498話 支配の魔力
ナイフを取り出してルシフェルと相対する。
向こうの表情を読む限りでは、明確な焦りが見て取れる。
ルシフェルは非戦闘員という話は知ってるから、ここでタイマンなのは本当に好都合。
左手に魔力を込めて、構えて、戦闘態勢に入る。
グレートセブンであれ2000年生きているであれ、私は負けるつもりはないよ。
「どうする?戦う?」
「いーや、やめよう!僕がミオ君に敵うとは思えないからね!それよりかはヴェスパー君だったり、暇はないだろうけどイクス君を呼びたい、いいかな?」
ルシフェルが頬を掻いてる。
それで「いいよ」とは言えないよね?
ヴェスパーってそこそこ戦闘力ありそうで呼んで欲しくないんだよね。
北極の氷像を作ったのはヴェスパー、即席の牢屋で拘束も出来るし、石碑の場所で使った火の玉とかあれも戦闘に使えそうで。
イクスに限っては絶対に嫌だ。
イクスには私が手も足も出ないし。
だって時間魔法だよ?
時止めて来るんだよ?
時止められてる状態で腕落とされて、首を掻っ切られて距離を取られたら、回復魔法が間に合う前に出血多量で死にかけるよ。
それに絶対に追いつけないし、一撃必殺を不意打ちで当てない限りは私に勝ち目はないもん。
そういえばイクスいないけど、もう怪異戦闘から離脱したのかな?
海の方には見えないね。
「悪いけどここにいて欲しいかな」
「それは残念過ぎるなぁ。この辺りの説得は応じてくれたりは?」
「呼ぶか呼ばないかでしょ?」
空を見上げて進捗を確認する。
いやね、見ても分かんないけどね?
それでも順調に魔法陣が結ばれてるのだけは、私の目でもよく分かる。
このまま説得で時間を浪費してくれるなら、むしろ願ったり叶ったりかな?
「いいよ、話は聞いてあげるよ」
納得するかは別としてね。
「助かるよ、ホントーにね。これはセリア君の為でもあるから」
2000年も生きてれば口が上手くなるのか、それともセリアの為というのは本当か。
とりあえず話は聞いてあげないとね。
「セリア君が教祖となり、これからルルイエと共に浮上してくる怪物、大いなるクトゥルフを呼ぶ。それは分かるだろう?」
「うん、分かってるよ」
そのクトゥルフっていう個体がイマイチ分かってないけど。
本当はルルイエに潜入して、その辺りの情報も知っておくべきなんだろうね。
戦争で重要視されるのは情報の方だったりするもんね。
「そうだなぁ。ミオ君って神格の退散って見たことはあるかな?獣人族の大陸がどれほど外側の神格と関わりがあるのか、分からなくてね」
「神格の退散?うーん、知らないね」
聞いたこと無いよね?
神格の退散。
「退散と言わず、追放、撃退、消滅と言ったりもするんだけれども、知らないー、かな?」
「えーっと、いや、ある……?いや、ある、あるね。追放は聞いたことある」
どこで聞いたかと言えば、沼地、フレンとドリアード様がいる場所、あそこで聞いたね。
ブラックビーストが私の体を介して降臨した時、ドリアード様が魔法で追放しようとしていた。
「曖昧って風だね、それなら解説もいれてあげよう」
そうだね、入れてくれた方が助かるかな。
時間も稼げるもんね。
「神格の退散、それはこの星の外側から、宇宙の外側から、もしくは虚の世界からの神格に対して有効となる、元の場所に帰ってもらう為の呪文」
その辺りは何となく分かる。
この星の神に対して使えないっていうのは、ちょっと気になるけどそういう物なんだろうね。
「効果は一時的なものであれ、退散した神格は何らかの儀式や魔法で存在証明し、もう1度降臨ーってする必要があってね。神格の退散が出来れば基本は安泰なんだなー、これが」
「へぇ。それってセリアが出来ることなの?」
「セリア君の魔力の特異性は、外側の神格に対してのそれはそれは強ーい繋がりだ。ミオ君にもその特異性はあるが、ミオ君が特筆すべきはそうじゃないね?ミオ君はその繋がりが転じて変質の魔力となり、セリア君は支配、支配する魔力と見える!」
支配する魔力。
生まれもって、デウス・エクス・マキナに目をつけられたりしてるのかな?
それかブラックビーストとか、そのクトゥルフとか?
「ミオ君全く気付いてないが、セリア君に若干の支配を貰ってるね?」
「えっ、なにそれ?」
セリアから支配を受けてる?
セリアの方を見る。
セリアはこの会話が聞こえているかは分からない。
海の音でこの会話はかき消されてるかもしれない。
ただチラッと私の方を見てて、私が見た瞬間に目を逸らしたのが分かった。
これは確信犯?
「えっでも、セリアは悪いことしようとしてる訳じゃないよね?」
「もちろん、恩寵派に取ってはいいことさ。ミオ君が思ってる風のこと、まーったく今更心配する必要はない」
ルシフェルに言われて気付かされて、それは良かったって思ってる自分が少し情けない。
精神系の魔法に気付けないのは、この世界に生き延びていくには大変そうなのが分かった。
「そうだねぇ、ミオ君のパーティだったらカミラ君かな?支配の手を伸ばしたのに気がついて、敵対視したりしなかったかい?」
「あぁー、してたしてた」
確かに、私とセリアが力を貸すって約束した時、カミラはセリアを睨みつけてた。
そっか、カミラってそういうのも分かるんだ。
ちっちゃくてプライド高いだけの吸血鬼じゃないんだよね、本当に。
「その支配の魔力、上手くやればクトゥルフさえも支配しうる、ミオ君の魔力の特質並みに強力な物で、それを上手く利用すれば神格の退散は難なく出来るはずだ。その手助けをしたい」
こういう分野ってグレートセブン達の庭なんだろうね。
「出来れば、ヴェスパー君を呼んで、ね。どうかな?」
うわぁ、これは説得されちゃってる気がする。
私が知らない分野だからこそ、専門家の意見を聞いちゃうと「そうなんだ!」ってなる現象だね。
「まっ、君が今この話を聞いて拒絶しなかったなら、それは支配を働かせているセリア君も構わないーって思ってるってことさ。違うかなー、セリア君ー?」
ルシフェルがセリアに声をかける。
セリアはその顔をこっちに向けると、静かに頷き空に目を向け直す。
「決まりだね」
「分かった、呼んできていいよ」
「これは助かる、君が冷静で助かるよ」
ルシフェルはそう言って箒に乗って、ヴェスパーの方へと向かっていく。




