23.聖女候補の社会見学 その一
今日は魔瘴の浄化の実地訓練だ。いや、社会見学の方が正しいかもしれない。
騎士団に着いて行き、実際の魔瘴の確認と騎士団が討伐する姿、そして浄化のやり方を学ぶのだ。
前もって知らされてはいたが、魔瘴が沸き凝り固まる場所へ行くのは初めてなので緊張する。
さすがに学園の生徒も一緒なので、被害の浅い場所ではあるけれど。
三人組は学園側で決められた。
じゃあ二人組作ってー、あらあぶれちゃったの?先生と組みましょうね、の様な事は起こらない平和な采配だ。
俺のチームは俺とルクーナにアプリエノ。
クラスでも割と話す方なので良かった。
俺達が行く場所は、聖都の北にある小さな村が保有する森だ。
村も森も、普段はちゃんと教会へのお布施で貰ってくる魔瘴除けの魔道具を飾ってある。
しかし森の方は、たまに動物達がその魔道具を壊してしまう事があるらしい。
括ってある紐が切られたり、銜えてぶんぶんふりまわして投げた痕があったり。
そうすると、人のいる村の近くにある森には人の感情が魔力に感化され、魔瘴が発生し溜まっていってしまうのだ。
今回はまだ、魔道具が無くなっている事に気付いたのが早かったので、そこまで発生はしていないだろうとの事だった。
俺達三人は学園の敷地の門から、ちょっと小奇麗な幌馬車に乗っていく。
道中だけでも一日はかかるので、念のために野宿に必要な物も積まれていた。
予定では、大人数でもないので村に泊めて貰う事になっている。
他に、浄化の指導をする先輩聖女である女性司祭様と、もう一人司祭様が来る。
周りを固めるのは学園にいる第三騎士団の騎士達だ。
馬車の待つ場所まで行くと、騎士団の人達が準備をしていてルクーナとアプリエノはちょっとはしゃいでいた。
準備をする騎士達の中に、見知った顔が二つあった。
「驚いた、まさか二人がいるなんて」
「私も組まれた時は驚きました、でも嬉しいです。よろしくお願いします」
「舞踏会以来ですね、私もまたお会いできて嬉しいですよ」
ローシオンとエヴィは俺とルクーナ、アプリエノにお辞儀をした。
俺達もお辞儀をし、互いに挨拶をした。
そこに一人の僧衣を着た女性が顔を出した。
「はじめまして、貴女達が学園の生徒さんね。私は聖女コフィル。よろしくね」
コフィル様は祈りと共に挨拶をしてくれた。
俺達もそ同じ様に返す。
コフィル様は穏やかで優しそうな、少し年配の女性だった。
司祭様の到着が遅れているとの事なので、先に馬車に乗り込んでいようと話になった。
騎士の一人が手を取り、乗り込むのを手伝ってくれる。
コフィル様、ルクーナとアプリエノの順番に乗り、最後に俺が足をかけた所で、どよっと背後からざわめきが上がった。
「うそ……!」
ルクーナが小さく声を上げた。
足をのせたまま体をひねって後ろを見ると、何とライアールとパラデリオン司祭様が姿を見せた。
ざわつく空気に、去年の騎士団の視察を思い出した。
あれもなかなか酷い目にあったな。
幸いここには騎士の一団と、聖女様とルクーナにアプリエノしかいない。
黄色い声の騒ぎになる事はなかった。
「すみません、中々行かせて貰えなくて遅くなりました。私が今回の付き添いをさせて頂くパラデリオンと申します」
「当たり前だ、お前が自分が行くと無理を言うから。俺はこいつの護衛のつもりで着いて来た。悪いが今日は俺も入れてくれ」
のほほんと挨拶するパラデリオン様と今日も不機嫌そうな顔のライアールに、
「いえ、第一騎士団の副団長とご一緒できるなんて光栄です」
「私も異存はありません、よろしくお願いします」
「まさかパラデリオン様がお出でになるなんて、緊張します」
などと騎士団の一面は歓迎していた。
ライアールは護衛という割には軽装だった。
尋ねると、
「お前が俺の鎧の世話してくれるのか?」
と意地悪く言われた。
第三騎士団の世話には、なるだけかからない様に配慮しているのだろう。
それからパラデリオン司祭様も馬車に乗り込み、俺達は北の村へと出発した。
村へ着いたのは夕暮れ程だった。
普段なら道中の魔瘴も駆除していきながら進むのだが、聖女が半人前とはいえ四人もいるせいか全く姿を現さなかった。
なので早めに着く事ができたのだ。
パラデリオン様とコフィル様、そして騎士団の代表であるこの隊の隊長ギレルが村長宅へ報告に向かった。
残った面々はそのまま馬車の周りで待つ事になった。
騎士団員六名と聖女様に司祭様、学園の生徒三名、特例で騎士一名追加。
この一行は聖女の名を取ってコフィル小隊と名付けられた。
どこの組にどの聖女が配されたかわかりやすい様、その隊の聖女の名前を隊名にする事が決まりとなっているらしい。
残りの騎士達は馬を繋げに行った。
頻繁ではないにしろ、こうして魔瘴の発生事件は起こるので村の入り口には馬繋ぎの木が組まれて打ち込まれていた。
ライアールが一人先に戻ってきた。
他の騎士達の事を聞くと、
「馬の世話を村人に頼みに行ってる」
との事だった。
ライアールはそのまま馬車に背をもたれたので、俺も真似をした。
「何で今日はパラデリオン様が来たんですか?無理やり来たとか言ってましたけど」
「……お前がまた何か起こすと思ったんじゃないのか」
「そんなわけないじゃないですか」
今日は授業の一環で、他の生徒もいるし騎士団からも教会からも保護者がいる。
そんな場所で勝手な行動を取ろうとは思ってはいない。
「お前が面白そうだから、ただの興味本位かもな」
「酷く誤解されていませんか?」
あることない事吹き込んでいやしないだろうか、この男。
「あの、小隊長達が戻ってくる前に食事の準備をしようと思うのですがよろしいですか」
突然割って入ったのはローシオンだった。
何だか早口の様に聞こえたが。
「俺は構わないが、騎士団の連中に言った方がいいんじゃないのか」
「あ、私も手伝います。料理できるわけじゃありませんが、かき混ぜる程度ならできますし」
「でも、お邪魔じゃないですか?」
何を言っているんだローシオン。
俺はついライアールに嫌そうな顔を向けてしまった。
「おいその顔は何だ。また頭挟まれたいのか」
ぐりぐりはやめて。あれほんと痛かった。
ローシオンはそんなやりとりをする俺達に、何だかショックを受けている様だった。
舞踏会でもそんな顔してませんでしたっけ。
「ローシオン様、何を勘違いされているのかわかりませんが、今はパラデリオン様の事をお聞きしていただけです」
「……そうですか」
肯定しながらもその信じていない顔は何なんだ。
「おやおや、何青春を謳歌してるんですかライアール」
また新たな参入者だ。
パラデリオン司祭様が、楽しそうな顔でライアールを見ていた。
「ふざけるな、子供相手に何を言ってるんだ。飯を作るそうだ。お前も手伝え」
「司祭様にそんな事させられません!」
慌ててローシオンが二人を止めた。司祭様が構いませんよとか言い出して、更に焦っていた。
このままじゃローシオンがかわいそうな事にしかならなそうなので、俺は彼を引っ張って連れて行く事にした。
「火を起こすんでしょう?ローシオン様行きましょう。お二人は親交を暖めていてください」
「気色の悪い事を言うな」
背後でライアールの文句が聞こえた気がするが無視しよう。
ローシオンは何故か落ち込んでいた。
「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
尋ねると小さく首を横に振った。
「……ライアール様とのお話を邪魔してすみません」
「またそれですか。いい加減怒りますよ?」
言葉に少しイラつきがでてしまったか、ローシオンははっとして謝罪を繰り返してきた。
「何だか、私は貴女に謝ってばかりですね」
「ほんとですよ、そんな話楽しくありません。思い悩むよりは、いい方向へ進むことを考えましょうよ」
考え無しの俺が言うなという話だが。
だけどローシオンが少し笑顔に戻ったのでいいか。
馬車から少し離れた場所で、他の団員達がすでに火を起こしていた。
鍋がくべられて、中にはたっぷりのスープが見えた。
その中にコフィル様が小さな袋から固形調味料を砕いてかき混ぜながら入れていた。
脇で騎士の一人が、野菜や乾燥肉をナイフで刻みながら、同じく鍋へと放り込んでいた。
「すみません、もう作られていたんですね。しかもコフィル様のお手を煩わせてしまって……」
「いいのよ、こういった事は主婦にまかせてちょうだい。他の方達も折を見て休憩してくださいね」
騎士達にねぎらいの言葉をかけるコフィル様はまさに聖女だった。いや聖母というのか。
横にした丸太に腰掛けていたエヴィが手を振った。
「こっち来いよローシオン。隊長はまだお戻りになってないぞ。よければノイルイー嬢もぜひこちらに」
ハンカチを出し、丸太に敷いてくれた。
レディ扱いがちょっと恥ずかしい。そもそも田舎の平民なんだ、このくらい直に座ったって平気だ。
周りを見ると、二人のクラスメイトも同じ様にエスコートされていた。
「何だか申し訳ない、洗って返しますので」
「いやいや、貴女にそんな失礼な事させたら騎士の恥ですよ」
エヴィは爽やかに笑いかけてきた。
ローシオンが出遅れた、みたいな顔してくやしそうだったのは何だか微笑ましかった。
「今日はここに泊まるんですか?」
「ええ、コフィル様と生徒さんだけは村長宅で食事と寝床を用意して貰える手はずなのですが、コフィル様と生徒さんお二人が皆で食事した方が楽しいと」
エヴィが苦笑して答えてくれた。
それは確かにわかる。別に村長宅に不満があるんじゃなくて、道中一緒してきた皆と食事した方がきっと楽しいし美味しいだろう。
「私もコフィル様に賛成です。それに村の食材は、村の人の為に使うべきです」
「そうですね、私達も食材はちゃんと持って来ていますからね」
ローシオンも賛同してくれた。
食事ができあがった頃、ギレル隊長が戻って来た。
「遅くなってすまない、いつも通り私達は集会場を使わせて貰える事になった。食べたら荷物持って行くぞ」
団員達はそれぞれに返事をし、司祭様達を呼び皆で食事を取った。
キャンプの様に外で食べるわくわく感からか、コフィル様の抜群の味付けもありいつもより美味しく感じた。
ローシオンやエヴィはそんな事なかったけど、他の騎士がルクーナとアプリエノに飲み物や剥いた果実を恭しく差し出している所を見て、ホストか!と俺は突っ込みたくなった。




