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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
16/51

16:それでも時間は進んで行く


 目が覚めた。


 昼間ユノカがあんな話をしたからなのか、目覚めてからは再び目を閉じてもどうにも眠りにつけない。昼間の行動言動が脳内再生されて、眠気は目覚めへと変化してしまう。


「……ったく」


 ベッドに横たわったまま髪をくしゃくしゃすると、シャルノイラスはゆっくりと起きて、動き出した。


 みんな寝静まる深夜だ。


 今夜はラトが輝く夜だから、灯りを持たなくても夜の里はそれなりに明るいからそのまま外へ出た。空を見上げればそこにあるのは満点の星空。それはどこまでも綺麗で雄大で、見上げている時間を忘れさせてくれる。


 そうやって自宅近くの木に腰掛け夜空を見上げるのが眠れない夜のシャルノイラスの行動だ。


 ……カタンッ…


 静寂の夜空を眺めていると、突然、シャルノイラスの耳に何か聞こえた。


 扉を開けるようなそんな音だった。

 もしかしたら自分のように眠れない者が、気分転換に外に出たのかもしれない。


 シャルノイラスは立ち上がり、音のほうを確認する。

 すると案の定、そこからは人が出てきた。

 このエル族の里で一番のぽっちゃりさん、サイシャだ。

 シャルノイラスは近づいて声を掛けようと思った。だから彼に向って歩き出し……。


「…!?」


 見たことのない笑みを見て、声を掛けるのも近づくのもやめた。


「………」


 むしろ息を殺している。


 見つからないことを祈っている。


 昼間見たときは、あんなに穏やかなのに……。


 サイシャはシャルノイラスに気付くことなく歩き始めた。


 それは里の北側に向っていた。


 どうしてそうしようとしたのかはわからない。

 シャルノイラスは自宅に戻ると認識阻害の効果のあるローブを羽織る。


 これは人間族の町に降りるときに絶対に必要なものだ。

 姉様の捜索のためには人間族の住む場所へ行くこととなる。

 だから準備した。


 その準備品を無意識のまま羽織りフードを被る。


 そして自身の魔力を注ぎその効果を発動させると、シャルノイラスはサイシャを追う。魔力を注ぐことでこのローブは認識阻害から認識不可視の効果を得ることが出来るのだ。


(一体何をしてるんだ……僕はッ)


 自分で自分の行動の意味が分からない。

 でも、体が自然に動いてしまう。


 決して心が穏やかなわけではない。

 ずっと鼓動が激しくて、鼓動で気づかれてしまうのではないかと思うほどだ。


 しかし、そんなシャルノイラスの心配をよそにサイシャは尚も進んでいく。


(なっ……どういうことだ…これは……)


 シャルノイラスの疑問も仕方がない。サイシャの行動を追っていたら、別の人物が合流したのだ。


(リノッカさんに…ノノトラットさん……)


 そして例に漏れず、彼らもまた歪に嗤っている。


(……)


 彼らは声を上げることなく目的地へ向けて進んでいる。


 やがて3人はその目的地へとたどり着いた。


(え…こ、ここは……食糧庫……)


 昼間来たばかりの里のはずれの洞窟。

 そこにはまた2人、入り口に立っていた。


 女性だ。


(ジャンルさんとファミーレさん)


 合計5人。


 こんな夜中に食糧庫に何の用があるのだというのだろうか……。


 彼らは迷うことなく食糧庫へと姿を消した。


 認識阻害のローブを羽織っているとはいえ、やはり見つかりたくないシャルノイラスは自然と木陰に移動しなら尾行を続けていた。だが、洞窟の中…となると隠れる場所はそれほどない。食材の影…は少々無理があるかもしれないが、ここはもうこのローブを信じるしかない。


(…ここまで来たら、確認する)


 何を? 何故?

 そんな理由、今のシャルノイラスには関係なかった。

 謎の決意が彼女を動かしている。


 結果は…といえば、認識阻害のロープは不可視の役割を見事に果たしている。5人に認識されることなくシャルノイラスは洞窟に入ることが出来た。


 洞窟は灯りが灯されており夜の不気味さはそこにない。


「しかし、長いな…前のは7日だろ? 今までの最大で15日だっけ? 30日ってのは初めてじゃないか?」

「…まぁ、その分濃度も濃くなるし、何より楽しめるから問題ないけどねぇ」

「はは、確かにあいつ以降、誰も来てないもんな。まぁ、最近は相当しないと反応しないから加減が難しいけどな」

「ここまで来て殺すとか、なしだもんねぇ」

「ごはんの作り置きもまた増やさないと…」

「ごはんねぇ…キミも面白いこと吹き込んだよねぇ♪」


 夜の不気味さは確かにない。だが、聞こえてくる会話は、半分以上何を言っているかはわからないが、どうにも物騒な、不気味な話だというのは理解できる。

 5人はその後も会話を続けながら左の扉を開けると、その中へ消えて行く。


(……発酵部屋?? こんな時間に…でないと駄目ってことなのか)


 発酵部屋は外気を嫌う。雑菌を嫌う。


 だから決まった大人が決まった服を着て管理している。それがシャルノイラスが聞かされていることであり、子どもであるシャルノイラスでは入れない理由だ。だがそこに5人も入った。しかも着替えていない。


(……嘘、ってことか……)


 また嘘。

 大人はすぐに嘘をつく。

 そうやって子どもを遠ざける。


(…僕は、逃げない)


 だからシャルノイラスもまた左の扉を開け、彼らを追った。


 乳製品が醗酵した、チーズのいい香りがした。


 確かにここにはたくさんのチーズが保存してあり、ほかの壺に入った発酵食品も多くあるようだった。


 でも、肝心の大人たちはそれに目をくれることもなく、奥へ奥へと進んでいく。発酵部屋自体は、昼間自分たちが食糧を調達した保存庫のそれと同じくらいの部屋だった。直径20メートルくらいの半円状にくりぬかれた部屋だ。


(これは……)


 ただ違いは発酵部屋にはその先にも通路があったということだ。しかも隠し通路だ。チーズの陳列された棚が動いたのだ。その先には通路がある。大人がすれ違える程度の幅で、長さはそれほど長くない。そして、通路の行き止まりの床に取っ手があり、陣魔法が描かれていた。


(何か収納してる? ……でも何だ、あの陣は……)


 陣魔法自体は距離の関係か、明るさの関係かうまく読み取れない。


 リノッカが取っ手を持ちあげると、そこには収納スペースではなく下に続く階段が姿を現した。そして彼らは当たり前のように階段を下りていき、最後に降りたファミーレが階段側から扉を閉めると、そこは再び陣の描かれた床に戻る。


 誰もいなくなった部屋。シャルノイラスは床に近づき、再び現れたこれが何の陣魔法なのかを確認する。


 攻撃魔法は得意としているが、陣魔法はどうにも苦手分野のシャルノイラスはつい、


(こういうのはユノカの専門なんだよな…)


 と内心愚痴を零すが、目の前の模様をまじまじと見ると、これを最近見たことを思い出した。


(……結界…の陣魔法?)


 今自分が羽織っている認識阻害のローブ。

 これは、魔鳥レレリィの羽を編み込んだものだ。


 レレリィの羽を編み込んだローブは視覚的に認識阻害、つまり、そこに誰かはいるが誰だかわからない。など、存在を誤認識させる効果がある。そして、そのローブ自体に結界の陣魔法を組み込む。すると、ローブ全体に魔力を送り込むことにより結界が発動し、誤認識している存在ごと空間から切り取ることが出来る。つまり、存在していないように見せることが出来るのだ。認識不可視の透明人間の完成だ。


 時と場所によっては便利な機能だが、もちろん弱点はある。ローブには絶え間なく一定量の魔力を送り続けなければならないのだ。魔力消費量は…半端ない。そして魔力を放出するということは魔力感知系の加護を持つ者だったら安易に見破られてしまう、ということだ。


「……何でこんなところに結界が…?」


 ここはそもそも女王様の結界内だ。だからこそ、魔物に襲われることもないし、結界に誰か入り込めば女王様が気づく。


「女王様が…気づく? 結界内だから…」


 女王様が結界を張るのは空間だ。

 地上だろうが地下だろうが、女王様の結界内であればではどこに誰がいるのか確認が出来る。ならば、この先の地下の存在を隠すために別の結界を張って地下自体を認識させない様にしたら?


 この場所に地下は存在しないと女王様は誤認識してしまうのではないのだろうか……。


 ぞわり……。


 言いようのない寒気がシャルノイラスを襲った。

 滑かな氷の手で全身を愛撫されたみたいな……本当になんと表現したらいいかわからない。


 兎に角シャルノイラスは扉の取っ手を持ち上げようとする。


「……重いな…」


 シャルノイラスはローブへの魔力供給を解き、風の魔力で重さを軽減させる。すると扉はするりと開き、先程同様目の前に下に降りる階段が現れた。


「…よし!」


 自分に喝を入れてシャルノイラスは階段を下りた。



 思いのほか長い階段。

 距離は50メートルはあるだろうか……。


 シャルノイラスはフードを外しできるだけ音を立てないように慎重に進んでいた。


 再度ローブに魔力は送っていない。つまり今のローブは認識阻害のみとなるが、フードを外しているならば認識疎外は発動しない。ここから先は隠れる必要がないのだから、問題ない。


(でも、試運転して良かった…これ思った以上に魔力消費するな……)


 そんな反省点を刻み込みつつ階段を半分ほど進んだとき、今まで聞いたことのない絶叫がシャルノイラスの耳を襲ったのだった。


(…!? ぇ、い、今のは…???)


 鼓動が高鳴り、歩みが止まる。


 音量としてはそこまで大きなものではなかった。

 だが、その響きが心を直接抉ってくる。


 シャルノイラスは無意識に胸を押さえていた。だが、そんな躊躇(ためら)いの行動など無視して絶叫は響き渡る。



 何度も何度も何度も何度も……。



 次第に笑いが聞こえてくる。

 沢山の笑い声。



 狂気……。


 見えないけれどこの先にあるのはそういった常軌を逸したモノだ。


 どうにか呼吸を整えると、シャルノイラスは再び歩みを進める。どうにか階段を下り切ると再び扉が現れた。


 それは先ほどの陣魔法の描かれたものではなく、子どもの力ではビクともしないような重厚な扉だった。


「子どもは厳禁ってことか?」


 扉を見てシャルは苦笑する。

 だが、問題ない。


 自分の姉は、エミューテイネルなのだ。

 自分にも魔法の才能がある。

 そして、この里の誰よりも風の精霊に愛されている。


「《風圧(ウィンシャード)》」


 呟くとシャルノイラスの周りに風が集まりそれは扉へと移る。


 この魔法は風を力として扱う魔法だ。

 だから重い扉を開けることも造作ない。


 シャルノイラスは風の力を借り扉に手を掛けると、それは何の力もなく緩やかに開いた。


 ゴゴゴゴ…という鈍い音に反応する者はない。

 シャルノイラスに響く絶叫も笑いも止むことなく、その音量は正しいもになり……。


「な…なんだよコレ…ッ」


 見た物が信じられず、その場から動けなくなった。



 同時に4人がシャルノイラスの登場を確認した。

 皆、その場で固まっているようだ。


 シャルノイラスは最初に目が合った彼の手に持ったものに恐怖を憶えた。


「……サイシャ、それ…何……」


 どうにかそれだけ声に出すと、サイシャの時間が再び動き出しその手に持っている巨大なハンマーを見る。血で赤く染まったそれをじーーと見て、シャルノイラスに微笑んだ。


「あぁ、ハンマーだよぉ。骨砕くときいい音がするんだぁ♪」


 そして、当たり前のようにそう告げた。


「ほら、この人間族はシャルの言いつけ守らずに逃げただろぉ? だから罰を与えてるんだ。もうすぐ死ぬよぉ? 沢山沢山毒を溜めたんだ。こんなに溜め込んだ人間族って初めてなんだ。妖属も大喜びぃ♪♪」


 サイシャは嗤っている。


 昼間見る穏やかなそれではなく、狂気に満ちた笑み。

 他の仲間も全員嗤っていた。

 現実離れした光景。


 そしてその奥に見える光景。




「お前…も…もしか、して……」


 面影は…ある。多分、あいつ……。


 そんな疑問を抱かせるほど、目に映る少年は変貌していた。


 別に肉付きが悪くなったわけでもないし、見た目は殆ど変わっていないと思う。しかし……どうしても、あの時の生意気な人間族と同じなのかと戸惑ってしまうのだ。


 灰色の椅子に完全に拘束されている。


 先程までの止まらない暴虐行為が一時中断されて、少年はシャルノイラスの姿を確認したようだったが、そこに何の感情もないのだろう、赤黒く腫れあがった右目は血と涙で濡れ、シャルノイラスを映してはいるが、見てはいないようだった。左目は…何かが沢山刺さっている。そして黒だった髪は、今は真っ白だ。


「…あぁああ…ぇえうぁ…」


 だらしなく開いた口からは大量の血と涎が流れ出し、爪は全て剥がされ、両腕は拘束されたまま砕かれている。太ももにも何本もナイフが刺さっており、そこからも鮮血がしたたり落ちていた。それに拘束された足はあらぬ方向を向いている。


「何でこんな……」


 目を逸らそうとしたとき、リノッカがおもむろに少年に近づき、持っていたナイフを彼の腹部に刺した。


「ぁがはッ……」


 同時に少年の腹部からは鮮血が滲み出て、吐血。


 少年はヒューヒューと荒い息を繰り返し、どうにか空気を体内に取り込もうとしているようだったが、そんな中何かを感じたのか、少年にも変化が起こる。


「はぁはぁ…ァ、は…ひゃ…ァハ、は、ははっはハハハ、ハハハハハハハハ!!!」


 狂ったように嗤いだした。


「ヒャは、あははっはははあははアァァァハアアハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 動かない全身を無理やり動かそうとして、何も見てないまま、命の輝きが消えようとしている行為を助長するように、何度も頭を背もたれに打ち付け自らを傷つけ、祝福するように嗤う嗤う、嗤う。


「うッ……」


 急に吐き気が来た。


 こんな状況、幼い子どもに耐えられるものではない。



 壁にもたれかかると、シャルノイラスは耐えきれず…嘔吐した。


「あぁあ…駄目だよシャル。キミにはまだ刺激が強い。この人間族、最近ずっとこんな感じなんだよぉ。もっともっと痛めつけたいんだけどねぇ。最近あっさりと狂ってしまうんだ。夜はまだこれからなのにねぇ……まぁ、また目覚めたら落ち着いてるけどね♪」


 サイシャが呟くと同時に、ナイフを刺したリノッカが闇魔法《睡魔》を使い、少年の意識を奪った。


 同時に糸が切れたように少年の行動は停止する。


 今日の遊びは終わり。


 本当に残念そうにサイシャは首を垂れる。


「でも、溜め込んだ毒は本当凄いんだぁ。流石にそろそろ真っ青になるだろうから、それまではね、ちょっとでも楽しみたいなぁ♪」


 シャルノイラスは抑えきれない嘔吐と闘いながらサイシャの言葉は逃さない。


「…ど、毒……? はぁはぁ…お前ら、こいつに何を……」


 その問いにサイシャは嗤う。


「ヒミツ。もっと大きくなったら混ぜてあげるから、今は帰ったほうがいいよぉ? それより落ち着いたかいぃ?」


 サイシャは本当に心配するように話しかけてきて、気分の悪くなったシャルノイラスの背をさすろうとする。


「触るなッ!!!!」


 シャルノイラスはそれを振り払った。


 そしてどうにか息を整え、思考を加速させる。

 この状況が正しいわけがない。


 例えば確かにこの人間族が逃げたとして、勝手に処刑の判断をしたのだとしても期限は翌日だ。それにこの人間族は里から出すことを女王様は決定した。


 本当に逃げたのか? 逃げて捕まったのか?


 しかもここは処刑場ではない、食糧庫だ。

 そんな誰もが出入りする場所の地下深くで、この人間族はどれだけの間、彼らの暴虐を受け続けたのか。


「…サイシャ。答えろ。こいつは本当に逃げたのか?」

「逃げたよぉ、だからこ」

「もう一度言う。この人間族は女王様の決定と僕の命令を破って家から出たのか?」


 軽口を叩くサイシャにシャルノイラスは語気を強める。


「女王様に誓え、真実を述べろ。この人間族は逃げたのか?」


 サイシャは俯いて薄く笑みを浮かべた。

 そしてシャルノイラスを見て、ニコニコニコニコ。


「寝てたよぉ。捕まえようとしたら起きて抵抗したけど、捕まえるの簡単だったぁ♪」


 血濡れのハンマーを抱きしめてニコニコニコニコ。


「サイシャアアァァァッ!!!!」


 シャルノイラスは風を纏い、サイシャを吹き飛ばすと、近くの壁に激突。


「痛ぁあいぃ」


 不気味に痛がり、ニコニコニコニコ。


 ここにいる者は、現実が見えていない、自分たちのしていることを理解していない。女王様は言った。処刑は罰だ、楽しむものではない、楽しんでしまったのならそれは、自分たちが恐れ憎む人間族と同じだ、と。


 シャルノイラスは風を纏ったまま一歩、また一歩と少年に近づいていく。


 今は意識のない少年。


 両腕は砕かれ、太ももに大量のナイフを刺され、腹部もまたナイフ。


 少年の傍にいるのは5人目の人物ノノトラットだ。

 彼はシャルノイラスの登場など全く気にすることもなく、自分の役割を果たしていた。こうやってシャルノイラスが近づいている今も、淡々と腹部のナイフを抜き、再び溢れ出す鮮血を止血し、治癒の術を施す。


 殺してはいけないのだ。


 その手前で止めないと、最後まで楽しめない。


 一通り治癒術を施し、安定させて、汚れを綺麗に落とさないと、明日が楽しめない。だから後処理はきちんとしないとね。


 ノノトラットは綺麗好き。

 明日のために、明日も沢山楽しむために後片付けはきちんとしないと。


「その人間族の拘束を解け」


 だから突然掛けられたその言葉の意味が理解できなかった。


「……シャル?」


 どうして、こんなところに??


 ようやく自分たち以外の人物が紛れ込んでいることを認識したノノトラットは、突然の登場人物の言っている意味が分からない。


 これは僕たちの玩具だ。


「解かないよ?」

「お前、自分たちが何をしているかわかってるのか!!」

「わかってるさ、人間族壊し。楽しいよ?」


 サイシャと同じ笑顔だった。ニコニコニコニコ。


 シャルノイラスは大きく息を吐いた。

 話にならない。ここにいる者たちは毒に冒されているのだ。


 彼らの受けた恐怖、絶望は復讐心となり、どんな理由であれこの里に来る人間族に対し、恐怖と絶望を植え付け、そして命を奪う。こんなにも醜く脆いのだ。そこに優越感を得た彼らは、人間族に対する恐怖が消え、勝ち誇ったようになり、それを何度も何度も甚振ることにより、その行為自体に喜びを見出してしまう。


 負の連鎖。


 だが、それに気づいている者はいない。

 気づかない間に変わっていく。

 自分も気づかないまま変わっていく……。


「…わかった…もういい……」


 シャルノイラスは自身に纏う風を右の掌に凝縮させる。


「……繊細な作業はできないからな…少し傷つけるだろうけど…」


 意識のない少年に告げると、シャルノイラスは風を拘束具に纏わせる。


「《風刃(ブレイド)》」


 かまいたちのようになった風は、少年の拘束具を次々と破壊していく。


 宣言通り何ヶ所かは皮膚も裂いていたが、現状、腹部の傷は止血されたものの、太もものナイフは刺さったまま、両腕は砕けたままなのだから些細なものだろう。

 少年は一切の反応も見せず、シャルノイラスが作った優しい風に纏われる。すると椅子から浮かび上がり空中で仰向けになった。


 反応したのはここにいた者たちだ。


 何をするだの、あと少しだの、半狂乱でシャルノイラスに迫ってきたが、ここは譲れない。何人迫ってこようが相手してやるつもりだ。


 纏う風を強め、近づけさせないようにする。流石に大人を5人相手は辛いものがあるが、そんなの関係なかった。どんなことをしてでも人間族を連れ出す。その気迫だけで大人を睨む。


 そんな気迫に気圧されたのか、大人たちは、何か諦めたようだった。


「…この人間族は長老と女王様のところに連れていく。お前たちの処遇もそこで決まる。逃げるなよ」


 こうして少年は解放された。

 ゴミの命は燃え尽きることが出来なかった。



助かった……のか?

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