8.悪役令嬢の出現? その一
「じゃあ二回剣が体に直接触れたら負けで。一回だと偶然あたっちゃう事もあるだろうし、いいですか?」
ローシオンは困ったように苦笑しながら、諦めて木剣を拾った。
俺は木剣を両手で構えた。本当は片手でかっこよく構えたいけど十三歳の体には大きすぎるのだ。
相手は俺のしたかった片手で剣を持ち、体を斜めに構えを取っている。
相手が先に動いた。地を蹴り、早い動きで俺の目前に来るとともにその剣を俺の横っ腹目掛けて薙いだ。
見るからに手加減していたので、多分軽くつつけば満足するだろうと思っているのかもしれない。
俺はそんな重くも無い斬撃を下から掬う様にはじき返し、そのまま相手の腰に打ち付けてやった。
「っな!?」
相手が飛び跳ねて離れる。
結構な衝撃が入ったと思う。少女とは思えぬものが。
ふっふっふ、なめたらあかんぜよ。
ローシオンは木剣を握り直す。先程までの完全に侮った表情は消え、俺の動きに集中している。
うーん大丈夫かな……。
実は剣なんてろくに握ったことなんてない。元いた世界でも、木刀で人を殴るなんて当然した事ないし。
感覚的には、木の棒を振り回してるのと同じだ。
実は師匠との取っ組み合いで、何度かいい塩梅の形した木の棒で挑みかかった事がある。
一度も掠りもせず、毎度叩き折られたけど。
ローシオンが再び仕掛けてきた。今度は力いっぱい木剣を振り下ろしてくる。
俺は半歩下がってそれをかわすと、木剣の切っ先をローシオンの腹に突き刺した。
しかし俺の木剣の先は、間に挟まれた刀身によって盾の様に阻まれた。
剣先のぶつかった振動で俺はちょっとよろめいた。
チャンスとばかりに、ローシオンの木剣が俺へと突き出される。それを横に跳ねてかわす。
だが相手の追撃は更に繰り出されてくる。
何か……、これなら俺でもいけそうな気がする。多分全部避けれるし。
何度も角度を変えて振り下ろされる木の刃を避けつつ、たまにはじき返し、俺は最後に相手の木剣が振り下ろされた瞬間、懐に飛び込んだ。
「とった!」
俺の木剣の柄が、ローシオンの腹にめり込んでいた。
だってほら、木剣とはいえ、剣先が刺さったら痛そうだし。
「剣の、心得が?」
ショックを受けているのか、声が少し震えていた。
なんだか悪い事をしたような気がしてきた。俺の我侭に付き合って貰っただけなのに。
「いやー、正直剣は憧れるんですけど触った事ほとんどなくて……。偶然かな?凄くいい経験になりました!」
俺の言葉に、ローシオンは更に打ちのめされたような顔をした。ええ、どうしたらいいの。
しばらくお互い無言で立ってたけど、さすがにずっとこうしているのもどうかと思ったので、俺は木剣を押し付けるように返すとお礼を言い、そそくさとそこを後にした。
「まいったな……」
消え入りそうな呟きだけが背中に聞こえた。
騎士になりたてって言ってたっけ。今年の聖女候補の入学に合わせて、こっちに配属されたって。
若いのになかなか動きは早いし、勢いもあって経験を積めばいい騎士になると思うんだけどね。
俺みたいな子供、しかも女に負けた事で全てを挫折しないといいんだけど。
『花冠の館』の自室に戻った後、夕飯どうしようかなと考えあぐねる。
この宿舎にも食堂はあって、決まった時間までは料理人がいてくれる。自分で作りたければ台所も貸してくれる。
俺は料理はあまりした事無いので、素直に食堂で作って貰う事が多い。
たまに同じくここで生活をする生徒が、作りすぎたスープやシチューなんかを皆に分けてくれたりもする。
素朴ながらとても美味しい。
思い出したら余計にお腹が空いたので、やっぱり手っ取り早く食堂に行こう。
食堂に入ると、そこそこ人がいた。食べている料理から、いい匂いが漂ってくる。
カウンターに行き、今日のメニューを聞くと南瓜と豆のスープとの事だった。山菜のおひたしのような物と一緒に受け取り、テーブルへと着く。
備え付けのパン籠からパンを取り出し、食事をはじめた。
もーちょっとがっつり食べたいんだけど、女の子ばかりだから仕方ないのかなあ。おかわりはできるので、まあいいけど。
「ねえ、良かったらこれ食べる?食後にって思ったんだけど、作りすぎちゃったの」
すっと前に出されたのは、ラスクのようなお菓子だった。
「いいんですか?遠慮なく貰います、ありがとうございます」
顔を上げると、髪を綺麗に肩で切りそろえた少女がいた。年上に見えるから先輩かな?
でも何で俺に?
顔に出ていたのか、少女はうふふと笑うと教えてくれた。
「貴女目立つもの。いつもおかわりしているでしょう?それでも不満足そうな顔して出て行くから」
恥ずかしい目立ち方だな!さすがに何度もおかわりするのは悪いので、二杯で我慢しているからいつも多少物足りないけど……。
「あはは、お恥ずかしい限りで……」
「じゃあ私行くわね、口に合わなかったら捨てちゃってもいいから」
それを捨てるなんてとんでもない。大事に食べさせて頂きます。
ここの学園の人達って、優しい人多いよなあ。先生達も角立ててがなりたてるって事はしないし。
いや生前の記憶にある学校の普通と比べるのもおかしい様な気がするけど。
それにしたって、皆甘く優しい気がする。聖女候補だからかな。
俺は先ほどの少女から貰ったお菓子をぽりぽりと食べながら思った。
なんて思っていた時期が私にもありました。
目の前で起こる風景に、少し眩暈を感じながら何とか踏ん張る。
俺の目の前ではリリシュが、青ざめながらも目の前をキッと睨み上げている。
そしてその彼女の前には、緩やかに波打つ綺麗な濃い稲穂色の髪を流し、学園指定の制服の上から細かい刺繍と豪奢な飾りが付けられた厚手のケープをかけた少女が踏ん反り返っている。
その両脇にはお供らしい女生徒二人。
「あきらかにぶつかってきたのはそちらでしょう?」
リリシュは憤慨し両手をぎゅっと握っていた。汗が流れているのは、相手が貴族だからか。
「平民から声をかけるなんて、貴女無礼ですわよ!」
それに返したのは、真ん中の少女ではなく傍らのお供の少女だった。
彼女もまた貴族なのだろう、平民であるリリシュに対して心底腹を立てている様だった。
これはあれだ。あの有名な悪役令嬢という奴だ。本当にいるんだなあ。
なんて暢気に考えていたら、リリシュが涙目でこちらをチラチラ見ていた。
貴族相手に、同じ平民の俺に助けを求めないで!
そもそもが、この状況になった理由というのが俺にとってとてもくだらないと言うかあほらしいと言うか……。
事の発端は大聖堂付きの騎士団本隊である第一騎士団から、今日は学園にある第三騎士団に視察に来るという話からだった。
視察は毎年決まった月毎に行われていて、珍しい事ではないのだが、今日来るのはどうやらとても人気のある騎士らしいのだ。
そのせいで今ここ、騎士団の修練場前では少女達でごったがえして酷い有様だ。
いつもの遠慮がちに遠めに静かに見ていた淑女達の姿はどこへ行った、とばかりに押し合いへし合い。
リリシュとそれに無理やり付き合わされた俺は、覗ける隙間を必死で探していたのだが。
そんな中でも、細身の人間なら入れそうな隙間をリリシュが見つけた。
「あ!ノイルイー、そこ隙間があるわよ!一人分だけど」
「私はいいからリリシュがそこ入りなよ、早くしないと他に気付かれちゃうよ」
リリシュは俺に謝るとささっとそこに入り込んだ……と思った。
ドンッ
何かがぶつかる音がしたと思ったら、リリシュがこちらに転んで来た。
俺は驚いてリリシュを抱きとめると、リリシュは信じられないとばかりに前を見て目を見開いていた。
つられて顔を向けると、そこにはふんと鼻を鳴らす三人組が「邪魔よ」とばかりに見下ろしていた。
そして今この現状である。
「ここは学園よ、身分なんて今は関係ないわ。ここにいるうちは、対等であるべきよ」
「これだから平民は嫌なのよ。どこの場所だって、世のルールは軽んじるべきではないわ」
「軽んじているのは、貴女方でしょう?二人して私にぶつかってきたの、見ましたからね。人としてのルール違反よ」
「本来なら平民の貴女が遠慮をなさるべきでしょう?万が一私達に怪我があったら、どうなさるおつもり!」
平行線である。
リリシュと取り巻き少女の言い合いはいつまでも続きそうだったので、取り合えず一旦止め様とした瞬間、
「確かにそうですわね。ここは学園、ここにいる限り身分をかさに振舞うことは愚考……」
ずっと黙って見ていた真ん中の、稲穂の色の髪を持つ綺麗な少女がそっと口を開いた。
言い争っていた取り巻きの少女が、怯えた様に口を閉ざす。
「そ、そうです……」
さすがにリリシュも落ち着いた口調、貴族でも上位そうな彼女の姿におされ気味だった。
そんなリリシュにくすりと笑うと、貴族の少女は声音も変えずに淡々と言った。
「ですが、学園の外ではどうでしょう。貴女のご家族は?貴女はここで安全を約束されていますが、あなたのお家に関わる方々は?」
リリシュは真っ青になって何も言えなくなってしまった。そんなの当たり前だ。
脅しのような言い様に、俺も内心腹が立ってしまう。
「そんな脅しは、貴族のお嬢様には似つかわしくないと思いますけど」
思わず口を挟んでしまった。
取り巻きの少女が何かを言おうと口を開くが、それを真ん中の少女が手で制す。
「脅し、とはどのような意味でしょう。わたくしは心配をしただけですわ。もっと思慮深く行動せよと、ご注意をしてさしあげたくて」
それがもっと別の形での注意なら、なるほどと素直に受け止めなくもないけど。
うーん、どうしよう、さっきは口を滑らせちゃったけど、できれば穏便に済ませたい。
リリシュにも矛先が行かない様にしたいし。
ここは不本意でもちゃっちゃと謝ってやりすごすのがいいかな。
リリシュを後ろ手に庇いながら、じりじりと下がる。
「そうですね、ご忠告痛み入ります!彼女も反省していますので、ではー……」
「お待ちなさい。話はまだ終わっていませんわ」
見逃してはくれなかった。
しかし稲穂色の髪の少女は怒っていると言うより、何か確かめるような視線で俺を見つめていた。
「あの、まだ何か?」
「貴女ー……」
「聖女候補並びその親族関係者は、その立場身分財産等、我々教会が保障します。それは勿論、この国諸外国他全ての権力による妨害侵害をさせないという意味です。ご心配なら、ご実家の関係者の確認と申請もできますよ?」
穏やかだがはっきりとした声に、俺とリリシュは勿論、向かい合っていた貴族の三人組も驚いてそちらへと顔を向けた。
若い司祭様がいつの間にか俺達の傍に立っていた。
そして、黄色い声が上がった。
司祭様の後ろにもう一人、金色の髪を持つ女性と見紛う顔立ちの男。
「ライアール様……!」