表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/48

5.回想 その一

 俺が住んでいたのは、田舎の小さな町にある孤児院だった。

 町自体とは少し離れていて、少し小高い丘の上にあった。

 道中には畑があったが、その時は土地が痩せてしまっていて、放棄されたただの荒地だった。


 多分物心がついた頃だと思う。

 読めたらいいなと、孤児院にある寄付された少ない本を手に取り、記号の羅列のような文字を見つめていた時だ。


 不意に、前世であろう記憶が蘇ったのだ。

 はじめは呆然として、え?あれえ?ハーレムは?何てあほな事を頭に浮かべてた。

 確かに男だった前の生を思い出しはしたが、目が覚めたら突然別の人間になっていたという様な錯覚には陥らずにいた。

 漠然と、少なくも積み重ねたこの体の記憶もあったのだ。


 袖が破れたと泣いて皆を困らせた記憶、雑草を集めて転んでばらまいて、食べようと思ったのにと泣き喚いた記憶。

 ママ先生になでて貰えて、嬉しかった記憶。


 俺は持っていた本を閉じると、それを抱えて外へと歩き出した。

 何か行き先があってではない。急に記憶が戻り、少し記憶の整理と気持ちを落ち着ける為だ。


 ちょっと待って、俺女の子だよね。

 ノイルイー、多分六歳。誕生日は不明。

 孤児院のパパママ先生は大好き、意地悪くちょっかいをかけてくるアクールは嫌い。

 たまにごはんを分けてくれるナーラおねえちゃんは好き。


 だけど今こうやって物事を考えてる主体は、前世の男よりのものだった。

 それは思い出す前のこの体にはそこまでの記憶に蓄積がないのと、思考も幼い分茫として、はっきりとしないからではないだろうか。


 でも俺、前世で意識が無くなる前にいっぱいお願い事したのに。

 もう二度と日の目をみない事が確定した、かつてはそこにあった物を思い出し、そっと下半身を見つめた。

 まあ前の生でも、元より日の目なんて見る気がしなかったけど。



 物事を色々と理解する事ができるようになったとて、生活が変わるわけではない。

 勿論できなかった事ができるようになるし、人との会話も、気をつけて困らせない様にもできる。

 よく泣くノイルイーが急に大人しくなったので、一時体の調子が悪いのかと、凄く心配された。

 ノイルイーは何故か小さい頃から体力だけはあったので、洗濯の手伝いが随分捗った。

 背が伸びたわけではないので、干すのは他人任せになるけど。


 そしてノイルイーには昔からの悩みがあった。それは記憶が戻った今も、もっぱら継続中だ。

 謎の怪力。それもいつもではなく、時折不意にあらわれるのだ。

 普段食事をする時に、バキンバキン木のお皿を割りまくるわけではないし、手を握るたびに握り潰してしまうとかもない。

 だがふとした時、手に持った本を開こうとすると真っ二つに裂けた。

 ため息をついて、柱に手をかけたらひびが入った。これは慌てて先生達に報告した。


 いつあらわれるのかわからないので、神経を疲弊した。

 ふらつく俺に、ママ先生が心配して支えようとしてくれるのを、危ないからと軽く突き放した……つもりだった。

 彼女はまるで大人の男に殴られたかのようにはじかれ、倒れ落ちた。


 あの時は中身が男だろうと小さい子供じゃなかろうと、心配で泣いた。何度も何度も謝りながら泣いた。

 ママ先生は辛そうなのを抑えて、大丈夫たいしたことない、ちょっと転んじゃっただけと優しく宥めてくれた。


 それから更に臆病になった。人に触れるのが怖かった。

 ママ先生は大人だから無事だったけれど、もし他の子供相手にあんな事になったら、どうなってしまうのか。

 俺はこの孤児院を出た方がいいんじゃないか、と孤児院の外にある、放棄された畑を眺めながら思っていた。


「随分と酷え顔してるな、嫌な事でもあったか?」


 急に知らない声がして、あたりを見回した。

 いつの間にか、知らないおっさんが少し離れた場所にあぐらをかいて、膝にひじをついてだるそうに座っていた。


「……誰?町の人?」


 小さい町とはいえ、俺は住人全部を知っているわけではない。

 さりとて、観光するような所でもないので、旅人というのもなさそうだし。


「俺ぁずーっと、ここにいるぞ」


 カッカッカと盛大に笑った。

 今までこの畑でも遊んだし、町へも先生達と一緒にたまに行く事はあったが、一度も見かけた事なかったぞ?

 孤児院の関係者なら、パパ先生かママ先生の知り合い?。

 孤児院の経営をしている、優しく温厚な夫婦を浮かべる。

 でもそれなら、院の方へ来たっていいだろうに、そこでも見た事はない。

 仮にずっといたと言うなら、こんなあからさまに怪しい風貌のおっさん、子供達が誰かしら気付くだろう。


 「幽霊とか、そもそも人間じゃないとか、そういう……?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 それを聞いて、おっさんはまた愉快そうに笑った。


 むっとして、俺はおっさんをしげしげと見つめた。

 髪の無い頭部に、がたいのいい体。だけど着ているものは随分とくたびれて所々綻んでいたが、それは僧衣だった。

 神官か何かだろうか。それにしては、着ている物が随分と古そうだ。

 過去二度ほど見たオルタニアの派遣神官は、清潔で汚れの無い綺麗な物を着ていた。


 戻って先生達に報告した方がいいのだろうか、そう考えているとおっさんが立ち上がった。

 こちらに歩み寄ると、突然俺の頭をぐしゃぐしゃとかきまわした。


「な、なにすん…!」


 思わず突き飛ばす。


 ――しまった!


 不運にもあの力が発動した事がわかった。力の入った振動で、腕に震えが走る。

 だが、おっさんはふっとぶ事無く、俺の頭に手を載せたままその場にしっかりと立っていた。

 衝撃の走った証か、砂煙が回りに舞っていた。


「なかなかいい力持ってんなあ!……だが、力の方向が無茶苦茶だぞ」


 おっさんは再度、ぐしゃぐしゃと頭をかきまわす。

 俺は驚きのあまり、されるがままになっていた。はっとして、おっさんを見上げた。


「何で無事なの?痛くなかったのか?……この力のこと、知ってるのか?」


 縋る様な目をしていたと思う。

 どうにかしたい。できるなら、どうにかしたいのだ。


「詳しいわけじゃないが、その特別な力がお前さんの体に起こしてる事は、何となくわかるぜえ。死ぬ気で、何とかしたいか?」


 俺は一も二も無く頷いた。必死だった。


「…したい!したいです!辛くたっていい、家族を、誰かを傷つけたくない!」

「了解、じゃあ俺は今からお師匠様だ。俺はお前を躊躇無く殴るし蹴る。覚悟しろよ?」


 殴る蹴るの言葉に、思わずごくりと唾を飲み込んだがそれでも撤回はしなかった。

 メンタルはこれでも男のつもりだ。厳しい修行にも、耐えてやる。

 ママ先生の、痛みの中無理やり笑う姿が浮かぶ。孤児院の、家族が浮かぶ。

 俺は気合を入れて叫んだ。


「お願いします、師匠!」





 とはかっこつけたものの、痛いものは痛い~。

 俺はえぐれた土の上に、起き上がる事もできずに転がっていた。

 今日もいつものように、ぼこぼこと殴られ、蹴られた。

 特にあの「僧侶パンチ!」とかふざけた叫び声で落とされる拳は、そのださい名前とは裏腹に強烈で心折れそうだった。


 初めの頃は、俺が拳を突き出すとそれをかわす事無くその身でうけとめ、軽くぱちんとはたかれる。

 子供のパンチキックなんて、それこそ児戯に等しい。

 だが当たればあの力が発動し、威力だけはでる。


 それまでは気まぐれだった力の発動も、師匠との組み手すらでないどつきあいでは、常時発動していた。

 しかし一番不思議だったのは、どんなに殴られふっとばされても、蹴られて打ち付けられても、痛みは感じるものの、怪我はいっさいしなかった。

 いや、擦れた傍からだんだん治っていくのだ。

 俺は飛び跳ねるくらい驚いたが、師匠は特別不思議そうな反応はしなかったので、聞く事も無くそのまま続けた。


 ずっと続けていたら、いつの間にか孤児院の中で力の粗相をする事はなくなっていた。

 俺が自由時間を遊びもせず、一直線に外へ飛び出して行く事を誰も何も言わなかった。

 先生二人は、わかっている様だったので何か皆に言ってくれたのかもしれない。


 師匠は字の読み書きも教えてくれた。孤児院でも先生達が基礎程度には教えてくれるけど、それより難しく色々な事を学んだ。

 ずっと殴り合いだけじゃ、野生の動物みたいだしな。学もやっぱ必要よお!って言って。





 俺は十歳になっていた。

 今はもう、力に振り回されることはなくなっていた。

 師匠との修行は今も続いている。師匠も半分ガチで攻撃してきている気がする。

 「おら目で確認するな!何の為の力だ!もったいねえ!」とか「拳にあの力集中できてねえぞ!」とか怒鳴りながら、ぼこぼこぼこぼこ。

 

 師匠はあの力とか特別な力とか言うけど、一体何の力なんだろう。

 師匠に尋ねたが、今はまだいいとはぐらかされた。

 月日が立つ度に、修行をしていく度に、体の中の不思議な力が、まるで五感の様に作用していく。

 後何だっけ、有名映画のテーマにもなった、そう第六感。そんなものまである様な感じがする。確証はないけど。


 それとは別に、師匠が拳や蹴りを当てるたびに、そこにじわと熱が入り込むような感触を今更ながら感じた。

 痛みでそうなるのとは別に、何かを貼り付けられている様な、注入されている様な。


 夕食後の片付けをし、俺は散歩がてら孤児院の庭先に出た。

 庭といっても洗濯物を洗ったり干したりするだけの平たい場所だけど。

 星が綺麗だった。なんとなしに、畑の方へ行ってみた。なんと、師匠が寝転がっていた。


「まさか、ここで寝泊りしてるんじゃないですよね」


 呆れ半分心配半分声をかける、師匠は俺に驚く事無くうるせえと笑った。


「明日は修行は無しだな」

「え、どうしてです?何か用事が?」

「用事があるのは俺じゃねえ、お前だろ。明日は神官が定例検査に来るんだろ?」


 あー、そうだった。すっかり忘れていた。


「よく知ってますね、私はすっかり忘れてました」


 師匠は仕方ねえなと苦笑した。

 いつもなら、もっと馬鹿にしてきそうなのに。そのまま二人して、空の星を見上げる。

 ポツリと師匠が「明日……」と、呟いた。


「明日、神官の検査でわかる事もあるだろうが、その後の事はお前が決めろ。先生達と話し合って、したい事を決めろよ」


 今度は聞こえる様、はっきりと言った。

 どうしたんだろう、今日の師匠はいつもと違う。何か、考え事でもあるのだろうか。

 珍しく真面目な顔で星を見つめる師匠の横顔に、理由を聞くに聞けず、俺はただ「はい」と答えるだけしかできなかった。


 そして翌日、俺の人生はターニングポイントを確かに迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ