表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
29/51

29:嘘と真実


 再び意識を取り戻したときに、もう目の前の男をどうこうしようとは思わなかった。どうこうできないと諦めたからだ。


「……あんなに傷つけてやったのに、完治してやがるよ……」

「ようやく目覚めたか…。まったくどれだけ手間を掛けさせる気だ…」

「知るかよ。勝手に構ってるだけだろ」

「まぁ、確かにそうだが、そういう言い方ってあるか?」


 安定のマイペースで語りかけるアシリッド。

 ユウタは結局白い部屋で意識を失い、そして同じ場所で目覚めたようだ。


 ゆっくりと起き上がると全てを諦め、そして従うことにした。

 最初からそのつもりだった。死ねないのだったら心を殺そう、と。


 サイシャのいない世界に自分は必要ない。

 《支配》は変わらずユウタを縛り続けている。


「で? 結局お前は俺にどうして欲しいわけ?」

「ほぅ…やけに素直になったな。我の力に恐れをなしたか? ん? ん?」

「別に。ただ、勝てないのは確かだから従うことにしただけ。もうサイシャもいないし、餌にもなれなそうだし。だったら契約…? だっけそれに従うと思っただけ」


 起き上がりアシリッドを見る。

 恐怖も怒りも感じない。やっぱり何もない。


 契約をしたことも思い出せない。


「…何だか投げやりな気もするが…まぁ、話しを聞く気になったのはいい傾向だな」


 ユウタはずっとアシリッドを見ているが…見ていない。その瞳には何も映っていないのだろうと思う。だが、《支配》を解かない限りは先に進まない。話を聞く気があるのならばとにかく進まなければ……。


「いいか? 貴様は今、精神異常の《支配》に陥っている。それは魂魔法である《魅了》の魔言を多く受けたこと、そしてあの劣悪な環境、あとは…あれだ、『ごはん』。あれら全てが影響して今の状況を作り上げた。

 だから貴様は自らその呪縛を解かなければならない。そうしなければ貴様は死ぬ。


「は? 死ぬんだったら何の問題もないだろ?」

「違うだろうが。今は《支配》を解く。その話をしているのだ。我に従うことにしたんだろう? だったら黙って話を聞けッ!」


 突然の怒号にユウタが震えた。


 何の威圧だろうか……今まで軽口を叩いていたのに、それが出来ない。

 恐怖……ではない。では何かといえば…答えられない。

 やはり、目の前の男に全てにおいて対抗は出来ない……。

 自分に優位な空間なはずなのに…思ったものを創造出来るのに、勝てる気がしない。


 どこまでも自分はゴミだな…と再認識した。


「おいこら、また自虐の意識に入っただろ。いいか、それこそ《支配》の影響だ。本来の貴様の意思ではない、そこんとこ忘れるな」

「……知るか」


 従うけれど、従順になるつもりはない。

 話は聞こう。だが受け入れるかどうかは知らない。


 アシリッドは少しむっとした表情になるが、話しを続けた。


「まずはこの意識の空間できっかけを与える。いいか、よく聞け。貴様の《支配》の元となった《魅了》の魔言。それは『創った』だ」






「………………は?」



 言葉が直接胸に突き刺さった気がした。


 たった一言なのに視界が明滅して頭がぐらぐらする。

 何か良くないものが来る。

 『今』を壊すような良くないもの。



 話だけなのに、言葉だけなのに……痛い。


 聞きたくない。



 でも従うと、話しを聞くと言った。

 でも…聞きたくない。


 だったら聞かなければいいのにそれが出来ない。


 矛盾が気持ち悪い。



 本当に聞きたくないのだろうか……待っていた……?

 いや、そんなはずはない。


 ユウタは突然沸いた考えを否定するように大きく首を振った。

 だってユウタの全ては創造主たるサイシャの物だ。


 そう物だ。


 手違いで持ち越した記憶で、情報で何を考えようが全て無意味。

 だったら聞かなければいい。

 聞かなければ……。


 いいのに……。



「貴様はサイシャに『創った』と言われた。貴様の魂は複製品の造り物なのだと。その言葉に《魅了》の魔言が込められており、それをきっかけに重ね掛けされたのだ。

 だが事実は、貴様はただの『渡り人』であり、この世界に迷い込んだ人間族だ。『創った』存在ではないし、ましてや甚振られる玩具でもない。そもそも魂の複製など、魔王であるこの我とて出来ぬ。神とて出来るか定かではない技術だ」


 アシリッドは続ける。


「きっかけは与えたぞ。意識の世界で魔言は効果をなさぬからな。あとは貴様自身が現実…『表』で《支配》を否定しろ。そうすることで《支配》は解かれる」

「………何でだよ…」


 聞かなければいいのに……聞いてしまった。


 従うと決めたから?

 だから、聞くことしかできなかった?


 わからない……。


 だから、ユウタに変化が現れる。

 たった一つ縋るもの。


 自分はサイシャに『創られた』。

 別の世界の魂の複製品。

 だから創造主のサイシャは支配者で自分の全て。



 ……そのはずだ。そのはずなのに……。


「…今更……」



 違うと?

 否定しろという。


 灰色の部屋でどんなに否定したくてもできなくて、受け入れることしかできなっかった。だから受け入れた。そうしたら苦痛だけの世界で、心だけは楽になった。サイシャの言葉だけが真実になった。



 それなのに……。


「…じゃあ俺は……」

「貴様は『新島悠太』だ。紛い物でも造り物でもない。貴様が日本からこの世界へ来たのだ」

「何だよ…それッ……」


 今更自分が本物?

 じゃあサイシャはどうして嘘を??


「ふざけんなッ!! じゃあ、俺は何だ? 本物? 何のだよ、何も知らねぇのに、何が本物だよッ!!」


 無意識に凶器を呼び出すユウタ。

 アシリッドはそれを無言で見つめる。


「なぁ…もういいだろ? 何のために《支配》を解かないといけねぇんだよ……このままで何がいけねぇんだよ……。役に立てばいいんだろ? 俺はお前に従う、逆らわない。お前の言うとおりにすればいいんだろ……だったらもう帰ってくれ…」

「何度も言わせるな。我は貴様の《支配》を解くためにここまで来たのだ。それを違えるつもりはない」


 曇りのない意志を告げられる。


 やはり目の前の男には勝てない、逆らえない。凶器が音もなく消滅し、ユウタはその場で(うずくま)った。


「…痛いのは嫌だ……」


 体を傷つけたいのなら、好きなだけ傷つければいい、痛めつければいい。でも、


「心が痛いのは……もう、嫌だ……。だから記憶なんていらない。従順であるなら記憶なんていらねぇだろ。だったらこのま」

「それは我が許さないッ!!」


 アシリッドは人差し指を突き出す。


「いいか? 従順であることなど、我は望んでおらん。小僧は我と《契約》した。今は忘れているだろうが、魂は記録している。つまりは忘れようが、消したつもりでいようが、確かに貴様の中にあるものであり、存在する記憶だ。それを思い出せ、《契約》を見届けろ。我は貴様から瘴気を戴いた。そして貴様が我に提示した条件は『エミルを助けろ』だ。我は貴様のその願いを叶える必要があり、義務がある」

「…エ、ミル…?」


 聞いたことがない。


 助けるなんて約束をした?

 知らないのに《契約》をした?


 憶えてない、知らない、いらない……いら……エ、ミル…エミュー、テイ、ネル?


「……ぁ」


 突然そんな言葉が脳裏を過ぎていき、白の空間に映像が再生される。真っ白な世界で彼女が笑って姿は見えないが、自分?…が…隣にいる。そんな記憶。それがこの白い空間に映し出された。


「…エミル…」

「そうだ」


 アシリッドもまたその記憶の映像を見た。


「魂は過去全ての『記憶』を『記録』している。望めばそれを再生するが、それが脳に負担となる場合現実に持ちこすことはできない。この意識の存在だからこそ全てを見て、知り、《支配》に抗うきっかけを作ることが出来るのだ」


 ユウタは戸惑っている。


 正直、目の前の男と《契約》した記憶はまだない。

 だがそれが嘘だとも思えない。


 だがこの男は自分さえ覚えていない『新島悠太』という人間の人生を追体験までしてこの場所に来て、狂った思考を正そうとする。《支配》を否定する。


「……俺は…怖い」


 無意識にそんなことを言っていた。

 目の前の人物が誰かもわからないのに、心のままを言葉にしていた。


 自分で自分の行動が理解できない。


 アシリッドは小さく笑う。


「当たり前だろうが。《支配》を解こうとしているのだ。汚染された精神をあるべき形に戻す。まぁ、あれだけの体験をしたのだから全く同じというのは無理だろうが、少なくとも魔法によって好き勝手に歪められた想いではなくなるだろうな」

「痛いのは…嫌だ」

「それは我慢しろ。治療に痛みは付きものだ。というか、我、貴様の人生追体験したんだぞ、同調はしていなかったとはいえ、痛かったぞ、物凄く痛かったぞ。そこに対する慰めはないのか、ん?」


 いつの間にか軽口に戻ってアシリッドはユウタに詰め寄った。


「なんだよそれ…頼んでねぇよ」

「頼まれなくても我はやる。泣いている弱き者を見捨てるほど我は悪ではないからな」

「…は? 泣いてねぇし」


 ユウタはいつも笑った。

 確かに痛みに涙したことはあるが、基本的に心はずっと……。


「泣く意味もわかんねぇよ」


 そう。


 もういろんなことが分からない。


 何が楽しいのか、何がしたいのか、そもそも自分がなんなのか。


「我にはずっと泣いているように見えるぞ。最初からずっとな。助けて欲しいのだろう? 我は幽体を認識できる貴様に興味があるし、貴様の発生させた瘴気が欲しかったから《契約》したのだ。だから契約者を放ってはおかぬ。助ける。貴様の願いも完遂したところを見届けろ。エミルもまた幽体のままだからな。体に戻るために、そして我のために貴様自身を助けるのだ」

「…何だよそれ。完全に自分のためじゃん。俺の意思完全無視なのな」

「《支配》された意志など、意志とは言わぬわ。我に文句があるのならまずは《支配》を抜けろ。己の意思で『新島悠太』を取り戻せ。その上でやはり死を望むというのなら、我はそれ以上の干渉はしない。《契約》を破棄したいというのなら、それに応じよう」

「……は?」

「驚くことでもないだろう? 元々、我瘴気が欲しかったら貴様と《契約》をしたのだ。貴様はエミルを助けること以外頭になかったようだが…あぁ、我がエミルを助けられることを知ると貴様は喜んで《契約》を受けたな。しかも自分の全てを代価にしてな。

 だがそのあと躊躇(ためら)った。それが《支配》の影響だ。それでも最終的には貴様はエミルと助けることを選んだのだ。貴様は自分の意思で《支配》ではなく《契約》を選んだのだ。だからこそ、我は貴様を助ける。我がそうしたいからな」


 何だかその、ある意味真っ直ぐな男を見ていると、あれこれ言っていろんなことから逃げている自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。


「お前本当自己中だな。こんなとこまでわざわざ来て、お前のことも《契約》もわからない、自分の名前さえ知らない、朧げな記憶しかない死にぞこないを助けようだなんて……」


 だからその言葉に悪意はない。


「ここは『記憶の部屋』だ。貴様が望めば記憶は再生される。思い出すには最高の場所だろうが。それに死にぞこないの何が悪い。まだ生きているではないか?」

「…何かアホみたいにポジティブな奴だな」

「そういうこと言うのか? 例え《契約》中とはいえ、我がここまでのことをするのは普通ありえんぞ? というか『無許可』で《記憶介入》などやったことない」

「いや、ドヤ顔で断言することじゃねぇだろ」

「いや、ここはドヤ顔だろ。我、貴様の人生フルコース体験したおかげて『日本』の知識も言語も中々に憶えたぞ。というか面白いところだな、『日本』。

 まぁ、今まで『渡り人』など大して興味がなかったが、こう体験してみると、機会があれば訪れてみたいものだな。フハハハ」


 今はもう最初の陰鬱とした空気は存在しない。

 だからユウタも笑えた。


 久しぶりに『笑った』気がした。


「………」

「? どうした急に黙って」

「……本当に俺は……変われるのか? 今の考えを否定して…」

「小僧次第だ。小僧はどうしたいのだ? このまま死ぬか? それとも…」

「……やって…みる」



 だから決意。


 こんな場所まで危険を顧みず来て、こんなどうしようもなく矮小で愚かな人間を助けてくれるという目の前の男を信じて。


 うまくできるか自信がないし、正直そんなことする意味もまだよくわからないが。


「《支配》を否定する」



 アシリッドは微笑む。


 その言葉が欲しかった。


 結局外でどうこう言おうが《支配》は自らが解かなければならない。解くという意思がなくてはならない。外部から与えられるのはそのきっかけとなった魔言を突き止め否定させる手助けをすること。


 そう、出来るのは手助けだけなのだ。


「貴様なら出来る。さっさと《支配》など抜けて、我の願いを叶えるため我の手となり足となれ」

「ははっ、何だよそれ。それって今までの状況をあんまり変わんなくね?」

「変わる。それは相手が我だからだ フハハ!!」


 ユウタは笑う。


 《支配》を否定するため、解くために。

 目の前の男の願いを叶えるために。



「俺は《支配》を否定する」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ