32:理由付け
「ど、どうしたのシャル!!?」
気になったユノカが戻ってきたが、シャルノイラスは気づかずただユウタに質問を投げかける。
「おい、ユウタ、ユウタッ!! ……今、ウスノロが、ユウタが!!!」
同時に戻ってきたエリットがそれを止めて、同行してきたペジャは状況の報告を求めた。ようやく落ち着いたシャルノイラスはその場で崩れる。
「……壁、見て…こいつが『よかった…エミル』って言ったんだ。ここには僕しかいないのに、こいつには…姉様がここにいるみたいに…ッ」
「そうか……エミューテイネルが、ここに……」
壁のほうを見るペジャ。
もちろん見えるのはただの壁であり、あったとしても天井近くの窓だ。エミューテイネルなど見えるはずがない。
視線はそのままシャルノイラスに移った。
「他にも何か言ってなかったかの?」
淡々と質問を投げかけるペジャが信じられなかった。でも、一人ではこの状況をどうすればいいのかもわからない。結局話すしかない。
「『お前も、ごめん』って……壁に向かって会話を始めて……。ペジャ爺。何でこんな酷いことするんだ? こいつは渡り人で解放されるべき人間族のはずだ。それは女王様の決定事項で絶対のはずなのになんでこんなところに縛り付けてるんだ、自由を奪おうとするんだ!
僕にだって『約束』したじゃないか、解放していいって。それなのに、倒れた後は看病どころか拘束なんてして……。僕は…僕は貴方たちの考えが分からない!!」
想いの全てを言葉にした。
ペジャはあの人間族嫌いのシャルノイラスがなぜここまで肩入れするのかが不思議でならない。だが、敵対するよりは協力したほうがいい。真実を知ることで妙な肩入れを無くすのであれば…と、語り始める。
「確かに、女王様はこの人間族の解放を宣言された。じゃがそれは《支配》の前の決定じゃ。お前さんとて《支配》がどういうものか知っておるじゃろう。しかも魔言を掛けた術者のサイシャはこの世におらん。つまりこの人間族の意識体に接触でもせん限りは、魔言の特定はできないということじゃよ」
「でも、里からは出していいって言ったじゃないか。それに、もしかしたら助かるかもしれない人間族の町の情報だって教えてくれたのはペジャ爺だろ!」
「……確かにあの時は、《支配》を受けた人間族を里に長居させるのは危険と思い許可したし、そんな情報を与えたのぉ。
じゃがな、シャルノイラス。状況が変わったんじゃ。この人間族は、殺されたはずの『魔王様』に接触しておる可能性があるのじゃよ。シャルノイラスも見たじゃろう、あの美しい大剣を。あれは魔王アシリッド様の魔器、魔剣アネスティアじゃよ」
「…は? 魔王、アシリッド……様? でもあの方は3年前に……」
亡くなったはずだ。
あの方は決まった領地を持たず放浪している変わり者だと言われているが、妖属でありながら人間族に捕らわれた多くの多種属であるエル属を助けてくれた、唯一の魔王様だ。そのことによって人間族から恨みを買って、捕らわれ、処刑されたとシャルノイラスは聞いている。
魔王様は基本的に自身の種属と支配領域外のことに関して全て無関心で、自身の領地のみを守っているという。だからこそ、魔王アシリッド様は、魔王様の支配下外の魔人族には希望であり、敬うべきお方なのだ。
だが、もう亡くなったそんな偉い人の名前が何故今出てくる?
でも、確かこの部屋に来た最初の目覚めの時、ユウタは『アシリッド』がなんとか…と言っていた……ような気がする。それが魔王様の一人? 亡くなった魔王アシリッド様のことなのか? きちんと聞こうとしていなかったから、詳しく憶えていないのが恨めしい。
「そうじゃ、3年前にフェンシルにて人間族に虐殺されたのじゃ。お前さんの姉、エミューテイネルもまた3年前から行方不明。この意味が分かるかの?」
「……こいつは窓を見て姉様にごめんって…お前も…って、ぇもしかして姉様も魔王様もここにいるってことなのか!?」
壁を見ても部屋の中も自分たち以外は何も見えない。本当に姉様はこんなところにいるのだろうか……。考えても答えはでない。
「妖属と魔器は離れられぬ関係じゃ。ならば、妖属である魔王アシリッド様の魔剣アネスティアが存在するのであれば、魔王アシリッド様もまたこの地にまだいらっしゃることとなる」
自然とペジャの視線はユウタに移動し、そして……見下す。
「この人間族は先程『お前も』と言っておったのじゃろう? それが魔王様に対してだというのならば、なんとも不遜な態度じゃが……、ならばエミューテイネル以外の誰かにも接触をしているということになる。理解できぬことじゃが、アネスティアを見たのは儂だけでなく、ここにいる者たち全てなんじゃよ。儂らは魔王アシリッド様を知っており、あの方の魔器、魔剣アネスティアを知っているのじゃ。あの美しい魔剣を見間違えるはずがない」
「そんなことって……」
「渡り人は多くの魔力を持つ。それに基本的に何かの《加護》を持つからのぉ。その影響かもしれんが儂らには何もわからんのじゃ」
語りながらペジャは再びシャルノイラスに断言する。
「あの人間族の《支配》は解けぬ。
じゃからこそ、どんなことをしてでも儂らは魔王様の情報を得たいんじゃ。この人間族が無駄死にするより、その前に少しでも魔王アシリッド様の情報を得たいと思う儂らの気持ち、魔人族であるならば、その僅かな希望の縋るのはいけないことじゃろうかの」
最初は強く。次第に優しく、諭すように告げられたその言葉はシャルノイラスの心を揺さぶる。確かにそんなに凄いことになってるなら、情報は欲しいと思うだろう。現に自分だって姉様のことで何度も問いただした記憶がある。どんな方法なのかわからないが、やはり接触しているのだ、彼は。
「…だからと言って、拘束する必要があるのか? よくわからない危ない薬を使う必要があるのか? 話を聞きたいならきちんと頼めば」
「シャルノイラス。お前さんもわかっておろう? こやつは《支配》されておるんじゃよ。まともな考えなどとうに忘れておるじゃろうな」
「だったら、魔王様は? こいつを助けようとしているんじゃないのか? 現にサイシャ達に与えられた瘴気は消えたと女王様も確認した。ということは」
「それこそお前さんの願望じゃよ。確かに魔王アシリッド様は人間族というだけで危害を加えることをよしとしなかった。じゃからこそ我々に『約束』をした。じゃが今は状況が違う。あの人間族は《支配》の影響で死にたがりだったのじゃろう?
妖族の魔器の栄養源は瘴気じゃ。ならば、アネスティアのちょうどいい餌じゃったのかもしれんの。そうしてわしらの知らぬところでアシリッド様は復活を果たそうとしておる。そう考えるのが妥当じゃ」
「じゃあ、なんで瘴気の無くなったあいつをまた貫いたんだ?」
「殺そうとしたのではないかの?」
「……ぇ」
「小僧から瘴気は消え失せた。これ以上餌になりえないと判断したから殺そうとした。しかし儂らが気づいたからやめた。じゃからアネスティアは消えたのじゃ。どんな理由でかはわからぬが儂らには魔王様を目視できんが、あの人間族は認識し、そして接触ができる。実際あの血塗れの小屋であの人間族はずっと『会話』をしておったのじゃよ。誰もいないのにな。
じゃからこそ、アシリッド様は儂らにその存在を見せるため、瘴気を介して接触したこの人間族を利用し、情報を引き出してもらうために生かした」
理屈は判った。
確かにその通りだとすれば、彼の瘴気だけが消えた謎も頷ける。でも、それでも……。
「シャルノイラス。納得できない部分も多くあるじゃろう。じゃが、女王様が落ち着いて、この里に扉を繋げた時に今回のことは儂が報告する。ここにいるのが辛いのなら、この人間族の監視はやめていいのじゃよ」
「……監視?」
自分も以前女王様に任された任だ。
でも今は違う。
今しているのは監視じゃない。
介抱している。看病している。
少しでもよくなるように、元気になるように…それだけを望んでいるのに……。
「必要なのは『周りの意見じゃなくて自分がやりたいこと』…だよな」
ユノカの決意が、今のシャルノイラスに勇気を与える。
「僕は自分を信じている。『看病』は続けるよ。お前たちが何をしようとね」
だから力強く笑って見せた。
◇
『なんだか我、相当な悪役になってないか?』
『そうですね。里長の中での魔王アシリッド様は、人間族は魔器の餌であり、必要なくなったら殺すって感じですもんね』
『我、そんなことしないぞ? そういう血の気が多いのはザガットじゃないのか? というか《記憶介入》大変だったんだぞ、本当に、ほんっとうに大変だったんだぞ。それなのに、そこを無視します? 普通しないよね、しばらく我の形が保てなくなるほど頑張ったのに……』
『う~ん、でも私たちって基本ユウタ以外に見えてませんから、仕方ないかと……』
『確かに……。我も『許可』なしの《記憶介入》の後は不覚にも存在消えかかっていたからな……少々状況確認が遅れてしまった。……しかし……ようやく…』
ちょっとしたコントのようなものを終えて眠るユウタを見る。
『我を認識したようだったな。…だがやはり『表』に必要な情報の持越しはできなかったようだ。……まったく、今まで忘れていたとはいえ、この状況を『記憶の部屋』で小僧は予期していた。侮れん小僧だ……』
アシリッドの言葉を聞きながら、ふわふわと移動しエミルは彼の頬にそっと触れた。もちろんそれはすり抜けるだけで何も触れることは叶わないのだが、それでも触れた気がして少し笑顔になる。
『私はここにいるよ、ユウタ。だからまた私を見て。そして一緒に行こう、ここじゃないところへ』
『ここは閉鎖的すぎる。人間族に対する扱いが固執しすぎて、世界を見ようとしない。小僧に対するあの扱いは何だ?? 我との『約束』を無視するとは…エトワールは一体どんな教育をしているのだか……』
腕を組んでアシリッドは不満を露にする。
『だがまぁ…お前の妹はこの状況を変えようと奮闘しているな。そこんとこ我、評価するぞ』
『当たり前じゃないですか。口は悪いし性格もあまり良くないですが、自慢の妹ですもの♪』
シャルノイラスを褒められてエミルは有頂天になるが、褒め方が間違えていることを気づかない。
『まぁ、そういうことにしておこう。さて……』
アシリッドは小さく笑う。
『今度は『許可』を得たからな。少々小僧と『会話』をしてくる、しばらく留守を頼むぞ、エミル』
『はい、アシリッド様。ユウタをどうかよろしくお願いしますね』
アシリッドは力強く笑う。
『我に不可能はない』
ペジャ理屈っぽーい。




