38:混ざりたい
一体何が起こっているのだろうか…。
女王様に奈落の底に落とされた後、死ぬかという思いを色々と体験し気を失ったところで気が付いたらそこは元々自分たちがいた場所だった。
場所自体は何も動いていないが、現実に戻ってきたと確信したエリットはふらつく頭を押さえつつも現状を確認を怠らない。
長老も、ファインもまだ目覚めていないようだ。
取り敢えず揺さぶって起こすとともに淡い覚醒を見せていた。
2人に問題はないことを確認したエリットは再び玉座に視線を移す。そこでは繰り広げられる謎の行為にエリットは理解が追い付かなかった。
何やら女王様が陣魔法の中央に立ち、何かをしているようだ。陣の外にはあの人間族がいるが、女王様の計らいか、枷は全て外されているようだった。
せっかく魔力固定型の強力な首輪をしてやったのに…とエリットは毒づく。
そして兎に角女王様に危険を知らせようとその場を移動。
ガンッ
「痛ッ」
透明の結界に阻まれ先には進めなかった。
「女王様、その人間族は危険です。今すぐ離れてこの結界を解いてくださいッ!!」
進めないなら、事情を把握し解除してもらうしかない。
自分は正しいとエリットは信じて疑わない。
「あ、起きたみたいだな。まぁ、『敵』だからほっとくけど。
ってこと話し戻すけど、この陣魔法だったらいけると思ったんだけだけどなぁ……」
「そのようですね…お力になれず、申し訳ありません」
「いやいや、十分色々助かってるって。でもこれって《精霊魔法》の精霊と契約するときに呼びかけて可視化できるようにする陣魔法なんだよな?」
「正確には準精霊ですね。精霊はわたくしでも見えますから」
「えっとごめん、準精霊と精霊って?」
ユウタはまだまだこの世界を知らない。
つまりは疑問だらけだ。
「準精霊は一般的に見えないのです。ですから、『可視化』と『呼びかけ』の陣が必要となります。対して精霊はわたくしたちでも見える存在です。つまり、精霊が近くにいて《契約》を目的とするならば、《契約の陣》のみで可視化や呼びかけの陣は必要ありません。
今わたくしが引いている陣は『可視化』のみで、呼びかけの陣は引いておりません。追加しますか?」
「いや、可視化したい『幽体』はその陣の中にいるから呼び出しはいらない」
「陣の中…ですか…」
女王様はきょきょろ見回してみるが、それらしい浮遊体は見当たらない。やはり自然発生する『準精霊』と人が魂のみの存在となる『幽体』では差があるということなのだろう。
もしかしたら、という淡い期待が破れ、女王様は落胆する。
「女王様、私の話を聞いてください!! その人間族は狂人です。いつ豹変すかもわかりません。どうか、この壁を取り除いてください!!」
最早空気を読まないエリットは、透明の壁に手を添え懇願する。長老とファインも目覚めたようで加勢してくれる。
「女王様。惑わされてはいけませんぞ。その小僧は《支配》されておるのです。まともに取りあっては危険ですぞ!!」
「そうです。その人間族は不安定なのです。いつ暴れだすかもわかりませんッ!!」
「何度も言わせなくでください。ユウタさんは《支配》されておりません。狂人などではありません。豹変もしませんし、害なき者です。いい加減聞き分けが悪いとまた奈落に落としますよ!」
やはりお怒りの女王様は大人たちに手加減なしだ。
ユウタとしては邪魔をしなければほっとけばいい対象。
「あ、そうだ女王様。さっき言ってたけど、『渡り人』って『魔法』使えるんだよね?」
「え? えぇ、そうです。性質や許容量は個人差はありますが、基本的に『渡り人』はこの世界の人間族と異なり、体内の魔力を微精霊に伝達する術を持っております」
「ってことは俺も魔法が使えたりする??」
だからあんな大人は無視して話を進める。
どうせ女王様の結界の中なのだ。
何もできやしない。
だって異世界へ来たのだ、魔力があって魔法が使える。
だったら使わない手はないだろう。
女王様も同じようで、ユウタの話にまた耳を傾けてくれた。
「もちろんです。ただ、以前《解析》した時、ユウタさんの『性質』を確認できませんでした。今のままですと魔力はありますが、魔法は使えないということになります。ただ、覚醒には時間差もありますし、加護もしばらくしてから顕現しましたから、まだ性質に目覚めていない可能性はありますが……」
早速夢破れた。
しかしここはまだ諦める場所ではない。
「ごめん、『性質』って?」
「魔力変換する性質ですね。《自然魔法》なら水、風、火、地。《魂魔法》なら精神、解析。《光闇魔法》なら付与になります」
「あ、それ、以前エミルに聞いたことあったかも。ど忘れしてた……。ん? でもだったら《精霊魔法》って? それも『性質』関係する?」
「《精霊魔法》は…相性もくしは代価ですね。呼びかけの陣を引いて精霊を陣の中に呼び寄せ、可視化の陣で目視できるようにします。そして、互いの条件が合えば《契約》します。契約完了後、精霊魔法として行使することが出来ます。
つまり、呼びかけと可視化に契約の陣、3つの異なる陣を構築することで、《精霊契約の陣》となり、応えた準精霊や精霊と契約を結ぶ、といった感じです」
ここに準精霊はいませんけどね、と付け加え、女王様は苦笑した。
「なるほどなるほど…つまり《精霊契約の陣》だったら取り敢えず『性質』無視でいけるってことでいいのか……。で、今女王様が引いているのが可視化のみの陣か……ん? …いけるか」
何かを思いついたユウタはそれを女王様に相談する。女王様も興味津々だ。『なるほど。いい考えです。それは凄い』などなど、何だが楽しそうだ。
そして今創り上げている陣魔法を解き、そして掌をユウタに差し出す。
「では一時的にユウタさんの《念想》の封印を解きますね」
まずは、ユウタの加護を元に戻す。
これから試したいことにはこの作業が必要だ。だがユウタはまだ加護をうまく理解していないからこれは一時的なもの。暴走を防ぐためにも後ほどまた封印する必要がある。
「おう、頼む。…あ、あと、もう少し落ち着いてきたら《念想》の使い方も教えてくれると助かる」
「はい。実践すると分かりやすいので、落ち着いたら練習しましょうね。ユウタさんの体は外面的には健康に見えますが、長期的治療は必須です。わたくしの魔法治療のあとで少しずつ覚えていきましょう」
「お、おう…。でも、早めにここを出ていきたいから、出来れば長期療養は勘弁な…。まぁ、体ボロボロなのは身をもって実感してるからしばらくは大人しくするけど……」
女王はユウタに加護を戻す魔法を使いながらも、彼の言葉に申し訳なさを憶える。
彼の言う通りなのだ。
瘴気は消えた。
だが、長く与えられた《毒》は内部から彼を破壊していく。
完全治癒魔法があればすぐにでも完治するのかもしれない。
だが、女王様が持つものは《最上位治癒魔法》であり、《完全治癒魔法》ではない。
正しい解毒薬と、何度も治癒の光を与えることでようやく彼の毒は消え臓器の破壊を防ぎ正しく健康体となる……。
「本当に…申し訳ございません。わたくしの全力をもって必ず癒してさしあげますので!」
「あはは、そんなに必死に謝んないでくださいよ。別に女王様が悪いわけじゃない」
「ですが……」
「それより今は、さっき言ったことを試したいんだ」
「あ、はい。そうですね。ユウタさんの《念想》の加護の封印を解除しました。では次にわたくしのイメージを《念想》で送りますね。うまく伝われば良いのですが」
「大丈夫。この世界の言語だって刷り込んでくれたんだ。魔力の変換法とか、『精霊可視化の陣』の生成方法とかくらいなら楽勝でしょ。さっき見た感じだと、可視化だけだったら見た目は難しくないし」
自信満々に微笑み、ユウタもまたその手に自分の手を添える。突如流れ込んでくるイメージ。成程、女王様は凄い。この世界の言語が知らぬうちにマスターできるわけだ。
直接流れ込んでくるイメージは無駄な説明を省いたわかりやすいマニュアルみたいなものだ。図解され映像化されたそれは学校で勉強したイメージ。
「どうでしょう…伝わりましたか?」
終わったようで、女王様は手を離す。
「ばっちり」
ユウタもまた目を開き、そして手を離すとぐっと前に突き出した。
そして、再び《念想》の加護を封印し
「んじゃ、早速やってみる」
「はい。でも注意してくださいね。ユウタさんの魔力許容量が多いことは確認しておりますが、それでもこの《精霊契約の陣》は『可視化』のみとはいえ魔力消費の激しい陣です。異変を感じたらすぐに陣を解いてくださいね。絶対ですよ!」
「わかった」
心配する女王様は本当に先生のようでもあり少し苦笑い。
(俺のことを気にする先生なんていないのにな)
ユウタは再び目を閉じて体内の魔力に干渉し外の微精霊に伝えるイメージに励む。
微精霊は流石のユウタも見ることはできない。
精霊と名は付くが、基本的には『空気』の一部なのだ。
地球上では窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素が混ざったものだが、この世界では取り合えず成分は何かはわからないが呼吸に問題ないのだから似たものだと思われる。そしてその成分の中に『微精霊』という成分が混ざっていると思えばいい。
取り込んだそれは体内を循環する。
そうして排出される。
それは呼吸。
呼吸で取り込んだ微精霊に創りたい魔力イメージを命令し、出来上がり次第放出。それを受けた空気中の微精霊が反応すれば魔法が発動する。基本はこれだが、慣れれば手のエネルギーや命令だけで反応するらしい。魔法とは奥が深いものだ。
だがユウタは初心者。
セオリー通り呼吸で取り込んだ微精霊に命令し、呼吸で排出して伝達。そして……。
「流石ですわ。初めてで成功させるなんて」
女王様は感激しているようだ。ユウタも何回かは失敗すると思っていたので、実はびっくりしている。
「教え方が良かったんだよ。可視化のみなら複雑な陣じゃないし、なにより女王様の説明すっげぇわかりやすかった。
ってことで、人生初の陣魔法を作ったわけだけど、魔力と体力は別なのかな…苦しいとかはないな……」
「魔力が枯渇すれば、体力に影響します。ユウタさんの許容量からすれば、そう簡単には枯渇しないかと思いますが油断は禁物ですよ」
「わかったよ。ってことで、エミル、アシリッド今度はこっち来てくれる? 女王様も見えないと意味ないからこっち来て」
そうして女王様は百面相になる。
結界に閉じ込めた大人たちを完全無視して。
そうしてシャルノイラスがやってくる。
いらない大人は結界に閉じ込め、『味方』の大人はシャルノイラスと一緒に。
結界に閉じ込められた大人たちは気になる。
何故楽しそうなのだ、何故賑やかのだ……。
情報が欲しい…そんな思いは消えていた。
混ざりたい。
おあずけ。




