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4.好奇心はなんとやら

 店を出ると、すでに男はいなかった。

 焦りつつも、何か見つけられないか視線を巡らす。

 いた!もうあんな遠くに。


 大通りの先、かなり離れた場所に姿を見つけられた。急いで走る。

 追いついたと思ったら、また姿を見失う。また焦って探すと、また離れた場所に見つける。


 いくらなんでも、速すぎないか?

 こちらは子供の足とはいえ走っている、相手はわりとゆっくりめの歩行だった。


 気づくと、注意されていた裏通りに入っていた。

 あたりには誰もいない。


 大通りでは聞こえた喧騒が、今は何も聞こえない。

 これは、やばくないか?

 不安になり、後を戻ろうかと後ずさる。


 気づくと、いつの間にか後をつけていたあの男が、少し離れた目の前にいた。

 凡庸とした顔は、こちらを向いている。

 いつの間に!?


 俺は焦った。あきらかに不自然だけど、偶然の振りしてこのまま戻ろうか。

 背中を見せた途端、後ろからブスリ!ってされない事を祈ろう。


「一体何の目的で私をつけていたのかと、しばらく様子をみていましたが……。まあ何と不思議なものです」


 逃げようとした俺の気配を感じたのか、男は表情を変えることなく口を開いた。

 口調は激しい感情もない、ただ普通の穏やかなものなのだが、やけにプレッシャーを感じる。

 蛇に睨まれた蛙。まさにその言葉がぴったりだった。

 男は俺の返答を待っている様だった。


「あなたの、正体が、気になって……」


 答えなければならない気がして、のしかかる重い気を振り払い、無理やり口を開く。やけに喉が渇く。

 目の前の男はそれにほう、と面白そうに笑うと、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

 すぐ目の前に、仮面があった。

 気付かなかった。男が、息が触れるほど、間近に来ていた事に。

 歩き出した所は見ていたし覚えている、でもそれから次の呼吸をした瞬間、すぐ傍にいたのだ。


 男の姿は変わっていた。顔は仮面で隠され、頭にはシルクハットを被っている。

 変わった燕尾服のような物を着、両手には白い手袋。所々にちぐはぐな装飾品が付いていて、まるで道化師の様だ。


 その道化師は指先で俺の顎を軽く持ち上げた。値踏みするような視線を感じる。

 仮面があるとはいえ、あと僅かで肌が触れ合うほどの距離だった。

 俺の背の方がだいぶ低いから、道化師は腰を曲げている。

 何の緊張も警戒もしていない姿に、だが俺は動くことができなかった。


 ようやく手が離された。


「これはこの先いいものになりそうです。持ち帰りましょう」


 道化師はいいお土産ができたと、嬉しそうに笑った。

 再び手が伸ばされる。これはいよいよ不味いと、俺は力いっぱい腹に力を込めた。

 威圧で押さえつけられていた体を、気合で無理やり動かす。倒すこと所か、掠り傷だってつけれないだろう。

 だけど逃げる隙はできるかもしれない。


「っああああ聖女パンチ!」


 俺は拳に力を集中し、目の前にある道化師の腹にめいいっぱい打ち込んだ。

 道化師は吹っ飛ぶ。そのまま壁にめり込むように打ち付けられる。

 それと同時に、俺は駆け出した。

 とにかく、ここを抜け出さなくては。


 走り出した瞬間、ボフンと何かにぶつかった。

 硬くはないが、なかなかに痛い。

 顔をあげると、道化師が見下ろしていた。


 驚いて混乱しそうになりながらも、後ろに飛んで距離を取った。

 無駄な行為とわかりつつも、腰を落とし構える。


「いやあ素晴らしい、素晴らしい!私に触れる事ができる人間なんて!しかし困りましたね、連れて行かれるのは心底嫌そうです。仕方ない、今回は諦めましょう」


 殴りつけられた事を怒る所か心底嬉しそうに笑うと、道化師は姿を消した。

 飛んだとか移動してとかではなく、文字通り闇に溶けるようにその場ですっと姿が消えたのだ。

 あっさりとした緊張の終幕。

 しかしまだ潜んでいるのかもしれない。気の抜けない緊張に、倒れそうだった。


「おい!」


 声と共に肩に感触を感じた。

 思わずそこに向かって拳を突き出す。続けて掬うように蹴りも放つ。

 しかし蹴りは腕にはじかれ、拳は掴まれたまま全て阻止されてしまった。

 もう駄目だ、うな垂れると掴まれた腕を持ち上げられた。


 体が浮き、目に映ったのは道化師ではなく長い金髪だった。


「あれ……?」

「正気に戻ったか?ったく、なんて力だ。子供のものじゃない」


 名前を忘れてしまった金髪の騎士団の男が、目の前にいた。

 あたりを見ると、道化師はいなかった。あのまま姿を消したのだろうか。


 手を離して貰い、両腕で自分を抱きしめるように回す。

 怖かった。凄く怖かった。なんなの、あの道化師。あきらかに人間じゃない。

 興味本位で触れていいものじゃなかった。

 好奇心は猫をなんとかって言葉が、頭に打ち付けられた気がした。


 結局何もわからず仕舞いだったし、いた目的もわからなかった。

 でも魔瘴ではなかった。そんなもの所ではなかっただけだけど。

 それだけで十分だ。次に見かけても、絶対に近づかないようにしよう。万に一つも、勝機が見えない。

 少なくとも、今は。

 今回はとか、不吉な事を言っていた気がするけど。


 落ち着いてくると、ようやく何故この男がここにいるのかと疑問を持つ事ができた。

 俺はひたすら走らされて酒場から結構距離があったはずだけど。


「そういえばどうやってここに?こんな裏通り、よく気付けましたね」

「お前を追いかけてきたものの、案の定見失った。しかしここらにまだいるかと探していたら、変な叫び声が聞こえたからな」


 変な叫び声って、何の事だろう。

 がむしゃらだったので、自分でも何言ったか覚えていない。


「……はあ、今日は凄く疲れました。私はもう戻ります。お世話かけました」

「待て、ここで何があったのかを言っていけ。後そんな状態で一人で帰ろうとするな、馬鹿か」


 面倒かけた事は確かなので、お辞儀をして帰ろうとすると呼び止められた。馬鹿よばわり付きで。


「そうは言っても、私にもよくわからないんです。……でも、魔瘴とかとは、関係ない様でした」


 更に説明を求める金髪に、俺は諦めてあった事をそのまま話した。

 あんな恐怖、思い出したくも無かったが、騎士団ならこの街の安寧も守らねばならないだろうし、仕方が無い。

 詳しく説明した所で結局は何もわからないだろう俺の話に金髪の男は、ただそうか、と頷いて聞いていた。


 帰り道も、大通りを歩くからいい、どうしてもと言うなら巡回の騎士に頼むからと言ったが、結局この男に学園まで送られる事になってしまった。

 別れ際、頭をガシッと掴まれ、今度からは無闇矢鱈に何にでも首をつっこむなと釘を刺された。


 今回のことで確かに俺も懲りたし、あんな思いは二度とごめんだ。

 でも、約束はできない。だってつい、考えるより先に体が動いちゃうから。

 こんな脳筋に育ったのは、多分師匠のせいだ。

 でも前回も今回も、結局自分ではどちらも何もできなかった。

 魔瘴の方は、勉強してるし次があったらもうちょっと何とかできそうだけど。


 道化師の方は、どうにかできる日が来る様な気がしない……。

 『花冠の館』につき、部屋に入ると俺はベッドにそのまま倒れこんだ。


 そういえば金髪の名前聞き忘れたな。まあいいか……。

 あ、お金も返すの忘れてた。いつか次あったらでいいか。無愛想だし、あまり会いたくないけど。


 師匠、俺もっと強くなりたいよお。

 どんな相手にも、恐怖に打ち勝てるくらいに。

 勝つなんて贅沢は言わないから、うぇーいと叫びながら逃げ出せる程度に。

 情けない?逃げるが勝ちなのだ。生きているから飯がうまい。

 というか、次も転生できるかなんてわからないし。


 毎日ちゃんと体鍛えた方がいいのかなあ。

 でも師匠が言うには、俺の力はそういうのとは違うらしいし。

 確かに師匠は俺に、よくある戦闘の修行とかは別段しなかった。

 らしいといえば、組み手という名の一方的サンドバッグくらいか。


 ここに来る前に住んでいた、あの地を思い出す。

 師匠と初めて会ったのは、物心付いてしばらくした後だった。

 その時には、今の俺の記憶は戻っていたから、師匠は随分とこまっしゃくれたガキだと言っていたっけ。

 腹が立って殴りつけたけど、びくともしなくて驚いたな。


 師匠、師匠、今何していますか。

 あの辛く厳しい修行の日々が今は懐かしいです。厳しいの部分は、主に師匠にぼこられたせいですが。

 師匠は、俺の中の特別な力をちゃんと制御できれば、もう体の方は大丈夫なんて言ってましたが、本当でしょうか。

 いまいち師匠の言うことは信用できません。


 変ですね、ホームシックにでもなったのでしょうか。

 でもまた、あのださい叫び声が聞きたいです。


 ――僧侶パンチ!


 そうそう、ぱっと浮かぶこの変な名前の……。


「ああああああああ!」


 瞬間、道化師を殴りつけたときに叫んだ言葉をいきなり思い出す。

 おもむろに枕を掴み、隠れるように頭の上にかぶせる。恥ずかしさのあまり、悶え死にそうになった。


 やっぱり会いたくなんて無い!師匠のあほんだらー!

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