表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/48

17.今年最後は呼び出しで その二

 ヒュオオオオォ


 声は出せないのか、風が空洞を急激な速さで通るような音がその口から響いていた。

 獣の形を取ったという事は、魔瘴獣……だっけ。

 魔瘴獣は狼の様なその頭部をこちらに向け、じりっと足を踏みしめた。


 心臓とか骨とかは無さそうだけど、一応頭とか胴体とか尻尾とかに見える部分が形作られてるって事は、攻撃が効く部分もあるんだろうか。

 例えば頭部なら視界も、あの噛み付きそうな口も牙ごと潰せるんだろうか。


 そういえばライアールと初めて会ったとき、あの魔瘴を消滅させてたな。

 どこに刃刺してたっけ……。初めての遭遇に驚いて、注視できていなかった事が悔やまれた。

 ここは無難に頭を狙ってみよう、でもその前に尻尾の先狙って俺の攻撃が本当に効くか試そう。

 失敗したらってびびっているのではなく、失敗しないために慎重になっているだけなのだ。

 そうなのだ、だって初陣だし。魔瘴だって一度しか見た事ないし。


 ……そんな事思わなければ良かったと、すぐに後悔するはめになった。


 対面したまま互いに動かなかったので、俺はそのまま手のひらに力を集中し光の玉を作る。

 そしてそれを、尾の先目掛けて投げつけた。

 光の玉は、俺の思うとおり、魔瘴獣の尻尾の先へと吸い込まれ、黒い靄を巻き込んで霧散した。


 シュァアアアアアァァ!


 めちゃ怒ってる。めちゃ怒り狂ってるよ!

 予想では尻尾のほんの先っぽが消し飛ぶ程度だったのだが、尾の部分全てが消滅した。

 無茶苦茶に風が切るような音が玄関ホールに鳴り響く。

 魔瘴獣が怒りに声にならない声を上げ、頭をぶんぶんと振っていた。


 そしておもむろに、黒い瘴気で蠢く牙をむき出し俺へと突っ込んできた。


「うわっ!」


 間一髪で避ける。ぶわっと風圧でよろけそうになる。

 魔瘴獣はそのまま体を粘土のようにぐねりと曲げ、再度俺に噛み付こうと首を伸ばした。

 変則的すぎだろう!いや、生物じゃないから仕方ないけど!

 咄嗟にまた避けたが、腕を微かに掠った様だ。

 ジュッと焼けたように袖がこげ落ちた。

 とっても痛い……!火傷の様な痛さだった。


 俺は必死に走りながら今度は両手で、合わせた手の間に力を集中させた。

 先程よりも大きい光の玉ができた。

 魔瘴獣は俺を追いかけようか、留まって様子を伺おうか少し迷っている様に見えた。

 俺は階段を駆け上がり、手すりに飛び乗りそこからジャンプした。

 魔瘴獣は俺を見上げ、落ちてくる俺を待ち構えていた。


 俺はその光の玉を、ドッジボールの様に魔瘴獣に打ち込んだ。


「とあっ!」


 光の玉が、魔瘴獣の顔にめり込む。


 ヒュザアアアアアアアァアア


 声は出ないはずなのに、空気の振動が断末魔の様に聞こえた。

 魔瘴獣は、顔面に打ち込まれた光の玉に、体を覆う瘴気を吸い込まれる様にどんどん小さくなり、そして消えた。

 後には、聖なる光の残滓なのか、キラキラと白く細かい綺麗な光が舞っているばかりだった。

 顔面はノーカンじゃなくて良かった……。


 割とあっけなくいけたけど、大丈夫……だよね?

 いやずっと攻撃されてたらピンチだったけど。黒い牙が擦った場所をみやる。まだじくじくと痛みが走る。

 着地した床からホール内を確認するが、魔瘴の気配は感じない。

 少し様子を伺いながら待ったが、何かが起こる様子はなかった。


 はあ、良かった……。

 気が抜けて、その場で座り込んでしまった。

 ああ、いけない、ナナリエーヌ様達を探さないと。



 よっこらしょっと腰を上げ、階段を上がるとボリエヌ嬢達がナナリエーヌ様を引きずっていった方向へと向かった。

 奥へと引きずっていったのは見えたけど、さすがに廊下にはいなかった。

 この通路のどれかにある部屋に隠れ入ったのだろうか。


 手前から俺は声をかけノックをしていった。

 そして小さく悲鳴があがった部屋のドアノブを捻る。

 必死だったのか、怖くてドアにすら近寄れなかったのか、鍵はかかっていなかった。


 部屋の奥、白い布がかけられた調度品に隠れるようにして三人の少女が身を寄せ合っていた。

 ドアが開けられた事に気付くと、いっそう体を震わせながら顔を寄せ合いこちらを背けていた。

 そんな状態から最初に俺に気付いたのは、ナナリエーヌ様だった。

 彼女は「あの化物ではないわ」と、両サイドの二人の肩を揺らした。


「あ、貴女!ノイルイー嬢……!だ、大丈夫でしたの!?」


 ボリエヌ嬢が涙を浮かべて叫んだ。


「大丈夫です。多分、あの魔瘴も……魔瘴獣でしたが、消滅しました」


 俺の言葉に、身を寄せ合っている三人の令嬢は互いに顔を見合わせた。


「どなたかが、助けに来てくださったの……?」

「いいえ、私がなんとか頑張りました」

「嘘でしょう……、貴女一人で?」


 ボリエヌ嬢がぽかんと口を開けている。

 チャコリン嬢も、同じ様に呆然としていた。

 そんな中、下に目線を落としていたナナリエーヌ様が静かに口を開いた。


「さすが実技で優秀だと名を聞くノイルイー嬢ですわね。わたくしの、完敗ですわ」


 え、有名なの?そういえばプラゥもそんな事言ってたな。悪名じゃなくて良かった……。


「とりあえずここにずっと居るのもあれなんで、戻りませ……」

「さあわたくしを、騎士団なり教会なりに突き出すといいわ!」


 俺の言葉を遮り、ナナリエーヌ様は吐き出すように言った。


「何をおっしゃいますの!ナ、ナナリエーヌ様を突き出すなんてそんな事許されませんわ!」

「そ、そうですわ!こ、今回のことはやむにやまれず事情があっての事で……、そ、その、あの魔瘴だって知らずにー……」

 

 ボリエヌ嬢とチャコリン嬢が口々に叫ぶ。

 ナナリエーヌ様がそれにすっと手を挙げ、黙らせた。そして、


「……もういいの、全て私の愚かな行為が起こした事よ」


 ポツリと呟いた。


「ですが、ナナリエーヌ様……」

「もう、いいのですわ!」


 尚も言いすがろうとするチャコリンの声を遮り、ナナリエーヌ様はふらりと立った。

 そして俺の破れた袖を見て、そのまま視線を下に落とした。


「ナナリエーヌ様……?」


 ボリエヌ嬢も立つとそっと身を寄せた。


「ノイルイー嬢、怪我をなさったのね……。大丈夫かしら」

「え?あ、はい。かすり傷ですから」


 突然ふられて、慌てて返事をする。敗れた袖から見える肌に、うっすらと血が滲んでいた。

 再生が遅いのは、魔瘴の強さに関係しているんだろうか。


「私は、聖女としてあるまじき行為をしてしまった。また貴族として恥ずべき行為をし、ミッゴスティンの家名を汚してしまった。……嫉妬という愚かな感情に流されて」


 ナナリエーヌ様は淡々と話す。言葉にする事で、己の行為を再確認しているのか。


「ナナリエーヌ様……」


 二人の取り巻きの少女は、かける言葉を探し、見つけられずにいた。


「私は、どうやってこの罪を償えばいいのかしら。どうしたら……。家に戻って、それから、ああ……教会から処分が言い渡されるかもしれない」


 顔を覆い泣き出す。大人びていても、やはり十代の少女だった。

 確かに貴族で聖女なんてハイブリッドで皆の羨望を一気に受けそうな立場から、そんな身で魔瘴に手を染めたなんて醜聞もいい所だ。


「も、もし僻地の教会に閉じ込められる様な事があっても、わ、私はお供いたしますわ……!」


 ボリエヌが必死に泣くナナリエーヌ様を励ます。


「私も、どこまでもお供いたしますわ!」


 チャコリン嬢もボリエヌ嬢に続く。


「貴女達……」


 ナナリエーヌ様は泣きはらした顔を上げると、二人の顔を見やると、また顔をくしゃりと歪めた。

 いいはなしだなー。俺が巻き込まれなければだけど。


「あー、盛り上がってる所悪いんですけど、私はこの事言いませんよ」

「どういう事です……?」

「そのままの意味です。あっ、魔瘴の報告はしますよ。後、洗いざらい話しては貰います。貴女方がここにいた事は、言いません」


 どう考えても、あんな魔瘴貴族とはいえ一人の聖女候補にどうこうできるとは思えない。誰かが裏で糸を引いてる様にしか思えなかった。

 ナナリエーヌ様の感情を利用した、誰かの。


「何故?貴女に何のメリットがあるというのかしら」

「聖女になってお互い負担を減らすって言う、立派なメリットしかないと思いますが!」


 俺は明るく言った。泣いている女の子、それも美人を前にかっこつけたいのもあるけど。

 俺に嫉妬だとか、それ勘違いだろうし。それに深く考えるのも面倒なので、来る魔瘴は消す!位の勢いがあればいいかなって。

 師匠もきっとそう言う。


 そんな俺を驚いて見るナナリエーヌ様の目は真っ赤だった。


「……さいっ。……ごめんなさいっ!」


 ナナリエーヌ様はそのまま俺の前でわんわんと泣いた。

 ボリエヌ嬢とチャコリン嬢も謝りながら、一緒に泣いていた。


 泣いている女の子のなだめ方なんて知らない俺は、途方にくれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ