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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
14/51

14:壊れたシアワセ


 覚醒はいつも突然。


 水を掛けられ、強制的に起こされて、一日が始まる。


 覚醒=1日とは換算されないだろうが、彼はもう何度も何度も、数えられないくらいにこの経験をしている。意識のある間に一度も拘束を解かれたことはなく、自然の生理現象である排泄は垂れ流しだ。


 とはいっても汚物は度重なる暴虐による流血とともに水掛けによって体や椅子から剥がされ排水されている。


 この部屋には排水施設があるらしく、目覚めの時はいつも汚物も、流れた血も綺麗さっぱりと洗い流されていた。綺麗好きな耳長がいつも綺麗にしてくれるから、多分臭くはない…と思う。


 時々白い服も用意してくれるし、きちんと着ているから、寝ている間に拘束とか外して着替えをしてくれてるみたいだ。でも、せっかく用意してくれた白い服は毎回真っ赤になる。次に目覚める時は乾いているけど真っ赤で、刺したり切ったりするから穴だらけ。でも定期的に交換してくれる。寝てる間に色々やってくれる耳長はやっぱり綺麗好きだと思う。


 目覚めの時、彼は必ず拘束されているが、どこも傷ついていない。

 意識を失っている間に治癒術を施され、毎度毎度発狂寸前の状態、もしくは絶賛発狂中なのに、気を失って再び覚醒するこの瞬間には、きちんと意識がある。


(痛いのいやだなぁ……)


 たとえ相手に伝わらなくても言葉に出して表現したい。


「……ぇ…ぁ…」


 だが、舌を切断され言葉を永遠に失った彼にはそれは空しい願いだった。


 何回か前なのかは忘れたが、とある暴虐時、彼は舌を噛んで自殺を目論もうとした。

 恐怖で…ということもなかったわけではない。実際何かの理由があったとは思うが忘れた。今は必要ない情報だから思い出そうとも思わない。


 しかし、自殺は失敗。舌は切断までは至らず、耳長の癒しにより一度は元の状態にされた。だがその後、無理やり根本で切断され、二度と自殺で噛めないように止血治療される。おかげでその後から言葉を発することもできず、口から出るのは汚い音だ。


 多分傷ついてない場所はないんじゃないかと思う。


 手足は爪剥がしは定番で、骨折ったり、砕いたり、ナイフで裂かれたり、針や釘を刺されたりした。あぁ、切断されることもある。でも切り取られた先をちゃんと保存しておかないとくっつけられなくなるらしい。


 そんなこんなで取り敢えず左の小指はどっかいってしまった。


 胴体は基本巣殴り。何度も何度も殴打されて臓器ぐちゃぐちゃみたいなかんじ。沢山吐血する。あとは刺されたり、たまに裂かれる。肩は外されたり繋げられたり。そんなに興味のない箇所のようだ。首は基本というかすべて絞め。顔は胴体と一緒基本は殴り。骨折れたり歯が砕けたり。舌は治療されないけど歯は治療の対象のようだ。


 耳は切られることが多い。音が消えたり、何か突っ込まれたり、超音波みたいなのが大音量でガンガン流れたり。無音になったり。あと目には針とか釘を刺される。もちろん失明するけど、次に目覚めたときには見えるようになっている。でも最近は視界がかなりぼんやりする。音も聞こえづらい。


 流石の癒し魔法でもそろそろ限界かも知れない。



 なんとなくそんなことを考えていたら、左腕をナイフで裂かれた。


 これくらいの痛みではもうそんなに痛くない。

 彼はそこまでの反応は見せない。

 だってこれも日課。

 そうして耳長たちは血の色を見て状態確認するのだ。


 以前、耳長が彼にもわかる言葉で教えてくれた。

 血が青くなると、ここから出られるそうだ。そうして妖属の持つ魔器の餌になる。青い血の人間族は魔器の好物らしい。俺はその餌だと耳長は教えてくれた。


 そう教えてくれた。


 だから血が青くなることは、終わりってことだから、それって痛くなくなることだから楽しみにはしてるけど……今回も駄目だった。残念。


 変化がないことを確認すると、久しぶりに『言葉』が聞こえた。サイシャの声だ。


『キミ、久しぶりに話しかけてるけど、まだ壊れてないよね?』


 定期確認だ。


 目覚めた時に言葉が理解できなくなったらもう『人』じゃないってことらしくて、玩具としても役割の終わりらしい。だってずっと狂ってたら痛いとかもわからないから、何されても反応しなくなる。反応がおかしくなる。それでは玩具として失格だ。だからそうなったら処分すると言っていた。


 サイシャがせっかく自分を創ってくれたのに、役に立てない。こんなに毎日痛いのに…それは嫌だ。だからこそ、過去の記憶はどんどん失くしていって、サイシャの言葉を心に刻む。それだけが真実、それだけが全てだからそのことを理解できるほどの知識があればいい。それ以外はいらない。そう願った。


『はい。まだ、へいき』


 願いは叶ったが、思考は大分退化したと思う。

 もう深く考えられない。


『そう。ならいいけど。あ、今日はちょっとね、イラつくことがあったんだよ。だからさァ、いつもより激しくするけど、耐えてねェ?』


 彼は微笑む。

 全身拘束されたまま、絶望しかないこの状況で幸せを感じていた。


『はい。すきなだけどうぞ。おれはそのために…ここにいる』


 痛みに耐えて血を青くしないと……。時間が掛かり過ぎているのは自分が一番理解している。でも、まだ捨てられない。まだ利用してくれる。役に立っている。まだ価値がある。だから頑張ろうと思う。


『そう、よかった。じゃあ、これは憶えているカナ? もし、万が一ワタシタチではない誰かがキミをここから連れ出した場合、キミはどうする?』

『ここにもどる…そして…もどる』

『戻れない場合は?』

『…みみなが、のいうこときく』

『彼らがキミを生かそうとしたら?』

『そのみみなが…いうこときかない。おれのいしもいらない…。おれもいらない。あそびもおわり。だから…しょぶんする』


 一つ一つの質問に出来る限り丁寧に答えていく。

 でも大分幼稚な答えになった気もする。

 自分はこんなにも馬鹿な存在なのだ。

 そんな馬鹿を沢山必要としてくれるサイシャたちの役に立ちたい。


『うん、よく憶えているね。凄いね、キミ♪』


 微笑んでサイシャは彼の頭を優しく撫でてくれた。

 彼はそれだけで幸せだった。存在する価値があった。


『じゃあ、今日もよろしくネ♪』


 その言葉を最後にまた『言葉』がわからなくなった。

 知らない言葉が飛び交っている。


 目の前に木の器が見えた。


(あ…ごはん…)


 これが差し出されるとき、以前は得体のしれないものを体内に取り込むことを全力で拒否していた。

 だが、今は違う。これは『ごはん』だ。ちゃんと食べないと青くならないから必要なもの。これも耳長が教えてくれた。だから彼は自ら顔を上げ大きく口を開けるようになっていた。


 狂気の目は少年の髪を乱暴に掴み固定すると謎の流動物を口に流し込む。


「…ぇ…ぁ…んぐっ……」


 舌のない状態でもどうにか喉の奥に流し込もうとするが口の端から少し零れ出る。

 青黒い光を放つこの流動体が何なのか、以前は知らなかったけど、今は知っている。


 毒だ。人間族も魔人族も関係ない猛毒だ。

 でも、治療薬でもある。


 だってこれがあるから、瘴気を体の中に溜めておける、保存できる。それに、痛くておかしくなっても目覚めた時に意識がある。

 確か、治癒魔法をかけた時に自己回復機能を最大にさせる効果があるって。代償は寿命だって言ってた。正直意味は…よくわからなかった。


 他にも教えてくれたけど必要ない情報だから忘れた。ようは血が青くなるのに必要なものだ、青くなったらどんな魔法も、薬も受け付けないって耳長は教えてくれた。だから拒まない。受け入れる。


 『ごはん』でいいのだ。


 どうにか飲み込んで食事が終わると、


「があぁっぁああぁぁぁッ!!」


 前触れもなく右手首の骨が、やたら分厚いハンマーのようなもので砕かれた。逃げられないことはわかっているのに、まだ無駄に藻掻く。


「いぎゃあああぁぁぁあああっぁぁッ!!!」


 まだ、余韻もガンガン残っているのに立て続けに左腕。同時に皮膚が裂けて鮮血が滲み出て肉と骨が姿を現す。


 寝起きな上に食後。

 頭はガンガン。

 何度も石で頭を殴りつけられたように意識を飛ばしそうになる。


 そんなことなどつゆ知らず、狂気の目は彼の髪を乱暴に掴み、首に絡まる縄を勢いよく左右に引いた。


「ぁ、ひぃ…ゥ…ぅ……ッ」


 まだ序の口だ。

 叫ぶな、五月蠅い。とでも言いたいのだろうか。


 今回はいつもより激しいらしいから…頑張って耐えないといけない。すぐに意識を飛ばしてしまうとサイシャ達が楽しめない。それでは意味がない。


 ならばこの状況でも、どうにかして叫ばない方法を考えなければ、と思う。意識を保たないと…と思う。



 逆らえない、が逆らわない。

 足掻けない、が足掻かない。

 逃げられない、が逃げない。


 に、変換される。


 最初はどうにかしようした。

 でも今となってはなぜどうにかしようとしたのか思い出せない。

 すべてを受けいれればいいのだ。


 なぜ拘束される? 自分が拘束される存在だから。

 なぜ暴虐を受ける? 自分が受けるべき存在だから。

 自分を捨てるか? 捨てない。その判断は自分ではしない。

 すべては耳長が決める。サイシャが決める。

 自分の価値とは? そんなものない。自分は玩具だ。

 そうこれは使い捨てのゴミの命だ。


 終わらぬ苦痛の中で自問自答を繰り返す。


 確かに傷は癒されるかもしれない。

 それに、目覚めの時はいつも落ち着いている。


 でも落ち着いているだけで、もう彼に殆どの記憶はなく、以前の彼は存在していなかった。ここで耳長の嗜虐欲を満たすだけの玩具。それが自分で、ここが自分の居場所だと理解していた。


 何もかもを受け入れて、ただ餌として喰われる日を待つ。

 餌なんだから、ただそこにあればいい。


 これは耳長の玩具だ。


 耳長はそう教えてくれた。

 だから最近はそう考えるようになった。


 すると耳長への憎しみは消えた。

 恐怖も消えた。哀しみも消えた。怒りも消えた。


 ただあるのは純粋な痛み。




 これを取り除けば彼は穏やかでいられる。


 ずっとずっと望んだ、穏やかな日常だ。

 もうすぐだ。もうすぐ願いは叶う。



 だから今はこの痛みを受け入れよう。

 きっとそれは必要なことなのだから。




 彼はただ望む。

 血が青くなることを。

 存在の消滅を。



このシアワセを奪わないで欲しい…

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