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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
30/51

30:見えない恐怖


 女王様は、サイシャたちの自害が起こる少し前から別の場所と扉を繋げており、この里の扉は消滅していた。別の場所で大規模な人間族の襲撃があったらしく、その対応のためしばらくは他との接続が出来なくなることを里長であるペジャに告げて、今あの森の中の開けた場所には扉も何も存在しない。


 だから女王様は何も知らない。


 サイシャ達の遺体のあった小屋から意識のないまま運び出されたユウタは、大人たちによって血の汚れは落とされ、衣服も被り物のシンプルな別のものに変わっていた。


 ペジャたちは何か思うところがあるのか、シャルノイラスの『彼を人間族の町まで送り届ける』という許可を取り消した上、今までユウタの監視はシャルノイラスに任せていたはずなのに、突然自分の家で匿うと宣言し、半ば強引に里の警備隊長を務めているエリットや他数人の仲間を連れてユウタを連れ去って行ってしまった。


 本来なら里の長に任せるのだから何の不満もないのだが、こんな中途半端に役割を切られるのはどうしても納得がいかない。それに彼は当たり前に死を求めていた。《支配》をどうにか出来る人なんてこの里にはいないのだから、黙って見過ごすことなんて出来ない。


 だから、シャルノイラスは長に自分も看病し、目覚めたら約束通り人間族の町へ連れていくことを宣言した。あの大剣が何かはわからないが、ユウタの瘴気を消してくれたものだ。悪いもののはずがない。だったら目覚めたときにまた別の変化があるかもしれない……そんな淡い期待を持っていたのかもしれない。


 長老ペジャとしては、今まで誰も関心を持つことなく、あの人間族に関しては捕らえた時も解放した時も全てを幼いシャルノイラスに任せていたのだ。誰も家に人間族を入れ、そして看病しようなんて思わない。そんな状況で、女王様の願いとはいえ、シャルノイラスは人間族嫌いなのに家に入れ、そして看病までしていた。それに、一度解放を約束した直後に連れていこうとしているのだから納得もいかないのだろう。


 そこまでしていた者に頼まれたら断る理由がない。

 ペジャは、人間の町へと連れて行くのはまだ許可できないが、指示に従い看病のみなら、と受け入れ現在に至る。そうしてシャルノイラスは長老の家で里の大人と共にユウタの看病をするはずだった。


 それなのに、これは一体なんなんだ??


 長老宅で待機していたシャルノイラスが、準備が出来たということで連れて行かれた場所は長老宅に併設された座敷牢だった。牢…という名ではあるが、灰色の土壁ではなく、材質は木材。特徴としては出入り口が格子状で中の情報は筒抜けであり、自分で開けられない。窓が高い位置で外への様子がわからない。そんな場所に連れてこられたのだ。


 ここは基本的にルールを破った者たちがお仕置きのために閉じ込められる場所のはずだ。


 シャルノイラスも以前入ったことがある。

 それは勝手に森を抜け出して大人に見つかった時だ。


 あの時は考えなしに里を出た。

 とにかく姉が死んだということが信じられなくて脱走したのだ。


 その時に入ったのがここ。

 反省するように…と3日ほど閉じ込められたが、机やテーブルなど置いてあり、もっと生活感があったし、鎖や縄が吊るされてもいなかった。家具がベッドしか置かれていないような、こんなに重々しい雰囲気はなかった…と思う。


「……なぁ、奥の壁から鎖が繋がっているが、もしかして…あの人間族に繋がっているのか?」


 真正面の壁にある鎖はベッドに繋がっているようだった。

 それは嫌な想像を掻き立てる。


「ん? あぁ、あの人間族には魔力錠型の首輪をした。逃げ出しは出来ないだろうけど『渡り人』の加護は突然目覚めるからな。面倒なことになる前にでるだけ行動制限するようにと長老の命令だ」

「は? こいつはただでさえ体調が悪いんだぞ? どうしてこんなことをするんだ、それでは今までと同じじゃないかッ!」


 シャルノイラスは非難した。


 すると大人は、この首輪は人間族の『研究所』に捕らわれていた時の負の遺産だと教えてくれたが、そんなことを聞きたいわけじゃない。


 首輪に繋がれた鎖はある程度の動きは可能だが部屋の全てを網羅できる長さではないような気がする。そうやって行動制限を何重にも掛けられたうえでユウタは頭が格子側になるように…つまり部屋の真ん中、中央に縦向きでベッドに寝かされていた。


「起きたら教えてくれ」


 格子の前で大人たちはそう言って去る。


「…中には入れないのか?」

「入りたいのか? 冗談だろ…。とにかく報告忘れるなよ」


 投げやりに答えて大人は去って行った。

 なんだこれは。僕は何を見ているんだ? 

 シャルノイラスは混乱したまま格子の先にいるユウタを見る。

 何もできない……結局、見守ることしかできなかった。



 ◇



 2日後の陽も沈もうとする頃、ユウタは目覚めた。


「……」


 ベッドに寝ていたようだ。

 横になったまま、また左右を見てみる。


 壁。壁。


 また知らない場所のようだ。

 とりあえず、ゆっくりと起き上がってみる。


 壁。



 そして鎖。



「……」



 視線を上に上げてみると、ある物と高い位置に窓があった。


 ジャラジャラ……。


 同時に聞こえる耳慣れない残念な音。


「……マジか…」


 そうして目覚めたユウタは状況を理解した。


「……まぁ、血塗れの遺体抱いて何もない場所見て会話するという中々の行動起こしたわけだし、ある程度は予想してたけど……コレ、大丈夫なん?」


 鎖の先にあるだろう首元に手を当てると金属の感触。

 これはもう決定だ。


「首輪されてんな…コレ。今度は金属かよ……」


 引っ張ってみる。


 中々に短いそれは左右の壁に触れられるかも謎な長さだと思う。


「ま、これじゃ首絞めはなさそうだし……まいっか…」


 こんな最悪の状態でありながらもユウタは楽観的だ。

 だって今は目的がある、


 まだ自分は必要とされている。

 恐怖などあるはずない。


 そうしてしばらくキョロキョロしたが……おかしい、見えない。大切な大切な2人の姿が目視出来ない。突然襲う恐怖。


 ユウタは尚も探し、そして振り向いた時に格子の先にいるシャルノイラスの姿を見つけた。


「なんだ…シャルか……」


 あからさまに残念な表情。


 一体何を期待したのかと格子の先にいるシャルノイラスは疑問に思う。だがユウタも以前とは違うのだ。今は気持ちを切り替えることがそれなりに……出来る、と思う。


「なぁ、シャル。なんか……あれだ、色々迷惑かけたな」


 心配そうにユウタを見る彼女に、ユウタはベッドの横に座る形になり顔をシャルに向けて穏やかに語りかけた。

 今までで一番穏やかで、最初に小屋に軟禁した時の感じだ。やっぱりあの大剣には何か意味があって、それがこの人間族を助けている…そう思えずにはいられなかった。


「気にしてない。でもお前大丈夫なのか? あの、その……」


 謝るなら今しかないと思った。


 やみくもに忌避感を示し憎悪を強めるのではなく、そうして正しく向き合えばきっと何かが変わると思った。


 でも中々言葉に出せない。 


「まぁ、正直大丈夫ってわけじゃねぇけど……《支配》ってのがどんなにヤバイことなのか、アシリッドが教えてくれたんだ。今は何であの状況を受け入れてたのか結構謎な感じだけど、まだ完全には解けてないらしくてな、少しの変化でも戻ってしまうらしいんだ。『表』に持ち越せていない情報もあるだろうし、記憶に関しても大分戻っているはずだけど、まだ曖昧な部分が多いから、まずは《支配》を解くために現実で魔言ってのを反転しないといけないんだけどさ……」


 ユウタは解放宣言をした最初の頃のように穏やかだ。

 でも違う、状況が違いすぎる。


 隔離された座敷牢で鎖に繋がれてどうして穏やかでいられる?


「…お前…今の状況…理解してるのか……?」



 ユウタの語りが全然頭に入ってこない。

 穏やかな状況なのに、恐怖しか感じない。


「ん? 理解してるつもり…だけど? あ、そう言えば2人がいないんだ。お前知らないか? 確かに目覚めたら近くにいるから……って言われたと思うんだけど……いないんだよ……なぁ知らな…ぇ…短ッ……思った以上に短いな、コレ……」


 夢の中で出会った契約者のことを思い出し、自己確認を含め説明しながらユウタはゆっくりとシャルノイラスのほうへ向かうが、格子へ辿り着く前に鎖の長さが限界になる。


「シャル? どうかしたのか。なんか顔真っ青だぞ?」


 自分のことより他人の心配をするユウタ。

 この状況でどうしてそんなに穏やかなのだ?

 どうして怒号しない??


「……やっぱり…変えられない…のか…」


 格子の先でシャルノイラスは項垂れる。


「助けたい…って思ったんだ…本当に。でも……もう遅かったんだな。ごめん、ユウタ。今更だけど、本当に……」


 悲しみ、苦しみを堪えるような笑みを浮かべてシャルノイラスは初めて謝罪した。本人に向かって名を呼んだ。しかしこれは同時に自分に向けての言葉でもある。だって目の前の彼にはこの言葉は届かないのだから……。


「…ちょ…シャル? 何か勘違いしてない??」


 ユウタは何が何だか…だ。何か対応方法を間違えたのだろうか……。


「長老に報告してくる。大丈夫だ、きっと今のお前ならきっと……」


 長老がユウタに何を求めているのはわからない。

 でもこんなに穏やかなのだから酷いことはされないはずだ。

 いや、させない……。


 シャルノイラスは新たに決意する。 


「絶対に人間族の町へ連れて行ってやるからな。僕は約束を違えたりはしない」

「…へ? ちょっと待てって。今は目的あんの、やりたいことあるんだってッ!」


 ユウタは訴えてみるが、その想いは届かない。

 シャルノイラスはまた笑みを浮かべてそして格子越しに見えなくなってしまった。





 突然一人になったユウタには自分が出す音以外聞こえなくなる。

 周りをキョロキョロしてもやっぱり何も見えない。突然襲う見えない恐怖。


「なぁ…そろそろ姿見せてくれよ……からかってるんだったら終わりにしてくれよ」


 限られた範囲をジャラジャラと音を鳴らしながら歩き回るがこの狭い場所にいるのはやはり自分だけだ。


 ユウタは歩みを止めた。


「……結局どうしたいわけ? 俺は何を信じればいんだよ……」


 その問いかけにも反応する者はいない。


「アシリッドッ! どうしていないんだ!! 俺は戻ったぞ、『表』に戻ったのに…何でいないんだよッ!!!!」


 その恐怖は叫びへと変わる。

 ユウタは虚空を見て願う。


「お前らさえいればいい、こんな現実の世界なんていらないのに……ッ」


 意識の世界で出会って、きっかけをもらって、それから…それから……。


 思い出そうとしても、意識の世界は曖昧で、多くの記憶が現実に持ち越せていない。近くにいるはずのアシリッドもエミルもいない。見えない。そこに理由はあっただろうか、何か忘れてる? でも何も忘れてなくてただいないのだとしたら? 見える力がなくなったのだとしたら? 


 縋るものを失くし、不安定な心は強烈な痛みを与えてくる。気づけば心臓を強く抑えていた。あぁ、この心は、体はこんなにも壊れやすく脆いのか……。


 それは灰色の部屋で微睡んでいた時には味わえなかった感情であり……痛み。


「痛い…痛いんだ。…もう痛いのは嫌だ。……答えてよ…答えろよ…」


 音はない。

 周りを見ても何も……見えない。


「もう…いい。もう何も……信じないッ!! あぁそうさ、信じた俺が馬鹿だった、表に戻った俺が馬鹿だった。何もいらないッ!!」


 ここには一人。


 死にぞこないな哀れで愚かな馬鹿が一人だけ。


「ぶっ壊れろ、俺なんて、現実なんて壊れちまえエェ!!! ァアアアァァァアアァァッッ!!!!」


 だから痛みを拒絶するために自我を放棄した。



 そこから先は言葉はなかった。

 ユウタはただ暴れた。


 だがそんなのは耳長にとっては些細なこと。


 シャルノイラスに報告され訪れた大人たちは、駆けつけると同時に魔法でユウタの動きを拘束して強制的に眠らせ、さらに自由を奪うため枷を増やしていく。


 シャルノイラスはわからない。


 あんなに穏やかだった。

 会話だってした。


 これなら大丈夫、大人だってきっと必要なことを確認したら解放してくれる。そうしたら約束通り人間族の町へ連れて行こう…そう思ったはずだ。


 本当に??

 違う。

 怖かったのだ。ユウタのその穏やかさが怖くて…大人を呼んだ。

 

 ユウタは何かを伝えようとした。

 シャルノイラスに伝えようとした。

 それなに、自分は自分のことしか考えていなかったのだ。

 自分は選択を間違った。

 その結果がこれだ。



 今は何事もなかったかのように眠るユウタ。シャルノイラスは今、大人と共に彼の眠る座敷牢の中にいた。


 このままではいけない。

 約束を守る。

 もう間違わない、迷わない。


「エリット。聞いてくれ、本当なんだ目覚めたばかりのユウタは凄く穏やかだったんだ。僕に何かを伝えようとしてくれた。でも僕は自分のことばかりで……」


 だから思いを言葉に乗せる。大人たちにこれ以上ユウタに酷いことをしないように懇願する。


「こいつは悪くない。悪いのは僕だ、僕がきちんとユウタの言葉を聞かなかったから、だからきっと怖くなったんだ。頼むよ…こいつに酷いことしないでくれッ!」

「ん? どうしたんだシャルノイラス。あの人間族は《支配》されているんだぞ? まともな思考などもうない。だから穏やかなのだって一時的なことだろ」

「だとしても、これ以上行動制限することないだろ!」

「あぁ、それは、暴れないように、だな。実際さっきまであれほどめちゃくちゃに暴れたんだ。首輪があったから大事にはならなかったがね。こっちだって慈善事業で介抱してやってるわけではないんだよ。もちろん長老の許可も得ている、何の問題もないさ。

 あんなに暴れるならこれくらいはしておかないとな……っと、これで良し」


 エリットは金属製の足枷をユウタに嵌めて、両足を鎖で繋ぐと、ベッドの端に繋いだ。


「これでもう立ち上がれないはずだ。ベッドに寝かせてやっているのだから大人しくしてろ。まったく、あの方の情報さえ引き出せればこんな奴……」


 眠るユウタを見て面倒くさそうに大きくため息をついた。


「どういうことだ。助けるんじゃないのか!! 確かに、今は《支配》されてるのかもしれない。でももしかしたら元に戻って…ッ!」

「無理だ。お前も見ただろう? 血塗れの遺体抱いて笑っていたんだぞ、この人間族は。しかも死にたがりだ。そんなイカレた頭の人間族を野放しに出来るわけないだろ? 必要な情報さえ得られれば私は構わないんだ」

「そんな言い方ないだろ!! エリットはサイシャ達が何をしてたのか見てないからそんなこと言えるんだ。こいつ魔狩りとは無関係なのに、ただの渡り人なのにあんな酷いこと……こいつだって《支配》がなければ死にたいなんて言わないはずだッ!! こんなことしなければ、こいつは…ユウタは普通に笑えるんだッ!!!」

「おいおい、何をむきになってるのだ? 精神汚染が《支配》まで行ってる時点で復帰はないだろう? しかも支配者はもうこの世にいない。この人間族は遅かれ早かれ頭壊れて死ぬだけだ。私たちはその前に必要な情報を取り出そうとしているだけじゃないか。何を怒る?」


 嘘や冗談ではない。

 本気でそのつもりだと言わんばかりにエリットはシャルノイラスを宥める。結局人間族というだけで、ここでの扱いは最低のものになるというわけだ。


「こんなの…間違ってる…ッ」


 眠るユウタを見る。


「僕は『約束』したんだ。人間族の町に連れていくって……」


異常な環境で普通の態度は…怖いよね…

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