34:2択
うつらうつら…
「シャル…おい、聞こえるか…シャルノイラス」
それから2日後の深夜。
睡魔に襲われ、今にも眠りそうになったシャルノイラスに何かの声が届いた。ゆっくりと目を開けて、今の声が何だったかを頭で整理。答えはすぐに出た。
「ウスノロ!」
「シッ…声でかいって…大人は面倒だから係わりたくない」
「あ…あぁ…わかった……」
シャルノイラスは立ち上がり、視線を声の主ユウタに合わせて囁きに変える。
そして、
「しかし…なんか目覚めるたびに拘束増えてんの萎えるわぁ……」
足枷に続いて手枷が登場していた。
胴体と一緒に固定されている。
起き上がることさえ出来なくなっていた。
「…まさにまな板の鯉……」
「ごめん…僕だけじゃ、どうにもできなんだ。でも女王様が戻ったらきっと…」
「シャル」
今はそんなことはどうでもいいとでも言うみたいにユウタは遮る。
「ここに来てからずっと、お前が色々やってくれてるのを知ってる。正直、年端もいかない女の子なのに好きでもない人間族の下の世話…とかなんかホント申し訳ない……人間族の俺にただ触れるだけだって嫌だろうに……」
ベッドから動けないということは結局下の世話が必要なわけであり、そういったある意味汚れ仕事を大人はせず、基本的にシャルノイラスに任せきりだ。暴れた時に出来た怪我の治療時は大人がしたような気もするが、それ以外はすべてシャルノイラスが担当しているようだった。
人間族に触れることさえ忌避感を示しているのに、そこまでさせるのは本当に申し訳ない。これはユウタの本心だ。
大人がするのは拘束と、与えるのは罵声と謎の薬……たまったものじゃない。
「いや…大人に任せられないから僕が志願したんだ。本当なら拘束だって今すぐに解いて、約束通りに人間族の町に連れていきたいと思っているよ」
「そっか…やっぱりお前はいい奴だな。だからこそ伝えておきたいことがある」
何一つ自由がなくなったのに、そこにユウタは悲観しない。シャルノイラスは小さく頷いた。
「シャル、よく聞いてくれ。俺を縛っていた《支配》はもうない。忘れてた殆どの記憶も今は思い出している。まぁ、魔法の影響だけじゃなく、俺自身結構アレだったから性格の部分とか価値観とか変化もそれなりに感じてはいるけど、多分豹変まではしてない…と思う。もちろん、今は死にたがりでもないし、ここを離れたいと思っている。だから、確認したいことがあるんだ」
ユウタは無感情に告げる。
これから前に進むために自分で決めたルール。
2人を助けるために考えたルール。
「お前は敵か? 味方か?」
2択だ。
イエス、ノー。はい、いいえ。
簡単な質問。回答も簡単。
だからユウタも割り切れる。
「ど、どういうことだ?」
しかし、突然そんな質問を投げかけられても、シャルノイラスは戸惑うしかない。
突然《支配》はなくなったと言われても、記憶は戻ったと言われても、死にたがりではなくなったと言われても……数日前まではすべては逆だっただけだから、そう簡単には納得できるものじゃない。
そもそもどうやって《支配》を抜けた??
先日叫んでいたけど、それが原因?
わからない。
「俺は必要な情報は与えた。その上で確認してるんだ。敵か、味方か、どっちかを言えばいい」
「…突然、そんなこと言われても……」
元々人間族は憎むべき相手なのだ。
ユウタに関してはその限りではないが、だかといって即答できるものではない。
「ちなみに『どちらでもない』と『黙秘』は『敵』とみなす。と言っても、別に俺にはお前らをどうこうする力はない。今だってされるがままだし、このまま耳長の大人に殺されるかもしれない。でも俺はここ出て2人との約束の手助けをしたい。その為にできることを全力でするつもりだ。だから確認したい。お前はどっちだ」
急かされる。
時間はあまりない。
答えなければいけない。
でもどう答えたらいいのか分からない。
だって味方なわけがない、敵なわけでもない。だったら何だ?
やはり罪悪感だけで今ここにいるのだろうか……。
沈黙は『敵』、どちらでもないも『敵』。敵ではない。だったら……。
「僕は『味方』だ。ただし、ここからお前を人間族の町へ連れていく、その『期間に限り』だ」
ユウタはその答えを噛みしめる。そして、
「上等。それでいい。俺もその方が色々頼みやすい」
視界に大人は見えない。
でも行動範囲が狭すぎで、部屋の状況を殆ど確認できないのも事実だ。だからユウタは先ほどの『選択』の後、シャルノイラスに対し、何事もなかったかのように確認する。
「ところでシャル。正直この状態だと殆ど部屋の確認が出来ないんだけど、大人って近くにいるのか?」
「今はいない。でも朝になれば見張りが情報を確認に来る」
「そっか…このうっすら明るいのはランプ灯か何かか? まだ夜になったばっか? 深夜?」
「深夜だ」
「まだ時間はあるな」
部屋はうす暗い。
薄暗いのは灰色の部屋を彷彿とさせるが、もう暗いのも怖くない。
「シャル、聞きたいことがある。女王様は今どうしてんだ?」
「別の里で人間族の襲撃があったらしくて、里に入る前に気付いたからみんなを避難させているんだ。襲撃事体は回避できたらしいから、しばらくしたら落ち着いてまた扉が戻ると思う。
お前、もう《支配》はないんだろう? だったら女王様が視てくれればきっと大人だってわかってくれるはずだ。だからもう少し……辛抱してくれよ……」
女王様の言うことなら大人だって逆らえない。自分でこの状況を打開できないシャルノイラスに出来ることは頼ることだ。
「何かお前…しばらく見ないうち? ってわけじゃないかもしれないけど…すっかり大人しくなってない?
もう俺のこと、『嘘つきで傲慢で弱い』とか『お前には泣いて喚く未来しかない。でも誰も助けたりしない』とか『処刑は決まってる。狂うまで痛めつけて、狂ったら癒してまた狂わせて、魂が限界を迎えたら消滅しろおおぉおぉ』とか思わないのか?」
少し言い過ぎたと罪悪感の原因となった言葉を、ユウタはどこまでも正確に告げる。しかも最後は少しエフェクト強めで。
すぐに言葉が出ず、シャルノイラスは赤面してしまった。
「それはその…あの時は僕も感情的になって……言い過ぎた。ご、ごめん……」
簡易的ではあるが、今まで言えなかった暴言に対する謝罪の言葉がすんなりと出る。あんなに言葉に詰まった言葉がこうもあっさりと出て、シャルノイラス自体が信じられない。
ユウタは小さく笑った。
「いいよ。もう気にしてない。やっぱりお前、ツンデレだな」
「は? ツン?? 何だよそれ…」
「元いた世界の言葉だよ。お前には…教えない。デレてないから正確にはちょっと違うし」
悪戯な笑みを浮かべてユウタはシャルノイラスを見る。
「さて……雑談はこの辺にして、本題に入りますか」
小さな味方シャルノイラスはこくりと頷いた。
「今から『耳長の里、脱出計画』を発表する」
◇
それから3日後の昼前。
「おい、シャルノイラス喜べ。女王様が扉を開かれた。さっき、この里に扉接続の許可が出て、館の入り口で長老が待機している。ということだから……」
突然部屋に来たエリットは事務的に、眠るユウタの両手を拘束している鎖を外し上体を起こすと、無理やり薬を飲ませた。
「ぁ…がはッ……けほ、こほッ…」
上体を起こされ、ぼんやりとした覚醒を始めた途中で突然の異物を放り込まれ、強制的に覚醒を迫られた。エリットはユウタが咽るのも嘔吐くのも無視して無理やりそれを飲ませると、意識の混濁したユウタを確認して両手の枷を肩幅程度の鎖で繋ぐ。
「お、おい…そこまでする必要は…ッ」
状況を見守ることしかできないシャルノイラスは抗議をするが、効果があるわけでもなく……。
「あるだろ。貴重な情報源とはいえ、ただの狂人だ。女王様にもしものことがあったらどうする気だ」
「だから何度も言ってるだろ。こいつの《支配》は解けてるって。今はただの『渡り人』だ」
「おいおい、《支配》が解けるわけないだろ?」
「それは魔王様が」
「シャル。それ以上は口にするなよ。いくら同属のお前とて、あの方のご好意を否定することは赦さない」
「…好意って…」
「この人間族を情報源として生かしたことだ。私たちは魔王アシリッド様の復活の手伝いを助けるべく、こいつから魔王様の情報を引き出さないといかない。いい加減この人間族は諦めろ。近いうちに死ぬだけだ」
と、聞く耳持たず、シャルノイラスの説得は大人に届かない。
ユウタはここから出ると言った。脱出計画を話してくれた。
でも、こんなに意識が混濁した状態で出来るのだろうか……。
大人はユウタを『人』として扱っていない。
情報を得ることが出来れば殺すだろう。
本来は解放されるはずなのに、大人に捕まって心を《支配》されて、それを乗り越えたのに尚、大人はユウタに酷いことをする。それは彼が人間族だから? 人間族が憎むべき相手だから? その全てを憎む……。
確かに自分もそうだった。とシャルノイラスは思う。人間族は憎むべき『悪』であり、全て苦しんで死ねと思っていた。でも最近は自分たちを守ろうとする人間族も現れていて、正直彼らに何の悪意はないのかもしれないのに、人間族を『悪』に仕立て上げることで、擁護派の人間族も嘘だ、騙してると自分に言い聞かせて無理やり憎んだ。
だから、今の自分には信じられない部分もある。人間族に対し『味方』なんて断言したり、実際色々協力したり。
でも、今のこの状態で自分は何かの役に立つのだろうか。結局大人を説得することも出来なくて、拘束は強まるし、薬の投与もやめてはくれない。
あの薬は何だと確認した時に詳しくは教えてくれなかったが、意識を混濁させて色々する…などと言っていた。害はないのかを確認すると「狂人になしても変わらんよ」などと淡々と告げられた。そんなに何度も投与されて大丈夫なのかと心配になってしまう。
実際、あの脱出計画の後に大人が来て、ユウタは暴れてもいないのに薬を投与され意識が混濁しているようだった。シャルノイラスは追い出され大人たちに何か色々言われていたようだったが……結局、今に至るまでユウタと会話は出来ていない。
「おい、こっちはどうするんだ? 鎖繋げとくか?」
そんなシャルノイラスの葛藤など気にすることなく、足枷の鎖をベッドから外している大人の耳長がエリットに状況確認。
「自由を与えるつもりはない。そっちも鎖を繋いどけ」
「了解」
作業は淡々と進められた。
「……」
ユウタは再び目を閉じて反応しなくなった。
じゃらじゃら、ガシャンと鎖の音を鳴らしベッドから離れることが出来たユウタは意識のないまま、エリットに担がれ久しぶりに外へ出る。
シャルノイラスは何もできないままただ後をついていく。大人たちはエリットを含め5人いた。ユウタの拘束はそのままで首輪もそのまま、鎖はエリットの右にいるファインが持っている。
この里1番の風の使い手であるシャルノイラス。
ここで風を起こして無理やりユウタを連れていく…そんなことも考えたが、確かに《風》に関しては自分が一番だが、エリットはシャルノイラスほどではないが《土》の使い手であり、ファインは魔法属性に関してはそれほどではないが、身体能力がシャルノイラスの比ではない。他の連中だって日々里の警護をしているメンバーだ。結局あの部屋から出たかといって、自分一人でどうこう出来はしないのだ。
エリットたちは森の開けた空間に辿り着く。
中央には扉。そこは女王様の館の入口だ。
女王様の館は何もない扉の先に存在する。
空間ごと切り取られた許可制の空間。
それは里の北西側、少し入った森にあり、いつもは固く閉ざされている。接触はまず里長が行い接続の許可貰う。そうすることで館へ入ることが出来るのだ。
扉の前に里長ペジャが待機しており、エリットに担がれていたユウタはペジャの目の前で乱暴に降ろされた。
「……ぅ…」
小さく呻くが覚醒はしない。
夢現の判別が付かないのか、黒の瞳は薄く開いてはいるが現実を映していないようだ。
「首尾は?」
「『学習』は完璧です。『許可』しますよ」
「よし。ならば」
ユウタは大人たちに両脇を抱えられて無理やりに立たされた。やはりその目は虚ろで抵抗することなく成すがままだ。
「よしよし、小僧。儂はこれからお前さんの《記憶介入》をしたい。『許可』もらえるかの?」
「は? ペジャ爺、魂魔法は使えないはずじゃ!!?」
「シッ、シャル。お前は黙ってろ」
疑問を口にしたらエリットに止められた。やはり何もできない自分がもどかしい。
ユウタはぼんやりと老いた耳長の言葉を聞いて小さく微笑む。
「……『許可』…す、る……」
その言葉を聞いてペジャは肩の力を抜いた。
シャルノイラスの言う通りペジャには魂魔法は使えない。ただ、問いに対して『許可』をきちんとできるように仕上げたのかを確認したかったのだ。
結果、何度も与えた薬の影響は抜群だったようで、朦朧とした意識の中、エリットたちが刷り込んだ行動と言葉はうまく作用しているようだった。
「上出来じゃ。この調子で女王様の元でも頼むぞ」
ペジャはユウタに近寄ると身動き一つ出来ないユウタの白髪を優しく撫でた。
ユウタは反射的にまた微笑む。
「それでは、女王様の元に行くかの。あぁ、そうじゃ」
ペジャは後ろをついて来ようとするシャルノイラスを見る。
「お前さんはここで留守番じゃ」
「え、どうしてだ。僕は行く権利があるはずだ」
「どうもこの人間族に肩入れしすぎじゃからのぉ。女王様もお忙しいお方じゃ、色々邪魔されるわけにはいかんのじゃよ」
「そんなことしない。僕はただ見守って…」
「見守ることならここでもできるだろ、長老の言うとりここで待ってろ」
エリットは再度ユウタを担ぐ。
そうして向かう、女王様の元へ。
「おっと、すまんね。ここから先は通さんよ」
「黙って待ってろ」
大人が2人、シャルノイラスの邪魔をする。
扉は見えるのに、連れていかれるのに、シャルノイラスは先に進めない。
大人めぇ……。




