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22.噂のミミナガ族

「ねえノイルイー、貴女この前騎士団宿舎に行ったんですって?」


 放課後、背中に感じる柔らかい感触に喜びを噛み締めつつも、背後に居る友人の表情は何だか不穏だ。

 怒っているわけではないが、抜け駆けを恨む顔をしている。こわい。


「あー、いや、ちょっと司祭様クラスの方に相談したい事があって……、それで自分のツテ的にそこしか浮かばなくてですね……」

「相談事?なあに悩みがあったの?……言ってくれたらよかったのに」


 口を尖らす仕草がかわいい。


「いや、魔瘴の事だからちゃんと教会の大人に言った方がいいかなって、とか……ね?」

「魔瘴!?ねえ、危ない事してない?大丈夫なの?私たちはまだ卵なんだから、無茶は駄目よ。貴女に何かあったら、私もプラゥも泣くからね!」

「してないしてない!大丈夫だから!」


 流石に彼女に心配はかけたくない。

 何とか別の話に変えようと、話題を模索する。


「そ、そういえばリリシュはミミナガ族って知ってる?」


 ふと騎士団宿舎での話を思い出し、聞いてみる。


「見た事あるわけじゃないけど、何か凄い文明持った一族よね。魔道具とか作ったって言う」


 さすが商家の娘。


「有名には有名なんだ。私そんな存在すら知らなかったよ」

「あはは、私も実家で聞きかじったくらいよ。商品は魔道具なんかも多いから」

「でもそんな有名な話なら授業で多分やってるよね……。全く記憶無いけど」


 リリシュはほんと勉強はからっきしね~と苦笑した。


「でもどうしたの急に、ミミナガ族だなんて」

「ほら、さっき言ってた騎士団宿舎でさ、パラデリオン司祭様もいらっしゃって教えてくれたんだけど……」

「まあ!ますますもって羨ましい!相変わらず爽やかでいらしたかしら?」

「た、多分……」


 ミミナガ族よりやはりそっちか。

 リリシュに話すつもりで、司祭様達と話した事を思い出す。

 勿論、心配はかけたくないので色々とはしょらせて貰うけど。





 騎士団宿舎の一室、ナナリエーヌ様達の件の後も、話は続いていた。


「そういえば前にライアールから聞いたのですが、町で仮面をつけた怪しい男に会ったと……」


 パラデリオン司祭様が俺を振り返った。


「ああ~……はい、私が一学年の時に何だか気になりまして後をつけたのですが、あっさり気付かれまして……」


 ライアールがこれ見よがしにため息を吐いた。説教は散々くらっている。

 司祭様はそれに苦笑し、俺に続きを促した。


「人気の無い路地裏に誘い込まれて、いや、今思うと何であんな場所まで追いかけたのか……。それで、見失ったと思ったら突然目の前に」


 ライアールに話した時の様に、また細かく司祭様にも説明をした。

 思い出そうとしても思い出せない凡庸とした顔の男が、突然静かだが強烈な存在感の仮面の男となって目の前に現れた事。

 まるで瞬間移動でもしたかの様な動きに、えもしれぬ恐怖。

 連れて行かれそうになって、無我夢中で全力パンチを浴びせた事。

 そしてそれが、まったく効かなかった事。



「……聞く限り、とても人のものとは思えませんね」

「こいつの力も大概だけどな」


 いちいちライアールはうるさい。


「もしかして、魔族……かもしれません」


 司祭様は深く考えるよう、目を伏せた。


「魔族って、あの魔族……ですか?」


 前の世界の記憶でいえば、悪の権化、ラスボス的魔王、天使の敵。

 もっとも、俺のいた時代はほのぼの系だったり、人間社会に馴染んだりと、身近な魔族もののゲームや漫画、小説何かも多かったけど。


「あの、が何を指すのかは推し量りかねますが、遥か昔に存在したとも言われている、神に近い力を持った種族ですね」

「そうは言っても、たまに物語や古い本に出てくるだけで、実際にいるかどうかなんてわからないけどな」


 ライアールの言う様に、俺自身もこちらでの知識に魔族の存在なんて本の中程度でしか知らない。

 魔力はあるのに魔法は使えないし、魔瘴は存在するのにそれを滅ぼす勇者とか冒険者とかはいないのにがっくりしたもんだ。

 色々とファンタジーとして中途半端だろ!とは思いもしたが、そんな事を思った所でこれが現実である。仕方ない。


「それでもし魔族と仮定したならば、何故聖都にいたのか。そして何故ノイルイー嬢を連れて行こうとしたのか」

「連れて行かれそうになったのは、狙ってたとかではないみたいですけど。最初は私の事もなんだこいつ、みたいな感じでしたし」

「魔瘴の増加と何か関係があるのか?いや、人型の魔瘴が現れた時期と同じなのも、何だか怪しくは感じるな」

「本当に魔族なら、その事を全く知らないと言う事はなさそうですが……。ふむ……」

「魔族が存在しているとしても、人間に対して友好的なのか敵対的なのか、無関心なのかそれすらもわからないからな」


 三人で話し合うが、情報が少なすぎてわかる事はほとんど無い。

 眉唾物の魔族とか話が飛躍しちゃってるし。

 司祭様が、ううんと唸った。


「難しいかもしれませんが、北の地のミミナガ族に頼んでみるしかなさそうですね」

「ミミナガ族?」


 初めて聞く名だ。ミミナガ……耳長?もしや、耳が人間より長いと言ったら……。


「彼らは人間が嫌いですからね、交渉は困難を極めるかもしれません、しかし彼ら」

「あの!ミミナガ族と会いたいです!いえ、遠くから見るだけでも構いません!」


 人間嫌いって、もうテンプレじゃん!もうもうあの有名な種族しかないじゃないですか!


「お前が行ったら余計ややこしくなりそうだ」


 興奮のあまり、司祭様の言葉を遮る俺を、ライアールが冷めた目で見る。

 何とでも言うがいい。ファンタジーといえばランキングで上位に位置する有名な、エルフ。そう、あのエルフがこの目で見れるならば。

 やっぱり上位種とかいるのかな。西の方にいるのかな。あ、北にいるんだっけ。そこはやっぱ違うか。


「落ち着いてください、ミミナガ族へはむやみやたらに訪問できるものではないのです。遥か北の地は、雪に閉ざされた氷の世界なのですから」


 俺に深呼吸をさせて落ち着かせると、司祭様はそこらへんの事情を説明してくれた。

 遥か昔、いつの頃からかは定かではないが、北の地は人の不可侵の場所になっている事。

 魔瘴除けで使われる鉱石のある鉱山や、人の住む村はミミナガ族の住む場所より遥かに手前で、そこを過ぎたら休める場所がない事。

 そして今人の地で使われている魔道具は、元々はミミナガ族の知識の恩恵だという事。


 気軽に見たい、なんて言える様な代物ではなかった。

 ミミナガ族の存在は普通に認識されてるなら、普通に会えるかもなんて思ったのだけど。


「過去何度も使節は送っているのですが、全て門前払いなのですよ。それ所か、ミミナガ族がいる場所にすら辿り着けていません」

「辿り着けていないって、会う事すらできていないって事ですか?」

「ええ、どのような仕掛けかわかりませんが、真っ直ぐに歩いているつもりが何故か戻っている……といった事が何度も起こり、結局あると言われている街の門すら見ることが叶っていません」

「……ミミナガ族って本当にいるんですか?」


 つい疑ってしまう。誰も会えた試しがないんじゃ、本当に存在するかも怪しいぞ。

 司祭様は苦笑すると、こほんと小さく咳をした。


「混じり人がいないわけでもないんです。つまり人との混血ですね。後は、こちらもめったにいませんが俗に言う変わり者のミミナガ族ですね」

「変わり者って、孤独を愛する旅人みたいなものですか?」

「そういった方もいるかもしれませんが、稀に人の社会に興味を持った方もいるにはいるのです。……私も幼い頃一度だけ目にした事があります」


 司祭様が小さい頃以来見てないって事は、本当にめったにいないんだな。

 でも、存在はちゃんとするのか。良かった。


「だがどうするんだ?また使節団を送るのか?」

「それしかできませんからね。魔瘴の増加と聖女の減少、原因の追究の為の助言でも頂ければと今まで送って来ましたが、こうも拒絶されてはどうしようもありません」

「なら、どうせまた駄目なんじゃないのか?使節団が無駄に疲労するだけだろ」

「今回は人を増やすか、どなたか聖女様に同伴して頂くか……」

「えらい人が行くとかはどうです?誠意を見せてる感じしますし」


 つい口を挟む。


「司祭クラスであれば私でもいいのでしょうが……。それ以上となると協力してくださる方は残念ですが」


 司祭様はため息を吐いた。


「ええ?でもこれって結構重要な事なんじゃないのですか?」

「いくら知識が豊富と言われていても、僻地で人間嫌いのミミナガ族は、実はそれほど重要視はされていないのですよ。ある意味隣国ではありますが、遠い国の話の事の様な、ね」

「まあ確かに、必死になっても会えないんじゃ、そうなりますよね」


 一般人の姿すら見ることは稀で、なおかつ今迄ずっと無視されてきたなら仕方ない気もする。

 無理なものにしがみつくより、身近で解決策を練る方がよっぽど精神的にもいいし、現実的な気がする。

 人間嫌いって言ってるのに、助けてくれる事なんてなさそうだし。


「深い知識は脅威にもなりますが、もう何百年と関わりは全くありませんからね。人間は嫌いでもありますが、興味もないのでしょう」


 ますますもって助言とか絶望的なのでは。

 もうそれは諦めた方がいいと、俺も思う……。


「こいつも顔で言ってるが、俺もそっちはすっぱり切ったほうがいいと思うがな」


 ライアールが俺をあごで指すと、司祭様へと肩を竦めた。

 むむむ、顔に出ていたか。


「……そうですね、それが賢明かもしれません。でもあの方達は、本当に凄いのです」


 司祭様は一瞬どこか遠くを見つめていた。

 昔会ったという、ミミナガ族の事でも思い出しているんだろうか。



 司祭様の話を聞いてると、結局俺には見る事もできなそうだった。





「つまり結局は会えないって事よね?」


 俺の話を聞き、リリシュはふーんとクッキーを一口かじった。

 俺達二人は話しながらいつものカフェテラスへと移動していた。

 ここでプラゥとも待ち合わせているのだ。


「私も最初は会えるかもって期待したんだけど、話を聞くにつれ、ねえ……。無理かなって」


 盛大にため息を吐く。


「そんなに会いたかったの?そもそも、存在すら知らなかったんでしょう?」

「そうなんだけど、そうじゃないと言うか、存在は知っていたんだけど実在するかは知らなかっただけで」

「よくわからないわねえ、ま、貴女が凄く残念がっているのだけはわかるわ。元気だして」


 リリシュがクッキーの籠を俺の前によこしてくれる。

 ポリポリ、美味しい……。


「ごめん、待った?」


 息を切らしたプラゥが、肩で息をしながら椅子を引いた。


「そんな急がなくても良かったのに、飲み物頼むわね。林檎ジュースでいいかしら」


 そう言うとリリシュは立ち上がりカウンターへと向かった。

 ここはカウンターで注文をし、受け取り自分でテーブルへ持って来るのだ。


「ちょっと遅くなったから、ありがとうリリシュ」


 座って大きく息をつき、呼吸を整えるとプラゥはリリシュが持ってきた林檎ジュースを一口飲んだ。

 そして、ふう、と息を吐いた。ようやく落ち着いた様だ。


「ねえ聞いてプラゥ、ノイルイーったらこの間騎士団宿舎にね……」


 今日もかしましい放課後のお茶会がはじまる。

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