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2.恋多き乙女な友人

「どうしたの?」


 動こうとしないリリシュの肩を揺らす。

 リリシュは声を出さずに、唇だけ動かして「あれ、あれ」と向こうを指差した。

 そちらの方に目をやると、広い運動場のような所に入学の式典時にいた騎士の青年達が訓練をしていた。


 貰った地図で確認すると、なるほど確かに騎士団の訓練場となっていた。

 敷地内にこんな所があるのね。

 まあ確かに、ここなら即刻駆けつけることが可能そうだけど。

 しかし乙女の園に、騎士とはいえ男所帯がいるのはいいのだろうか。いや、許さん。イケメン許さん。

 横で目をハートにしている友人を見ながら、俺はそう固く思った。


 いやよく見たら、俺達以外にも柵からこっそりと覗いている少女達が他にもいた。

 黄色い声を出さず、ただ黙って仲間達と頷き合いながら見つめるに留めているのはさすが聖女の卵か。


 ふと騎士の一人が見つめる少女達に気付いたようで、他の仲間に何やら言っている。

 他の騎士達もこちら含め少女達に向かって優雅に一礼した。


 小さい嬌声と、息を呑む声がそこかしこで聞こえる。きっとリリシュも目を潤つかせているだろう。

 心の中で騎士団に石を投げつけ、俺はリリシュの手をとって半ば強引にそこから離れた。

 だってリリシュ、ずっと心ここにあらずで会話にもなんないんだもん。





「あ~、素敵だったわね、騎士様達。でも宿舎の方には来られないのよね。登校時にお見かけできたらって期待したけど、叶いそうになくて残念だわ」


 敷地内のカフェテラスの中、二人して優雅にお茶を飲んでいる。

 ここまでリリシュを引きずってきたはいいが、生憎手持ちのお金は少ない。

 カフェテラスには入らず、他の施設でもまわろうかと考えていたら、リリシュがさっさと中に入ってしまっていた。

 恥を忍んでリリシュにお金を借りようかと、こっそりと頼んでみたところ、なんと敷地内の施設は聖女候補のみ全て無料との事だ。

 この紅茶も無料!素晴らしい!お代わりもしちゃう!


 ついでに騎士団の連中の行動に制限があった事も、朗報だ。


「騎士団って人気なんだね、まああの顔だし当然か……」

「勿論顔だけじゃないわ、皆様方とってもお強いのよ。家柄も良い方も多いし。それになにより、紳士なの」


 先ほどの、一礼して見せた騎士団を頭に浮かべる。紳士、紳士ねえ。

 テレビや漫画なんかで見たホストの一団が重なって見えた。

 あ、でも洋画で見た騎士もあんな感じで一礼してたのを、見た覚えがあるかも。

 あー、あの映画で見た剣での戦いかっこよかったよなあ。俺もあんな剣技使いたいなあ。

 じっと己の拳を見つめる。

 でも俺が教えられたのは、こっちなんだよなあ……。

 思い出したくも無いあの日々が思い出したくない男の顔と一緒に思わず浮かんで、振り払うように頭をぶんぶんと振った。

 リリシュが変な顔してこちらを見ている。


「いやちょっと嫌な事思い出しちゃって、たいした事じゃないから気にしないで」


 嫌な事というより、腹が立つ、の方が正しいかもしれないけど。

 リリシュは少し困った顔をして、でも追求することは無くそう、と頷いた。


「騎士団の方だけれど、勿論平民出身の方もおられるのよ。ここは外と違って身分関係無く、実力があれば認められるし。だけどそれを感じさせないあの洗練されたお姿、私にはどの方が貴族で平民かなんて、判断がつかないわ」

「リリシュは騎士団に夢中なんだね」


 苦笑する俺の顔を、リリシュは急に真顔で見つめて、


「ナリマー先生もおっしゃったじゃない。恋も重要な目標よ」


 と、大事な話の様に一言一言重く言った。

 そ、そうなのかなあ?まあ聖女も自由恋愛は可能らしいし、目標がある事はいい事だ、うん。

 決して今のリリシュに逆らったら怖そうだからという事ではない。


 しばらくお茶を飲みながら、リリシュお薦めの騎士団メンバーの名を右から左に聞き流し雑談していると、急に背筋に悪寒が走った。

 ガタンと、思わず立ち上がった拍子に転がる椅子の音が響く。

 それに驚いたリリシュが目を丸くしている。

 俺はそれには構わず、リリシュを置いて走り出した。

 その原因となるものの気配がする方向へ。



 ……ここはどのあたりだろう。

 あの気配を追いかけてみたものの、手からすり抜ける様に掴んだと思ったらその場所には何もない、という事が繰り返されていた。

 学園の敷地からはまだ出ていない。しかしここは広すぎて、そして相手は早すぎて追いつけない。

 と、急にその気配が止まった気がした。


 ここは、何の施設の裏だろう。

 敷地の境界に設置されているのだろうか、そこは施設の壁と学園の敷地の外壁に挟まれていた。


 その中央に、何か黒く煙のように揺らめいてるものがあった。

 それはそこからは動かず、ゆらゆら、ゆらゆらと高さを伸ばしたり縮めたりしている。

 何だか、人の大きさくらいになっていってる様な……。


 一定の高さでとまると、人の腕のようなものが黒い靄のまま生えてきた。

 下の部分にも足のようなものが伸びていく。

 頭部はぼんやりと円く、そこから変わらなかった。


 これは、よくないものだ。

 頬に汗が伝い落ちる。

 俺は拳をぐっと握り、刺激しないようゆっくりと構えた。


 黒い靄でできた頭部が、こちらを見てにやり、と笑った気がした。


「……っ!」


 ぞっとして、思わず腰を引いてしまいそうになった。

 いけないいけない、落ち着け。


 相手はこちらを向いてはいるが、動く気配は無い。

 こちらからしかけるか、そう考えていると、突然背後から風が吹いた。


 ヒュッ、と掠るような音が聞こえたかと思ったら、目の前にいた黒い靄の人影に、短剣が突き刺さっていた。

 えっと思った瞬間、俺の脇を誰かが走りぬけ、剣を更に突き刺していた。


 理解できたのは目の前を舞った金色の髪と、体を必死にねじり、何かをしようとして結局塵のように消えてしまった黒い靄だった。


「おい、大丈夫か」


 落ちた二振りの刃を拾いながら、男が話しかけてきた。

 長い金の髪に、美貌の切れ長の目、妙に艶かしい唇。

 一瞬女性かと思ったが、体を見てそうではないとわかった。


「あ、えーと、はい」


 学園の関係者かな、服装は他の大人よりラフに見えるけど。

 その男は俺を値踏みするように目線を上下に動かし、怪訝そうな顔をした。


「もしかして聖女候補か?」

「はあ、一応……」


 もしかしてとは一体どういう意味だ。こんな清楚でかわいい女子を捕まえて。


「あんなやばいのに今にも殴りかかりそうな気配をした奴が、聖女の卵か……」

「さっきの黒いやつの正体知っているんですか?」


 俺の問いに、金髪の男は驚いた顔をした。


「一度も見たことがないのか?……まあ、聖女とはいえまだ卵だからな、仕方がないのかもしれない。あれがお前達の浄化する、魔瘴だ」


 あれが魔瘴……。この世界をいたる所で覆い尽くそうと、猛威を振るう悪魔。

 でもイメージと違ったな。もっと霧のように散っているのが思ったけど。


「魔瘴って、ああやって人の形になって襲うものなんですか?」


 気になるので素直に聞いてみた。


「いや、魔瘴獣ならともかくあんな濃くはっきりと人型に形作るのはめったにない。しかも、この聖都の、聖女の本陣ど真ん中に現れるなど……」


 男は黒い靄の消えた地面を触りながら調べている。何の痕跡もないのか、小さくため息をついていた。

 そして周りを軽く確認した後、俺に「お前ももう戻れ」と言い残し、足早に去ってしまった。

 確かにもう、ここには何も感じない。いても仕方無いのだろう。


 俺は地図をポケットから取り出し、リリシュの待つカフェテラスを目指した。





 リリシュは冷め切った紅茶を前に不安そうにしていたが、俺の姿を見るなり安堵して駆け寄ってきた。

 心配したようで、事の説明をすると危ない事はしないでと窘められた。

 ついでにリリシュなら知っているかもしれないと、先ほど会った金髪の男の事を尋ねてみた。


「それは多分、ライアール様ね。ああー!羨ましい!あのお美しいかんばせに、副団長をお勤めになる実力者!私もお会いしたかった!……ただお珍しいわね、あの方は教会にある本隊勤めでいらっしゃるから学園の方にはめったに来られないのに」


 それからも羨ましい羨ましいと連呼されながら、俺はライアールとやらが倒した魔瘴の事を考えていた。

 あんなに濃く形を作る魔瘴は珍しいと、ましてやこの聖地に現れる事すら考えられないと。

 確かにそうだと思う。ここには見習いとはいえ聖女の力を持った者がいるし、教会にも聖女はいる。


 聖女はそこにいるだけで、魔瘴を払い寄せつけない。

 さっきのあれは、実はとんでもない事なのではないだろうか。

 ライアールが騎士団の団員だというのなら、その連絡はこの聖都には入るとは思うが。

 一応先生にも報告はしておいた方がいいかな?

 

 一人にするのも心配だったので、俺はリリシュを連れ立って学園校舎へと戻った。

 幸いナリマー先生は、まだ先ほどの部屋に残っていた。

 授業の予習でもしているのか、真面目な顔でいくつかの本を開いていた。

 字を学ぶために残った生徒はいなかった。聞けば別の部屋でまとめて講習をしているらしい。


「なるほど、確かにそれは決して軽んじられない事象ね。貴女達が無事でよかったわ。……とりあえず今は混乱が起きないよう、内密にお願い。勿論教職員関係者全てに通達して、敷地内の安全を更に強化するわ」


 確かに学園の敷地に魔瘴がでました、なんていったら年若くまだ一つも聖女のことを学んでいない少女達は逃げてしまうかもしれない。

 いや、それ所か学園だけでなくこの都市全体がパニック陥らないとも限らないか。


「わかりました。でも念のために他の生徒達には、なんとなく用心するよう言ってあげてください。もし見たら逃げろくらいは、言われていたらできると思うので」


 俺の言葉にナリマー先生は頷いてくれた。

 リリシュも少し不安そうだったけど、黙って同じく頷いていた。


 俺も用心しとこう。

 まだ聖女のやり方とかはわからないけど、一応俺だって修行してきたわけだし。

 修行っていうか、ただ毎日ぼこぼこにされてただけな気もするけど。あのハゲ。

 それにライアールの様な男が騎士団員だというなら、騎士団も戦力としては申し分なさそうだし。


 それから二人して宿舎の館に戻って、夕食の約束をし部屋に戻った。

 どちらにしろ、今はできる事はない。

 なにはともあれ、まずは聖女の勉強をする事だ。そのために、この学園に来たんだから。


 なんて思ってはみたけど、やっぱ騎士団の方に入って剣習いたいなー。

 素振りや模擬戦で、女の子たちにときめかれたい。

 やっぱり心は夢見る男の子だもの。

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