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18.冬の終わり

 休日明け、俺はナナリエーヌ様に改めて話を聞こうと授業終了後に探そうとした。

 が、俺は彼女が何学年か知らなかった。大人っぽいので年上かなとは思ったけど。

 しかし探すまでも無く、ナナリエーヌ様は学園の玄関口で待っていてくれた。取り巻き二人はいない。

 ナナリエーヌ様はちょっと疲れている様だった。


 談話室へと、俺達は移動した。


「それが私の席に、朝置かれていたの。あの時投げた宝石と一緒に」


 そう言って懐から出した紙切れを俺に渡した。ほんの微かだが、何かの残りがが感じられた。

 それには『この石を、憎い者に投げつければいい。それだけで上手くいく』と書かれていた。


「あの青い宝石、聖なる文字が書かれていましたよね」

「ええ、だからまさか魔瘴が入ってるなんて思わなくて……いいえ、それは言い訳ですわね。でも、不思議にあれを禍々しい物だとは思いませんでしたの。嫉妬でおかしくなっていたのかしら」


 恥じ入るように、顔を伏せた。

 確かに聖なる文字が記されているなら、そう勘違いしても仕方のない事かもしれない。

 俺だって、ナナリエーヌ様が怒りに怒ってそれに封じられていた魔瘴が反応して漏れ出るまで気付かなかったし。



 その青い宝石が置かれていたのは、俺のメモ帳を隠す前あたりとの事だった。

 はじめは綺麗な宝石としか印象はなかったし、それでも『憎い者に』の言葉がちょっと怖かったので、手元には置いたものの、放っていたそうだ。

 それが話し合いを設けても、俺はのらりくらりとかわしごまかすし、ライアールは事あるごとに俺に関わるしで心を落ち着かせる事ができなくなっていたと言う。

 ……かわしてもごまかしてもいないんだけど。


 メモ帳で思い出し、書き取り板の事も聞いたら、やはりというかそれの犯人でもあった。

 ちょっと困らせる程度でした事らしい。

 でも俺が全くへこたれていないので、カフェテラスでの呼び出しの際につい鞄からメモ帳を盗み、それでもへこたれず隠すのに失敗したので、エスカレートしてドレスまで盗んでしまったという。

 実際提案したのもやったのも取り巻きの二人らしいが、ナナリエーヌも俺が少しは痛い目をみたらいいと、黙認したと話した。


「でも、さすがに魔道具盗むのは不味いんじゃないですか。あれ私のじゃなくて学園のですし」


 俺の言葉に、ナナリエーヌは初めて聞いたという様な驚いた顔をした。


「貴女の魔道具を隠したとは聞きましたけど、それは他の組の箱の下に敷いて見えない様にしただけだったはずですわ」

「え、でも保管室は隈なく探したけど見つからなかったって……。当然他の道具を避けながらみたでしょうし、荷物の下だって確認しているでしょうし」


 二人して目を見合わせた。何者かが便乗して盗んだのだろうか。

 しかし部外者が盗みに入ったら、すぐにばれるだろう。


「あの青い宝石をわたくしの席に置いた者と、同一人物なのかしら」

「そうかもしれないし、実はまったく違うのかもしれません。現状では何もわかりませんね」


 わかるとすれば、その人物はどっちともこの学園に怪しまれずに入れるという事だけだ。

 そして、何故か俺を狙っているという事。

 でも書き取り板盗むのと、魔瘴獣けしかけるのは事が違いすぎて何が目的なのかわからないな。

 頻繁に起こしてるわけでもないし。まだ冬だけど、約一年で犯人不明なのは二回ほどか。

 最初の魔瘴は、多分偶然だろうし。


 うーんと悩む俺に、ナナリエーヌ様は聞き辛そうに尋ねてきた。


「……ねえ、しつこいようだけど貴女、ライアール様とは本当はどんなご関係なの?」

「関係と言われましても、いつも偶然会うだけですし。ああ、でも助けられた恩はありますね、一応」

「それだけで、あんなに親しげにお話なさるかしら」

「親しげに話した事などありません!会えばいつも罵られてますけど」

「……やっぱり、親しげだと思いますわ」


 ナナリエーヌ様は、怒りでなく少し寂しげに目を伏せた。


「私こそどうしてナナリエーヌ様が、あの男を気にするのかわかりませんね。もっと身分の高い、いい男は貴女のまわりならいっぱいいそうなのに」


 確かに、ライアールは顔だけはとてもとてもいいかもしれないけど?


「身分で言えば、ライアール様のご実家は公爵家ですわ。そしてわたくしは子爵」


 これには俺も驚いた。だってあの男、口も悪いし。安宿の酒場にもいたし。

 ああ、じゃあ修練場前での騒ぎの時、ライアールがナナリエーヌ様に言ったあれは、騎士の様な身分に高い爵位の貴族の令嬢が気軽に話しかけていいのかって皮肉じゃなく、子爵身分が公爵に声をかけるのはお前の言うルール違反じゃないのかって意味だったのか。


「こ、公爵でも他にいるでしょうし、ナナリエーヌ様のかわいさなら王族だって狙えますよ」


 お世辞ではない。ナナリエーヌはとても美人なのだ。美少女なのだ。

 俺の言葉をどう受け取ったのかわからないが、彼女は小さく笑った。


「わたくしはね、あの方を初めて見た時、オルタニア様の息子と言われているどなたかの男神が、舞い降りてきたのかと思いましたの」


 思い出しているのか、ナナリエーヌ様はうっすらと頬を染めた。少し艶めいて色っぽい。

 うっとりと語っているナナリエーヌ様を前に失礼だけども。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、彼女はそのまま語り続けた。


 初めて見たのは両親に連れられて本堂にお祈りに行った時の事。

 丁度ライアールが所属する騎士団が、どこぞへ遠征へ行く行軍を見ることができた。

 白い鎧にほどこされた金の意匠がとても輝いて見え、たなびくライアールの金の髪がとても神々しく見えた。

 それから両親にライアールに会わせて貰いたいとせがんだが、相手からはなしのつぶてだったという。

 聖女候補になり、それを使って教会に頼み込んだら会えたが、同じ様に考えた他の貴族の聖女候補達と一緒くたにされ、ろくに名前も覚えて貰えなかった。


 話を聞きながら、何だかリリシュを思い出すなあと思った。

 ひとしきり語った後、ナナリエーヌ様はふうと一息はいた。

 乙女の語らいは確かに長かったからね……。


「あーそうだ、最後にあの町にあった空き家の館。あれは誰が用意したんです?」

「あれは、ボリエヌ嬢が調べてきてくれたんですの。人目につかない場所や順路も事細かく。でも勘違いしないで、貴女を呼びす事を決めたのは、このわたくしよ」

「今更貴女方をどうこうしようなんて思ってませんから、心配しないでください」

「……信じるわ。ありがとう」


 ふむ、あそこを用意したのはボリエヌ嬢か。

 ひと気の無い場所やルート探しを、十代半ばにも満たない少女ができるだろうか。

 そういえば貴族にはメイドが一人付き添いとして許可されているんだったか。

 当然この三人にもいるだろうし、その誰かが調べてきた可能性もあるか。

 今度聞きにいってみようか。


 リリシュで思い出したけど、一応これを確認しておこう。

 今のナナリエーヌ様なら大丈夫だとは思うけど。


「話変わりますが、前に私の友人に対して言った、実家がどうなっても知らないぞ的なあれはもうないですよね?」

「貴女の友人……?カフェテラスに呼びに来た子かしら」

「いえ、赤毛の方の……」


 ナナリエーヌは本当に誰だかわからないという顔をした。

 ああ、はい。大丈夫そうですね。

 興味ない人間は、本当に記憶の端すら残らないのか。


「ああ、思い出しましたわ。お恥ずかしいわ、あの時もごめんなさいね」


 よかった記憶を引っ張り出して貰えた。……よかったのか、よくないのか。

 あの時言ったことは、元より実行する気はないので忘れて欲しいとの事だった。

 そもそも、した所でパラデリオン司祭様が言った様に教会から手が回されるだけだ。


 あの時からどちらかというと、ライアールが声をかけた俺の方に注目してまわりに目はいかなかったらしい。

 理由を考えると嬉しくないけど。


 その後もナナリエーヌ様とはお話したけど、特に目新しい情報も無いので談話室でお別れした。

 また何かあったら聞きにくればいいのだ、どうせボリエヌ嬢とチャコリン嬢にも会わないといけないし。





 『花冠の館』に戻った俺は、そのままリリシュの部屋を訪問した。

 彼女は部屋へ通してくれ、「外は寒かったでしょ」と暖かいお茶を入れてくれた。


「さっきね、ナナリエーヌ様とお話したんだけど、今までの事謝ってくれたよ」

「まあ!どうした気の変わり様かしら。何かあったの?」

「……いや、特にないよ。そんな事しても意味ないって気付いただけじゃないかな」


 さすがにリリシュにも、あの魔瘴獣の事は言えない。

 リリシュは訝しんだが、深くは追求して来なかった。


「ま、それならそれでいいんだけど。私はともかく、ノイルイーがいいのなら私は何も言う事ないわ」

「私も誤解が解けたならそれでいいよ。リリシュにも前に脅したことを謝っておいてくれって言ってたよ」

「実家の心配がなくなるのなら、良かったわ」


 明日プラゥにも報告しとこう。

 窓の外を見ると、雪が降ってきていた。

 窓を開けると、冷たい空気が入り込んでくる。

 部屋には魔道具を使った暖房器具が置いてあり、そこまで寒くはないのだが外の風はやはり冷たい。


「雪がまた降ってきた」

「本当ね。静かに降る雪も。また素敵よね」


 リリシュが横に並んだ。共に窓の外を見つめる。

 もう一年経とうとしているのか、長いような短いような。


 孤児院の皆は元気だろうか。

 まさかとは思うけど、師匠こんな雪の中野宿してないよね……?

 ナーラは炎の魔力持ちが判明してから、遠い町へと行ってしまったけど、まだ孤児院には子供達が残っているはず。

 あそこは冬の季節は本当に冷えるから、風邪をひいてないといいけど。

 暖房器具は型落ちした古いポンコツがあったが、正直機能しているのか疑問に思うほどだった。


 来年に仕事の斡旋貰ったら、お給金で暖房器具買って送ろうかな。

 高いのは無理だけど、あの狭い部屋くらいなら十分暖まりそうなの。


 横を向くと、リリシュも色々と思い出している様で遠くを見つめている。

 商売をやっているという、実家の事だろうか。

 リリシュの家族は、どんな人達かな。気が強くて、心根は優しい明るい人達だろうか。

 ナナリエーヌ様達とのバトルで、実家を凄く心配していたからきっと仲がいいのだろう。

 自然に笑みがこぼれ、リリシュの背中をぽんと叩いた。


「リリシュも思い出してるんだね、わかるよその気持ち。ここに来て、もう一年だもんね」

「まあ!ノイルイーにもわかるのね!そうよね、入学式典で見かけたあの騎士の方達と、まさかずっと同じ敷地にいられるなんて、素敵な事よねえ」


 友人は嬉しそうに言った。

 それから怒涛の勢いで、騎士の事を語りだした。

 あの式典で目立っていた赤銅色の髪の方はその後の修練場で云々。

 まさかいいなと思っていた細身のあの騎士様が舞踏会でダンスのお誘いをして来てくれるなんて何とかかんとか。


 そうか、リリシュが見つめていたのは遠くでなく騎士団の宿舎の方だったか。

 リリシュの家族を思う気持ちに感心した、俺の気持ちを返して欲しい。


 俺は無言で窓をそっと閉め、尚も語り続けるリリシュに背を向け暖かなお茶をすすった。



 窓の外の雪は降り続ける。

 この雪が尽きる頃に、また新しい季節が訪れる。

 新学期はできたら平穏に過ごしたいものである。


「来年は何事も無く過ごせたらいいなあ」


 俺の呟きにリリシュは騎士語りを止め、俺に向き直った。


「そうね、トラブルはもうこりごりだわ。あ、でもライアール様とパラデリオン司祭をお近くで見る事ができたのはそのおかげでもあるのかしら?」


 真剣に悩んでいる。

 いや、そんな事でトラブルが舞い込むとか嫌だから。

 でもそんな楽観的なリリシュと、そしてプラゥと迎える次の季節はきっと楽しいものだろうと思った。


 冬はもうすぐ終わる。

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