513話 ルールエ観光最終日
翌日、早起きして、ちゃんと準備して、さぁ観光しようと意気込んで街を出ても、昨日と何も変わらず、観光体験としていいものは得られなかった。
やっぱりこのルールエという街は奴隷としていた魚人族がいないと何も出来ない、そういう経済として未熟な街だった。
観光客を相手するような余裕が、この街には存在しなかった。
「なんか残念だね〜」
レイはベンチに座り、寂しそうに笑いながら足をぷらぷらと振ってる。
「しょうがないよ」
木に吊るされた時計塔に視線を向ける。
あれが観光名所になったら、少しは復興の手助けになるかなって思ったり。
やった犯人だけど。
「……帰りますか?」
とうとうアリスが切り出してしまう。
少し風景が違うくらいで、何もない街を途方もなく歩き続ける観光、いや、歩き続ける作業は、バイトであったとしてもやりたくない。
まだ接客業とかの方がやりがいがあると思うの。
「う〜、もったいない気がする〜」
気持ちは痛いほど分かる。
わざわざ知らない街に来て、わざわざ海で遊ぼう!ってテンション上がってたのに、変なのに巻き込まれて、散々な目にしかあってない。
頭空っぽにして、ただ観光を楽しむだけの日はやってこない。
まだ皆がいるから話しながら構いながらで歩けるけど、仮に一人旅だったらすぐ帰ってた。
むしろよく持ち堪えた方だよ、何もない場所の2日目の観光にしては。
「か、帰るなら、宿に、つ、伝えないと、ですね…」
「あぁー、そっか」
キャンセル料とか発生するのかな?
払えるしいっか。
「妾も同じ境遇だが、災難だったなお主ら」
「ホント〜。カミラちゃんここ座って〜」
「座るだけなら良いが、下手に触るなよ?」
「ぎゅ〜ってする〜」
「……まぁ良いか」
カミラ少し眉をひそめたのに、レイの膝上という魔境に座ってしまう。
さっきまでの不毛な時間のせいで考え方が自暴的になってる。
レイは一切の容赦なくカミラを抱きしめ上げ、首裏辺りに顔を左右に擦り付けている。
カミラは何とも微妙な顔で空を見上げる。
「ど、どうしましょう、宿、戻りますか……?」
「とりあえず戻ろっか。アリス達は待ってていいよ」
「だって〜」
「くっ、逃げられないか」
レイの席を立とうとしたカミラは、すぐにレイによって拘束される。
「私行きます!」
アリスは元気よく立ち上がって、私の手を取って笑いかけてくる。
好き。
「そ、それなら、わ、私は……」
移動がめんどくさいみたい、マリンはアリスと入れ替わりでベンチに腰をかける。
「それじゃあ宿に行くから、ここで待っててね」
「は〜い!」
「急いで戻ってくるのだぞ」
「なにカミラ、一緒に居たかったの?」
「それでも良い、早くせよ」
うーん、からかってみても面白みのある回答は帰ってこなかった。
2000年組は本当に人の扱いが達者で。
「行ってきます」
「いってらっしゃ〜い」
アリスとレイが手を振り合い、私とアリスは手を繋いだまま宿に向かう。
手をふざけてにぎにぎすれば、アリスがえへへと笑ってにぎにぎ仕返してくる。
こんな些細な幸せな時間を繰り返せば何もない観光も楽しめるけど、家ならゴロゴロ出来て幸せで快適だよね。
宿に入り、受付に向かう。
受付での手続きはすんなりと終わり、こういう状況だからとキャンセル料も発生することなく、チェックアウトを済ませた。
一応部屋にも入って忘れ物がないか確認してっと。
「何にも、なさそうだね」
「ですね」
「待って待って、2人とも」
おやおや、聞いたことあるエコー声が。
私はすぐにアリスの両手を覆い隠し、部屋の隅に佇むブラックビーストを睨みつける。
「ミオお姉ちゃん?大丈夫なんですよね!?」
恐怖すべき状況で目も塞がれて、アリスは不安をあらわにする。
「大丈夫だからアリス、私から離れないでね」
「そんなに嫌わなくてもね?」
ブラックビーストの赤く燃える目が細まる。
この赤を見て確信する。
マリンの未来視の能力、ブラックビーストから由来してる。
「それで、何の用?私が療養入ったの知ってるよね?その辺り気を遣って欲しいな」
「知ってたけど、そうともいかないことはあるでしょ?それこそマリンの事とか」
「要件はそれだけ?」
「他にもない事はないけど、まぁいっか。療養中だもんね」
変に引き際がいいのが少し腹立たしい。
都合がいいのは間違いなくてもね。
「ミオお姉ちゃん…」
「大丈夫、大丈夫だから」
アリスの声がか細くなっていく。
「うん、手短にね」
ブラックビーストが話し始める。
「マリンには今回、星辰魔術の舞台装置を直す為、後は私を導くために未来が見えるスキル、俗に言ってる未来視を授けたよ」
そういえばスキルだったんだ。
つまり魔力消費なしで未来視が出来ていたと。
「あれは私の魔力の残り香を使って、世界のルールを捻じ曲げてマリンが未来を見えるようにしてたけど、今のマリンが出来る未来視は違うって分かる?」
「スキルじゃなくて魔法として覚えたってことでしょ?」
「そう、そういうこと。それに伴ってというか、魔法の方が伴ったというか、私の魔力の残り香自体はマリンから消えてるから、安心してね」
これをラスボスに言われてるっていうのが、何ともね。
「それじゃ、アリスを怖がらせたくないから!」
ブラックはそうとだけ言って、姿を消した。
嵐よりも速かった。
アリスの目を塞いでた手を解く。
「もう大丈夫ですか?どこにもいませんか?」
アリスがキョロキョロと周りを見る。
「大丈夫、いないよ」
私はアリスの頭を撫でて、すぐに部屋から出るようにアリスの背中を押す。
そしてアリスと逃げるように、宿を後にする。