表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/48

7.少年騎士

 気疲れもあって、目覚めはあまりよくなかった。

 顔を洗い、もそもそと制服に着替える。

 朝食は食べている時間は無さそうなので、貰い置きのパンに林檎のジャムでも塗って持って行こうか。

 食べながら登校すればいい。淑女らしくない、はしたないって?俺は男なのでいいのです。

 銜えながら走れば、曲がり角で美少女と運命の出会いがあるかもしれないし。


 部屋を出て階段を下りると、さすがにもう生徒らしき人はいなかった。

 ちょっと小走りに学園へと向かう。ついでにパンにかぶりつく。さすが学園敷地のパン、なかなか柔らかい。

 途中巡回騎士がパンを銜える俺を見て目を丸くしていたが気にしない。

 門の警護をする騎士も同じ反応をしていた。

 別に聖女候補は貴族の令嬢ばっかなわけじゃないんだから、その反応は過剰じゃないのか。

 もぐもぐしながら間に合いそうだなと、目先にある校舎に安堵すると、速度を落とした。


 校舎前の道に差し掛かると、玄関傍にある礼拝堂から司祭様が姿を現した。

 授業にはお祈りの時間もあるので、顔は見知っている。

 その後ろから俺と同じ制服を着た女生徒が続いて現れた。


「おや、おはようございます」


 司祭様はこちらに気付くと優しく微笑んだ。


「あ、ほはよう、ございます」


 慌てて口に詰まったパンを飲み込むと、俺は挨拶を返す。

 司祭様の後ろにいた女生徒は、そんな俺を例に漏れず驚いたような顔で見ていた。

 ハイハイはしたないはしたない。


「では司祭様、私はこれで」

「ええ、また何かありましたら、どうぞお気軽にご相談下さい」


 女生徒は片足を軽く曲げた、何だか優雅なお辞儀をして校舎へと歩いていった。

 昔国民的アニメで似たようなの見た記憶がある。

 俺も彼女の後を追う様に校舎へと向かった。

 玄関内に入ると、俺とは反対方向へと歩いていった。なるほど、貴族だったか。


 身分に関係なく、と謳っているが実際の組み分けは平民と貴族に分かれている。

 平民と一緒など、と貴族側が嫌がる事が多いのだろう。

 勿論俺のいる組は平民クラスだ。ついでに宿舎としている『花冠の館』も、入居者は主に平民だ。

 

「おはようノイルイー」

「おはようリリシュ」


 日によって早かったり遅かったりの俺と違い、リリシュは相変わらず時間に正確だ。

 商人の娘だからだろうか。朝きっちり同じ時間に起き、ばっちり支度して登校する。

 俺も何だかんだで遅刻はせずにいるけど、リリシュと登校を同じにするには無理そうだ。


「だって見回りにも門の脇にも、騎士様方がいるのよ。完璧な姿で見られたいじゃない」


 それを維持する努力は割りと不純なものだった。

 というか彼女、俺と同じ十三歳だったよね……。

 命短し恋せよ乙女とは言うが、貴族でもないのに何もこんな年から頑張らなくても。リリシュは十分かわいいし。


「そういえばさっき、礼拝堂から司祭様と貴族の子が出てきたよ。どうしたんだろうね」

「司祭様へのお悩み相談かしら。あの司祭様も優しく爽やかなお顔で素敵よね」


 すぐそっちにいくー。

 まあ確かに迷える子羊を導くのは司祭様のお仕事でもあるか。

 俺も聖職に就くかはまだ何も考えてないけど、聖女というからには人の悩みに対応できる様にしといた方がいいのだろうか。


「ではリリシュさん、目下の悩みはなんですか?この聖女様が聞いてしんぜよう」


 片手を掲げ、目を瞑りそれっぽくリリシュに向ける。


「まあ聖女様、わたくしの悩みはどうやったら学園におられる騎士団の方々と交流を持てるか、それを考えると夜も眠れませんわ」

「ええー、煩悩に溢れすぎてない?却下です却下。では次のお悩みをどうぞ」

「では席について前を向いてくださるかしら?聖女ノイルイー」


 最後はリリシュの声ではない。割って入ったのはいつの間にか教卓に立つナリマー先生だった。

 リリシュと二人で謝りながら慌てて席に着いた。


 今日は聖なる文字の授業からだ。

 覚えの悪い俺でも、座っているテーブルに書かれた文字の意味が少しずつわかる様になった。

 多分これは、このテーブル上で行われた力の行使を、外に出さない為の結界の文字。

 読み書きをここでするから、万が一その文字が効果を発症してもこのテーブル内で封じられる。

 ただこれを書けと言われたら、頭を悩ませるかもしれない。

 先生からも他の生徒からも、ノイルイーは筆記もできれば完璧なのにとよくため息をつかれる。

 体を直に動かす方が得意なのは否定しないけど。


 そういえば午後は修練場に移動だったな。

 今日の授業の時間割を思い出す。修練場は主に体を動かす為の場所で、運動場のような第一修練場と体育館の様な第二修練場がある。

 室外と室内って事なだけだけど。

 体を動かしたい生徒の為に、色々と道具や器具が置かれているが、それを使うのはもっぱら教師勢の様だ。

 こんな場所があっても体育なんて授業はないし、粛々と勉強をするのみ。いやかしましとお喋りもあるけど。



 修練場で行われる授業は、聖なる力を具現化して対象にあてる事。

 魔瘴に遭遇した時の事を想定して、その魔瘴の発生源にうまく聖なる力を合わせられる様に。

 まだ具現化できない生徒もいるので、それぞれグループに別れて練習をする。

 最悪具現化できなくとも、その身に宿している事だけでも価値があるのですっぱり諦める。


 俺はもう簡単に具現化し、それなりに操作ができる様になっていた。

 この学園に来てから、孤児院では一定を保っていた力が、少しずつ起こされている様な感覚がある。

 手のひらに力を促し、光の玉を作る。

 それを野球のピッチャーの様に、聖なる文字が書かれた的へと投げつける。

 吸い込まれる様に、的の中心へとぶつかり霧散した。

 ストラーイク!とかふざけてやっていると、ナリマー先生から注意されてしまった。


「ノイルイー、貴女が実技でとても優秀なのはわかるわ。でもあきらかに遊んで見えるのは頂けないわね。真面目にやれば、間違いなく貴女は学園トップなのに。……筆記以外はね」


 ぐう、耳に痛い。確かに座学は、てんで駄目だ。

 こんな風にはっきりとした力の塊を作れるのは、この組ではまだ俺しかいないようだった。

 学年が上がる頃には、他の皆もできる様になっているんだろうか。

 一人で練習するのもいいけど、こうやって皆でやるのもやっぱ楽しいからそうだといいな。

 

「でもほんとどうやったら、あんな簡単にできるのかしら。何かコツはないの?」


 リリシュが両手を重ね、手のひらを上に向けて懸命に祈るようにうんうんと唸っている。

 出そうって思うとスルリと出てくる感じだから、説明するのも難しいのだけれど。

 俺から見れば、リリシュはその無意味なふんばりを無くせばいいんじゃないかと思った。

 魔法を出そうとしてそのまま殴りつけそうな感じに見える。あ、それは俺か。


「もうちょっと力抜いてみたらいいんじゃないかなあ、えーとほら、リリシュが騎士様にこの愛届けーみたいなふんわりした感じで」


 俺の相当ふんわりした説明に、なんとリリシュはそれで理解し力の具現化を成功させてしまった。

 リリシュが花弁でも撒いてるような動作をすると、光の粒子が散らばったのだ。


「やったわ!ノイルイーのおかげよ!力入れるより乙女の気持ち乗せたのがよかったのね」


 それリリシュだけじゃないかな!

 俺の心の突っ込みを他所に、素直に喜ぶリリシュを見てまあいいかって思ったけど。


 今日の授業はこれで終わりだ。

 帰り支度をしていると、リリシュに付き合って欲しい場所があると誘われた。

 学園敷地内の商店が並ぶエリアの、ある店に用があるらしい。

 ついでにそこにあるカフェテラスにも寄る事にした。


「洗濯物?ああ、リリシュ着る物多いもんね」

「人よりはちょっとね。さすがに貴族様にはかなわないけど」


 宿舎に使用人は確かにいないし、平民だから専属メイドもいないけど、洗濯物を引き取ってくれる施設はあるのだ。

 仕立て屋に付属しているお店で、ようはクリーニング屋さんなのだけれど繕い物もしてくれる。

 学園の施設なので勿論無料だ。

 俺は服なんて三枚しかないし、上等な物でもないから手洗いしてるけど。

 もうちょっとしたら学園内でバイトみたいな事も斡旋して貰えるみたいだし、いつかいい服買ったら頼んでみようかな。


 商店エリアへの門まで来て、リリシュが一度宿舎に戻って荷物を取ってくると言ったので俺もそのまま着いていった。

 待っていてくれていいと言われたけど、洗濯物多いなら一人じゃ大変だろうし。

 リリシュの洗濯物は思っていた程多くは無かった。さすがに溜め込むという事はないようだ。

 二人して仕立て屋付属の店へと行き、受付をすませてからカフェテラスへと向かった。

 しかしリリシュは何故かそこを素通りし、先へとスタスタ歩いていく。


「あれ、リリシュどこ行くの?」


 眉を寄せながら着いていくと、この先にあるものが思い当たり俺の顔は呆れ顔に変わった。


「あー残念、今は誰もいないわ」


 誰もいない騎士団の修練場を覗き込み、リリシュはがっくりと肩を落とした。

 見れば確かに人っ子一人いない。隅に誰かが片付け忘れたのか木剣が二本転がっていた。

 もしや付き合ってのメインはこっちだったんじゃなかろうか。

 それより放置されている木剣が俺は気になった。誰もいないならちょっと触りたい。


「ねえリリシュ、ここ入り込んだらばれるかな?あの木剣触りたいんだけど」

「危ない事しなければ大丈夫じゃないかしら、はしたないとは思われそうだけど」


 そんな程度だったら平気だ。こちとら淑女ではない。

 ちょっと素振りして行くと伝えたら、リリシュは変な事に興味を持つのねと呆れていた。

 さすがに付き合ってはしたない姿を見られたくないのか、彼女は先に帰っていった。


「お邪魔しまーす」


 俺は傍の扉から中に入る。幸い鍵はかけられていなかった。

 木剣を拾って握ってみる。やっぱちょっと大きいな。

 とや!と斜めに空気を切り裂いてみる。うん、かっこいい。

 聖なる力のおかげで多分片手運営もできそうだけど、握る指の長さが足りないから滑り落ちそうだ。


「あの、どちらの方でしょう」


 不意に声がかけられた。

 振り向くと、わお、と思わず声が出そうな甘い顔の美少年が立っていた。

 年は俺とそこまで変わらない様に見える。まだ十代半ばくらいだろう。


「あー、すみません。ここの生徒です、ちょっと剣に触ってみたくて……」


 振り返って制服を見せるよう両手を開く。


「ああ、学園の生徒さんでしたか。僕はここに駐在する騎士です。今年の学園の入学式に合わせて配属されました。……なりたてですけどね」


 幼さの残る顔にどこか自嘲気味の笑みを乗せて、若い騎士は礼をとった。

 騎士になって嬉しくはないのだろうか、騎士団にも何か色々とあるのかな。


「この木剣、ここに転がっていたんです。なのでつい拾いに入り込んでしまいしまて……」

「ああ、それはぼ……私と同僚が使っていまして、片付けるのを忘れて慌てて戻って来たんです。しかし珍しいですね、聖女候補の方が剣に興味を持たれるなんて」

「剣はやっぱ憧れますから、本当ならここで混じって教えて欲しいくらいです。強くなりたいって思うのは、普通の事でしょう?」


 ついでにかっこよかったらもっといい!剣を掲げる自分を妄想し、ちょっと酔う。


「……その気持ちはわかります。私ももっと強くなって、腰に下がる剣に恥じない動きをしたいと常々考えています」


 とても真面目だ。年も近いせいか親近感も沸く。


「あ、じゃあ私とこの木剣で勝負しませんか?実践、とまでは行きませんが試合でちょっとでも剣術の向上できたら嬉しいですし」


 さすがにそれは、と断られたが俺はしつこく頼み込んだ。せっかく騎士と打ち合いできるチャンスだ。

 師匠じゃまったく剣の練習にはならなかったので、この機会は逃せないぞ。

 あまりのしつこさに、若い騎士は折れてくれた。一度だけと言う条件で。


「やった!ありがとうございます。私はノイルイーと言います。ずっとしてみたかったんです、ほんと嬉しい」


 俺は心からの笑顔でお礼を伝えた。


「あ、ローシオンと言います。よろしくお願いします」


 少しはにかんで笑う甘い美少年の強烈さよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ