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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
12/51

12:限界を超えた先に


 今回の人間族も処刑の命は下らなかった。

 だがそれが何だという。人間族はすべて処刑でいい。

 薄暗い湿ったこの場所を女王様は知らない。


 基本的に人間族の処刑は、里の東に位置する少し森に入った小屋で行われる。基本的にここに訪れるのは魔狩りの関係者であり、捕らえた人間族は最初は処刑小屋で甚振った。翌日には必ず処刑にしなければならないから偽装のため近くで魔物を燃やす。その灰と骨の一部を近くの地中に埋める。


 この里で人間族に恨みがあり、尚且つ処刑係を立候補する仲間は少なくない。だから順番にはなってしまうが、自分たちの番が回ってくるとお楽しみの始まりだ。

 こんな面倒な偽装工作をしているのは、その後に人間族を秘密の地下室に移して、本当のお楽しみを始めるためだ。


 人間族を拘束する椅子は、この地下室に埋まっていた巨石を削って作った。丁寧になんて作る必要ないから、何もかもが粗削りでごつごつしていて座り心地は最悪だ。そんな状況でガチガチに革のベルトと縄や蔦で拘束する。その無様で滑稽な姿を見ているのはそれなりに楽しいものだ。


 基本的に処刑の決まっている人間族は魔狩りなんて知らない、道に迷ったと、助けてと繰り返していた。しかし女王様がこいつは魔狩りの関係者だということを視たあとなので、人間族の懇願はすべて嘘なわけであり、なんとも滑稽なものだと思う。でも、その滑稽に付き合うのも結構楽しい。


「とぼけるな! この森の結界に入り、魔石まで身に着けて、無関係なわけあるかッ!」」


 いかにも尋問してます、答えないから拷問します。と言った感じで人間族の嘘がどう来るのかを確認する。


「とぼけてない。道に迷ったんだ。魔石は護身用なんだ、大した威力は出せない。本当だ!!」


 嘘。嘘を平気でついている。人間族は嘘の生き物だ。


 だが先日この里に訪れた赤髪の人間族は、魔人族の擁護派の人間族だった。女王様に視てもらってもそれは同じで、どうやらミレニア帝国領の森深くではなく、隣国コキアとの国境付近に移り住まないか、という提案を持ち掛けていた。


 コキアは商業自由国であり、人種差別がない町が多い。しかも場所は帝都から離れているため、帝都が近いこの場所より安全ということらしい。

 私たちにも熱心に語りかけてきた。もう移り住んでいる同属もおり、女王様もそれは認知しているらしい。それほどに友好的な人間族だった。もちろん女王様は解放を宣言し、赤髪の人間族はまた来ると言い残し、同行人のリノッカを連れて里を去った。


 そう、リノッカを連れて、だ。

 リノッカは闇魔法を得意としている。

 眠りや、興奮状態を押さえたり、闇を与える魔法。

 少し手こずったらしいが、そうして赤髪の人間族は眠り、秘密の地下室へ連れてきた。処刑の時みたいに面倒な裏工作をしなくていいのはありがたい。


 女王様は忙しい中でも結界の監視をしている。

 だがエル属の住む場所はここだけではないのだ。いくつもある居住区の状況を確認し、そして対応している。お忙しいお方だ。


 つまりこの里だけを四六時中結界を監視しているわけではない。だからこそ、その穴はいくらでも突けるわけで、監視外を見計らってこの場所に連れてきた。

 ここまで連れてくればもう遠慮はない。ここは女王様の結界内部にでありながらも探知できない秘密の場所だ。


 だから人間族を沢山沢山甚振って毒を与えて、抱えきれないほどの絶望を与えてあげよう。


 そして発病した。


 今回のお楽しみ期間は7日だった。

 まぁ、平均よりは愉しめたと思う。

 魔狩りの連中は発病すらせず発狂し死んでしまうし5日も持たないのが殆どだ。だから、沢山甚振った後にちゃんと発病するのは嬉しいし、発病後だって死ななきゃ利用価値はある。


 やっぱり、自分たちに好意があったり敵意がない者のほうが長持ちするらしい。一つ勉強になった。


 それに、今回は嬉しい誤算があった。2体目の獲物だ。


 赤髪の人間族の発病を喜んでいると、ひ弱な少年が怒号を上げていた。

 レグルス、レグルスと言っているが、正直意味を分かって言っているとは思えなかった。まぁ、こいつは『渡り人』ってことらしいから、この世界の言語が分からないのは仕方ないのだろう。


 女王様はこいつに対しても解放の決を下した。

 解放? 耳を疑う言葉だ。

 この里に来た人間族は基本的に魔人族を脅かすために来た者だった。それがここに来て無関係が連続? 女王様が渡り人というならば、こいつは確かに渡り人なのだろう。だが、この里に来た時点で人間族は全て処分されるべき生き物へと変化するはずだ。


 だから、おとなしく寝ていたこいつをここへ連れてきた。

 流石ひ弱な渡り人。少々抵抗もあったが、たいした苦もなく特製の椅子に拘束してやった。


 ちなみに椅子は全部で3つある。

 全部ごつごつで座り心地は最悪だ。

 そんな最悪の椅子がこいつの唯一の居場所になった。

 白い服に黒いズボンを履いている。生地の感じからして、仕立ての良いものだと思われる。だが、それはぐちゃぐちゃに引き裂かれ、自身の血で真っ赤に染まった。


 しばらくはその服を着ててもらうけど、こいつが長持ちするようだったら別の服を着てもらう。人間族の裸体なんて見てて楽しくないからね。白い衣服が真っ赤に染まっていくほうがこいつらの絶望感を味わえていい。だから服はたくさん用意してある。



「さて、と」


 ぽっちゃりのエル属、サイシャは椅子に拘束された少年を見る。


「キミ、自殺しようしたから、ここ何回かは通常より何割も増して痛めつけてあげたけど、状況理解してるかなぁ?」


 ニコニコ笑顔で問いかけるサイシャ。だが少年は小さく震え、ヒューヒューと不規則な呼吸を続けている。


「致命傷になりそうな部分とか、失血の多いヶ所は大体治してあげたけど…こんなに真っ赤になっちゃったってことはちょっと出血多かったのかなぁ? 大丈夫? 脳に血液いってますかぁ?」

「…ぁぁ…えぅ…」


 その問いに関して少年は言葉にならない嗚咽を上げるのみだ。

 その声を聞いた途端ぽんと手をたたき、サイシャは思い出す。


「あぁ、キミ。早々に自殺未遂したから、2度と出来ないように先に舌切っちゃったっけ。話せないよね。あぁというか、そもそも渡り人なんだからワタシの言葉理解できないよね。いやいや、失敗失敗。ちょっと《念想》してみるねぇ」


 サイシャはあくまでもマイペースに行動している。この場所には今5人いる。その一人サイシャは、言語に関しての直接干渉《念想》が出来る唯一の人物だ。だからこそ、この役割は自分が行うものであり、行いたいことである。


「さーて、こいつはどんな風に壊れてくれるのかなぁ♪」


 楽しくて楽しくて仕方がないといった感じでその場でくるりと回転して見せた。流石にこの行為には仲間たちも失笑だ。


『あーあー聞こえますかぁ、聞こえますかぁ…』

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…』


 聞こえたのは弱々しい謝罪の言葉。

 こんなの求めてないサイシャは少し苛立ってしまい少年の顔面を力いっぱい殴った。また汚らしい声が聞こえたがそれはそれで悪くないと思う。この少年には沢山の絶望と恐怖と悲しみ、苦しみが蓄積されている。


 まぁ、そうなるように絶え間ない苦痛を味あわせてあげたから、当初の勢いはもう全くない。それはそれでつまらない気もするけど、弱い奴が吠えてるのを聞くのはやっぱりそんなに心地のいいものじゃないから、しっかりと立場と現状を理解させ、従順に仕上げよう。


『あぁ、毎度のことながら調整の瞬間って興奮するなぁ♪ ってあれ、これ聞こえちゃってる感じ? まいっか。そいうことだから、キミ、ちゃんと仕上がってね♪』

『……痛い…痛い痛い痛い痛い…』


 だが少年は問いかけに答えられない。叫びも嗚咽も苦痛を現すものであり、サイシャの望む言葉ではない。


『あぁ、もう!! 人がちゃんと説明してるんだから、しっかり聞いてくれないとワタシいい加減怒るよぉ!』


 少し怒気を含めれば少年はさらに呼吸を乱し、無駄に拘束から抜け出そうと足掻く。サイシャを見ようとしない。

 ちょっと狂気が混ざりすぎてうまく制御できないようだが、まぁ、想定内ではある。

 サイシャは少年の黒髪を乱暴に掴み、その血と涙と涎で汚れ切った顔を見る。


『いい? 落ち着いてワタシを見てね。もし、これからも痛みばっかり気にしてワタシを見る気がないなら、そっちの目も潰すよぉ?』


 この言葉には反応した。

 現に少年の右目には釘や針が何本も刺さっており視力はとうにない。その上左も潰される……そんな闇の世界で苦痛を受け続けるのは耐えられることではない。実際今も耐えているつもりはない、すぐに殺してほしい。でも自殺もできないし、傷は癒されるし、何一つ抵抗できない。


 何でこんなことになってしまったのか…安易に自殺をしようとしたから。

 でもそれは悪いことだったのだろうか……そんな考えはとうに無くなっていた。


 少年は髪を捕まれたまま何度も頷く。


『見る、見るみるみるみる。耳長みる、絶対見る、だから目を潰さないでくださいッ!!』


 懇願だった。それが少年の今できる精一杯。

 サイシャはそれを確認すると機嫌が良くなる。


『うんうん、最初からそう素直ならワタシもこれ以上酷くはしないよ。だからね、きちんとワタシの問いかけに答えるんだよ。適当は駄目だからね、しっかりと考えるんだよぉ?』

『…わかった……わかりました』


 無意識に敬語になっているようだった。それもまたサイシャの機嫌を良くする。


『では、はじめるね』





 悠太は今、絶望の中にいた。


 悪霊になるために自殺しようとして失敗して、二度と自殺しないようにと舌を切られて、『勝手な行動をすると今後こうなるから』、と、頭の中で囁かれて、その後は今までの比じゃない耐え難い苦痛…とっくに限界を超えた苦痛を与え続けられた。


 生きることを諦めた罰なのだろうか。

 もう二度としないと懇願してもその声は届かない。

 声にならないし、それ以前に耳長たちが何を言っているのか分からない。

 直接頭の中に話しかけてくれない限り意思疎通ができないのがもどかしい。

 だが多分耳長たちは意志疎通なんて求めていないのだとも思う。


 悠太はここに来てずっと憎しみの目に晒されてきた。きっと救いなんてないのだと思う。


 今回は目覚めてからずっと頭おかしくなるくらい殴られて両手の骨砕かれて、右目潰されてなんか色々刺されて、刺されて…制服は真っ赤。確か成人男性って3リットル程度失血したら死ぬって思ったけど、嘘だったのかなと思う。もうとっくに超えているはずだ。変な笑いは出るし、ずっと震えてるし呼吸も難しくて、このまま死ねたらどんなに幸せだろうと思った。


 だがそれも淡い願い。気を失う前に癒された。本当にどうして傷が治るのか不思議でならない。こんな怪我手術したって回復の見込みはないと断言できる。それ程に悠太の体はめちゃくちゃだった。

 出血の多い箇所から癒されていった。でも全部ではない。右目に刺さったものはそのままだし、砕かれた骨もそのまま。痛みはあまり変わっていないと思う。


 そんな状態でぽっちゃりの耳長が頭の中に語りかけてきた。


『あーあー聞こえますかぁ、聞こえますかぁ…』


 突然のことだったので、反射的に謝ってしまった。

 すると耳長は悠太を殴った。

 そして左の目も潰すと脅してきた。


 この状況で見えるという意味が大して意味はないとは思う。

 でも真っ暗闇しかないのは想像を絶する恐怖しかない。


 悠太は激痛をこらえて耳長の言葉を聞き逃さないようにした。

 脳内に直接語りかけてくれるそれは集中さえできれば聞き逃すことはない。


 だから頑張った。

 更なる恐怖から逃れるために、ひたすらに。


『…わかった……わかりました』


 だから精一杯の誠意を。

 言葉をきちんとした。

 耳長は少し機嫌が良くなったようだった。


『では、はじめるね。しっかりワタシを見るんだよ』


 ぽっちゃりの耳長は簡易的な背もたれのない椅子を悠太の目の前に置いて座る。あっちは自由に動けるのに、こっちは全身ぎちぎちの拘束。しかも激痛で頭がおかしくなりそうだ。

 だが、それをどうこう言う資格がないことを今の悠太は理解していた。逃げることは不可能だ。


『はい』

『うん、いい返事。では聞くけど、どうしてキミは今この地下で痛いことされてるかわかる?』

『……自殺、しようとしたから…ですか』

『そう! 自殺はいけないよ。キミにその権利はない。それは今日までの苦痛を受けて理解したでしょ?』

『……はい。もう二度としません』

『うんうん、悪いことは駄目、でもきちんと反省するのはいいこと。素直なのはいいことだよぉ♪』


 ニコニコ笑顔のサイシャは椅子から立ち上がると悠太の髪を優しく撫でた。


『素直な子はワタシ大好き♪』


 目の前でサイシャが笑顔になる。

 すると悠太も釣られて笑みを見せた。

 少しだけ痛みが消えた感じがした。

 状況を素直に受け入れることが出来れば自分は少し救われるのではないかと思えてしまう。


 少しずつ左目が濁っている。いい傾向だとサイシャは思う。


『では次の質問』

『はい』


 先ほどよりも素直に悠太は反応していた。


『キミは渡り人だね。どうして別世界からこの世界に来たと思う?』

『…ぇ? 来た、というか、呼ばれた? 連れてこられたとかでは…ないんですか』

『質問を質問で返すのは駄目だよぉ。素直じゃない』

『あ、ご、ごめんなさい』

『まぁ、いいさ。わからないものは、わからないもんねぇ』

『あ、はい……俺は、その…死神を見たから…』


 この世界にドッペルゲンガーという概念があるのかはわからない。だから共通性の高いだろう言葉に例えてみたが


『何かな、シニガミって?』


 死神の概念もないようだった。


『…簡単に言えば死を運んで来る神様です。人間の死期が訪れると目の前に現れて魂を狩ります』

『へぇ、キミの世界にはそんな神様がいるのかぁ。で、その神様見ちゃったからここに来たと、そういうこと?』


 悠太はこくりと頷いた。


『そう思ってました』

『なるほどなるほど。でもね、それは違うよ。キミはワタシが呼んだんだ…あーいや、正確には創ったというべきかな』

『……ぇ…創った…??』


 落ち着いたはずの鼓動が早くなる。聞いてはいけないと警鐘(けいしょう)を鳴らしている。だがそれをすることはできない。許されない。


 今悠太は彼の言葉を一言も逃してならない。


『そう。あのね、別世界の魂って複製できるんだよ。キミも見たと思うけど、ここで人間族の男の人いたでしょ? あの人間族はこの世界の人だからすぐに限界を迎えてしまうんだ』

『限界…死んでしまうってことですか?』


 耳長の言っていることはレグルスのことなんだろうと思った。

 以前悠太は彼が酷い目にあっているときに、目の前の耳長たちを怒号した。だが今はそんな気は一切起こらない。既成事実として存在した出来事であり、そこには一切の感傷がなくなっていた。


『少し違うかな。キミも青い血を見ただろう。あれはね、体内に瘴気が満ちた印なんだ』

『瘴気が満ちる…瘴気ってあまりいいものじゃないと思うんですけど、そうじゃないんですか?』

『いいものじゃないよ。人にとって毒だから。青い血の人はね、数日中に死んでしまうんだ。だから死ぬ前に餌にした。意味わかる?』

『……ぇ、あ、はい』

『うん、理解の早い子好きだよ。でね、キミも、そうなる予定。これも意味わかる?』

『ぇ、あ、あぁ…それって…俺…』

『ん? どうしたの? わかるの、わからないの?』


 曖昧な返事しかしない悠太に苛立ち、サイシャは彼の首の縄を思いきり絞めた。予期せぬ呼吸の阻害にあい、強烈な苦しみが悠太を襲う。限界手前で解放され、悠太はあたりの空気を貪った。


『で、どうなの? わかるの、わからないの? ワタシの言ったこと繰り返してみて』


 続けざまの質問。

 どうにか聞き取れたそれに悠太は迷うことなく答えた。


『わかる、わかります。けほっ、こほっ、ごほっ…はぁはぁ…ここでいつか俺の血は青くなって、それは全身に瘴気が行き渡ったってことで、そうなったら餌になる、ですよね!』


 脳内変換される言葉だとしても苦しみは抜けない。

 咳が出れば、それも変換される。でも言い切った。

 ただの絶望を言い切った。


 これが自分の未来なのかと思う。

 助けはない、救いはない、あるのは絶望と、激痛。


 あぁ、狂えてしまえたらどんなに幸せだろう。壊れてしまえたらどんなに幸せだろう。どうかもう癒さないでほしい。


『そうそう、正解! やっぱりキミ頭いいね。こんな状態でも理解している、そして言葉にできるのは凄いことだよ。感心感心』


 とりあえず、耳長の機嫌は元に戻ったみたいだった。

 それだけで今の悠太は救われたと思ってしまう。


『さてさて、ここでさっきの話に戻ります。ワタシはキミを創った。それはね、もうキミも何度も体験している魔法の力なんだ。魔法には魂に干渉するものがあってね、あぁ、そうそう、ちなみにこの会話の干渉は魔法とはちょっと違うよ。微精霊の干渉術、分類では加護かな。あ、どうでもいいね。フフフ』


 一字一句漏らしていけないと集中している悠太は、そこまで関係ない話をされてどう対応したらいいのか分からない。でも話はすぐに重要な部分になるから集中も解けない。激痛の中、悠太の心と体は限界が近い。


『でね、話しを戻すと、別世界の魂だったら複製できるんだよ。だからキミは本体の複製品。つまり本体は今も元の世界…シニガミがいる世界だっけ? そこで当たり前に暮らしているんだ。…さて、ここまでは理解できたな?』


 創った…そう言ったときに何となく予想はした。


 だがこうして言葉にされて脳内に直接語りかけられると、何も考えられなくなる。考えたくなくなる。でも、答えなければならない。これ以上の痛みを増やさないために、答えないと、答えないと……。


『はい、わかります』

『よし。では続けるね。じゃあ、何で作ったかってことになるけど、それはね』


 サイシャはまた椅子から立って悠太の目の前に立つ。そしてにたりと嗤った


『オモチャが欲しかったんだ。人間族を壊したかった。殺したかった。逃げ出せず、ただ痛みに耐えて泣き叫び続ける無様な姿を見たかった。でも、ここは隠れ里だからね、人間族はこの里に中々訪れない。だからいつ壊れても問題ないオモチャとしてワタシはキミを創った』

『……』

『別世界の魂を複製するとね、この世界の人間族みたいにすぐに壊れないんだ。現に前回の人間族はあっさり壊れちゃったよ。

 でもキミは違うって実感できてるでしょ? そりゃそうだよ、そういう風に創っているからね。でもね、誤算もあった。本当ならこの場所にキミは現れるはずだったんだけどね、ちょっと間違いあったみたいで森に放り出されちゃった上に記憶まで継承しちゃってね。

 キミも大変だったでしょ。でもほら今こうしているべき場所にて、されるべきことされて、少しは使い捨てのオモチャとしての自分の立場ってものが理解できたんだじゃない?』

『使い捨て……立場……』


 耳長の言ってることは理解できる。理解はできるが……理解したくない。それはあまりにも……。


『……ここがいるべき場所で……耳長の使い捨ての玩具で、餌になるのが……自分』


 言葉にしてみると、何も感じなくなった。そういう存在なのだから、そこに意味を持たせること自体が無意味。


『本当に理解が早いね。最初はどうなるかと思ったけど、良かった良かった♪』


 そう言いながらサイシャは悠太の髪を優しく撫でる。


 彼の左目に生気は完全に消え、濁り切っていた。

 いい出来だとサイシャは思う。


『そうそう。で、キミを創ったのがワタシ、サイシャ、だよ。わかる? サ・イ・シャ』

『…サイシャ…』


 初めて知ったぽっちゃり耳長の名前。

 自分を創った人、になるのか…とふと思う。


『そうそう、物覚えイイネ♪ だからね、忘れちゃいけないよ。ワタシがキミの支配者だ』

『支配者……俺の全て……』

『そう。キミの全てはワタシの物だよ♪』


 これで抵抗しない、受け入れる。


 彼はこれから先、自分たちが与える苦痛を当たり前に受け入れて、喜んで毒を摂取するだろう。毒は抵抗心のある者には効きにくいから、従順であるべきなのだ。そうすれば濃度の高い瘴気を体内で生成する。


『だから助けが来るとか、死にたくないとか思うこと自体が間違っているんだよ。だってキミ殺す前提で創ったし。キミもさっさと以前の記憶とか忘れたほうがいいよ。別にキミの魂だって無作為に選んだものだし、特別な意味なんてないから。キミはワタシタチに甚振られるだけのオモチャなんだよ』

『…わかりました……』


 自分の立場が分かった気がした。


 世界は変わらない。

 日本では今でも新島悠太がいて、きっと西に心配されながらも帰宅したのだろう。


 ドッペルゲンガーは『新島悠太』という人間を複製し、この世界へ寄越した……。

 ここにいるのはその複製品。だったら確かに日本での記憶なんて不要なものだ。


 自分は餌だ。家畜と一緒だ。食べられるために育てられ殺される。


 俺は……耳長の憂さ晴らしのために生かされ、そして何かの餌になる。

 ただ、それだけのことだ。確かに記憶なんて、心なんて必要ない。


 悠太は濁りきった左目でうっとりとサイシャを見つめる。

 サイシャはそれを確認すると嬉しくなる。順調に従順になっている。


『もちろんこれからも痛みは受けてもらうよ。ワタシタチは人間族が本当に憎いんだ。だからね、同じ人間族のキミにはここにいるみんなの心の痛みを、肉体的痛みとして受け取ってほしい。そうしないと、ワタシタチは憎しみに囚われてしまって、正しい生活が出来なくなってしまうんだ。

 キミだってイライラしたら何かにあたったことはあるだろう? それと同じだよ。で、血が青くなったら遊びは終わり。ここを出て妖属のところに連れてってあげる』

『……はい』

『そうしたらすべては終わり。美味しく食べられてください♪』


 今は凄く痛いけど、ずっとは続かない。

 サイシャは終わりをくれる。

 サイシャは自分の全て、支配者。


 その言葉はとても甘美なもので、悠太は自然と笑顔になった。


『はい。その時が来るまで頑張ります』

『うんうん、素直な子は好きだよ♪ キミはワタシが創ったオモチャ、キミに自由はない。それを忘れちゃ駄目だよぉ?』

『……はい…』


 小さな声がサイシャに届く。

 実際の音はと言えば、舌がないのだからただの嗚咽だ。


『まぁ、これからしっかりと自分の立場を考えればいいと思うよ。時間は沢山あるからね。あぁ、それと今から残りの治療をするからゆっくりお休み。

 あと、今回からキミが一人になるときは灯りはすべて消すからね。もし、ワタシタチが起こす前に起きたとしても、音も光もない世界で、自分の存在意味をしっかりと復習してねぇ。次回は今日よりもっと従順だと嬉しいな。しばらくは今回みたいに語りかけてあげるから立場、しっかり理解してね♪』


 心の限界を超えた反動と安堵で気を失い、反応のなくなった悠太の頭を撫でながら、サイシャは何とも言えない快感を味わっている。


 初めて渡り人をここに連れてきた。

 痛めつけた。

 いつもと違う反応、抵抗、そして堕ちる瞬間。

 魔狩りを目論む人間族とは全然違う。擁護派とも違う。


 何もかも想像を超えていた。


「やばい、くせになっちゃいそう♪」


おやすみ……

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