたがユウタは関心がない。


 だから、その歓喜を打ち消すように無感情な質問が投げかけられた。


「で、用って?」

「アンタ、精霊種に対してなんて不遜な態度なの! 立場を弁えなさい!!」


 ユウタのそっけない態度に白いのがいきなり怒りだした。


「知らねぇよそんなの。用がないなら陣消す」

「あわわわ、待った待った!! ボクたち、キミにお願いがあるからクロに頼んだんだ。この子のことは謝るから、話しを聞いてくれるかい?」

「……まぁいいけど。で、何?」


 相変わらず無感情。

 昨日はあんなにいろんな感情を見せていたのに……と準精霊たちは思う。


 とにかく、願いは伝えなければ、と言葉を発したのは青色だった。


「私たちをこの結界から出して欲しいの」





 簡潔に説明すれば、話はこうだ。

 この準精霊たちは様々な事情でこの地にいるが、女王様の結界のおかげで結界の外へ出られないとのこと。準精霊の状態だと結界は抜けられないが、精霊の状態だと抜けられると思うので、結界の境界でこの《精霊可視化の陣》を引いて、結界を抜ける瞬間のみ精霊化をさせてくれないか、という相談だった。


「別に俺は構わないぜ。結界の境界線で陣を引けばいんだろ? そうすれば《契約》なしで結界を抜けられるってことだろ? どうせ近いうちにここを離れるつもりだし」

「本当に?? 助かるよ~。ボクたち、本当に困ってたんだ」


 緑のが素直な感謝を示せば、


「精霊の願いを受けるのは当然よ。それだけで祝福が与えられるんだから」


 なんか白いのが恩着せがましい。


「とにかく、私たちは感謝します。願いを聞いてくださりありがとうございます」


 青いのが礼儀正しく謝礼を述べると、


「サンキューなー♪」

「助かるぜ!!」


 茶色いのと、赤いのが続く。


 ふと、今後の方針が浮かんだ。

 そしてその考えが悪くないと思う。いや、そうするべきだとさえ思える。

 耳長にとっても、自分にとっても。こいつらにとっても。


「よし! そうと決まれば善は急げ、だな」


 だからユウタは突然笑顔になる。


「お前ら先に女王様の扉の前に行っててくれる? ちょっと接触可能か確認してから行くから」

「え? さっき近いうちって……もしかして、今から行ってくれるのかい?」


 今日の今日で事が進むとは思わず、緑のが驚く。


「おう。俺も早いほうがいい。ここには居たくないしな。クロはどする? 来るでもいいし、こいつらと待ってるでもいいけど」

「ユウタと一緒がいい……」

「そか。そいじゃ…クロ、《身体強化》と《痛覚麻痺》最大時間でかけてくれ」

「…うん。でもまだ体調良くないなら、無理しないほ」

「解除した時の反動だっけ? いいのいいの気にしない。頭痛と眩暈が消えないんだ。倦怠感も残ったままだし、こんな調子だとまたいつ倒れるかわからねぇからさ。途中で倒れたら元も子もないだろ? だったら一時的にでも全快してたほうがいい。最大どれくらい?」

「2時間くらいだけど…そんなにしたらユウタ、」

「あーそういうのいいから。お前俺の言うこと何でも聞くんだろ? だったらつべこべ言わずやれよ」

「……うん、わかった。でも無理しないでね…」

「おう。ありがとなクロ」


 ユウタは笑う。ニコニコ。





「ん? 出かけるのか?」


 一応外出用に、と用意された服に着替え無言で出ていこうとしたらシャルノイラスに見つかった。まぁ、隠すつもりもないからいいのだけれど。


「まぁな。昨日準精霊たちがいただろ? あいつら女王様の結界から抜け出せないらしくて困ってるんだと。《可視化の陣》の中だと精霊化するらしくてさ、だから外に出してやろうと思うんだけど、その際に結界に影響が出たら困るだろ? だから女王様に確認しようと思ってさ」

「そう…なのか。準精霊に精霊…なんかいきなり凄いな…ウスノ…ユウタ」

「凄くねぇよ。ってことで、リハビリがてら散歩してくる」

「僕も行く」

「お前は来んな」

「どうして!! お前、森に惑わされてるだろ」

「案内役はもう居んの」

「……誰だよ?」

「ん? ガッシュさん。俺、あのおっちゃん気に入ってるし、お前よりとっつきやすいし、気楽だし」

「な!!?」


 長く看病をしていたとはいえ、シャルノイラスの態度はユウタにとって確かにいいものではない。それはシャルノイラス自身にもわかっていることなので、強くは言えない……。


「わかったよ。あ、そう言えばちゃんと薬は飲んだか?」

「飲んだよ」


 薬とは、いわゆる解毒薬だ。長老宅隣接座敷牢でまな板の鯉になっていた頃大人に飲まされたアレは結構麻薬に近い効果があったらしい。元々灰色の部屋で摂取し続けた毒も完全に消えているわけではないらしいし、それなりに服用してしまっているので毎日解毒薬を飲まないとならないらしいが……今更耳長から渡された薬なんて飲みたくない。


「そうか。早く戻って来いよ」

「あいよ。………シャル。色々ありがとな」


 ユウタは笑顔で家を出ていった。


 残されたシャルノイラスは、最後の感謝の言葉の余韻が消えず、ついその場に立ち尽くしてしまう。


「……何だよ…ウスノロのくせに……」


 感謝に慣れないシャルはつい悪態をついてしまう。でも頬は紅く染まっていた。




え? シャル??

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