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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
11/51

11:悪霊になるモノ


 フワフワしている。

 ぽかぽかしている。

 小春日和の草原を全身で感じる。 



 自分が何者なのか、ここがどこなのか、わからない。

 でも気持ちがいい、とても気持ちがよくてずっとここにいたいと思う。




 ずっと、このまま……。


「……」


 やけに心地よい夢のあとは、反比例の現実がドロドロと現れる。


「………」


 逃避をしたい。ずっと夢を見ていたい。そんな純粋な欲求が悠太の目を再び閉じさせ…


「!!?」


 ることはできなかった。水を掛けられた。

 同じように拘束されているレグルスもまた水を掛けられている。


「…ぁ、レグルスさん!!?」


 一瞬夢かと思った。昨日…? いや目覚める前のあの出来事は忘れられない。レグルスはすべての爪を剥がされ、胸とかナイフ刺されてて、腕に釘も打たれてた。どう見て死んでしまうって思ったのに……傷が何一つない。


「傷が治ってる!! 夢? どっちでもいい。レグルスさん、レグルスさん!!」


 目の前に耳長がいる。そんなの関係ない。レグルスが無事なのが嬉しい。嬉しくて嬉しくて……。

 突然、レグルスの腕がナイフで裂かれた。


「……ぇ…」


 耳長の変わらぬ行動に悠太は声を落とす。それともう一つの変化。


「青い……血……? レグルス、さん…?」


 人の血は赤い。それはどこでも共通のようで、この世界でも赤いことを知った。

 でも、今レグルスから流れるそれは青黒い。それに傷口からはうっすらと靄のようなものが見える。また、得体の知れない恐怖が悠太を襲った。


「レグルスさん………ねぇ、、、、レグルスさん」


 少年の焦燥(しょうそう)など気にせず、耳長はレグルスの腕の怪我に手を当てをする。テキパキと湿布のようなものを張り付けて、包帯でぐるぐる。作ったばかりのナイフの傷は迅速に治療されていった。


「………」


 思い出した。繰り返すのだ、これは。


 耳長は癒しの術を使う。壊して癒して壊して癒して壊して……。


 考えてみれば自分も冷静ではなかったはずだ。散々レグルスの絶叫を聞き続け、暴虐を見続け……半狂乱になっていた。拘束が解けないことを知りつつも無理やり体を動かして枷の境目の皮膚は破けていたし、肉も見えていた。


 でも今その怪我はないし、思考も落ち着いている。狂気と正気の狭間で、レグルスは緑の光に包まれて傷が塞がっていくのが見えた。それが現実か夢なのか理解できなかったが、今こうして癒された姿をみればそういうことなのだろう。


 こんなの絶対普通じゃない。


 怒りが止まらない。強く唇を噛んだら、端から赤い血が零れた。


 だたやはり、そんな悠太の心の葛藤など、耳長はどうでもいいのだ。

 謎の言葉を交わしあう耳長。一体レグルスさんに何をした、俺をこれからどうする気だ。


 一体何なのだ。こいつ等一体何なんだ!!!

 心が怒りへ染まっていく。


「ふざけるな!! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!!」


 力いっぱい叫んだ。


「お前ら全員殺してやる、俺が絶対殺してやるッ!! 俺は知ってる、悪霊がどんなものなのか、その成り立ちをッ!!! だから俺が悪霊になってお前ら呪ってやるよ、絶対、絶対だッ!!!!」


 誰も悠太の心の叫びなど聞いていない。

 言葉が通じないのだから、ただの雑音なのかもしれないし、あの餓鬼のように言葉が通じなくても理解できる術を持っているのかもしれない。そんなのどっちでもいい。叫びたいから叫ぶ。呪いたいから呪う。それだけだった。


 悠太は憎悪の言葉を投げつける。何度も何度も投げつけて呪いの言葉を吐き続けた。投げつけるのは耳長、そして自分。心全てを憎悪に染めてその思いを呪いにする。

 今は非力で、蹂躙されることしかできない体でも、死後の世界でならその限りではない。この世界の仕組みがどうであれ、可能性があるならそれに掛ける。悪霊になるのは魂の冒涜だ。だがそれがなんだ、今ならあいつらの気持ちがよくわかる。


「ぇっぐッ…」


 腹部を力いっぱい殴られた。叫びがあまりにも煩かったのだろうか、突然それは行われた。苦痛にもがいていると、口内に何かの布を強引に詰められてそのうえで口枷をされた。


「ん、ふ、ぐぐッ…」


 やっと静かになったのを確認すると、耳長たちはレグルスに関心を戻す。


「!!??」


 淡い覚醒を起こしていたレグルスは再び眠りに落ちていた。

 耳長たちはそれぞれ、レグルスの拘束を解き始めた。

 再び自由を得たレグルス。しかし、ぐったりとして意識のない彼は、耳長のされるがままだ。もしかして死んでしまったのだろうか…用なしになってしまったから捨てる、ということなのだろうか。


「ふぅ、くんんッ」


 声を出したいのに出ない。伝えたいのにできない。


 もどかしい、モドカシイ、モドカシイ。


 相変わらず耳長は悠太を無視。

 再び自由を得たレグルスは、耳長のされるがままに麻袋に入れられる。


「……」


 耳長は皆、袋詰めにされたレグルスと共にこの監禁部屋から去っていく。

 嵐は去っていった。

 ここにいるのは憎悪に身をやつし、自殺を封じられた哀れな人間だった。


「ふぐぅッ!!?」


 自分一人になったと思った。

 誰もいない場所に取り残されたと。


 だが違った。ぽっちゃりがまた目の前に現れたのだ。

 そしてにたにたと歪な笑みを浮かべて………大きなホチキスのような器具を悠太の前に見せつける。


 それだけで恐怖が蘇る。先程の魂の叫びが、憎悪が一瞬で恐怖へと塗り替えられる。

 首を振って拒絶する。それを見てぽっちゃりはまた嗤う。


「う、ふうううッ、んぐッ、ふんくぅッ!!!」


 どうにか言葉にしようとしてもその願いは届かない。

 万が一言葉にできたとしても届くことはないが、そういう問題ではないのだ。


 そうこうしているうちにぽっちゃりは悠太の小指を器具にセットする。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!!


 どんなに叫んでも状況は変わらない、届かない。

 そうして細い針は小指と爪の間に入り込む。

 音もなく乱雑に食い込んだ針は、ひたすらに想像を超えた激痛を呼び起こす。


「ふんおおおおぉんんふうふうぐぐ………ッ!!!!!!!」


 くぐもった叫びが部屋に充満する。

 構わず男は器具の先端をニコニコ笑顔で叩きつける。するとレグルス同様、てこの原理でべりっと爪が剥がれ、小指は血肉を晒す。


「くふうんぐじんんんふふんぐう………ッ!!!」


 涙が出た。目がちかちかして、耳鳴りが酷くて、首を振ったら自動的に絞められて息苦しさもあって詰められたもので呼吸もままならなくて、どうしようもなくて、何も考えられなくて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、痛く、痛くて痛くて、


 それは一度ではなく薬指、中指、と次々と侵食していくが、ぽっちゃりはただただニコニコと作業をこなす。


 少年の事情などうでもいいのだ。

 ただ目の前の耳長たちは甚振ることを愉しむため都合のいい玩具で遊んでいるだけだ。

 甚振ることに快楽を得て、命の価値なんてない、ただ人間族という生き物が苦痛にさいなまれることを望み、自らが苦痛を与えることを望む。


 だから発狂しようが構わない。

 壊れても構わない。

 そのたび癒して、洗脳して調整すれば精神は狂ったまま整うだろう……。


 長く苦しめ、人間族の苦痛を楽しみたい。

 それに、最後にはとっておきのプレゼントだってあるのだ。だから、殺しはしない、生死の狭間で苦痛のみが支配する時間を生きろ………。


 あぁ、なんて楽しい、楽しい、楽しい、タノシイ、タノシイ、タノシイ、タノシイ♪


 ニコニコ作業を進めるぽっちゃりは何かを言っているようだった。

 だが、今の悠太には聞こえていない。ただただ声にならない悲鳴を上げて涙を流し、涎を垂らしている。無様……。


 ぽっちゃりは右手の親指に器具をセット。今度は間を開けることなくレバーを叩いた。

 同時にまた汚いくぐもった悲鳴が大きくなったが関係ない。まだまだ、自分たちが人間族から受けた痛みはこんなものじゃない。


 爪はまだ15本ある。まだまだ始まったばかりだ。



 ぽっちゃりは嗤った。くつくつと嗤った。





 何を間違えた? どうしてこうなった?



 これは夢、悪い夢だ。

 きっとまた気づかないうちに悪霊に取りつかれてあいつ等の領域に迷い込んだんだ。

 だとしてもどうやれば祓える?

 気配はないのに、あいつら独特の気配はどこにもないのにどうやって祓う??


 ………なぜ思い出す? なぜ今ドッペルゲンガーを思い出す?



 あぁ、見たら死ぬんだっけ……。


 そっか、俺、死ぬのか……。ん? もう死んだか? ならもう……いいよな…。




 緩やかに覚醒していた。

 ぼんやりとした思考でそんなことを考えて気を失う前の情報を整理する。



「……夢…?」


 とつい声が漏れてしまう状態だった。


 状況は基本的に変わっていない。椅子に座っているし、きつい拘束でぐるぐる巻き。

 ただ変わったことと言えば、レグルスのいた位置の椅子は撤去され、自分は扉が見える位置に方向転換したということだろうか。

 位置も変わったのかもしれないが、正直どうでもいい。

 …改めて扉を見ると、いかにも牢獄ですといった重い扉だ。もし万が一拘束が解けたとしても自力でこの扉を抜けることが出来るだろうか…。絶対無理。


 覚醒が進めば拘束個所が酷く痛む。


「爪…ある…よな、これ……」


 確かに剥がされた。

 それも余すことなく全てだ。

 だか今はあたりまえのように存在している。


「あれから、どれくらい時間が経ったんだ? エミルどうしてるかな……というか、意外と冷静に状況判断している自分に驚きだな……」


 焦ることなく、泣き叫ぶでなく、ただ今自分の身に起こっていることを冷静に判断している。衣服も裂かれた箇所が多く、赤く染まっている、のにだ。こんな状況を冷静に判断している自分は異常なのか、冷静と思っているだけで本当は……。


 少しずつ思い出す光景。すべての爪を剥がされ、そのあと他の耳長たちも戻ってきて、首を絞められ、腹にはナイフも刺さっていた。

 あの時の自分は冷静なわけがない。詰め物のせいで物理的には叫ぶことはできなかったが、心はずっと叫んでいた。無意味な許しを請い、理不尽な暴虐に激怒し泣き叫んだ。そうしてそんな自分が理性を手放していくことを感じた。狂気だ。そうとしか言えない。


「それが目覚めたら怪我はしてないし、頭は冷静?? でも、おかしいだろ…それ」


 前回目覚める前、瀕死だったレグルスは怪我一つなかった。それが今回、自分の身に起こったってことなる。


「てことは異世界チートで癒されたってことか。心も体も……」


 ここが日本だったら間違いなく死んでいる。

 運よく生き残れたとしても狂人の完成だ。

 まったく、嬉しくないことをしてくれる…と思ったと同時に静寂は破られた。


「今度は俺の番ってことか……」


 重い扉がゆるゆると開けられて5人の耳長は相変わらずの狂気の目で悠太を捉える。


「よう、耳長」


 通じない言葉を皮肉たっぷりに投げかける。通じてるかもしれないがどうでもいい。


 それが強がりなのか、挑発なのか、諦めなのか。言っている本人も理解できていない。

 耳長は気にすることもなく悠太の前に来ると豪快に黒髪を掴んで顔を上に向けさせる。


「ちょっ、いきなり何だッ…や、…ろッ…」


 何かされるのはわかる。しかもそれが自分にとって良いものであるはずがないことだってわかる。だったら喜んで受け入れられるはずがない。


「ちょ…ぇ、何、それ、おい、それど…どうする……」


 突然視界に割り込んできた木の器。

 大人の掌に収まるそれの中にはどう見てもレグルスが飲まされたものだ。

 記憶同様、青黒く光る流動物がなみなみと注がれている。


 そしてそれが視界にあるということは……


「ぉい、嘘だろ…なぁ……なんだよそれ…やめあがあは……ッ」


 別の耳長が悠太の顎を掴み強引に口を開けさせたので、言葉はもう意味をなさなくなった。


「……あぁが…ぉご…がぁああぁ……」


 ごぽごぽごぽと口内に入り込むそれは味を感じる余裕はない。

 ドロリと粘性が高くてやけに舌に絡みついてくるし、得体のしれない恐怖を感じる。絶対に取り込んではいけない。それだけは確信している悠太はどうにかそれを体内には入れないように足掻いて見せるが、耳長はある程度の量を注ぎ終わると悠太の口を閉じ、鼻を摘まんだり離したりして呼吸を操作し、そんな足掻きは無意味ということを行動で示した。

 それでも悠太は動かない手足をバタバタさせて、吐き出そうとして抵抗してみたが検討空しくそれを飲み込んでしまう。


「……ッあぁあぐぇ……ぉ…」


 すると飲み込んでしまった余韻に打ちひしがれる隙も与えず耳長は残りを流し込む。

 そして飲み込んだらまた、また…と5回に分けて注がれたそれは、悠太の体内に余すことなく取り込まれていった。

 荒い呼吸を整えながら、嘔吐き、どうにか吐き出そうと試みるが、そもそも自由がないのだ。そんなのあっさりと異世界チート能力にて阻止される。


 次の瞬間、悠太は頭からの水を被る。何が起こったのかと全身をぴくりとさせるが、それが無意味な状況であることも次の瞬間に自覚する。

 多分まだ目覚めてなかったら先に水を被ったのだろうが、耳長が来る前に目覚めていたから取り敢えず今掛けたのかもしれない。ただ気分で掛けたのかもかもしれない…なんて、まったくどうしてこうも冷静に判断できるものなのか…異世界チートの力なのか自分がおかしいのか……判断するすべはない。


「…ごめん。約束、無理だわ……」


 ただ今わかることは一つ。耳長は相変わらず歪んだ笑みを向けてくる。その手には指くらいの長さの針や釘。ハンマーのようなものにナイフに安定のホチキス。

 先程飲んだ得体のしれないドロドロの流動物も体内でこれから何を起こすのか恐怖しかないのに、何このいかにもこれから突き刺しますみたいなオンパレードは。


 本当、なんでこんな目にあわなくちゃいけないの?

 何で、こんなところにいるの?

 何で…生きてんの??




「ひぁは、はは、あははは、あああははっははははははハッハハハハハハ、ハハハハハッ」


 あぁ、可笑しい。

 冷静に状況判断? 

 できてるわけねぇじゃん。

 泣き喚いて、無意味に懇願して慈悲を求めて、罪を認めて、罪ってなんだ? でも認めて、馬鹿馬鹿しくなって、諦めて、何を? とにかく諦めて、でももしかしたら助けが来るかもとか期待したりして、本当? いやしていない、してないな。また喚いて汗とか涎垂れ流し、汚ねぇ、あぁ、汚ねぇな。汚物も垂れ流しだ、汚ねぇ。でも癒してくれるし、お茶目な面もあるじゃん。遠慮なく腹にナイフ刺してくるし、爪剥いでくるし、お茶目か? いや違うな、耳長はとにかく俺に構いたいんだ。お前嬉しい? いやいや、拷問してくるやつ喜んでかまうか? いやいや、そもそも拷問じゃないだろ。あれって自白させるためのものだろ? 言葉通じない時点でこれはただの暴虐だ。虐待だ。なんだそれ、そんなの言葉のあやだ、どっちでもいいだろ。やっぱ憎いよなぁ、こいつら、殺したいよなぁ、こいつら。そうだな、それには同意。激しく同意。てか、お前さ、そもそも誰だよ。そういうお前も誰だよ。


…俺は……。






…これから悪霊になる者だ。





 悠太は狂気じみた嗤いを突然やめる。そしてにっこりと微笑み。

 舌を出すと、一つの戸惑いも見せず力任せに噛み切った。

美味しいもの食べたい……

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