36:突入
待つだけの時間はどうにも辛いものだ。
ペジャは意識のない二人を見守るしかない。
どれだけの時間が経ったのだろうか、1時間は過ぎた気もするし10分も経っていないような気もする。時計のない空間では時間を図るすべを持たず、ペジャは苛々していた。
「…長、女王様が…」
だからエリットのその言葉を聞いた時、女王様が、どんな情報が得られたのかその話が待ち遠しく……。
「ユウタさん、ユウタさん……」
女王様が人間族をわざわざ起こそうとしたのが信じられなかった。
「あ……この景色…ぁ、これ現実か……」
促されてユウタはゆっくりと起き上がる。現実ということは体調最悪、おまけに四肢にも首にも枷があるわけで……。
「なんかもう…現実居たくないなぁ…」
ぽろっと本音が漏れてしまう。
それ程に意識の世界は心地よいのだ。
この現実世界で不自由な体を見ていると、動かしていると、本当に肉体って不便なものだな…と思う。
もちろん《契約》を破る気はないし、2人の願いは叶えたいと心から思うし全力を尽くしたいと思う。でもそれが終わったら……と思うと、この不自由で不便な肉体を捨ててもいい……。なるとしたら…悪霊かな? まぁそれはそれでもいいか…なんて、思えてしまう。
悪霊なんて避けるだけの存在なのに、なってもいいやなんて思えるなんて…大分思考が変わったものだ。あ、でもこの世界だと即世界に還るんだっけ……。
「まぁ、そういうの考えるのは後回しだよな。とりあえず……」
ユウタは女王様の支えを受けながらゆっくりと起き上がった。
「どうだ? 女王様、外せそう??」
周りの大人を無視してユウタは両手首の枷を女王様に見せる。女王は冷たい金属に触れる。
「四肢を縛るものは錠前型ですね。これでしたら氷で鍵を精製すれば…」
言いながらテキパキと枷を外していく。その度に金属の重い感覚が無くなり、両腕両足の拘束は問題なく外されていった。
「問題ありません」
「さっすが。そいじゃこっち、首のは?」
すかさず次へ。大人が何か仕掛ける前にサクッと終わらせておきたい。
「これは…魔力錠のようですね。少々時間は掛かりますが、幸い呪いは発動していないようですので解けないことはありません」
女王様もそれを理解しており
「ペジャ、詳しいお話は後ほど致します。ユウタさんは間違いなく《支配》を抜けております。《記憶介入》でそれを確認し、わたくしたちに必要な情報を与えてくださいました。ユウタさんはわたくしたちには『害なき者』です。
これから彼を縛る枷を外しますから邪魔をしないでください」
大人が仕掛ける前に釘を刺し、女王様は首の枷に触れた。
流石女王様。
「そっか…良かった。それじゃ頼む…ッたうええぇええちょおおぉおッ!!??」
突然首輪の鎖を強く引かれて、ユウタは引きずられた先で耳長の大人に捕まった。エリットが素早く羽交い絞めにしたのだ。
「あのなぁ、突然引っ張んな! 女王様も邪魔すんなって言ってただろが!!」
「煩い狂人が!! 少し黙ってろッ!」
もちろんユウタの言葉を大人は聞かない。そして、
「かは…ッ」
ファインから鳩尾に一発、強烈なのをもらった。久しぶりの肉体的痛みは慣れたとはいっても無くなるわけではない。痛いものは痛い。少しだけ意識が飛びそうになったが、それをさせることなく次いて髪を乱暴に掴まれた。
「狂人めが…女王様を惑わしたのか!!」
「…なわけ…ない、だろが…」
ユウタの言葉に只々怒りを感じるファインは再度ユウタの腹部に強烈な一発を贈る。何か折れるような変な音がした。吐血し、くぐもった呻きを上げ、ユウタは一瞬目を見開くとそのまま意識を手放しそうになるが、どうにか持ちこたえる。ただ、全身にまったく力が入らないために、体重全てを羽交い絞めにしている耳長の大人に預けてしまった。
「いいかげんにしなさいッ!!!」
そこに響いたのは女王様の声だ。
「わたくしは言ったはずです、邪魔はしないでくださいと」
一人取り残された形の女王様はゆっくりと立ち上がるとペジャたちを睨む。
「…じゃ、邪魔などとんでもない…儂らは、女王様がこの人間族に…」
「ユウタさんをこれ以上貶さないでください!!!」
もう限界だった。
大切な人と『約束』した。
この世界で穏やかに生きていくために、そして種族の差別なく『人』として皆が共存できる未来を迎えられるように。
「狂人ってなんですか! わたくしは、ユウタさんは《支配》を抜けたと言ったはずです。その言葉が信じられないのですか!!」
「い、いや、そんなことは思ってはい」
「思っているではないですか! だからわたくしの邪魔をして、ユウタさんを傷つけて…」
女王様は止まらない。
穏やかでいるのは大変なのだ。沢山の悩みを聞き、対応し、日々結界の監視も怠らず…それなのに、それなのに…。
「どうして誰も『約束』を守ろうとしないのですか!! ペジャ、貴方はユウタさんが魔王アシリッド様の情報を持っていると言いましたね、だからその情報が欲しいと」
「は、はい…その通りで」
「だったら!! どうしてその魔王様が皆に『約束』したことを守らないのですか!! 害なき者を傷つけようとするのですか!!!」
この現状を知ったらアシリッドはどんなに嘆くだろう…。あの人は性格は少し子供っぽくアレな部分もあるが、正義感があって、悪事は赦さなくて、基本は差別なく、共存を理想とする優しい人……。
「わたくし、もう限界です。皆さんは少し反省してくださいッ!!!」
宣言と同時に大人たちの足元が…抜けた。
女王様の能力で疑似空間は歪められ、大人たちは言葉なき悲鳴を上げて落ちていく。
もちろん羽交い絞めされていたユウタも落ちたが…大人が離れた途端、どこからともなく風が現れ、ふわふわと地上へ運んでくれた。
「女王様って怒ると怖いんだな……」
まだ痛みは消えないが、ちょっとスカッとした。
「当たり前です。わたくしだって、何度も裏切られたら怒ります」
風でふわふわと運ばれながらユウタは再度女王様の目の前に辿り着く。
「あいつら死んだ?」
「流石にそこまではしません。ただ、少しお仕置きが必要ですので、素敵な空間を用意しましたわ♪」
女王様は満面の笑みだ。
何度も嗜虐欲の強い耳長を体感してきたユウタは、そのお仕置きというものがどういうものかは聞かないでおこうと心に決める。
「ところで…大丈夫でしたか…少し見せてください……あぁ、やっぱり…何度も申し訳ありません」
折れた骨を《治癒》で癒しながら女王様は謝罪する。
「女王様の治癒術は流石だな。痛みも消えた。ありがと」
「いえ、もとはと言えばこちらに非がありますから……」
「俺もあいつらは嫌いだけど、女王様は嫌いじゃないよ。だから俺も出来る限りのことはしたいと思ってる。まぁ、女王様には色々聞きたいし、確認したいこともあるけど、それが終わったらさ」
女王様はいい人。だから……。
「後で、いいもの見せてやるよ」
◇
この場所に待機を命じられてどれくらいたったのだろうか。それなりに時間が経った気もするが、時計のないこの場所には時間を図るすべはない。
「なんかやっぱり…遅くないか?」
「…あぁ…俺も少し思ってた。一体中で何が起こってるんだ」
シャルノイラスの足止めをしている大人たちが、女王様の元へと向かった仲間たちが中々戻ってこないので少し心配になっているようだった。
実際、シャルノイラスも同じことを思っており、何度も様子を見に行きたいと進言したが、結局受け入れられず今に至る。
「だから僕がさっきから言ってるだろ。今この里に女王様の館は繋がっているんだから、様子を見に行けばいいって。何も手出しをしようといんじゃない、様子見だ。それだったらここでも中でも変わらないんじゃないのか? 寧ろ様子がわかる分、安心するんじゃないのか」
「まぁ、それはそうだが……おい、どうする?」
ここぞとばかりにシャルノイラスは説得に掛かる。
実際、数人の大人たちを相手に事を起こせるほどの力はない。様子を見ることしかできないが…それでもこんな何もない場所でただ待つのは辛い。
大人も揺らいでいるから、今がチャンスなのだ。
「どうって…俺は最初から……」
2人の大人の一人、ガッシュが視線をシャルノイラスに移す。
「なぁ、シャルノイラス。お前、自他共に認める人間族嫌いだったよな? 実際、お前があの人間族をこの里に連れてきた時も、『処刑』前提で連れてきた。だから最初から拘束していたし、人間族を手荒に扱っていた。
それがどうして、今はあの人間族に肩入れするんだ? 確かあの人間族は女王様に『解放』を宣言されたが、結局サイシャたちの憂さ晴らしの対象になって、壊れちまったんだろ? 今更、頭おかしい人間族なんか守る必要あるのか? 今までのお前だったら助けたりはしないはずだ。だからこそ、俺には今のお前がどうにもわからないんだ」
ガッシュは前々から思っていた疑問をここで質問した。
シャルノイラスのことを知っているから、今までを知っているからこその疑問だ。
「そんなの…僕にもわからない。でも、『人間族』っていう括りで全部を憎むのは違うって思ったんだ。あいつは最初、僕に感謝したんだ。拘束して乱暴に扱ったのに、女王様に無実を証明された後、僕が人間族の町まで連れて行く、って言ったら、今までの僕を批難するでもなく大人しくするって約束して…。
そんな態度の人間族を僕は知らないから……だから、あいつは違うって…」
想いを口にするのは難しい。
でも、どうしても伝えたいから拙い説明でも言葉にした。
ガッシュはそれを茶化すことなく聞いている。
それが分かるからこそ、シャルノイラスも伝えたいと思ったのかもしれない。
「そっか…感謝か……。だよなぁ。うん、俺もそれは同意見。確かにこの里での『人間族』は、それだけで嫌悪の対象となっている。でも俺はさ、館に同行してった奴らと違ってずっとこの里で暮らしてたから、そこまで人間族のこと詳しくないんだよ。まぁ、ここに来る人間族は魔狩りを目論んでるやつが多かったからどちらかと言えば嫌っていたけど、最近は共存を考えてるやつらも来てたし、そこまで気にすることないって思ってたから今回のサイシャたちのあれは、流石にやり過ぎだって思ったさ。
結局、移住を勧めてきたやつも捕らえて嬲り殺したみたいだしな。
やったらやり返すなんて続けてたら仲良くなんてなれないよな。だからこそ魔王アシリッド様だって『約束』したんだし」
今度はガッシュの思いがシャルノイラスに伝えられた。どうやら、味方になりうる感じだ。
「おい、ガッシュ! お前どうした?」
「どうもこうもないって。なぁリック、なんで俺たちはシャルノイラスの邪魔してんだろうな」
「それは長老に命令されて」
「長老か…今の長老はなんか好きになれないな。他種族を見下している。そうだ…今の長老は小さな希望に縋るあまりに『人』をモノ扱いしてるんだ。やっぱりそれは違うよな」
ガッシュは女王様の館への扉へ視線を移し、そのままシャルノイラスへ。
「シャルノイラス。お前は俺より人間族嫌いだった。それはもちろん俺とは違いお前は人間族の悪意にその身をもって触れたからだ。だが、そんなお前が変われるきっかけを与えたのがあの人間族なんだろう? ただ憎むだけじゃないと思わせる、触れるのだって嫌悪するお前が寝ずに看病するくらいに変化を与えた人間族なんだろう?」
シャルノイラスは迷わず頷く。
「だったら行こう、シャルノイラス。…ってことで、悪いリック。もう、待つのやめるぞ」
「は? お前何を…ッ」
「何をって、これから女王様の館に乗り込む。
大体、俺は長老に用事があったから尋ねたんだ。そしたらこんなとこまで連れてこられて散々だよ。あの人間族だってやっと自由になったと思ったら、まさかの長老の家で拘束されて監禁とか、そりゃ狂いたくもなるさ、俺だってなるよ。
だから今回の館への同行を依頼された時は何事かとびっくりしたよ。貴重な情報を持っているから保護しているって言ってたけど、でもまぁ、いくら貴重な情報を持っているって言ったって、力任せにその情報を得ようとするのは駄目だよな。『約束』に反する」
シャルノイラスを見ると彼女は少し呆けたようにガッシュを見た。
あまり里の者と交流を好まないシャルノイラスは同じく移住者のユノカとは仲良くしているようではあったが、遊ぶという行為はしないし、それ以外の子どもとも交流をしない。
対してガッシュの息子は、と言えば同年代の子と無邪気によく遊んでいる。
まだ幼いのに、誰かを憎み、そして闇の中で生きるのは辛いだろう。こういう時は大人が率先して光へと導かなければいけない。それはわかっていたが、わざわざ係わることでもない…という逃げが自分の中にあり結局は係わってこなかった。
もしかしたらそんな自分の弱さも変えられるかもしれない。
もしかしたら無邪気に笑って息子とも仲良くなれるのかもしれない。
自分勝手かもしれないが、そのきっかけが目の前にある。
変われるきっかけがここに。
「行こう、シャルノイラス。少し時間が経ってしまったが、音沙汰ないってことは最悪の事態にはなっていないはずだ。俺も行く。行って、何か長老たちが良からぬことをしようもんなら邪魔しまくってやろう!!」
シャルノイラスは差し出された手を取る。
大人の手はとても大きかった。
ガッシュはにこりと微笑んだ。
「っておい!! ま、待て。だったら私だって…行くぞ!!」
ガッシュに引かれシャルノイラスは走り出す。後ろでリックが驚き何かを叫んでいるが、「無視無視!」と軽やかなガッシュ。
そうして2人と1人は、女王様の館へ突入した。
女王様おこ。




