516話 処方箋
「と、とりあえず、前に渡した精神安定剤、ですね。その、副作用が致命的なので、緊急用に……」
「うん、ありがとう」
ルルイエの聖堂前で飲んだ薬だね。
「こ、こっちは、恐怖不感剤と言って、きょ、恐怖を感じにくくなる、薬ですね。副作用とかは、ない、ですが、効果そのものが一長一短、なので、取り扱いは、お気をつけて……」
「怖いね、すごく怖い薬じゃん」
「あっ、そ、その怖いも、飲めば消えますよ」
それはジョークって受け取っていいんだよね?
ジョークにしては目がいつもの目すぎるよ?
そして、うん、これは飲んじゃいけないね。
人間から恐怖を抜いた時、何をしでかすか分からない。
獣人だけど。
恐怖を感じるって生き残る上ですごく重要な機能で、野生の動物でもついてる機能なのに。
「こ、こっちは、き、基本的な抗うつ薬で、こ、これが抗不安薬、ですね…… せ、精神汚染によるものみたいですし、局所的ですし、常飲して効果出るかは、分からないですが……」
常飲とか、急なリアリティ出てくるじゃん。
「あっ、そうでした、あの、悪夢を見るなら、睡眠薬も出しますが……」
「いや、最近は見てないから大丈夫だよ」
もう最近は偽神の夢だけ。
ある意味では悪夢かもしれない。
「あ、後は、精神汚染に対する薬、精神補助薬、ですね」
「精神補助薬?」
「えっと、こ、言葉の通り、ですよ。精神を強く持たせる、薬、ですね」
「へぇ」
これは現実世界になさそう。
そもそも今までの薬の名前が現実世界にあったとしても、効果とか全然違ったりもあるはず。
脳に働きかけて、落ち着きやすくしたり、抑制したりっていう理屈ってものではありそうだけど。
ただ精神補助薬だけは、違和感がある。
強くするっていう、精神という抽象的な概念に働きかけて影響を与えてる感じ、イメージという魔法で現実に昇華してるこの世界特有っぽさを感じる。
これは普通に飲んでも、体に作用というよりは魔法による作用だから、体への直接的な影響は出なそう。
「ち、巷では、自信薬と、言ったり、言わなかったり……」
「へぇー、言ってそうだね」
自信をつける薬、正しくって名前だね。
とりあえず、これで一通りは貰えたのかな?
「そっか、薬飲むんだ、私」
「そ、それは、悪い事ではないかと…… 自分のせいでと、せ、責任を感じる方、いますが、その、ミオさんの場合は心の外傷ですし……」
なんか、えっ、メンタルケア手慣れてない?
「医者やってたよね?」
「あっ、い、いえ、そう言うように、ここに……」
そう言ってマリンが辞書ぐらい分厚い本の中に書かれている一文を指差す。
ほとんど変わらない文言がそこにはあった。
「あぁ、うん。そっか」
「えっ、ど、どうか、されましたか……?」
別にどうとかはないよ?
ただカラクリをバラしちゃっていいの?
マリンの実は大雑把な性格、出てるね。
「と、とりあえず、抗うつ薬と抗不安剤、精神補助薬は1日1錠で、2週の経過を、見ま、しょう」
「他のは?」
「あっ、えわ、えっと、精神安定剤と恐怖不感剤は、ですね…… あ、お、お好みで」
そんな事ある?
病院で処方された薬、「好きに飲んでいいですよ」って言われたことないよ?
「用法用量とかある?」
「え、あ、はい、1日1錠です。ミ、ミオさんなら、も、問題ない、ですよね……?」
「そんな限界とかじゃないから、うん、大丈夫だと思うよ」
もしかしたら恐怖に絶望することがあるかもしれない。
でもそういう時って薬でどうにかしようって発想でないと思うからね。
ルルイエの時みたいに、冷静な状況で「これは足が動かない」って時ぐらいしか使いどころなさそうだね。
「よし、ありがとうねマリン」
「い、いえいえ、大したことでは、ありません、から」
マリンに処方されたそれぞれ薬の入った箱をアイテムボックスにしまう。
「そうだ、お金払わないとだよね」
「あっ、いえいえ!わ、私、医者では、ありませんから……!」
マリンが謙遜して髪が振れるほどに首を振ってる。
「いやでも、素材とか作って錬金してる訳でしょ?」
「え…… い、いえ?」
え、めんどくさくなっちゃった?
「逆に素材あるの?」
「……実は、あんまり…… 」
マリンが目を逸らす。
「それちゃんと言わないとダメでしょ?」
「ち、違くて……!あ、あれで、足りる予定だったのですが……」
と、マリンが壁際で茂っている植物群を見る。
「ルールエ行く前に用意したの?」
「そ、そうなのですが……」
「そんな一気に育つ植物なの?日光とかもないし」
「あっ、そ、その辺りは、魔道具で、強引に……」
「強引に」
なんかあれだね、生命の冒涜とか、倫理とかに抵触しそうだね。
その辺りの意識は疎いから私はノーコメントとして、植物の成長を促す魔導具とかやっぱり便利なものはあるんだね。
「でも上手くいかなかった?」
「は、はい……」
「こんな壁見えないぐらいなのに?」
「え、えっと、毎回使う植物で、す、すぐなくなるのです」
「へぇー」
なくなっちゃうものはしょうがないね。
「それじゃあ、明日にでも取り行こっか」
「た、助かります……」
マリンが住むにあたって、素材集めは手を貸すって契約だからね。
「それじゃ、報告書頑張ってね」
「あっ、ありがとうございます」
マリンは頬を緩ませ、軽くお辞儀してくる。
私は手を振ってアトリエを後にする。




