9.悪役令嬢の出現? その二
貴族の少女達三人は、顔を輝かせて金髪の男に駆け寄った。
俺の後ろでも、先ほどとは違った意味で震えた声をリリシュが出していた。
「やだ、信じられない。噂はほんとだったのね。こんなお近くで見られるなんて」
「誰の事?司祭様?あの金髪の人?」
俺の言葉に、リリシュや関係ない生徒達まで信じられないという顔をした。
「司祭様もですけど、ライアール様よ!金色の髪の騎士様の方よ!」
耳元で怒鳴らないで欲しい。ああ、ライアールって名前だったか。
目を向けると女生徒達に囲まれている。だがライアールに声をかけているのが貴族の少女達だからなのか、割って入る様な勇気のある娘はいなかった。
「ライアール様、覚えておられますか?わたくし、ナナリエーヌです。ミッゴスティン子爵家の娘です。今日こちらに来られるとお噂をお聞きして、はしたないと思いつつもつい駆けつけてしまいましたの」
先程までの冷たい口調はなんだったのかと言うくらい、うっとりと甘ったるい口調だ。
取り巻き二人も、ライアールを見上げて顔を赤くし惚けている。
「身分を考えずに、俺に話しかけていいのか?お嬢様」
冷たく言い放った。
稲穂色の髪をした少女はショックを浮かべ、取り巻きは赤い顔を途端に青く染めた。
ライアールはそのまま固まる三人を無視して、俺達の方へと歩いてきた。ヤメテオネガイコナイデ。
リリシュがすがりつく様に俺の背中をぎゅっと掴んだ。
「この空気の中こっち来ないでくださいませんかね……」
思わず本音を漏らす。
「失礼な奴だな、俺の勝手だろう。そもそも、お前は何でいつもこう騒ぎを起こすんだ」
「私のせいじゃー……」
リリシュが背中に寄せた拳に、更に力を入れる。ああー、はいはい言いませんよ。
「とにかく、それは司祭様がなんとかしてくださったので万事解決です」
それに司祭様がにっこりと笑った。
ライアールは何か言いたそうだったけど、肩を竦めるに収めた。
「先程も言いましたが、心配なら相談も受け付けていますよ。学園に確認と申請もできる事務もありますから」
司祭様は俺の後ろで顔を赤くし、隠れているリリシュを覗き込み微笑んだ。
「は、はい。ありがとうございます」
リリシュは顔を上げて司祭様を見た後、チラとライアールを見やりまた顔を伏せた。そ、そんなに!?
ふと視線を感じると、司祭様が丸い眼鏡の奥で俺を微笑ましげに見つめていた。
「あの……?」
「ああ、女性に失礼でしたね。彼がよく言っていた子供というのは、貴女なのですね」
「おい、パルデ。珍しくお前がここに来たのは余計な事を言いにじゃないだろ」
「ライアール、私がここに来たのは、貴方が珍しく来たからですよ。いつもは嫌がって来ないじゃないですか」
「お前だって来ないだろう。ああ面倒くさい、問答はやめだ……行くぞ」
「わかりました、仕方ありませんね」
笑う司祭様をライアールは振り払うように手を上げ、背中を向ける。
ついで気付いたようにこちらを向くと、俺を見る。
「お前の名前聞いてなかったな」
「……ノイルイーです」
「俺はライアールだ」
「私はパラデリオンと申します、お見知りおきを」
司祭様もついでと続く。自己紹介しあった所で、かち合う事なんてほぼなさそうだけど。
司祭様は俺の後ろにいるリリシュにも微笑みかけた。
「わ、わ、私はリリシュ・マーヤリアンと申します。お、お、お会いできて、こ、光栄です」
声が震えすぎてえらい事になっている。
挨拶をし終わると、司祭様と騎士は修練場の中へと入っていった。
その際、少女達の人だかりが綺麗に割れて道を作ったのがなんだか面白かった。
そしてその時は俺達を、いや俺を見ている目に、気付かなかった。
「しんっじられない!夢なのかしら、今私寝てるの?起きてる?起きてるわよね!」
興奮冷めやらぬ声で、リリシュが声を上げている。
リリシュの部屋、出されたお茶とお茶請けを前に俺はぽりぽりとビスケットをかじっている。
「落ち着きなよリリシュ。ただちょっと話しただけじゃない」
バッとこちらを振り向くと、リリシュは俺の両手を掴みぎゅっと握った。
「ああノイルイーがライアール様とお知り合いだったなんて!前に偶然見た様な事言ってたけど、まさかお近くに来られるとは」
貴族にやり込められて泣きそうになってた姿はどこへやら。
リリシュは飛び上がらんばかりに浮かれていた。
「知り合いって程でもないよ。多分たまたま覚えてただけだと思うし、次は会っても向こうは気にしないんじゃないかな」
「そうかしら?どちらかというと、ライアール様の方が貴女の事気にしてた様に思えたけど」
「ないない、ナリマー先生がでかいピンクのリボン頭につけるくらいないって」
「貴女それはちょっと失礼よ……」
失礼しました。そうだよね、理知的な美人だって、頭にでっかいピンクのリボンつけたい時もあるかもしれない。
「それより、司祭様も言ってたけど学園の事務に相談に行く?」
「そうね、司祭様もああ宣言してくださったし大丈夫だとは思うけど。私家に手紙を書いて、一応用心だけはしておくわ。何かあったらすぐに連絡するようにって書く」
「そうだね、何かあったら怖いし。しかし貴族って怖いなあ」
「……うん、そうなんだけど。私ね、確かにあの人の言う事も、一理あると思ったのよ」
リリシュが真面目な顔で、お茶を一口飲む。
「世のルールが云々ってやつ?ぶつかって来た方が、悪いと純粋に思うけど」
「それは勿論よ。手を出すのは悪い事よ。それも場所取りの横取りの為にだなんて最悪。そうじゃなくて、相手と自分の立場を考えずに軽はずみに物を言うもんじゃないなって」
「まあ、そうかもね。確かにあの時言われた通り報復怖いし」
「うちは商家だから、商いに支障でたら迷惑どころか一家が路頭に迷うもの」
そしてそれを貴族はできるの。
リリシュはため息をつくように言った。
「リリシュ……」
「ま、それはそうとして、ライアール様が冷たくなさったのは正直すっきりしたけどね」
リリシュがにっと笑った。
正直田舎に住んでた俺は貴族との接点なんてなかったし、前の生でも当然なかった。
だから関る事で一体どんな事が身に降りかかるのかとか、想像もできないでいた。
多分権力争いだー駆け引きだーとか考えたくないような事もいっぱいあるんだろうとか、逆にその権力で好き勝手するんだろうとか、そんな想像の知識程度だ。
そもそも爵位の高さだって知らないし。あ、公爵は王族以外ではトップだって知ってる。洋ドラで見た。
この世界も同じ爵位なのかはわからないけれど。
「ああ、身分制度って面倒くさい……」
背中にあったクッションを前に持ち、ぎゅっと抱きしめる。
「ほんとよねえ。でも、貴族の方との婚約は憧れるわあ。この聖都の騎士様や司祭様なら、修道を志しておられないならチャンスがあるかもしれないし」
「でもここにいるって事は、身分を捨てて来てるって事じゃないの?貴族の家に入れるってわけじゃないんでしょ」
「まあそうだけど、一概には言えないのよね。理由あって貴族がわざわざこの聖都に子息を送りつける事もあるみたいだし」
陰謀渦巻く何ががあるのだろうか。やだこわい。
単純に聖女で貴族の嫁を探しに来てるだけかもしれないけど。
聖女ってステータスみたいだし。
「私は平穏に静かに卒業したい……。そしていっぱい稼ぎたい」
そんな俺の心からの呟きに、「もったいない」とリリシュが残念そうな顔をした。
「そういえばノイルイーは三年したら、その後はどうするの?やっぱどこか教会に入るのかしら」
学校生活といえば、切り離せないのが進路。この学園は一応三年制ではあるが、残って勉強を続ける事ができる。
その際は勿論、学園の手伝いや仕事がまわされるがそれでお給金は貰えるし、学ぶ環境はこの上なく贅沢だし十分だろう。
そして俺は、どうしようかなあ。正直色々な道を考えて、悩む。
正真正銘の聖女になって、教会に入って学んで、孤児院に戻ろうか。
俺のいた孤児院のある町は、教会がなかった。町長宅の敷地に、祭壇があるだけだ。
まあ、あんな超田舎の小さい町なんかに教会立てても、来てくれる物好きな神官なんていなそうだけど。
だから俺が頑張って聖女で手柄立てて、教会立てて貰って俺が入り、孤児院を教会管理にして貰うのもいいかもしれない。
「どこか教会入って、その後地元に戻ってもいいかなって。それかいい条件の仕事貰えるなら、それに従事でも」
仕送りできる額が多ければ、戻るよりそっちのがいいだろうし。
「家が磐石な貴族のお嫁さんになっても、いいかもしれないわよ」
ない、それはない。絶対無い。
リリシュはどこそこの家出身の騎士様がとか司祭様がとか、熱く語っている。
この部屋の調度品や、リリシュの身の回りの物を見ると、なかなか値が張りそうな物ばかりだ。
この出された香茶、つまりハーブティーも色々ブレンドされて高そう。
リリシュの家は、商売繁盛してるんだろうな。
そんなリリシュなら、割と本気でいい所に嫁に行けるんじゃないだろうか。
家名だけは立派な貴族と爵位が欲しいお金持ち。リリシュの家がもしそれを欲しがっていたら、ありえるかもしれない。
まあリリシュは、もっとロマンチックな理由を欲しがると思うけど。
「やっぱ友人には幸せな結婚して欲しいしね」
「どうしたのよ急に」
独り言のつもりがばっちり聞こえていたらしい。
「いや、リリシュには地位の拘りより、愛する人と幸せになってほしいなって思ってただけだよ」
「そんなの、当たり前じゃない!仮面夫婦なんて真っ平よ。その人の家名なんて、二の次だわ。……まあまずは出会いからなんだけど」
「修練場にも門番でも、そこかしこに騎士いるのに、何故か皆ぐいぐい行かないよね」
本堂から人気の騎士と司祭が来ただけで、あんな大集合してたのに。
やっぱ平民も女からいくのは恥ずかしい事なのだろうか。自分だったら、来て欲しいもんだけど。
「そりゃあね、かっこいい人を前に気軽に声なんてかけられないわ。でも、毎年冬に舞踏会が開かれるから、皆それをチャンスとしてるのよ」
そんなのがあったのか、初耳だ。
話を聞けば、平民の娘にもドレスがボランティアの貴族達によって支給されるらしい。
髪の色、肌の色や身長体型なんかを事前に調査して、そのデータを元にのオーダーメイド。何て贅沢な。
寄付する貴族は多く毎年変わったりするので、どこの貴族にとかは指定できないそうだが。
「でも舞踏会なんて柄じゃないし、興味ないから不参加かなあ」
「あら、出される食事もとても豪華なのよ」
……ちょっとくらいなら、参加してみようかな。