25:小さな箱の中で
今日もいい天気。
エル属に多く見られる青空色の髪に森色の瞳。
細身の青年ノノトラットは窓を見る。
「ね、ねぇ…サイシャ。女王様は僕たちをどうしたいのかな…」
「さぁ、私は知りませんよ。ここにいろというのならいるだけです。まぁ、裁きらしい裁きがないのは少々気になりますが、私はやりたいことをやって満足はしていますから」
「サイシャは強いわねぇ。わたしは…なんかこうやって落ち着いちゃうとぉ、何であんなことしちゃったのかなって……。もちろんあの時は楽しくて、特に最後の人間族は楽しすぎてちょっとやりすぎちゃった感が否めないけどぉ。あの反応は罪よねぇ♪」
緩いウェーブのかかったほんわりとした雰囲気を醸し出す30代後半の女性ファミーレは思い出すように顔を赤らめた。
「ぼ、僕は…やっぱり人間族を壊すのが楽しい。その後に治して…また壊すともっと…た、楽しい……」
「フフ、ノノトラットって弱虫って感じなのに、こういうとこえげつないわよね。まぁ、そういうあたしも『ごはん作り』楽しかったけど♪」
20代半ばだろうか。ショートカットの男性的で、いかにも活発な態度のジャンルもまた、灰色の部屋での出来事を思い出す。
「俺は人間族が血まみれになるのがいいねぇ。命削ってるって直で感じるし、興奮する」
ナイフを突き刺すようなそぶりを見せて30代前半、いかにも筋肉大好きといった雰囲気のリノッカが……興奮する。
「まぁ、つまりは、私を含め、ここの5人は狂ってるってことですよ。私は反抗的な人間族が絶望に堕ちて、従順になってくれるのが楽しいですからねぇ。従順になった後の支配感がタマラナイですねぇ♪ どんなに甚振ってもそれを当たり前に受けますから。あぁ…思い出します。やっぱり、最後の渡り人は卑怯ですよ、あんなに長く遊ばせてもらえると、忘れられなくなるじゃないですかぁ♪ 私の《魅了》も《支配》までいったと思うんですよねぇ。だとすると、もしかしたらあと少しで《絶対服従》まで行けたかもしれないんですよ。それって興奮しません??」
軟禁された部屋で彼らは思い出す。
こんなことを思い出して後悔するどころか嬉々とするなんて自分たちも、憎しみの対象である人間族と変わらないなと思う。
でもそれを悔いることはない。
「あ、そういえば、『ごはん』ってあれ、考えたの誰なの?」
ノノトラットの問いに、
「あぁ、あれ。聞いたのは妖属からだけど、彼も誰かから聞いたって言ってたわ。妖属は魔器の栄養源として捕らえた人間族に投与してるらしいわよ。魔器の『餌』扱いだから、凝縮させたやつを注射投与するみたいね。そうするとすぐに青血症を発症するし効率的なんだって。成功率は五分五分とか言ってたわ。大気中の瘴気よりも濃厚で効率的なんだって。獣属はあたしたちと一緒ね、甚振るのが目的。羽属や竜属は…どうなんだろ、知らないわ」
ジャンルが答える。
「成分は?」
「成分はね、ギルの血と体液と、ハナットをすり潰したものと、エルルカの根っこ、あとは細かいのを色々と。それを瘴気の沼の水で軽く混ぜるの」
「うわぁ……凄いの入ってるね……だ、だってギルって瘴気の沼とかにいる蛭がでかくなった…みたいな魔物だよね。エルルカの根っこって幻覚作用なかったっけ? うげぇ…僕は、絶対飲みたくない……」
「当たり前でしょ? 瘴気のある場所に住み付き、体内に取り込んだ瘴気をくっついて垂れ流すのが唯一の攻撃っていう、たいして知性もない弱小魔物がギル。
それを割いて中の物全部取り出したやつを他の材料と混ぜ併せ、すり潰したのが『ごはん』。毒どころか猛毒。体内組織滅茶苦茶になるわね。しかも経口投与の場合は『ごはん』の成分を定着させるために投与者には血抜きも必要だしね。まぁ、切ったり刺したりしてたら勝手に血抜きになるから、楽しみながら血抜きはできるって点では問題ないけどね。そう思わない?」
その答えを求め、ニコニコ笑顔でサイシャをみる。
「ふふッ、そうしていつの間にか青血症になる。しかも体内組織はギルに近くなっているから、瘴気を体内で保管することができる。そして死をもって放出する…ということですね」
「そそ。ギルは弱小とはいえ、瘴気を体内に蓄えても問題ない魔物だからね。体内組織が近いものになればしばらくは人間族でも生きながらえる。でも、死んじゃえば体外に出た瘴気が宿主を腐らせる。ほんっと、よく考えたわよね」
その話題に入ってきたのはリノッカだ。
「まぁ、相当に人間族に恨みがあんだろうよ。もしくは俺らみたいに楽しんじゃってる……とかな。しっかしギルかぁ……この辺にいたんだな」
「結界を抜けた里の北。森の奥側にね瘴気を含んだ沼があるのよ。そこにうじゃうじゃ。だから材料には困らないわ♪」
ジャンルもノリノリだ。
「あぁ、そう言えば、最後の奴は結局青くならなかったな。あと少しだとは思うんだけどなぁ」
リノッカがふと思い出す。
その言葉に誘われるようにファミーレが反応した。
「あ~あの子はいい反応してくれたわよねぇ♪ まぁ、もう死んでるんだろうけど。生きていても《支配》状態か…ってことは魔法での治療はできないわよねぇ」
「あれ? 女王様なら出来るんじゃないの?」
ふと感じるノノトラットの疑問に即ジャンルが答える。
「あんたバカじゃないの。たかが人間族一人助けるために、《記憶介入》とかしないでしょ。《支配》解くなら、支配に至った魔言を突き止めないといけないし、本人が自覚して解除しないとならないから無理でしょ」
「そうですねぇ。私的にはあの子は今まで最大の瘴気を溜め込んでいると思うんですよね。だから出来れば見届けたかったですが……。まぁ、どちらにしろ…」
サイシャは徐に立ち上がる。
「女王様が動く前に、私たちもそろそろ終わりにしましょうかね」
その言葉の意味を理解した仲間たちはいっせいに微笑んだ。
「そうね、最初は復讐心からだったけど、結局愉しむことが前提になっちゃってたし。潮時かな」
「ぼ、僕は、最初から愉しかったかなぁ♪」
「わたしはぁ、最初は怖かったけど、段々興奮しちゃってぇ~」
「俺は肉裂いて骨砕く感覚が堪んねぇッ」
「う~ん、私は、恐怖や憎悪で染まった人間族を調整して堕として、従順なお人形にするのがタマラナイですねぇ♪」
ジャンルがくすくす笑う。
「ほんっと、あたしたちみんなおかしいね。ぶっ壊れちゃってるわね」
そのまま視線を仲間に向けて、
「こんな残念な思考しかできないけどさ、あたし、みんなに会えて良かった。きっとあたし達は世界に還れない程魂汚れちゃってるかもだけど、先に逝っちゃた…というか『研究所』であたしが殺しちゃった夫や娘にも会えないだろうけど……あんたたちと一緒に消えるなら悪くないかな」
「…わたしもぉ…」
ファミーレが続く。
「フェルミナには会えないだろうなぁ。親友だったはずなんだけどぉ、どんな顔だったとかぁ、どんな親友だったかも、もう思い出せないのぉ……『研究所』って怖いところよねぇ…わたしのぉ…大切な記憶ね、もうないのぉ……魔力と一緒に…持っていかれちゃったからぁ。だからねぇ、みんなとの記憶がわたしなのぉ」
ふわりふわりとどこか呆けているような口調だ。
だがそれをイラつく者も、貶すものもここにはいない。
「ファミーレは魔力量が半端なかったから『青花』で強引に魔力を全部持ってかれたんだよな…その反動で記憶喪失になっちまって……。俺たちで出来ることなら戻してやりたかったけど、魔法が関与してるわけでもねぇし女王様でも対応出来ない状態だからな……ほんっと人間族は糞だ」
リノッカの怒りが込み上げる。
ファミーレとリノッカは同じ『研究所』にいた。
絶望しかないその場所で無残に命を散らすと思っていた。
だが魔王アシリッド様が助け出し、そしてこの里へと逃げ延びたのだ。
「ふふ…リノッカってば優しいのねぇ。わたしぃ、そういう貴方のことぉ、好きよぉ♪」
好きと言われれば反射的に赤面する。
「リノッカはぁ…わたしと一緒でぇ、楽しかったぁ??」
そんな純情な部分もある彼だが、ここにいるということは
「当たり前だろ? まぁ、『研究所』での俺は魔法よりも武器を使って殺すことばっか強要されてたから、ファミーレのことは殆ど知らなかった。でもよ、この里に来て、あの部屋でお前が人間族痛めてつけながら恍惚とした表情してたんだ。初めて生き生きとしたお前を見て、たまんねぇと思った。だから俺も一緒になって刺しまくった。赤いものがさ、興奮すんだ。お前と一緒に人間族を痛めつけて、めっちゃくちゃ楽しかったぜ」
ピクニック楽しかった、デート楽しかった、そんな感覚でリノッカは残虐行為を楽しいと断言する。
そして、それを否定するものはここにはいない。
「うん、僕たちみんなおかしいね。この穏やかな里には不釣り合いだね」
清々しい笑顔でノノトラットは微笑む。
この中で一番若いのがノノトラットだ。
まだ20代前半の彼はいつもおどおどしており、自信なさげだが、この里…いや、おそらくエル属の中でも5本の指に入ることが出来るほどの《治癒》の使い手だ。
「ぼ、僕は《治癒》が凄く得意だから人間族の貴族の奴隷だったんだよね。でもみんなみたいに痛いことはされなくて、で、でも痛いことされた人たちの治癒を任されて……。
み、みんな『ずるい』って言うんだ。ぼ、僕だって逆らえないのに…痛いことされないのは、『ずるい』って……。でも、僕が頑張っても死んじゃうことも沢山あって…でも、助けたくて…そしたら恨まれて…恨みごとばっか沢山聞いて……、でも人間族は、僕に治癒をさせて……。
そ、そしたら段々僕が死にたくなって…でも僕は死ねなくてね、助かってこの里で暮らし始めても死にたくて、でも死ねなくて、助けられなくて、殺した人の声が消えなくてどうしようもなくて……そんな時にサイシャに誘われて……沢山人間族の悲鳴聞いて傷を癒して綺麗にしてまた傷つけて…ってそんな風に少しずつ壊していったらよく眠れるようになったんだ。だから後悔はしてないよ」
それぞれが持つ傷を語り、そして今までの残虐行為を後悔しない。
先のことなど考えていない、その時その時が健やかに生きられるように必死に繋いだ生きる道だった。
もちろん、サイシャもその一人。
「私も皆さんと同じですよ。『魔狩り』に遭い、『研究所』で妻と娘を殺して、その後も沢山の魔人族を殺しました。私も青花の影響で《支配》まで行ってたんですよ。アシリッド様のお力で《支配》は抜けたんですけどねぇ。
精神汚染というものは何も魔法だけが全てというわけではないんですよねぇ。……私を担当していた人間族は私が恐怖し、逆らい、そして堕ちていく様を愉しんでましたから、私もその愉しみを憶えてしまったようです。人間族が絶望し、そこから私に縋るように堕ちていく様は快感でしたよ、本当に」
そう語るサイシャは愉悦に浸っている。
が、それは長くは続かない。
楽しい時間は必ず終わりが来るものだのだ。
「まぁ、あれですね、女王様はの意図は判りかねますが、最初から見つかったら遊びは終わり。遊びが終わったら決めてましたもんね」
サイシャは仲間を見渡す。
「さぁ、逝きましょうか」
…か、感想とか頂けると…う、嬉しいです…。




