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6.回想 その二

「……これは!」


 二人の神官が、驚愕の声を漏らす。

 後ろで、ママ先生が胸に手を沿え、複雑な表情をしていた。


 何やら習ったものとは違う文字がずらっと書かれた石版の様な物に、手形を取る様な形で手のひらを押し付け、「もういいですよ」と言われて手を上げたら神官達は目を見開いた。

 石版の様な物の、刻まれた文字列が全て白く光輝いている。


 神官二人は手元の冊子に何かを書き込むと、二人頷いてママ先生へと顔を向けた。

 ママ先生は少し逡巡した後、頷いて二人を「こちらへ……」と、普段は皆で食事を取るダイニングテーブルへと促した。

 俺もママ先生に手を引かれて同じくそこに連れていかれた。

 先にパパ先生は座って待っていた。ママ先生も横に腰を下ろすと早々に神官に尋ねた。


「それで、やはり確定でしょうか……この子は」

「ええ、ご夫人。お喜びください、彼女は高確率で聖なる力を宿しています!この数値なら他の力との勘違いという事はないでしょう」


 不安そうなママ先生に、間違いだったら困ると考えているのだろうと思ったのか、神官は殊更明るく言った。

 俺は人事のように話を気にせず、ゆっくりとママ先生の隣に座った。

 神官の表情と、先生達の表情の差が気になる。何を不安に思っているのだろう。

 神官の言う通り、間違いだった場合俺ががっかりすると考えてくれているのだろうか。


 聖なる力。つまり聖女になる為の力。

 それを持つ事は、とても稀で幸運な事だと聞いている。

 聖女の卵を学園に送りだした家には報奨金が出るし、卒業後にも確か出るはずだ。

 ただし、聖女が途中で逃げ出さなければの話だけど。


 他の子供達とのお喋りの時、この中に魔力強い子がいたらいいねえとよく話していた。

 聖なる力は女の子にしかでないから、他の四つの魔力が出るといいねと。

 年長者のナーラは、最初に受けた検査で人より強い力がある事が判明している。それだけでも期待は高まる。

 俺も覚えてはいないけれど、最初に受けた際、同じ様になかなかいい反応もってますね~と判定を貰ったらしい。

 強い魔力があれば、大人になって就ける仕事の幅が凄く広がるのだ。


 鍛冶職人なども作業で炎や風を愛用の道具に込めて使う人も多いし、日常品も魔力を込め利便性が上がった物は貴族が高く買ってくれる。

 騎士団では使う得物に魔力を込めて、殺傷能力を上げる。魔瘴を切り裂くには、これは必要不可欠なのだ。

 ほとんどの国では騎士団は貴族階級でなければせいぜい従士止まりだが、聖都ヴィザンタニアなら身分関係無くのし上がる事が可能だ。


 男の子は、聖都の騎士団を夢見る子がやはり多かった。

 俺も師匠に特別な力があると言われていたから、それのどれかしらがあると考えていた。

 無い事で厳しい道があっても、ある事で不利になる様な事は何をとっても無いのだ。


 万が一聖女の力だったとしても、魔瘴の濃い場所に浄化に行く様な危険な仕事は、それを選択した聖女のみに与えられるものだ。

 それにしたって、聖女の安全と命は何に代えても重要なので、早々死ぬような目に会う事は少ない。


 だから神官が何かしらの力があると判断した時も、先を考えてほっとした程度であった。

 それに先に判定を受けていた他の子供達の中にも、何人か通常よりは強い力を持っていた事で安堵していたので、自分の時もそれに並んだ結果なだけだと考えていた。

 子供達は自分を含め皆、孤児院に恩を返せるような力を望んでいたのだから。


 ママ先生は何がそんなに心配なのだろう。

 神官にこれからの事の説明を受けている二人の先生をチラリと見る。

 不安そうな表情は、ずっと張り付いていた。





 神官が帰った後、俺は再びさっきと同じテーブルで先生二人と話し合いをしていた。

 判定の結果と、この先の事である。

 判定は予想通り、聖なる力。しかも判定道具で判定できる数値上限いっぱいまで。

 そして三年後に、聖都の学園に入学すること。


 まあ俺も一緒に話ずっと聞いてたんだから、知ってるけど。

 多分子供相手だから、今こうやってわかりやすく説明してくれてるんだと思う。


「でもねノイルイー、嫌だったら無理には行かなくてもいいのよ?」


 ママ先生は優しく言う。パパ先生もそれに何も言わず、頷いて同意した。

 聖女の力を持って、そんな事可能なんだろうか。

 世間では、貴重な唯一の働き手だとて喜んで送り出すというのに。

 そこまで困窮しているような家では、聖都が手を回して良い様にしてくれるまであるのに。


「私、学園に行くよ。仕事の保障がされた様なものだし」


 ちょっとませた言い方だったろうか。

 それに、魔瘴はすべからく全ての民の脅威だ。それはここ、孤児院にだってそう。

 別に世界を救う為とかの正義感からではなく、単純により良い条件で収入を得る為であり、聖女であればここを魔瘴から守る事だってできる。

 入る予定の学園だって、辛い生活を強いられる事はないと聞いてるし……。


 ママ先生はそれ以上は何も言わなかった。

 どちらにしろ、まだあと三年は先だし急にどうこうなるわけじゃないんだ。

 二人はまだ話し合う事があるからと、俺は一人先に席を立った。

 パパ先生がそっと、ママ先生の肩に手をかけるのが横目に見えた。


 わからない事だらけだ。


 ぶらりと外に出た。

 まだ夕刻前だったけど、陽は落ちてきていた。

 師匠がいた。また寝転がっている。


 「師匠、私の中の力ってよくないものなのかなあ」

 「……何でそう思う?」


 師匠の横に腰を下ろした。


「先生達が、特にママ先生がずっと不安そうな顔してたんです。他の皆の判定見てた時は嬉しそうにしてたのに、私の時だけショックを受けてたような」

「どんな力でも、でかければでかい程扱いが危なっかしくなるもんだ。特におめえはその年でその潜在力だからな」

「でも師匠のおかげで今はこの通り落ち着いたし、その為に学園に行くわけだし……」


 ママ先生が嫌がるなら、学園行かない方がいいのかなあ。

 でもそうすると、独学でこの力の使い方学ばなきゃいけないし、もしくはいっそ無かった事の様に生きていくのか。

 むざむざチャンスを溝に捨てる様なまねをするのには勇気がいるけど。


「お前はどうしてえんだ?お前の中の力は今はまだ小せえし、そんなんでも眠ってる状態みたいなもんだから、ほっといた方が危ねえと思うけどなあ」

「私は、せっかく持って生まれたんだし有効活用したいんです。でも、この力が良くないものだったら……」


 理由はわからないが、あんなに心配されるって事は、聖なる力って実はやばいものなんだろうか。

 それとも神官には聖なる力の判定貰ったけど、実は全然違うものでそれをママ先生は知ってるとかなんだろうか。

 それを素直に聞いてみたら、師匠はそれはないだろと笑った。


「そのお前の中の聖なる力を、育て解放するのかしないのかは、お前次第だ」

「師匠はそれを教えてくれないんですか?」

「……俺じゃない方がいい。それに、俺にはやる事もあるしな」


 ふらっと姿を見せて以来、ずっとここにいるような気がするけど。

 それならやっぱり、俺は、


「学園に行きます。だから師匠、それまでまた、ビシバシお願いしますね」


 ママ先生の悩みも、行けばわかるかもしれないし。何より単純に力の使い方はちゃんと覚えたいもの。

 後三年、師匠にはみっちり師事させて貰おう。

 師匠は任せろと歯を光らせてガッツポーズをした。あ、やっぱお手柔らかにお願いします。





 三年なんてあっという間だった。


 ママ先生はあの時の様な顔はしていなく、出立が近くなると忙しなく俺の荷支度を整えていた。

 特に綺麗に折りたたまれて入れられていた私服は、大変だったろうに丁寧に繕われていた。

 院の子供達も、餞別にとおやつとか手作りの腕飾りとかを入れてくれた。


 師匠も別れを惜しんでくれた。これはちょっと意外だった。

 師匠の事だからほんの数年だって、背中をバシバシ叩いて笑い飛ばしそうだったから。

 

「そういえば、何であんな取っ組み合いで力の暴走、なんとかなっちゃったんですかね」


 師匠は教えてくれた。

 昔この力に振り回されたのは、力の潜在能力に対して精神も体も幼く、制御できないでいたから。

 感情が昂ぶった瞬間、簡単に飛び出してしまっていたのだ。


 だからの殴り合いだ。

 体から溢れ出そうとする力を、無我夢中で対抗する俺の体が使おうと、四肢を濁流の様に荒々しく巡る。

 あの取っ組み合いは、その漏れ出しそうになる力を、師匠が師匠の持つ力でそれを塞き止め、中へと促してやる機能を果たしていたらしい。

 何度も数を重ねるうちに、体が余分な力を外ではなく内側で巡らす様に覚えていく。

 平面に流される水ではなく、整えられた溝に流されるように。

 師匠の力ってなんだろうって聞いたら、お前は俺が何を着ているのか見えていないのかと叩かれた。

 いやまあ確かに神官だって、魔力があるから神官になれたわけで。


 教会に在籍する神官達は、聖女を除いて聖なる力は当然持たない。

 だが、代わりに持って生まれた人より強い魔力を変換し、祈りの魔法としている。

 例えば治療とか、聖なる力で皮膚を再生させるのとは違って、自分の魔力を患者に流し込み、それを生命力としてじわじわ自力で回復させていく。

 当然患者の度合いが大きければ、必要魔力値も跳ね上がる。


 魔力で治療を行えない者でも、医学技術や薬学で補う医者も勿論いる。

 その知識は少なく、魔法治療に比べては人口は少ないが。


 武術の型をちゃんと教えてくれるわけでもなく、習うより感じろ論すぎて正直疑っていたけど、師匠……ちゃんと考えて修行してくれてたんだな。

 地面に顔をこすり付けられるたびに、心が折れそうになってたけど続けてよかったよ。

 今ある俺は、正真正銘師匠のおかげであるんだ。


「ま、ぶっちゃけ殴らんでも整体マッサージでもよかったんだけどな!」


 時代は聖女も文武両道だろ!などと腰に手を当ててガッハッハと笑うハゲに、勿論俺は殴りかかった。





 学園までは教会の馬車が迎えに来てくれていた。

 町の入り口で集合だったので、町にも聖女候補がいるのかと思ったが俺一人の様だった。

 ここから聖都までの間にある村や町から拾っていくのかもしれない。


 孤児院の皆に見送られ、俺は町を後にした。師匠の姿は見えなかった。

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