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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
26/51

26:嘘の価値


「で、なんでお前ついてきてるわけ?」


 外へ出てシャルノイラスが当たり前のように付いてきている。


「見届ける」

「あっそ」


 ユウタの返事はあっけない。


 外へ出たとき、耳長は沢山いた。

 相変わらず憎しみの視線を多く受けるがたまに別の視線も感じる。

 まぁ、邪魔はしてこないのでどうでもいい。


 言葉はない。


 ただゆるゆると歩くユウタの後ろをシャルノイラスは歩く。

 どんな感情をもっているかなんて想像できない。シャルノイラスはエミューテイネルの情報を少しでも聞き出したいが、回答が得られないことは先ほどのやり取りで十分理解できていた。


(たった一つの手がかりなのに……ッ)


 もどかしい。


「……なぁ、ウスノロ。本当にエミル姉様のこと、何もわからないのか?」

「知らないよ。今の俺の記憶はかなり虫食いなんだ。多分必要ない情報はどんどん忘れてるから、彼女のことも忘れたんだろうな。だから、あんまり俺の記憶を当てにしないほうがいいぜ。なんせ、さっきも大剣がうにょうにょする幻覚見てたし」


 ニコニコしながらそんな回答が返ってくるのだ。

 期待なんて出来るわけがない。


「……そうだ」


 そんな実にならない会話が途切れた時、シャルノイラスは一つの決断をする。


「………おい、ウスノロ…少し待っててくれないか」

「嫌だ」


 思った通りの答えが返ってくる。

 もちろん歩みも止まらない。


「ぬぅわ、ちょッ!! おま、強引だろ、コレッ!!」


 シャルノイラスは風を起こしユウタを絡めとる。


「煩い! 忘れ物を取りに行くから、少し待ってて欲しいだけだッ!」

「だから、嫌だってッ!! なッ、ちょ勝手に浮かすな…ッ!!」


 ユウタの意思を無視し、シャルノイラスの風はユウタを浮かせその場に固定する。


「この木陰で待っててくれ。お前を『目的地』へ連れてってやる。頼むからここで待ってッ!!」


 珍しく、シャルノイラスは懇願した。


「嫌に決まってんだろッ! 俺はさっさとここを出て…ってえ、連れてってくれんの?」

「そうだッ!!!」

「だからここにいろ。忘れ物取ってきたらお前を連れていく」


 結局血は赤いままだが、迷うことなく妖属の住処に行ける。

 それは、あの人が提示してくれた終わりの場所。

 ならば、ユウタの進むべき道は決まった。


「わかったよ。ここで待ってるから、さっさと行ってこいよ」

「ありがとう!!」


 これまた珍しく感謝の言葉を述べられた。

 ユウタはさらに意味が分からなくなった。


「行ってくる」


 言葉少なく、シャルノイラスは自宅へ向けて去っていった。


 一人残されたユウタは取り巻く風からようやく解放され、ほっとする。


 なんとなくあたりを見回してみた。


 今まで見ようとしていなかったこの里は100戸くらいの家が建っている。創りは結構しっかりしていて、大きさも様々で距離感も様々。畑もあるし、生活に必要なものは揃っているように見える。森に囲まれた開けた場所にある集落といった感じだ。ちょいちょい耳長が見てくるが、その視線は気にならない。


 空を見た。

 雲一つない、青く澄んだ青空だ。

 時間はゆるやかに流れ、とても穏やかな時間。


 でも、それは一般的な考えであり、ユウタには必要ないものだ。


「………俺は、餌。魔器の餌……」


 だからそんな言葉を自分に言い聞かせるように呟く。


 思い出す。

 自分のすべきこと、自分が終わる時。


 自分は人間族でも何でもない。

 ニイジマユウタという人物の複製品であり、サイシャの玩具。

 遊び終わったら、妖属の魔器の餌だ。


 何も何も忘れてない。

 虫食いの記憶でも、大事なことはきちんと憶えている。


「大丈夫、大丈夫……」


 両手を見た。


 今は爪もあるし、折れてもいないし、小指もある。

 刺し傷もないし、舌も歯もあるし、視界も良好。

 会話だってできる。


 頭痛と倦怠感は消えないし時々咳するし体調は最悪。

 しかもずっとまともに動いていないから運動不足感は否めないが、どうにか歩く程度なら問題ない。


 これからすることを、自分が辿るべき未来を思い描く。


 叫ぶのも嘆くのも痛いのも苦しいのも考えるのも自由も。

 自分はいらない。偽物の記憶も、偽物の命も、いらない。

 ただ従えばいい。言われたことをきちんと守ればいい。

 ふと左腕を見た。何で血が赤く戻ったのだろう。


「また、青くならないかな……」


 そうすれば、サイシャが望む形の終わりが迎えられるのだから、できれば自分もそうありたいと思う。


 気が付いたらまた掻き毟っていた。

 それ程の痛みはないが、まったく痛くないわけじゃないのに、やめることが出来ない。


 やっぱり自分はまともじゃない。

 そう思える。


 でもいい。


 まともである必要なんかない。

 泣き叫び喚かなくても狂うことはできる。

 多分、今の自分はそういう状況。

 でもそれがあるべき姿だと意味もなく認めてしまう。


「あぁ……早く死ねよ」


 それからしばらくして突然、


「大変だ、大変だーーッ!!」


 突然森のほうから叫びながら耳長が出てきた。


 少しびっくりしたが、何かあったようで、叫んだ耳長の周りに自然と人だかりが出来る。


 でもユウタには関係ない。

 今は妖属の住処へ行く。

 そしてそこで自分は消滅する……考えるのはそれだけだった。



 それだけだったはずなのに、次に聞こえた言葉がユウタをその場所へと誘った。





 シャルノイラスは自宅に戻っていた。


 何故あんなことを言ったのか。

 確かに思いつきだったし、深くは考えていなかった。

 でもこれしかないと思ったのだ。


 女王様に報告すべきか…すべきだろうと思いまずは里長であるペジャ爺に確認したところ、今は別の場所と繋がっており、しばらくはこちらに繋げられないとのことだった。それを待つ時間はない。だから、シャルノイラスは事情をペジャに話した。


 ペジャは、いつまでも人間族を里に置くのは得策ではないと常々思っている。しかも今回は原因はどうであれ、かなり思考が壊れた人間族だ。状況が状況であるため何か事を起こされる前に里から追い出したいのも事実。だからペジャは彼を里から出すことを許可してくれた。


 ペジャはせめてもの情けとして、人間族の町に関しての情報をシャルノイラスに与える。確かにその場所ならば彼の身は保証される、と思う。この地からは少々距離を有するが送り届けると『約束』したのは自分だ。元々姉を探すためにこの地は遠からず離れる予定だったし、以前は脱走も試みている。今回は許可を得て里から出ることが出来る。


 先ほどシャルノイラスはユウタに対し『目的地』へ連れて行くと言った。だが彼は絶対に『妖属の住処』と勘違いをしているはずだ。だったらそれを利用し、人間族の街へ連れて行こう。そこでだったらもしかしたら彼の治療が出来るかもしれない……。


 以前はそれを約束しているのだから嘘ではないが騙すことになるのだろう。だが、それくらいの償いしか思いつかない……。


 人間族への忌避感、嫌悪感が完全に消えたわけではないが、それでもシャルノイラスには覚悟が出来た。だから今、シャルノイラスは自宅で簡単に手紙を書き残し、レレリィのローブを羽織っている。フードを被らなければただのローブ。フードまで被れば認識阻害、魔力を込めれば認識不可視の機能を持つ、ユノカとともに数年かかって作り上げたローブだ。


 改めて部屋を見回す。


 家の扉を開けるとこの少し広めの部屋になる。

 テーブルがあり、台所でもあり、食卓にもなっている。


 部屋の先には2つの扉。


 右は姉様の寝室で左は自分のものだった。姉の部屋を人間族なんかに汚されたくなかったから、仕方なく自分の部屋は今人間族に使わせている。つまり、シャルノイラスは姉の部屋で寝起きをしていたわけだが……。


 とにかく、自分一人が住む場所としては少々広い家だった。


 過去の景色が蘇る。



 エル属の住む森の隠れ里は大まかに2種類存在する。


 それは『元々森を開拓し森で生活をしている里』もう一つは『かつて人間族と平地で暮らし、難を逃れていった者たちが集まり作った里』だ。


 シャルノイラスが住むこの里は前者にあたる。

 だからこそ建物はしっかりしたものであり、設備も整っており、食材も多く存在していた。各家にもほとんど部屋が存在し、水場のある家もある。快適性は中々なのものだとシャルノイラスは思う。


 元々シャルノイラスは両親と姉とともに平地に暮らしていた。そこで『魔狩り』に遭い、両親と死別。幸い青花の魔狩りではなかったために魔力以外にも能力の高い姉はその能力を存分に発揮し、他の仲間とも協力し、幼いシャルノイラスを含めた何人かを連れて森へ逃げる。そこでさらに散り散りにもなったが、2人はこの里に辿り着いた。


 もう7年も前のことだ。

 当時5歳だったシャルノイラスには朧げな記憶しかないが、幸せな生活を突然奪った人間族を恨むには十分な理由だった。


 この里には元々森で暮らしている者、シャルノイラスと同じようにこの里にたどり着いた者が混ざり合って暮らしている。


 この里に逃げ延びた大人たちはこぞって人間族が『悪』と伝えた。

 元々穏やかだった里もその呪いが伝播し、3年前に種属の違うエル属のために尽力してくれた唯一の魔王『アシリッド様』の死が帝国から発表されるとコーザ大陸では『魔狩り』が激化する。


 そして、人間族とは無縁であり穏やかだったこの里にも人間族が現れるようになる。しかも悪意を持ってだ。それも相まって今では住民殆どが人間族を憎んでいた。この里で普通に暮らせたことへの恩はある。もちろん人間族だって憎い。でも、全てではない……、はずだ。


 少なくとも感謝を述べるような人間族を問答無用で憎むことはもう、シャルノイラスには出来なくなっていた。話した時間は数少ない。だがあの人間族は…ユウタは確実にシャルノイラスを変えていた。


 もっともそのことを当の本人は憶えていないが……。


「よし…」


 ユノカには何か言うべきなのだろうが、今は……。


「シャルシャル!!」


 扉を叩く音がする。


 この声が誰かなんて、今考えたばかりの人物なのだから、迷うことはない。


「どうした、ユノカ?」

「シャル、大変なの! サイ…あ、あれ、なんでそのローブ着てるの? え、もしかして」


 うっかりローブを羽織ったまま扉を開けたシャルノイラスはユノカにがっつり突っ込まれるが、そこは無視。


「一体何が大変なんだよ。僕も忙し」

「え、そのローブって、何で? シャル、またどこか」

「何かが大変だから来たんだろ? 用件は?」


 あまりローブのことには触れられたくないので話題を戻す。ユノカもあぁそうだったとすぐに本題に戻った。


「あ、あのね、サイシャさんたちが…みんな死んじゃったのッ」

「…は? どういうことだ?」



 死んだ?


 裁きを待たずに自害したということだろうか……それはあまりにも……。


「…まずいッ!!」

「シャル!?」


 シャルノイラスはユノカを放置し、あの人間族を置いてきた場所へと向かう。


「《風追(スピド)ッ!!》」


 走りながらシャルノイラスは風の魔法を唱える。


 その風に乗り速さを得たシャルノイラスは急ぎ先ほどの場所へと向かうが、木陰で待機しているはずの少年を見つけることが出来ない。


「待てって言ったのにッ!!」


 ここにいない。


 もし、ユノカの言ったことをどこからか聞いたとしたら?



 シャルノイラスは急ぎ、彼らが軟禁されている森の小屋に向かった。


 悪い予感は当たるもの。

 そこにはもう何人かの仲間が集まっていた。

 ペジャもいた。


 ただ中には誰も入ることなく様子だけを伺っている。


「おぉ、シャルノイラスか。おっと、お前さんは見ないほうがいい」


 ペジャはシャルノイラスを静止させる。


「ここにあいつがいるのか??」


 一抹の不安にペジャは答えない。


 シャルノイラスは静止を振り切り扉へと向かった。別の仲間たちが入り口の周りを囲んでいる。やはり見ることを止められた。


「…お前は見ないほうがいい。サイシャやノノトラット…他にも、女王様に軟禁を言い渡されたもの全員が自害しているんだ。凶器になるようなものはあそこにはかなったにも関わらず全員切り刻まれてる。恐らく切断型の魔法を使ったんだろうが……悲惨なもんだよ。

なのにあの人間族は……何を考えてるんだ。突然やってきて強引に入っていきやがった」


 エル属の男は視線を小屋へと移した。


 そこには血塗(ちまみ)れの人間族がサイシャの遺体を抱きかかえ放心していた。



説明のターンは長文になりやすい…メモメモ…

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