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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
37/51

37:ご対面


「お? やっと来た」


 廊下もなく、ほぼ玉座近くに繋がった時に、シャルノイラスは言葉を発することが出来ない。というより、まずは状況が分からない。


 目の前には女王様とユウタがいた。

 距離は近い。

 5メートルといったところだろうか。

 ユウタは立っている。


 女王様は床に直接座り込んで涙を浮かべているが、普段見せないニコニコ笑顔だったり頬を膨らませて怒ったり…何やら百面相状態だ。

 

 しかも視線の先には誰もいない。

 それなのに会話をしている素振り。

 異様な光景だ。


 だが、その姿からしてその涙が悲しいものでないことはわかる。


 ユウタは無事拘束が解かれたようで『演技』だと教えてくれた今までの虚ろな感じもなくなっていた。そして何やらユウタを中心に半径2メートルくらいの見慣れない魔法陣が描かれている。


「…えっと…これは一体どういうことだ?」


 一緒に来たガッシュもまた呆けており、シャルノイラスと同じ感情だった。


「シャル、何ぼっーっとしてんだ? こっち来いよ。……ってお前誰だ?」


 ユウタはこの場にやっと訪れたシャルノイラスに傍に来るように促すが、隣と後ろにいる大人の耳長もまた視界に入り、表情を険しくする。


「ガッシュさんは僕を足止めする係だったんだけど、お前のことが気になってその任を放棄して連れて来てくれたんだ」

「ふーん。で後ろは?」

「リックさんは…勝手に来た」

「成程。じゃあ、ガッシュさん。突然だけど、お前は俺の敵? 味方?」


 ユウタは自分の中でもはや確定事項の2択を宣言する。


 ガッシュは…と言えば、突然何を言い出すのだと思いつつも、彼が今まで体験したことを思い出せばそれも頷ける。ガッシュは見聞きしかしていないが、それでも彼の魔人族に対する警戒心が高くなるには十分なはずだ。


「『味方』だ。俺は君を助けたいからシャルノイラスと一緒に来たんだ。だからまぁ、正直この光景には驚いているところさ」


 女王様は差別のない方だから人間族だからという理由で非道なことはしないはずだ。だが、長老たちに言いくるめられたら、致し方ない…と事を起こすかもしれない。


 現にここに連れてくるまでの人間族は意識が混濁していて、とても普通の生活になど戻れない程に精神汚染が進んでいるようだった。ガッシュもまたそれを感じていたこそ、半ば諦めたつもりで同行した。


 しかし、シャルノイラスを足止めしている間にそうでないことを何度も諭され、そしていざ助けに来たのだから、捕らわれているのは人間族だと思うはずだ。


 だが、実際視界を右に移すと長方形の空間…恐らく女王様の結界だと思われるものに捕らわれているペジャとその付き添いがいた。しかもその雰囲気が、何と例えればよいのやら、悪さをして叱られた飼い犬が、待てを言い渡された挙句、目の前では大宴会が繰り広げられている。でもこれ以上叱られたくないから反省。そこに入れない…的な…そんな眼差しで女王様のほうを見続けていたのだ。


 状況はわからないが、この人間族はシャルノイラスが言った通り、《支配》を克服し、そして自分を取り戻したようだ。


 だったら『害あるものには粛清を、害なき者には施しを』。


 これは温厚派である魔王アシリッド様が我々魔人族が健やかに暮らせるようにと皆に説いた『約束』だ。自分がどうあるべきかなんて、ガッシュにはわかり切ったこと。


「即答できるなんて凄いな、お前。なんかいい」


 ユウタも上機嫌だ。


「うっしゃ、了解。んじゃ、シャルとガッシュさんこっち来いよ。女王様が何で百面相してるのか、理由がわかるぜ。特にシャル、お前はな」


 魔法陣の中央でぽんっと手を叩き、手招きすると、名指しで悪戯な笑みを浮かべるユウタ。


「ユウタさん、わたくし百面相などしておりませんわ。……え? 本当に? あら、わたくしはいつの間に涙を……それは、貴方があ、あんなこと言うからですッ!」


 女王様はシャルノイラスたちを直接この陣の手前に呼び寄せるよう扉を繋いだ。そして現在扉は繋がり、シャルノイラスはこの光景を目の当たりにして、何を感じるのか。


「…さか…まさか…そこに…」


 一つの可能性が、シャルノイラスを一歩前へ進ませる。


「待てシャルノイラス!! 長老の命令を無視して勝手に接触するなッ!!」


 後ろで空気のようになっていたリックがシャルノイラスの腕を掴み静止させる。


「おい、リック。ここまで来て邪魔すんなら俺が相手だぞ。いい大人が子どもの思いを無視するんじゃない」


 リックに対するガッシュの態度は毅然としたものだ。

 リックの腕を掴みシャルノイラスを解放すると、首で『行け』と合図し、シャルノイラスも頷く。そして…。


「ガッシュ…いい気にな「あ、女王様、あいつも閉じ込め追加で」「はい、了解ですわ」るなよッ…ぅえ?? んぎゃ!!?」


 あっという間にリックの捕獲完了。


「ガッシュも来いって。その方が色々…面白い」


 陣の中央でまた悪戯な笑みを浮かべるユウタ。

 そうして2人は陣の中に入る。


 入って見える今まで見えなかった光景が、聞こえなかった光景が一気に広がった。


「……こ、これは一体…」

『お、ようやく来たな。我の偉大さを存分に味わうがいい』


 座り込む女王様の横に、胡坐をかいて腕組みする一人の美男。黒髪の長髪で金の瞳、妖属の特徴を持つその人物をガッシュは知っている。


 この里の住人であるガッシュは生まれも育ちもこの名もない里だ。そこに『研究所』から連れ出した同族を連れてきたのが彼だ。憎しみからは何も生まれない。だが逃げてばかりでも何も生まれない。だから話し合い、そして戦うと……そんな優しくも強い意志を示し、強くあれ、と諭してくれた憧れの……。


『ん? 何をしておるのだ。我はエトワールの話に少し飽きてきたからな、新鮮な話題が欲しいのだ。さっさと座るがよい。我が許可する』


 …魔王アシリッド様?

 ……なのだろうか…少し疑問が……。



 一方、同時に陣に踏み込んだシャルノイラスもまた驚愕の光景に目を疑い、何度も自分の目をこすっていた。


『シャル、嘘でも幻でもないよ。わたしよ、エミルよ』


 そんなシャルノイラスを包み込むようにエミルはシャルノイラスの記憶のあるままに微笑む。

 3年前に魔王アシリッド様と共に里を出て、魔王様の死が伝えられて、姉様も帰ってこなくて、みんなももう諦めろって言って、それでも諦められなくて必死でどうにかしようとして、でも子どもだから出来ないことも多くて、強くなりたいから男の子を意識して、でもなり切れなくて……。


 でもいる。目の前に大好きな…憧れの。


 だからそれが嬉しくて、懐かしくて、ぐちゃぐちゃして……


「…さまぁ…姉、さまぁ……姉様ぁああッ!!」


 両目に涙をいっぱい浮かべて抱き着こうとした。

 エミルも迎えるように両手を広げる。


「ちょッエミル、今は無理!」


 少し慌てているユウタの声がエミルの届く。


 だが時すでに遅し。


『…あ』


 そんなエミルの短い言葉とともにシャルノイラスは盛大に…転んだ。

 頭に手を当てだから言ったのに…とため息をつくユウタ。


『ハッハハハハ、だから我が言ったであろう。エミルは絶対『忘れる』と』

「あれだけ注意したのに忘れるか…普通」

『……だって目の前にシャルが居て、わたしのこと『見て』、姉様って言ってくれたんだよ? そりゃ…感情昂ってついって、なっちゃうよ。 って…シャル、大丈夫??』


 ずっとずっと心配していた。

 そんな姉様が自分を心配してくれている。

 なんという高揚感だろうか…シャルノイラスに痛みはない。


「だ、大丈夫ですよ姉様。これくらいぼ、僕は痛くもかゆくもないです、はい!」


 心配そうに屈んでのぞき込むエミルに対し、シャルノイラスに正座し両手を駆使して問題ないを盛大にアピール。


「シャル、エミルの前では性格違うな…びっくりだ」

「う、うるさい。黙ってろウスノロ!!」


 照れ隠しでもいつもの罵声が戻る。


『シャル。ユウタさんにそんな口聞いちゃだめでしょ? ユウタさんは女王様に色々聞いて、こうやって陣魔法まで憶えて、わたしたちがお話できるようにしてくれたんだよ? 感謝はいくらでもしてもいいけど、悪い口を聞いちゃだめだよ?』

「姉様の言うことなら…僕聞けるよ。うん、ユウタさんありがとう」


 いかにも心こもってないです、な感じでシャルノイラスはユウタに微笑み感謝を贈る。


「うん、お前はツンデレのままでいい。今のはキモい」


 ユウタも遠慮なしにツッコミを入れる。


『ハハハ、キモいか。そうかそうか、シャルノイラスはキモいのか、我その意味理解できるぞ。ちなみに『ツンデレ』もな。これはこれで面白いものだな。小僧と我しか理解できないからこそ、言いたいことを言いたい放題だ。ってことで、エトワール、そろそろ離れてくれないと『ウザい』ぞ』


 と、日本の言葉で鬱陶しいことを表すが……。


「アシリッド、それ相手が理解してなきゃ意味ないぞ? 見ろ、女王様きょとんとしてるじゃないか」


 冷静なユウタのツッコミがまた入る。


 ガッシュはその光景を見て聞く。


 そこには悲痛な表情のシャルノイラスも、意志の混濁した人間族も、毅然とした女王様もいない。そして亡くなったはずの魔王アシリッド様、シャルノイラスの姉、エミューテイネルがいる。しかも皆がみんな生き生きしていて楽しそうだ。


 少し前まで人間族を助けると意気込んでいたが、まったくもってそんな必要なさそうだった。だからこんな不思議な状況でも受け入れられるし、緊張が一気に緩み、そして表情も緩んでしまう。


『おぉ、貴様もようやくこの空気に慣れたようだな。だったら我の話し相手になれ。いい加減エトワールの話は飽きたわ』

「酷いですわ。貴方が居なくなって、わたくしがどれだけ大変な思いを」

『あぁ、それはもう何度も聞いた。わかった、もうわかったからそろそろ……』


 ちょいちょいっと、ガッシュに手招きして隣に座るよう促すアシリッド。


 そんなの断れるはずがない。

 なんせ、畏怖の対象と思っていた魔王様がこんなにも気さくな方なのだから。


和気あいあい♪

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