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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
20/51

20:願い叶うとき


 ガリガリガリガリ……

 ガリガリガリガリ……



 やっぱり握力が弱い。

 以前よりも、もっと弱い。


 でもこれは日課だ。

 目覚めたのならやらないといけない。


 体が…頭がその行為を強要してくる。


 体が重い。

 どうしようもない倦怠感もある。

 これは今までにはない体の変化だ。


 これは多分……。





「ほら、な」


 やっと皮膚が裂けて血が流れた。


 その色は、


「青になった」


 無感情な言葉が紡ぐ。


「さて、と」


 耳長の望み通り青くなった。


 処分しなくていいのだ。


 考える必要はない。

 やっと死ねる。

 サイシャの望む形で自分は役に立てる。


 あとは、妖属の住処へ行って魔器の餌になるだけだ。




 考える必要はないのに、女王様が余計なことをしてくれたおかげで、感情や記憶が中途半端に蘇って、無意味な思考が働いてしまう。


(餌って何なんだよな本当。……妖属の持つ武器の養分になるらしいけど……)


 それ以上考えると色々と痛みが出てくるのでユウタは頭を振って無駄な思考を排除する。


 もう今更だ。

 きっとこんなに考えているのもあと少し。

 しばらくすればまた記憶は消えて、立場だけを思い出して、きっと幸せな気分になれる。


 全部全部消滅すればいい。

 ユウタは部屋を出る。


「あ…そっか。まずはサイシャに報告しないと」


 以前より少しだけましになった歩行でユウタは家から出た。


 見たことのない場所。

 広い。


 目的地もわからないまま、裸足のままでゆらゆらと里を歩く。

 でもサイシャの居場所なんてユウタは知らない。


 なんか耳長が沢山見ているが近づく様子はない。

 自分が人間族だから、だろうか、それとも左腕から流れる青い血が怖いのだろうか。まぁ、どうでもいい。今、ユウタは報告しなければならない。



 どうにかして、ここから妖属の住処へ行かないといけない。


「あ……女王様なら居場所知ってるかも」


 辺りを見回してみる。

 それがどこだかわからない。


「女王様のいる場所どこだっけ……」


 確か森の中でぽっかりと空いた空間に扉があったはずだ。

 でも、里から見回してみても森の中の状況なんて見えない。


 わからない。


 でも進む。ユウタはゆらゆら歩き出す。


 ゆらゆら、ゆらゆらと。




 距離は大したことないと思う。

 直線距離で一番近い森の入り口に辿り着いた時、ユウタは尋常じゃない疲れを見せていた。


「はぁはぁ……たった、こんだけの…距離で、このザマとはね……」


 木に寄りかかって無理やり呼吸を整える。

 少しは良くなった気がした。


 できればサイシャに報告したい。

 でもいないなら女王様でもいいやと思う。


 だって彼女も耳長だ。

 青くなった自分を見てくれれば、きっと生かそうなんて考えなくなると思う。もしかしたらサイシャに会わせてくれるかもしれない。でも、歩きながら思ったことは…。


「なんかもう………体力持たないな…これ」

「お前……いつの間に起きだんだよ」


 聞こえたのは、記憶にある餓鬼の声。

 ここはしっかりと受け答えしないと。


 せっかく思い出した情報だ。

 ユウタは深呼吸して体調の不調を隠すことに専念する。大丈夫、まだ、いける。


「…あぁ、いつの間にか起きたぜ、ウスノロは」

「!? ……思い出したのか、僕のこと」


 わかりやすいように、思い出した言葉で告げる。


 だってちょうどいいじゃないか。

 この子はユウタを嫌っている。

 人の町へ送ると言ったときも嫌々、仕方なくといった感じだった気がする。


 だったら連れて行ってもらおう。

 きっと喜んで連れて行ってくれるはずだ。

 こんな体調では一人で目的地に辿り着けるか自信がないのだから。


「もちろんさ。えっと、シャルノイラスだろ? まぁ、色々あって頭おかしい発言とかもしちゃったかもだけど、今はしっかりお前が俺のことを大嫌いだって、さっさと死ねって思ってることも知ってる」

「…ぇ」

「だからさ、連れて行ってくれないか、俺を人間族の住む町ではなくて、妖属の住処に」


 シャルノイラスに近づきながらユウタは微笑む。


「ぉい、ちょ、ちょっと待て。何だ、妖属の住処って…あそこは瘴気が漂って、お前なんかが行ったら…って…お前それ、どうした!!?」


 左腕の傷に気が付いたようだ。


 さっきまではぽたぽたと青い血を流していたが、今はその勢いは若干治まったようだ。靄は消えたみたいだが、垂れた青い血は左腕に筋を残しているのだから気づかないほうがおかしいか。


 ユウタに笑みが浮かぶ。


「あぁ、これか。見ろよ、真っ青だろ? やっと青くなったんだ。これって瘴気出すんだろ? 人には毒って聞いたけど、お前らにも毒なのか? 最初の勢いはなくなったみたいだけど、お前らにも毒なら取り敢えず止血してもらったほうがいいかもしれないな……お前も治癒魔法とか使えんの?」

「…お前、何を言って……」

「あぁ、駄目か。だったら女王様にこの傷治してもらおう。取り敢えず傷がなけりゃ瘴気は漏れ出ないみたいだからさ。連れてけよ。俺体力限界なんだ、今」


 この空間で知る治癒魔法の使える女王様にユウタは頼むことにした。目的地にたどり着く前に死んでしまっては元も子もない。


「と、とにかく来いッ!!」


 シャルノイラスはこの先に来いと促す。

 まぁ、来いと言われたら行くけど。

 でもやっぱり足取りは重い。

 頭ガンガン、ふらふら。


 ということは……倒れた。


「お前……」


 その光景を見たシャルノイラスは大きくため息をつく。


「ったく、調子が悪いなら無理するな。このまま女王様の元まで運ぶ。動くなよ」


 動くなよ、と言われてもそうそうに動ける気がしない。青い血の効果は中々のものだ。体の内側をずっと掻き回されてる感じだ。本当、気分が悪い。数日は持つと言われた気がするが……持つのか?


 もし、妖属の住処へ行けそうになかったら………。


「くはッ…」


 倒れたまま出てくるのは乾いた笑い。


 やっと終われる。

 この世界に創られた意味も果たせる。


 体中ガタガタでも、心はとても穏やかだった。

 心なんて実際あるのかは謎だけれど。


「……《浮遊(フロト)》…」

「ぬわぉ!?」


 突然ユウタの前に風が巻き起こる。

 それは彼を軽々と浮遊させる。


「…やっぱすげぇな…魔法って……」


 ふわふわゆらゆら運ばれながら異世界の能力を体感する。


(でもまぁこの世界とももうすぐおさらばだけどな)


 不思議な力に興味を示しつつも、自分の立場を忘れない。

 これはきっと記憶の改ざんとか消失とかでもない限りは変わらないだろう。


 シャルノイラスはずっと走っていた。


 ユウタはシャルノイラスの作った風の絨毯に乗せられふわふわと追従。気づけば森に入り、しばらくしたら見覚えのある開けた空間が見えた。

 シャルノイラスが扉に触れると、それはゆっくりと開き、ユウタはふわふわ浮きながら後に続く。そのまま女王様の用意した場所に到着した。


「うぉ、これってあれか、魔法陣ってやつ? すげぇ、本物見るの初めてだ」


 またまたの初体験にユウタは素直に喜ぶ。

 風はその陣の中央で弱まりユウタをその中央にゆっくりと落として消える。


「……ナニコレ。ってうわぉ!!?」


 魔法陣は中央にユウタが降りたと同時に淡い白の光を放ち出す。


「安心してください。これは癒しの陣魔法。直接魔法と違い、より深い癒しを得ることが出来ます」

「癒し…ねぇ。個人的には左腕だけで良かったんだけど」


 ゆっくりと立ち上がりユウタは呟く。

 その顔には引き攣った笑み。


「まぁ……ここまできちゃったら、奇跡の力も意味なしってことかな。あぁ、そう言えば耳長がそんなこと言ってたっけ。確か血が青くなったらどんな魔法も薬も受け付けないって。確かに、レグルスさん最後は普通に治療されてたもんな。すっかり忘れてた」


 ユウタの左腕から再度ぽたぽたと青い血が流れだす。

 それは治癒陣を汚し、光は消えた。


 レグルスが灰色の部屋から出た時、彼の左腕につけられた傷は魔法ではなく湿布みたいなものを貼って包帯ぐるぐるされていた。魔法が効かないならあれは治療ではなくて、ただ瘴気を外に漏らさない処置ということだろう。


「でもまぁ、段々馴染んできたのかな。さっきよりは大分落ち着いた。ある程度なら行動に問題はなさそうだな」


 その場で軽く体操して、先程までのどうしようもない倦怠感が若干抜けていることを感じた。まぁ、もうしばらく持てばいいだけの体だ。そこまでの悲観はない。

 

 視線の先には女王様がいた。

 青い髪の上には繊細でありながらも美しいい冠が乗せられている。

 前回はなかったような気もするが…まぁ、そこまで気にすることではない。


 彼女は壇上の椅子に座っている。


「ユウタさん…貴方は……」

「ん? あぁ、これですか? せっかく魔法陣とか用意してくれたのに、無意味でしたね」


 女王様の座る玉座? へ向かう。


 青い血をぽたぽたと垂らしながら、青黒い靄を残しながら。


 若干落ち着いたとはいえ、やっぱり体がやたら重い。先程までではないが歩くだけでも重労働に感じる。本当、一人で森を歩くのは無理だな、と思った。

 ということはレグルスさんは耳長に連れてってもらったってことだ。って…今なら分るがこの世界での『レグルス』という音の響きの意味は『またどこかで』だ。


 女王様がこの世界の言語を頭の中に叩き込んでくれたおかげでわかった事実。


「『またどこかで』さんってなんだよ…バカじゃねぇの俺」


 思ったことをそのまま言葉にしていた。

 まぁ、今更どうでもいいことでもあるのだが。


 気づけば女王様の目の前に立っていた。

 女王様は相変わらず座っている。


「で、女王様に聞きたいんですけど。サイシャはどこにいます? 会いたいんですけど」

「なッ!? お前、あいつがお前に何したのか知ってんだろッ! だったら…」

「知ってるさ、だから会いたいんじゃないか。サイシャなら俺が次に何をしたらいいのか教えてくれる、終わりをくれる」


 ユウタはさも当たり前のようにシャルノイラスに告げた。


「サイシャに会わせることはできません」


 女王様は事務的に答えた。


「まぁ、そうなるか。そんな答えは何となく想像してた。やっぱり俺を生かしたいんだろ、女王様は」


 敬語は消えていた。彼女に対して畏怖も敬意もない。ただサイシャに変わる耳長。女王だというならば、確認するなら彼女しかいない。


「……ユウタさん、貴方は今、自分が何を言って、何をしようとしているのか理解しているのですか? 記憶はまだ、」

「あぁ、おかげさまで記憶は戻ったよ。だからあの餓鬼も、貴方のこともすっかり思い出してる。思い出したうえで、状況を理解し、行動してる」

「お前、何を言ってるんだ……」

「今、半端ない倦怠感があるんだよ。頭くらくらで目的地なんて到底一人ではいけないんで、妖属の住処に行けってんなら、誰かに連れてって…てか運んでもらわないとならないんだけど」


 ユウタはにこりと笑って見せる。

 やっぱり終わるときは悲しんで苦しむより笑ったほうがいい。

 うん、絶対そうだ。


「?? 女王様? どうした? 答えてくださいよ。俺はどうやって妖属の住処へ行けばいい?」


 突然反応がなくなった女王様。

 答えをくれないとユウタは次へと進めない。

 終わりに進めない。


「……ユウタさん、わたくしは本当に貴方を助けたいと思っています」

「助けたい? 俺は望んでない。それに無理だよな。貴方の治癒術でもこの瘴気は消せなかったんだから」

「妖属ならば、貴方の瘴気を取り除くことが出来ます」

「へぇ、そうなんだ。だったら妖属の住処を知ってんだな。連れてけよ。あ、でもせっかく発症出来たんだから治療なんてすんなよ? 俺の目的は魔器の餌になることだから」

「その考えは《支配》によるものなのです。魔言は何なのですか? なぜ貴方はこんなことに……」

「知らねぇし。興味ない」

「…わたくしは交渉をしております。ですから、まだ諦めないでください」

「…交渉?………えっとつまりは……どうしても俺を生かしたいって……ってことか?」

「えぇ。期限までにはまだ時間はあります。わたくしは必ず妖属に約束を…」

「何でそんなに俺を生かしたのか意味わからんけど、期限とかないから。体力的に限界。サイシャに会えない、連れてっても貰えない、しかも生かしたい? 助けたい? ないないないない……言っただろ? 俺今、生きたいなんて微塵も思わねぇし」


 ユウタは大きなため息をつく。


「………はぁ…せっかく発症したのに…行けないなら仕方ない……処分するか…」


 にたりと嗤うと、女王の頭上に輝く銀のティアラを奪った。


「お前、何を!!?」


 餓鬼が叫ぶがそんなの関係ない。


 だってティアラは金属だ。

 とげとげした金属。


 どれだけ探しても刃物がないのだから、こういう金属は代用品になる。


 光のない黒い目は、ティアラの美しさに見とれることはない。

 これは体を傷つけるのに丁度いい金属。


 自分を生かしたいと願う人が目の前にいて、妖属の住処へ行けないのなら…処分するしかないだろう。今、すぐにでも。ユウタはそう結論付けた。


 今までで一番俊敏な動きで台座から降りて、ユウタはシャルノイラスとも女王とも距離をとる。


「くはッ…あはははッ」


 乾いた笑いが自然と出てくる。

 倦怠感が抜けたわけではないが、目的があると少しはこの体はまだ動いてくれるようだ。だったら、やろう。終わりの始まりを。

 ユウタはティアラを傷ついた左腕に突き刺し、思いっきり裂いた。


 今までとは比べ物にならない量の青い液体が体内から放出されて、周囲を青黒い靄が覆う。

 瞬時にシャルノイラスがさっきの風の魔法みたいものを飛ばしてきたけど、瘴気優秀だね、風を掻き消してくれた。治癒もそうだけど、瘴気の中ではやっぱり魔法全般効果がないみたいだ。だからこの靄の中はユウタだけ。誰にも邪魔されないでやりたいことが出来る。


 もっとだ、もっともっともっともっと、流れろ、流れろ、消えろ消えろッ!! 

 こんな汚いもの、全部全部全部消えてしまえっ!!


 ユウタは肉が裂け、骨が見えても左腕を削り続けた。

 お陰様で肉体的な痛みには大分耐性が出来ている。


 全く痛いわけじゃないけれど、泣き叫び喚くほどのものではない。意識を保ったままいくらでもこの体を傷つけ壊すことが出来る。


 流血の速度が上がれば上がるほど、青い血から現れる靄も広がっていく。

 死んだらきっと爆発的にこの靄が広がるのだろう。そうしてこの体は腐っておわり。

 とはいえ、今のユウタはそこまで深く考えることはない。

 記憶は戻った。感情も取り戻した。


 その上でこの選択した。


「いらないよな、偽物に偽物の記憶なんかさッ」



 さぁ、終わりを始めよう。


本当は痛いよね……

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