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異世界で見える俺と  作者: 松明みかる
10/51

10:絶望の入口

ここから残酷表現多めです。ご注意を。


 世界は真っ黒だった。肉体という概念はなく、意志もない。只々広がる闇。

 それはいつ始まったのかもわからずいつ終わるかもわからない。

 ただ、そこに意識が芽生え始めたとき感じるのは不安と恐怖。

 この闇の主は大抵悪霊で、彼に危害しか与えてこない。


 そんな経験をふと思い出す。




 また、水の中にいた。黒く淀んだそれはどこまでも、どこまでも……。





「……」


 覚醒した少年はまだ頭が微睡の中にいる。

 多分、目の前に誰かいる。誰かいるがぼんやりとした意識の中では認識することはできない。それほどにとても暗い。

 そんな薄ぼんやりとした覚醒に次第に体が反応を起こすが。


「……ッ」


 意志に反して体は動かなかった。

 また、変な異世界チートか? とも思ったが、先程よりは覚醒した頭が、先程よりもクリアになった視界が、そうでないことを告げる。


「……ぇ…あ……ァ…」


 言葉は出てこなかった。いや、この現実を現実として認めたくなったのが正しい。

 目の前には細マッチョさん…レグルスさんがいた。

 ただ、ぐったりと項垂れる彼は椅子に拘束されており、微動だにしない。

 それに自分の記憶が正しければ、彼は赤髪で赤目だったずだが白髪になっていた。服装も違う。白い簡素な被り物の服のようだ。だから本当にレグルスさんなのか迷いもしたが、憔悴しきっているとはいえ、どう考えてもその姿は少年…悠太の知るレグルスだった。


「……な……これ……一体………」


 悠太は覚醒はしたが、やはり思考が追い付いていない。

 場所は先ほどの部屋が恐らく2つほど入るくらいの広さの薄暗い灰色の土で固められた部屋。

 土で固められているせいなのだろうか、少し肌寒い感じもした。

 目の前には…距離は2メートルくらい離れてるのだろうか…レグルスが灰色の椅子に拘束されている。


 照明は一つしか見えない。窓もないから外の様子は完全不明。前方の壁には金属の器具が多く掛けられており、それらはすべて形が違う。扉は見当たらない。

 後方を確認することはできない。簡単に言えば体が動かせないから。悠太もまた、目の前のレグルス同様に灰色の椅子に拘束されているのだ。


 丁寧に言うなら、まずはこの椅子の素材が石をくり抜いたものなのか、土を固めた物なのかはわからないが、馴らしていないためごつごつしており、体が当たる部分は拘束が強ければ強いほど痛い。

 拘束ヶ所で確認できるのは、椅子の足に沿うように両足は固定されている。裸足で足の裏は地面に着くことはなく、固定は見えないがレグルスと同じであるならば麻縄みたいなものと革製品みたいなものの競演なのでピクリとも動かすことが出来ない。いつ、うっ血して壊死するか気にしない程にきつく拘束されていた。


 胴回りは比較的簡素? で肩から腰に掛けてクロスするように固定されている。ぎちぎちの縄も痛いが、ごつごつの背もたれに押し付けられて痛い。両手は肘掛に沿うように両手首が置かれており、こちらも足首同様縄と革で固定されている。肘掛も…背中と一緒ごつごつで痛い。首は椅子に固定はされていないが縄で緩くぐるぐる巻き。いつでも絞められますって感じ。とまぁ、解説するのも空しいオンパレード。


「……レグルスさん……」


 ぼそりと呟く言葉に覇気はない。


「なぁ、レグルスさん!! レグルスさんだよなッ!!」


 次はもっと声を上げた。

 同時に、背後でゴゴゴゴと何かをずらすような音が聞こえてきて、何だろうと思っていると、5人の耳長が入ってきた。

 1人は悠太と同い年くらいだろうけど、他は20代から40代の間くらいだろうか…見た目だけで言えば男性3人女性2人だ。全て水色の髪で緑の瞳。そしてその眼はなんというか尋常ないない光を宿しているようで、歪な笑みが張り付いていた。


 ぽっちゃりとした耳長が悠太の目と鼻の先に突然顔を近づけるとにたりと嗤った。


「…ヒッ!!」


 思わず声が漏れる。その反応が思い通りで嬉しかったのか、ヒッヒッヒ、と歪に嗤い、レグルスの顔を思いっきり殴った。


「!!!?」


 今すぐこの場から去りたくて必死に体を動かすが、痛みだけが増し何も解決しない。

 そんな悠太の恐怖など関係なしに作業は行われる。

 今の打撃にレグルス反応し、少しずつだが意識が現実に上がってきている。それを確認した耳長はバケツの水を浴びせていた。


「…………ぅ…」


 小さな呻き声を出すレグルス。

 ゆっくり開いたその赤い瞳に……輝きはなかった。

 悠太は拘束されたまま、ただその光景を見る。見たくないのに、見ることかしかできない。心臓がバクバクして、呼吸の仕方を忘れそうになる。喉が渇いて渇いて苦しい。


 前触れもなく、レグルスの左腕がナイフで裂かれた。皮膚という膜を壊され、紅い液体はは溢れ出し、重力に逆らうことなく腕を紅く染めていく。

 レグルスは一瞬小さく悲鳴を上げていた。

 同時に耳長たちが何かを話し合っているが、全く理解できない。何をしたいのか、なぜこんなことをしているのか……。


「…やめろ…やめろ……ッ」


 女性の耳長が木の器を持ってきた。そして目覚めたばかりのレグルスの白い髪を乱暴に掴むと無理やり顔を上に向け、それを口に無理やり流し込む。


「ぇ…何……色おかしい、濃い青…光ってる……?」


 どう見たって食用でない色のソレを無理やり注ぎ込まれ、レグルスは何度もそれを吐き出そうとしたが、健闘空しくそれを体内に取り入れる。

 悠太はただそれを見ている。耳長たちは悠太の存在などないもののように扱い、レグルスにのみ対象を向けている。


「やめろ……やめろ……ッ」


 声を上げる。動かない体をばたつかせ、ただただ声を上げる。拘束された四肢が痛む。でもそれ以上に心が痛い。痛くて痛くて……。


「ヒッ!!」


 悠太の叫びに感化されたのか、先程悠太の目と鼻の先に突然現れたぽっちゃり耳長が、また同じような行動を起こした。またにたりと嗤い離れたが、すぐに振り返り、その手に持っている大きなホチキスが変形したようなものを左右に動かして目の前にちらつかせる。


「……な、何なんだよ……一体ッ!」


 簡単にナイフで人を傷つけるような奴が持ってるものが、まともなもののわけがない。


「…めろ、、、、やめろ、やめろおおおおぉぉぉッ!!」


 力いっぱい叫んだがそれはどこにも届かない。

 耳長は手際よくレグルスの右のひじ掛けにホチキスのようなものを置くと小指をセットし一つ目のレバーを押し込む。すると音もなく乱雑に小指と爪の間に入り込む沢山の針が、ひたすらに想像を超えた恐怖と痛みを呼び起こす。


「あがああぁぁああがぐぁッ!!!」


 レグルスの絶叫が部屋中に響き渡る。

 耳長たちはそれを堪能すると器具の先端を90度回転させ勢いよく叩いた。するとてこの原理でべりっと爪が剥がれ、小指は血肉を晒す。


「えがぁぁああやぎゃああああっぁぁぁあぁッ!!!」


 再び響き渡る絶叫。


「やめろ…お願いだ……もうやめてくれ……」


 耳を塞ぐこともできない悠太は目を閉じ、涙を流し只々許しを懇願した。

 誰に対する赦しなのか、何に対する赦しなのか…そんなのはわからない。


 でも、もう限界だった。誰でもいい、赦してほしかった。

 だがそれは叶わない。そんな赦しなど、誰も叶えてはくれない。


「!!?」


 突然目の前に気配を感じると、それはまたぽっちゃり耳長だ。


「や…なッ……やめろッ!!」


 初めて悠太に接触を果たしたぽっちゃり耳長は、彼の黒髪を乱暴に掴み椅子の腰掛に頭を押し付ける。額の高さに革ベルトみたいなものをを巻きつけると、恐らく椅子に設置してるのであろう留め具で固定された。すると、悠太の頭は完全に椅子に固定され首を左右にも動かせなくなった。


 逃げるな、目を背けるな、見続けろ、次はお前だ……そう言いたいのだろうと暗に想像できる。


「…助けて……」


 失禁していた。涙が止まらない。

 どうしてこうなった……。


 悠太が自分の境遇に絶望している間にもレグルスへの暴虐は続き、部屋には絶叫が響き渡る。猛獣の雄叫びのような音量で、魂そのもので叫んでいるようにも聞こえて……。

 とてつもない勢いで絶望に染まる悠太を、また例のぽっちゃり耳長が見つめてにたりと嗤う。


「!!?」


 突然視界が塞がれた。ぽっちゃりの手が悠太の視界を覆ったのだ。だがそれはすぐに離れた。今のは?? と瞬くが……。


「……ぇ、目……」


 閉じることが出来なかった。


「…なんだよそれ……ずっと見ろってのかッ!!」


 叫んだ。また異世界チートだ。瞬きが出来なくなった。目は渇き続けるのに、涙は止まらない。レグルスに起こる暴虐の限りを見続けることしかできない。

 絶望しかなかった。ここには絶望しかなかった。



……始まった…

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